第7話 リサーナの決意
夜の森は思ってた以上に不気味だった。
レオンが言うには、普通だったら絶対に夜の森になど行かないのだという。
ランディーが住むクルド王国、つまり北リトリア大陸では、いわゆる「モンスター」の生息地域はかなり限られていた。
だが、このヘレスがある南リトリア大陸には、北からは考えられないようなモンスターが住むという。
リサーナ達が住む集落は、森周辺の中でもかなり安全な場所に住居を構えているが、それでもモンスターが村に入り込まないよう、頑丈な木で作られた塀で囲まれているのだ。
しかし今4人、リサーナ・レオン・パビエル、そしてランディーが進んでいる森は、この周辺でも凶暴なモンスターが徘徊している区域であり、パビエルを先頭に慎重に森の中を進んでいた。
今日の月が満月だった事だけが唯一の救いかもしれない。
村の住人によれば、イリーナが、森のこの方向へ走り去る姿が目撃されている。
恐らくは、勢いで飛び出してしまい、危険区域の事など頭になかったのだろう。
今からほんの30分程前。ランディーはレオンに、自分もイリーナ捜索に加えて欲しいと願い出た。
「駄目だ」
しばらく考えた後、レオンはシンプルにそう答える。
「なぜですか?」
ランディーも簡単に引くわけにはいかなかった。
自分がほとんど戦力にならない事はわかっていた。
だが、軽い気持ちで発言したわけでは無かった。
「確かに、僕が戦力になるとはこれっぽっちも思ってはいません。」
それはそうだ。ついこの前まで、ベッドから起き上がるのにも苦労していたのだ。戦力になるわけが無かった。
加えて、実戦経験にも乏しい。モンスター相手では特にそう言える。
「ですが、皆さんは別です。特に魔法使いであるレオンさん、そして剣士であるパビエルさんが居ないのは、捜索隊にとってかなり痛いはずです」
実際その通りだった。レオンとパビエルが、ランディーの監視の為、村に残らなければならないと聞かされた捜索隊員の一部からは不安の声も聞かれたほどだ。
「いや、やはりダメだ。君の戦力がどうこうだけの問題ではない。君を捜索に連れだしたとなれば、リサーナの立場がこれ以上ないくらい悪くなるのは明白だ。」
実際問題、彼をこの村に連れて来てからと言うもの、リサーナに対する風当たりは強くなる一方だった。
この村の目的が「人間との戦争に反対する」という事からすると、住民らの反応は矛盾しているように見えるが、ランディーが自分達エルフを殺しに来た戦士だった事が災いしている。
「だから、今出来る最善策は、ここで吉報を待つことだ。」
リサーナはレオンとランディーのやり取りを横で聞きながら、自分のこれまでの優柔不断さを後悔していた。
彼女は、反戦争運動を始めた時からの夢があった。
しかしいつの間にか故郷を追われるように旅立ち、今では村の住人を守ることだけを考える毎日になってしまっていた。
自分が主導してきた事なのに、皆の意見だけを尊重することだけを考えここまで来てしまった。
だが、ランディーと言う人間がこの村に来たことで何かが変わろうとしている。
良くもあり悪くもあることかもしれない。だったら・・・
「レオン、彼も連れて行きましょう」
「リサーナ?」
レオンは耳を疑った。
「何の冗談だリサーナ!これ以上君の評判が下がるような事があったら、俺はどうすればいい!?」
しかしリサーナは冷静にレオンに話しかける。
「問題ありません。」
「問題無いって・・・」
「詳しくは後で話します。しかし、イリーナだけはどんな手を使ってでも絶対に助けなければいけない。違いますか?」
とにかく、イリーナに、彼女に何かあっては遅いのだ。
「責任は私が取ります。いいですね?」
リサーナはレオンに確認、と言うより、念を押すように語った。
「・・・・わかった。いいんだな?」
構いませんとだけリサーナは答える。
基本的にリサーナは頑固だし、言い出したら聞かない所も多々ある子だ。
