19話 アパートの秘密
兄は、「やべ、会議始まる」と言い残し、東村の車のカギをひったくって去って行きました。好意的に考えれば、兄なりに妹とインテリもやしにしでかしたことを白状しに来たのかもしれません。
「ちょ、いいのかよ東村。お前の車だろ~」
動じずに茶をすすっている東村に、大福ねずみは同情しました。
「今までに二台程廃車にされていますが、代わりにグレードアップして新車が返ってくるので、問題ありません。姉御さんもお兄さんも、ご両親からして裕福ですからね。貴重なお友達です」
東村は、したたかで腹黒でした。しかも姉御と兄は、裕福な両親のもとで、困った子供たちが育つという典型的なパターンだということが判明しました。
「すごいシスコンじゃん~迷惑な兄~」
「まぁ、お兄さんなりに、ずっと姉御さんを心配してきたのですよ。姉御さんは小さなころからなかなか友達が出来なくて、何年か前に、大きな病気もしたようです。だとしても心配と愛情で、かなり壊れてきていますけどね」
大福ねずみは、姉御に友達が出来ない理由には心当たりがありすぎましたが、いつも元気で乱暴なので、病気の印象を受けたことはありませんでした。
「くそー、粗大ごみ放置していきやがって……」
ようやくいつもの表情に戻った姉御が、兄が置いて行ったボスねずみ抜け殻を蹴りました。
「そもそも、何でそんなん着てきたわけ~?」
「最近姉御さんが、ペットのねずみに夢中だという情報を入手したらしいです。姉御さんが喜んで抱きついて来るかもとか、そういう下らない理由でしょう」
東村の発言を聞いた姉御は、膝から崩れ落ちると、爪でカリカリと畳を引っ掻き始めました。おかしなスイッチが入ったようです。
「兄が、スーパーシスコン極悪人だってことは分かったけどさ、結局インテリもやしは、何で姉御を振ったわけ~?」
部屋に、沈黙が訪れました。
聞いてみたものの、姉御のダークマター脳を考慮すると、心当たりがありすぎました。
「粗大ごみを片付けるぞ……東村、兄菌がバッチイから持ってくれ」
姉御は兄にライフをごっそり持って行かれたようで、考えることを止めました。
大福ねずみを肩に乗せて外に出ると、ボスねずみを抱えた東村がついてきます。
「ごみ捨て場に行くの~?」
「いや、捨てると後で難癖付けられるかもしれんから、他の部屋に放置する」
疑問を持ちつつ、兄に対する姉御のトラウマスイッチが、ハイテク便座並みに並びまくっていそうなので、黙って従いました。
姉御は階段を下りてアパート一階へ回り込むと、101号室の前で止まり、ドンドンと足でノックしました。
中で音がして、扉がゆっくり開きます。そこから、銀色の丸いフォルムがそっと顔を出しました。
「な、なんと……」
いつでも冷静な感じの東村が、驚いた顔をしています。大福ねずみもビクッとしました。
101号室から出てきたのは、背が低く、全身銀色で、毛が無い頭がやけに大きく、手が長い生き物でした。でかい頭にある顔も、目が黒一色で、カレーを沢山すくえて食べやすいスプーンのような形をしています。鼻も口も小さくて、テレビのUFO特番に出てくるアレにそっくりでした。
「ざ、座敷わらし?!」
東村が叫びました。
「何でだよ!」
大福ねずみも叫びました。
「あ、大家さんだ、どうぞどうぞ」
銀色のアレは、低姿勢で姉御を部屋へと招き入れました。
「大家さん……? 姉御、このアパートの大家だったの~?」
「おや、大福くんは知らなかったのですか。どこに住んでも、隣に兄が引っ越してくることに嫌気がさした姉御さんが、ついに安アパート一棟買ったと、張本人の兄がくやしそうに話していましたよ」
東村は、抱えたゴミを迷わず外に放置して、部屋に上がり込みながら答えました。
「今日はどうしたの? 僕に何か用?」
「このねずみの抜け殻、この部屋に保管しといてくれ」
「嫌だよ。かなり嫌」
姉御は、低姿勢な銀色に、粗大ごみの保管を打診しています。そして、きっぱり断られました。高圧的で暴力的な姉御のお願いにも、銀色は動じていませんでした。
「普通の部屋だな~」
大福ねずみは、東村の肩に跳び移り、部屋を見回しました。
「家主の面白さの割に、飾りっ気が無くて、程よく生活感がある普通の部屋ですね。微妙におっさん臭い」
「僕、おっさん臭いかなぁ」
銀色が文句を言いながら、東村に座布団を差し出してきたので、遅ればせながら東村と大福ねずみは姉御の友達だと自己紹介しました。
「へぇ、大家さんは姉御って呼ばれてるのか。いいね、そのあだ名。そういえば僕も、自己紹介してなかったねぇ。僕、座敷わらしです」
「何でだよ!」
大福ねずみは、再び突っ込みました。
「そうですよ、大福くん。彼は、座敷わらしなのですよ。見た目はともかく、私には気配で分かります」
「はぁ~? どう見ても宇宙人のグレイだろ。背中にチャックでもあんのか~?」
大福ねずみが銀色の背中に飛びつくと、そこにはチャックがありました。
「あるのかよ!」
ベタな展開に恥ずかしい突っ込みをかましてしまったことを恥じながら、勢いよくチャックを引っ張ってみましたが、ビクともしませんでした。
「あ、それ、ダミーチャックです。開きません」
「着ぐるみじゃないのかよ!」
大福ねずみが、銀色の肌に爪をクッと食い込ませると、座敷グレイが痛がりました。銀の皮膚は、自前のようです。
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