第6話 いなくなった少女
なぜこうなったのか!
もう、どのくらい繰り返したかわからない自問自答を、ルイスは再び頭のなかで巡らせている。
今から8時間ほど前、娘のイリーナが、あろうことか人間の兵士が
イリーナの父「ルイス」は、これまでに見せたことの無いような怒りを
もちろん理由はある。ルイスは元軍人だ。なので、兵士というものがいかに危険な存在であるかはだれよりも知っている。
ルイスは、イリーナを叱った後、自分の部屋で反省するようにイリーナに言い渡し、シャリーと共にそれからウェイン及び村の
そして帰ってきたらイリーナがいなくなっていたのだ。大方、ふてくされて外に出たのだろうと放おって置いたのがいけなかった。すでに日付が変わろうとしているにも関わらず、イリーナは帰って来ない。
「ルイス!」
誰かが自分を呼ぶ声がした。
「ルイス、準備が整った!今すぐにでも捜索に出かけるぞ!」
ウェインだった。イリーナ居なくなったと聞くや、すぐに戦闘能力の高い者達を集め、イリーナ捜索の為の準備を整えたのだ。
「すまない長老・・。」
ルイスはウェインに深く頭を下げる。
「そんなのは後だ!すぐにイリーナを探しだし、この村に連れかえ・・・・」
ウェインの言葉が途中で途切れたので、ルイスはどうしたのかと顔を上げると、リサーナとレオンの姿を見つけた。
その瞬間、ルイスの中に例えようもない怒りが湧き上がってきた。この少女が、リサーナがよりによって人間の兵士を助けなどしなければ、そうすればこのような事態にはならなかったのだ。
しかしルイスは、今のこの怒りを、目の前の少女にぶつけても仕方ない事も理解していた。それよりもイリーナの行方を探すほうが何よりも優先すべきことなのだ。
「ウェイン、俺達は参加しなくて良いのか?」
レオンはウェインにそう尋ねた。
「今回はいい。お前たちはこの村で、あの人間の兵士を見張っている必要がある。」
「そうか、わかった。気をつけろよ」
レオンもこの場の空気は読んでいるつもりだ。恐らくルイスとしては、あまりレオン達の顔をみたいとは思わないだろう。なのでウェインの提案を抵抗すること無く受け入れる。
「無論だ。すぐにでもあのじゃじゃ馬を見つけ出して、説教を食らわして・・・って、おいルイス!どこへ行く!」
ウェインが話し終えるか終えないかの途中で急にルイスが走りだしたので、ウェインは慌てて馬から降りた。
ルイスは今すぐにでもこの場を離れてイリーナ捜索に向かいたかった。しかし見てしまったのだ。リサーナとレオンの後方に、開いたドアから覗き込むあの人間兵士の姿を。
(あいつが居なければ、こんな事には・・・・!)
レオンとリサーナはルイスの行動の意味がわからず、一瞬行動が遅れてしまった。気付いた時には、すでの建物の中にルイスは侵入していた。ルイスは倉庫に入るや否や、ランディーの胸ぐらを掴んで怒鳴りつける。
「貴様が!人間の、蛮族の兵士である貴様がこの村に来なければこんな事にはならなかったんだ!」
ランディーは突然走りこんできたエルフの剣幕に完全に怯えていた。物凄い形相で走りこんできたエルフに対して、ランディーは慌てて布団の中に隠れようとした。
しかし、そんな物で隠れることなど当然出来るわけがなく、容赦なく、ルイスの罵声を浴びせられる。
「いいか!この村はな?人間と戦うことを放棄したエルフが集まった集落なんだ!」
人間と戦うことを放棄・・・エルフの剣幕に怯えながらも、その言葉はランディーに衝撃を与える。しかし、これまでのリサーナやレオンの態度、そして、イリーナという若いエルフの言動からすれば、今となっては納得がいく。でもなぜ今こんな状況になっているんだ・・。
「それを、お前が・・・お前が・・・!っぐ、離せ!」
ようやく追いついたレオンが背後からルイスを押さえつける。
「ルイス!落ち着け。今はイリーナ捜索が最優先だろう?」
その言葉でルイスもようやく若干の落ち着きを取り戻す。そして倉庫の外へと向かい出すが、一瞬だけ歩くのを止めてリサーナの方を向いた。
「リサーナ、俺はお前のやってることを認めない!」
そう述べてから、外に待機している捜索隊へと合流する。
「ルイスの奴・・・・・」
ちっ!と舌打ちしてから「気にするなよ」とリサーナ達に声をかけ、ウェインも捜索隊の元に再び合流した。そしてイリーナの捜索へと出発した。