しかし今回の決定には、何か大きな揺るがない決意のようなものを感じる。
「そうと決まればぐずぐずしてはいられません。すぐに出かけましょう。」
そんなやり取りがあったのが30分程前。
それからと言うもの、リサーナには全く迷いが感じられなかった。
いつも何かを迷いながら決断していた彼女の面影はそこにはなく、何かこう吹っ切れたような、そんな印象さえ受ける。
(何かを決意したようだったけど・・・・)
そんな事を考える内に、森のかなり奥深くまで来てしまった。
レオンによれば、この辺りには数は少ないが、ポイズナーと呼ばれる大型の「毒グモ」が徘徊しているのだと言う。
彼らの知能は高く、めったに自分達より高位の生物、例えばエルフを襲うことはほとんど無いらしいが、本能的に自分より弱いと感じた生物には容赦なく襲いかかるらしい。
例えば今の弱っているランディーは、彼らの食料にしか見えないかもしれないと言うことだ。
そしてそれは、戦闘力のないイリーナもポイズナーから見れば餌にしか見えない可能性は高いのだ。
「何か聞こえませんでしたか!?」
ランディーがそんな事を考えていると、リサーナが何かの音に反応する。
「自分には何も・・・・」
「いや、確かに聞こえた・・。これは・・・イリーナか!?」
イリーナは全速力で逃げていた。
だが、ポイズナーの足はエルフより遥かに速い。そして慎重で頭が良い。
イリーナを見つけたポイズナーは、まずはイリーナの能力を見極めようとしていた。
そして、イリーナが自分にとって取るに足りない存在であることを確信すると、すぐには捕食しようとはせずに、まずは徹底的に弱らせることにしたのだ。
(も、もうダメ・・・。これ以上走れない・・・。)
そしてイリーナは、ポイズナーの目論見通り体力を使い果たし、その場へと座り込んでしまう。
(私、このクモに食べられちゃうのかな・・。)
そう考えながら、イリーナは父親と喧嘩した時のことを思い出していた。
ホントはすぐに謝って、いつも通り夕食の準備などを手伝いながらその日を終えるはずだったのだ。
しかし父が、イリーナが連れてきた人間の事で、彼女の事を悪く言うのが許せずにカッとなってしまい、激しい口論となってしまった。
最後は父親に頬をはたかれ、そして、その後すぐに村を飛び出してしまったのだ。
しかしすぐに夜の森に恐怖を感じ、村へ戻ろうとした所でポイズナーに見つかってしまい、今現在こうして追いつめられてしまった。
(あれが父さんとの最後会話になるのかな・・・嫌だな。もっとちゃんと話しておけばよかったよ・・・)
気づけばポイズナーは目の前まで迫っていた。
怖い、そして逃げ出したい。だが体が動かない。
体力の限界もあったが、モンスターを目の前にして、体が恐怖で動かないのだ。
(嫌だよ!こんな事で死にたくないよ!お父さんお母さん助けてよ!誰か、誰か・・・)
「誰か助けてよ!」
彼女が精一杯振り絞って発した叫びは、しかし虚しく夜の森に響き渡っただけだった。
目の前のエルフの突然の叫びに、一瞬は怯んだポイズナーだったが、気を取り直して、目の前の「餌に」改めて向かい合った。
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
その爆発音は突然ポイズナーの周囲で鳴り響いた。
砂煙が舞い、ポイズナーとイリーナの鼓膜を突き破るかのようだった。
「いまのは・・・・」
イリーナは、突然の爆発音と直前に一瞬だけ見えた光のような物が飛んできた方向へと意識を向ける。
「リサーナ・・レオン・・パビエル・・・。それと人間の兵士君!」
そこには、彼女の友人達と、あの人間の兵士が立っていた。
恐怖と絶望の色だけが灯っていたイリーナの瞳に、彼女らしい輝きが再び灯っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます