第5話 騒がしい訪問者
ランディーの怪我はほぼ完治に近い状態になっていた。それと同時に、自分のこれからの処遇についてもあれこれ考える余裕も前より出てきてしまった。
その日も朝からリサーナとレオンがランディーの元に訪問していた。ここ数日のリサーナは、ランディーの元に出かけては、人間の世界の話しを興味深く聞くのが日課となっている。
恐らくは、ランディーの不安を紛らわすことが目的なのだろう。彼女がそういうエルフだと言うことは、ここ数週間、彼女と接してきた事で十分理解していた。
しかしランディーが知る由もないが、リサーナは人間界の事を聞くのが大好きだった。人とエルフでは、そもそもの寿命が違うし、精神的な成長も人間と比べて格段に緩やかだ。
例えば、クルドでは6歳から幼年学校に入学するという話はリサーナには衝撃的だったようだ。エルフがそういう公共の教育の場に通うようになるのは20を超えた頃なのだという。
それを聞いたランディーは、20歳の人間は、クルドでは成人した者とみなされるという話をリサーナにしてやった。
実はリサーナには前々から疑問があった。エルフは人間より長寿だ。平均寿命は500年、中には700から1000年を生きる者もいる。なのにだ。100を生きることも難しい人間とエルフが互角の戦争を行っているのだ。
これは、普通では考えられない現象だろう。長い寿命を持ち、知恵や経験で勝るはずのエルフと短命の人間が互角なのだ。
しかし、人間達の生きる速さや短い寿命の間に何かを成し遂げようとする必死さはエルフには無いものだ。
リサーナは今年80になる。エルフのなかではまだまだ子供扱いだ。なのに目の前に居るこの青年は、リサーナより遥かに年下だという。この生きるスピード、そして必死さがエルフの長寿であることの利点を、利点とさせない要因となっているように思える。
もし、この2つの種族が、共に手を取り合い協力して行ったら、エルフの知恵と人間の懸命さで、どんなに素晴らしい世界になるだろう。
そう思うと、ますますこの戦争は止めなければいけない。リサーナはランディーの話を真剣に聞きながら深く考え込んでいるようだった。
だからだろう。ランディーの視線が、時折リサーナの背後にある倉庫の扉付近に度々注意を奪われていることを彼女が気付けなかったのは。
「あの、あそこにいる女の子は誰ですか?」
そんなランディーの指摘にだれもが「?」となったが、振り向いた先にその存在を確認することが出来た。
「イリーナ!」
今日の当番兵であるパビエルが叫ぶ、と言うより怒鳴っていた。彼の目線の先には、腰まで伸びたブロンドの髪がとても美しい女の子がそこに居た。
「ここには来てはいけないとあれほど言っただろう!」
この倉庫には、長老であるウェインや補佐を務めるイルカイを始め、一部のエルフ以外は近づいては決まりになっていた。
「だって、倉庫の扉開いてたよ?」
パビエルはまさかと思い倉庫の扉を見ると、扉の鍵は見事なまでに閉まっていなかった。
「パビエル・・・・」
レオンが何をやっているんだという目つきでパビエルを見る。
「す、すまないレオン。おかしいなあ、ちゃんと閉めたと思ったんだが・・」
「そうそう、パビエルはどっか抜けてるからねー」
まるで他人事のようなイリーナの態度に、パビエルは反論する気も失せてしまう。
「それで、どうしてここに入ってきたのイリーナ。」
リサーナがイリーナにそう問いかけた。
「ああ、なんかこの村に人間が連れてこられたって聞いて、しかも男の子って言うじゃない!絶対いつか話してみたいと思ってたの」
そんな事をニコニコとイリーナは話しだす。
「私ね、以前一度だけ人間の街に行ったことあるの。国境付近の港町。お父さんの仕事の付き添いでね。で、そこで人間の女の子が居たんだけど、みーんなおしゃれな格好してるの!あのデザインはエルフ界では考えられないデザインね!」
イリーナは、本人以外が全員あっけにとられてるのもお構いなしに話し続ける。
「ねね、君彼女居るの?もしかして結婚とかしてる?ねえ、どうなの?」
「はーいストップだ」
レオンが話し続けるイリーナに割って入ったのはその直後だった。
「何よレオ兄」
「何よ、じゃねーよ。みろよ、お前以外みんなぽかーんとしてるだろうが。」
ふと周りを見渡すと、確かにランディーも含めてあっけにとられた表情をしていた。
「あれ?どうしたの?」
「あのなあ・・。お前がずーっと話し続けるから、みんなあっけに取られてるんだ」
レオンは少々頭が痛くなってきた。この村のエルフは、元々人間に対する敵対心のようなものは持っていない。しかし、ランディーのような捕虜となった兵士にまで遠慮なく接してくるのはイリーナくらいのものだろう。
ランディーを見ると、何か、とてつもなく奇妙な何かをみるような目でイリーナを凝視している。
(あいつの周りには居ないタイプだったんだろうな、イリーナは)
彼のイリーナを見る表情を見ていると、少し笑いそうになる。
「さてと、イリーナ。お帰りの時間だ。」
「えーーーー!まだ話し足りないよ!」
イリーナは、自分に表せる表現の全てを使ってレオンに抗議する。
「だ・め・だ!村の決まりは聞いてるだろう?これ以上駄々をこねて、面会が自由になった後も、お前だけは不許可になってもいいのか?」
「それはやだ!」
じゃあ大人しく家に帰れと言うレオンの言葉にイリーナはしぶしぶ従った。
「じゃあねクルドの兵士君!また今度絶対話し聞きに来るから!約束だよ?」
「あ、ああ」
あっけに取られながらもランディーはなんとか返事を返したのだった。
「いや、すまない。あの子はホント規格外でね。」
イリーナがパビエルに連れられて出て行ったのを確認してからランディーに話しかける。そう言いながらもレオンは、イリーナがこのタイミングでランディーとコンタクトを取れたのは幸運だったかもしれないと考えている。
実はレオンとリサーナは、ランディーがこの集落と人間界でも戦争に反対している人達との橋渡しになってくれないだろうかと考えているのだ。
もちろん何の根拠もなくそう言っているわけではない。どうも彼の話を聞くと、エルフに対する憎しみとかそういう動機で戦争に参加しているわけではなく、政治的なイデオロギーのような物に突き動かされての参加だったことがわかる。
そういった思想や理念に感化されやすい側面はあるが、それは逆を言えば「純粋」だからこそとも言える。
だから、彼がこの村にいる間に、エルフがどんな種族なのかをできるだけ知ってもらいたいレオンやリサーナにとっては、イリーナのような、誰にでも別け隔てなく接することが出来るエルフが、ランディーと接触してくれた事はラッキーだったと言える。
ウェインには「それが実現できるなら、戦争なんてとっくに終わっている!」と一喝された。ランディーに、この村の目的を教えることは多大なリスクを背負う行為だと言える。だが、どんな無謀に見えることでもチャレンジするしか無いのだ。
(それがこの集落の唯一の存在意義だろう・・・)
一歩ずつでいい、しかし確実に前に進まなければならない。改めてレオンは固く決意した。
そしてその夜だった。イリーナが行方不明になったとの報が村中を駆け巡ったのは。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます