21話 102号室の住人

 姉御と大福ねずみと東村は、粗大ごみの保管場所を求めて、102号室の前にやってきました。

「ここは誰が……何が住んでるの~?」

前回の座敷グレイを思い出し、大福ねずみは言い換えました。

「二十代のバツ1女性が住んでる」

大福ねずみは姉御の肩の上で、ガッツポーズを決めました。

「普通ですね」

東村がつまらなそうな声を出しながら、抱えた粗大ゴミを地面に叩き付けました。

「こら、色々気の毒な女性なんだぞ。夫と姑の酷いDVに耐えたあげく、家を追い出された清楚な美人さんだ」

東村は、へぇーと、気のない返事を返しましたが、大福ねずみは美人というくだりで下衆い笑みを浮かべました。

「殴りまくって結局追い出すとか、酷い夫と姑だね。オイラ癒し系だし、積極的に仲良くなっちゃうよ~」

 大福ねずみは、ねずみにされた理由も忘れて、女性に対する情熱を持ち続けているようです。


「いや、追い出したのは霊能者だよ」

「え? 旦那と姑が霊能者~?」

「違うって、旦那、姑とは別人」

 大福ねずみは嫌な予感がして、口をつぐみました。さっきまでの浮かれていた気分が一気に萎んでいきます。じっと黙って見つめ合う二人に、大福ねずみと反比例して気分上昇気味の東村が、浮かれたトーンで割り込みました。


「あ、それ、私っぽいですねぇー。そういえば、知ってる気配がします。

 そうそう、除霊の依頼が来て、ある家から追い出したっけ! いやー、あれがここにいるとは、姉御さんは流石だな」

 イラッとした大福ねずみは、姉御肩から東村鼻にジャンプアタックし、小鼻にクッと爪でぶら下がりました。

「どういうことだ?」

東村の獣臭い鼻ピアスを引き剥がしながら、姉御が首を傾げます。

「痛っ……。バツ1薄幸美女を追い出した霊能者、おそらく私です」

「お前、霊能者だったのか! 目と耳が高性能なだけかと思ってた」

姉御は驚きました。

「よく驚けるね。そっち系の人だってヒント、出まくってたでしょ~。目と耳の性能だけで、前世を見たり出来るかよ!」

大福ねずみは呆れました。東村が霊能者だったということよりも、どうやら102号室の住人は生身では無いであろう事実にげんなりしてしまったのでした。


「だって、霊能者は、目も耳も口も手も高性能なんだぞ。しかも、脳のどっかに何か別の領域があんだよ。ビー玉みたいな。そこから未知のパワーでズババーンって。すげー」

「……すごく頭が不自由な発言だよ~」

興奮してしゃべる姉御にがっかり顔を向ける大福ねずみをよそに、東村は爆笑していました。

「脳にビー玉。かっこいいですね! 正確には、霊能力のある御祓い師というか呪術師という……」

「うるせ~。もういいから、部屋入れよ」

大福ねずみが、冷たい声で遮りました。

 清楚美人とお友達になれると浮かれていたのに、その清楚美人は霊能者に祓われる系の生き物だと判明して、一気に興味が無くなりました。世話になっている割には、東村の霊能力にも全く興味を持てませんでした。


 姉御はおもむろにドアノブを回し、部屋の中まで侵入します。ズカズカと、東村も続きました。

 居間に3人で佇んでいると、押し入れの戸が、静かに開きます。


「ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……」

 初めに見えたのは、青白く細い手だった。赤黒い血が筋になり、こびりついている。そして、のそり、と塊が這い出てきた。ザラリと音を立てたのは、畳を擦る、長い黒髪の房のようだ。不自然に束をなす髪は、色こそ紛れているが、血の固まりによって成されたものだと推察できる。

 鉄と不快な甘い臭い。乾ききらない血のしずくが、畳にポタポタと斑点を作り出してゆく。体が恐怖に支配されて行く……怖い、目を合わせてはいけない、と。

この化け物に、自分を認知させてはいけないと……

 

「おら――――、血で汚すなって言ってんだろ。何回言わすんだ、この野郎!」

姉御のやくざな怒鳴り声が響きました。

「すんなり出てこいって、いつも言ってるでしょーが」

化け物は姉御に後ろ首を掴まれ、押し入れから全身を引きずり出されました。

「ほら、血も引っ込めろ」

そう言って、化け物の頭をベシッと叩く姉御の肩に、大福ねずみは多少失禁していました。

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