第5話リザーナ=ラン=アルベルト
「それで?何で泣いてたのよ」
「別に泣いてないですよ」
リザは、からかう様に俺の肩をツンツンと突きながら話しかけてきた。
「嘘だ―。思いっ切り泣いてたくせにー」
ぷくくっと含み笑いをしながらおちょくるのをやめないリザ。
「あーはいはい。わかりましたわかりました。それで?アルベルト少佐殿が来ると言う事は、とても重大な要件でもあるのでしょうか?」
「折角二人しかいないのに敬語で、しかも他人行事な感じで言わないでよ‼」
イラっとしたので俺も嫌味たっぷりに言ってやった。
「もう、帰って来た報告があったからお疲れ様の意味を込めてお菓子買って来てあげたのに」
「先に弄ってきたのはそっちだろうが…」
そう言うと、後ろ手に隠していたお菓子を机の上に置いた。
彼女の名前は、リザーナ=ラン=アルベルト。
産まれはアルベルト侯爵家のご令嬢、つまりそれなりに位が高い貴族の跡取り娘である。
更に、今はこの騎士軍のいち大隊を任されている少佐である。
因みに俺の位は、軍曹。名ばかりだけどな。
普通なら、平民である俺なんかとこのように話す事はありえないのだが、ちょっとした出会いが切っ掛けで小さいころに友達の様な関係になった。
「取り敢えず、お菓子もあるしお茶にでもしましょうよ。時間的にもちょうどいいし」
時計を見ると、針は午後三時近くを指していた。
「少佐ともあろうお人がこんな時間にお茶をしてていいのですか?」
「もう‼泣いてたのを弄ったのは謝るから、その少佐って言うのやめてよ‼」
リザは腕をぶんぶんと振りながら、う~っと唸っている。
いや、今のは本当に心配して言ったんだが…
「ごめんごめん、今お茶入れるから待ってて」
「カイトの入れるお茶はおいしいのよね~」
俺はお茶を入れる為に、席を立って会議室にある給湯器を取り出して、お湯を沸かし始めた。
「何か嫌な事でもあったの?」
「別に…」
「もしかして…次の仕事のこと?」
「お前…‼何でそれを」
俺はびっくりして、ティーカップを落としそうになった。
「あら?図星なのね。私の勘もバカにならないわね」
「嵌めやがったなぁ」
「どちらかと言うと自爆じゃない?」
クスクスと楽しそうに笑う姿は、やっぱり貴族令嬢なんだなっと改めて思わされる。
「どうせ、また無茶な仕事を押し付けられたんでしょ。貴方の上司、クズで有名ですしね」
「まぁ、ズバリその通りなんだけどな」
お湯が沸いたので、俺お手製のブレンド茶葉を引き出しから取り出してティーポットに入れる。
「長丁場になりそうなの?」
「まぁ、そうだな」
お湯を注いで1分蒸らす。これによって香りがぐっと増すのだ。
「ちょっと最近多くない?ただでさえ危険な事してるっていうのに」
「それぐらい上の方は切羽詰まってんだろ。最近は経済の回りも良くないし、近隣諸国との小競り合いもあるしっと。ほら、出来たぞ」
「わぁ…やっぱりカイトが淹れたブレンドティーはいい香りがするわね」
リザは顔に笑みを浮かべながら、ブレンドティーを一口飲む。
「うん、美味しい」
「そりゃどうも」
それから暫く、静かな時間が流れた。リザ曰く『ティータイムはお喋り禁止』らしい。
「…次はどこに行くの?」
「あんまり言いたくないんだけど」
飲み終わった後に、再び会話が始まる。
「……」
リザに無言で睨まれる。
こうなるとテコでも動かないのがリザーナ=ラン=アルベルトだ。
「はぁー」
俺は深いため息をついた後に、腹をくくって仕事先を言った。
「エラファルド大森林」
「…え?」
リザが聞いた途端、ポカーンとした顔をした。
「も、もう一回聞いてもいい?」
「エラファルド大森林。聖域調査だよ」
「何よそれ‼自殺に行くようなもんじゃない‼」
「だから困ってたんだよ…」
リザは机をドンっと叩いて、怒りをあらわにした。
「そんなの私が認めない‼そんな殺害宣告みたいな事…絶対に許さない‼」
リザは急いで部屋の外に出ようとする。
「待て、誰に何を言うつもりだ」
それを俺は、リザの腕を掴んで止めた。
「貴方の所のクソ上司よ‼私の地位をフル活用してでも…‼」
「やめとけ。相手は大佐だぞ?それにあんなんでも地位は公爵だ。どうあがいでも俺達じゃ力不足で地位不足だ」
「…っ‼あのコネだけのクソ狸が‼」
俺の先輩…上司は仕事をしない上にコネで今の地位にいるクズだ。だが、産まれと言う力を持っているがために、部署の中で歯向かえる者がおらず誰も手出しができないでいる。
「じゃあどうするのよ‼このまま死にに行くって言うの!?」
「……」
リザの声が会議室の中に響き渡る。
リザがここまで声を荒げるのは相当珍しい事なのだが、今俺が置かれている状況はそれぐらいヤバいのだ。
「百歩譲ってエラファルド大森林の調査だけならまだしも、聖域調査って…もし『黒龍姫』が出てきたらどうするのよ‼」
「そうなったら確実に死ぬなー」
俺は手を上に上げて、お手上げのポーズを取りながら乾いた笑いをした。
「あんたって奴は…‼そんなに死にたいの!?」
「んな訳あるかよ」
俺は、リザの顔を力一杯睨みつけた。
「死にたい?笑わせんなよ。死にたいわけあるか。もう二度とあんな思いはしたくないね」
「か、カイト…」
「お前には分からねぇだろうな、死ぬってことがどんなに恐ろしいか。どんなに辛い事なのか。分からねぇよな‼」
「カイト…いたい…」
「はっ!?」
俺はいつの間にか、リザの肩を思いっ切り掴んでいた。
「ついカッとなって…ごめん」
「ううん。私も言っちゃダメな事言ったから。こちらこそごめんなさい」
リザは頭を下げる。
それを見て、自分がいかにバカな事をしたのかが如実にわかってしまい、自分で自分を殴り倒したい気分になった。
リザはただ俺のことを心配してくれただけなのに。こんなダメダメな俺を心配してくれて、更にこの状況をどうにかしようと考えてくれているのに。
それを俺は…
「あぁ…本当にダメな奴だな、俺」
俺は本当にバカだな。
「カイトはダメな奴なんかじゃない‼ダメなんかじゃない…そんなんじゃ…ないもん。私は知ってるもん…」
リザは俺の上着の裾をぎゅっと掴みながら、俺の言葉を必死で否定する。
その姿が、子供の頃と全然変わってなくて、何故か心が落ち着く。
「そうだな、俺はやればできる子だったな」
そんなリザの頭を撫でて、自分を落ち着かせる。
俺はこんな強がりしか言えない状況に、心の底から怒りを感じた。
こんな理不尽な仕事に対して。そして、唯一の俺の友達にこんな顔をさせる自分自身に。
「絶対、絶対に戻ってくるわよね」
「あぁ、戻ってくるよ」
「約束だからね」
そう言ってリザは、俺から離れていつもの笑顔を見せてくれた。
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