9話 大福ねずみの前世とは
わくわくした様子の姉御は、すっかりテンションの下がった大福ねずみを胸に、胡散臭い霊能者の住みかへ到着しました。普通のアパートの一室のようで、ノックして扉を開けると、そこは、普通の和室でした。そして、アイアムロック的な短い茶髪の見目の良い男が、派手な服を着て座っていました。掘りが深くて、年齢不詳です。
「べ、別人か……」
勿論、プロレスラーではありませんでした。バンドマン的イケメンなのに、喜ばない姉御の将来が心配です。しかし姉御は、見た目のアンバランスさに手ごたえを感じているようです。促されて座布団に座ると、紹介状を渡しました。姉御は案外、人脈があったようです。
東村は、紹介状を見て頷きました。
「東村治です。何度か顔は合わせていますね。お元気そうで何よりです。それでは、早速始めましょうか」
見た目と違って、丁寧な挨拶でした。しかも、姉御と軽く知り合いのようです。姉御は頭を下げてから、大福ねずみを机の上に載せました。
「前世を見てもらいたいのは、こいつです」
東村は、無表情でじっと姉御の顔を見つめます。精神の異常を疑っているようです。
「さぁ、早速ゴングを……」
姉御は、有無を言わさずごり押ししましたが、明らかにレスラーと混同しています。
東村は、「まぁ、いいでしょう」と言って、机の上に載せられた大福ねずみを見つめます。紹介状は、相当信用のおける人物からのものだったようです。
十分経過です。姉御はくつろいでいます。大福ねずみは飽きてきたので、姉御に話しかけました。
「姉御~こいつ、鼻毛一本出てるよ」
姉御は吹き出しました。
「何か?」
東村は眉をひそめました。大福ねずみの言葉は、東村には聞こえていないようです。
「持病です」
姉御にも、良く知らない人へ向かって、「鼻毛が出ていて笑いました」などと言い放たない程度の節度はあったようです。しかし、切り抜け方は何の捻りもない残念賞です。
東村は、姉御の残念賞を流して、「それでは、見えたものを少しずつ話していきましょう」と真面目な顔で言いました。
以降(姉:姉御の心の叫び)
(大:大福の叫び)
いい男なのに鼻毛が一本出ている東村は、話し始めました。
「このねずみの前世は、人間です。昔の日本人ですね。しかも、相当ルックスが良く、モテモテでした。
(大:こ、こいつは本物だ)
(姉:モテモテ?)
そして、性格が悪いが口が上手く、異常に巨乳好きだったようです。
(大:……)
(姉:うぉ、当たってるっぽいな)
名前は、鈴木三十郎。
(大:またの名を、ジョニー・デップ)
(姉:鈴木?)
三十郎は、裕福な家の三男でした。不自由は無かったようです。しかし親は、金儲けと信仰に夢中でした。放任というか、明らかに育て方を間違っています。それでも三十郎は、見た目だけは立派な青年に成長しました。そこで、当然問題が発生しました。三十郎は、モテることと、天才的な言葉のマジックで、女を騙して甘い汁を吸いまくったのです。
(大:……)
(姉:精が出ますね)
それに手を焼いた両親は、三十郎をどうにか良い形で、家から排除しようと考えました。
丁度その時、両親が夢中になっていた神様を奉っている神社から、日本全国を布教と修行目的に行脚する集団が出発することになりました。両親は、その集団に三十郎を加えてもらいました。日頃のお布施が効いていて、クーリングオフは不可能です。そして三十郎は、神様を広める尊い旅に、同行することになりました。
(大:壮大なドラマが始まる予感~)
(姉:……)
修行しながらのその道程は、長く過酷なものでした。しかし、使命のある彼らは頑張りました。行く先々で、その神様の神社が作られていきます。誰よりも頑張っていたのは、三十郎でした。
(大:辛かったろうな~)
(姉:……)
しかし、三十郎が頑張っていたのは、夜のお仕事でした。
(大:……)
(姉:だと思った)
見事に、日本各地に三十郎ベイビー誕生です。その数、ざっと五十三人。驚異的な打率です。しかし三十郎自身は、女達に子が出来たと知ることもなく、知らされることもなく、次から次へ新しい地へ、新しい女へと、旅を続けていただけでした。そして抱いた女達には、きっと戻って来るから、自分の尊い苗字を名乗りなさいという、殺し文句を使い回しました。その頃の普通階級の人々は、まだ苗字を名乗る人が少なかったので、女達は喜んで三十郎の苗字を名乗りました。
しかし、三十郎は、結局どの女の元へも戻りませんでした。最初から、全員捨て駒です。
そんな三十郎も、最後には、夫のいる女に手を出して、怒った旦那に生き埋めにされて死んだようです。
(大:……)
(姉:死にざま、地味だが最悪)
多少の解釈の違いはあるでしょうが、おおまかにこんな感じです。余談ですが、三十郎ベイビー達は遺伝子のマジックで、その後も順調に子孫を残していったようです。すごいですね……鈴木姓繁栄の祖がこのねずみです」
東村は、本物でした。派手さはありませんが、ツボを押さえたいい仕事をしました。大福ねずみは、パンナコッタも出ません。姉御は、能面のような顔をしていました。
余韻を味わうような沈黙に耐えかねて、大福ねずみは姉御に話しかけました。
「姉御~どうしたの~変な顔して~」
姉御はポツリと呟きました。
「アイ アム 鈴木……」
「パンナコッタ! マイ子孫!」
大福ねずみは、笑いを堪え切れませんでした。
「ねずみの前世と、血が繋がっているかもしれませんね」
東村も、軽くニヤケています。そのせいで長めに顔を出した鼻毛を見て、姉御は吹き出しました。鼻毛のおかげで、姉御のショック状態は解除されたようです。
「このねずみは、何か特別なねずみですね?」
東村が、核心に迫りました。どうやら本当に、力を持った男のようです。
「あんたすごいな。信頼出来る」
姉御が答えました。
「やはり……。話して下さい。お聴きいたしましょう!」
「無理。人見知りだから」
姉御は、きっぱりと言い放ちました。
「じゃあ、メル友から」
東村は、物怖じしない精神の持ち主のようです。姉御は、東村とメル友になりました。携帯電話に好きなレスラーの名前「東村治」を登録できて、至福のようです。
「詳しくは分かりませんが、あなたはこのねずみといると、大変なことになるかもしれません」
東村が鼻毛をいじりながら言うと、姉御は息を呑み、驚いたように目を見開きました。
「も、もしかして、その鼻毛はわざとか!!??」
忠告は流されました。
「これは、こだわりと愛の証ですよ」
東村は、フフフと、意味ありげに笑います。鼻毛がわざとだったという真実を知り、姉御はガクガク震えました。
そして、黙って金を机に置いて立ち上がると、大福ねずみをポケットにしまい、玄関の扉を開けました。そこで突然振り向いて、親指を立てて言いました。
「メールくれ!」
後ろから、東村の「オーケー」という返事が聞こえてきます。
「キモッ! 二人、何かキモい~」
大福ねずみは、突然芽生えた微妙な友情に呆れるしかありませんでした。
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