どれくらい時間が経っただろうか?恐らくは5分も経ってないかもしれないが、それは残された3人にとって恐ろしく長い時間に思えた。
「すまんな、驚かせた」
最初に沈黙を破ったのはレオンだ。
「少し村で問題が起きてな。それに巻き込んでしまった」
あくまでもランディーが関係してるとは言わない。だが、彼も気付いているだろう。そして理由を聞いてくるに違いない。どうしたものか・・・。
「イリーナが居なくなってしまったんです。」
レオンがどうやって話すか思案していると、リサーナが正直に話し始めた。
「実は、今日の夕方、イリーナがこの倉庫に来たことが、彼女の父親のルイスにばれてしまったんです。」
もうここまで来たら全部話すしか無いか・・。諦めたレオンはリサーナの後を継いで話し始める。
「ルイスの奴、イリーナをかなり激しく怒ったらしい。で、イリーナは家出した、というわけだ。」
大体わかったか?とレオンは付け加える。
「僕が、この村に・・来たから・・・・・」
「それは違います!」
リサーナは間髪入れずに断言した。今にも死んでしまいそうなかおで話すランディーを見て、そうしなければいけないと勝手に言葉が出たのだ。
「さっき、ルイスさんも言ってたとおり、この村は人間との戦いに反対するエルフで構成された村なの。だから、本来なら、傷ついた人間の兵士であるあなたがこの村に来たのは運命だと私は思っています。」
リサーナは真正面からランディーをみて語った。
「でもさっきのエルフは・・・」
「彼は戦争反対ではないんだよ」
レオンが説明する
「戦争に反対なのはイリーナでね。で、リサーナに付いて行くって決めた彼女の事を心配して、一家でこの村にきているんだ。」
むしろルイスは戦争推進派なのだという。
「過去に色々あったと聞いています」
「まあ、そんな彼でも、この村での決まりは絶対に守ってもらう事で合意はしている。イリーナに嫌われたくもないだろうしな。」
「ですから今回の件は、本当に運が悪かったのです。」
リサーナとしては、人間のランディーとエルフがふれあうことで、両者の間のわだかまりが少しでも減っていくことを期待していたのだが、ここまでの間、全てが悪い方へ悪い方へと進んでいく。
どうしてうまくいかないのだろうか?そう考えると、悲しくてたまらなくなってくる。ふと、リサーナの目から涙がこぼれ落ちた。
「リサーナ・・・」
レオンはうつむいて泣くのを必死にこらえようとするリサーナの肩を優しく抱いた。しかし、抑えようとすればするほど涙が溢れてくる。もうずっと泣くのを我慢していたのだ。
そして、ランディーという人間がこの村に迷い込んだ。チャンスだと思ったが、運命は全て、リサーナが思い描く理想とは反対の現実を突きつけてくる。
ランディーは苦しかった。苦しくて苦しくてたまらなかった。ここに来た時は、自分の身に起こったことを呪わずにはいられなかった。
しかし、ここに来てから数週間、毎日のように顔を出すレオンとリサーナ達は、自分が不便な思いをしてないか、体調はどうだといつも気にかけてくれている。そして、今日出会ったエルフの女の子。あの子とは、たぶん仲良くなれる気がする。性格は俺とは正反対みたいだけど・・・。
エルフを殺すことだけを考えていた自分が、まさかエルフの心配をするようになるとは思っていなかった。それもこれもこの村へ来ることが出来て、彼らのようなエルフと出会えたからこそだと思う。
今のこの気持を、もっと早く持つことが出来てたら、もっと違う未来があったんだろうか?
ランディーは昼間話したエルフの少女のことをふと思い出した。そして、ふと思った。
(このままでいいのか?)
皆が彼女を探してる。そして、彼女が居なくなった原因は明らかに自分だ。その自分は、レオンとリサーナに言わば保護された状態でこのベッドの上にいる。まだ終わったわけじゃない!俺にだって出来ることがあるはず。
その状況に堪らなくなったランディーはリサーナに話しかける。
「あの、お願いがあります」
ランディーからの言葉に、リサーナはどうしたんですか?と問いかける。
「僕を、僕もイリーナの捜索に連れて行って下さい!」
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