第4話 きっかけ

「人間を診たことは無いので確かなことは言えませんが」


 医師免許を持つノーブルはそう前置きした上で診断の結果を話し始めた。


「あの高さから落ちたにしては、非常に早い回復速度といえます。引き続き安静にして下さい」


 そう言うが早いか、そそくさと部屋を出て行く。


「あ、先生ありがとうございました!」


 リサーナは慌ててノーブルを玄関先から見送った。


 ここは、ランディーが軟禁されている建物だ。とは言え、倉庫を緊急に使っているので、建物の高い位置に窓がある以外は、運び入れたベッドがあるくらいのものだった。


 実はノーブルがランディーを診るのは今日で3回めだ。一度目は、ランディーが初めて村へ連れてこられた夜だ。レオンによって眠らされていたので、診察はスムーズに進んだ。


 問題だったのは2回めだ。ランディーにとっては敵の魔族の医者に診察されることは相当に恐ろしい出来事だったのだろう。


 怪我であまり動けない彼は、行動で抵抗する代わりに彼のあまり豊富とは言えない「語彙」、いわゆるボキャブラリーを駆使してノーブルやリサーナ達に口撃こうげきしたのだ。


 この時は、レオンがやはり魔法によりランディーを大人しくさせてから診察を行ったが、村のエルフ達の間の人間に対する評価が急降下したのは間違いない。


 そして今日の3回め。さすがに自分の体調が徐々に良くなっているのはランディーにも分かってきており、自分の体を研究材料にされるといったような不安はなくなっていた。


 それと同時に冷静さも若干取り戻しつつあり、捕虜の身で騒ぎ立てることが得策では無いとの認識も持てるようになってきた。


 彼がこの集落に連れてこられてから1周間ほど経っただろうか?まだ満足に動くことは出来ないが、段々と自分の置かれている状況について、分析できるくらいには落ち着いてきた。


 そして、どうにもおかしいの自分の処遇について気付く。敵国に捕まった捕虜の扱いにしては、いささか過剰すぎるとも思える待遇なのは何故なのか?一旦冷静になると、今度は敵国のど真ん中にいることへの恐怖が湧いて来たのだ。


(崖から落ちて瀕死の人間を治療する敵国の魔族?意味がわからない)


 ランディーは、今後自分がどう立ち回るべきかを決めるためにも、自分の置かれている状況を少しでも理解しなければならないと感じた。ここに来てから、恐怖と混乱のあまり口をきくこともためらっていたが、この魔族の少女に色々と聞かなければならないことは多い。


「あの・・・」


 突然のランディーの発言に、一瞬部屋の中が時間が止まったように静になる。が、すぐにリサーナが対応した。


「は、はい、なんですか?どこか痛みますか?あ、お腹がすきましたか?」


 リサーナの畳み掛けるような質問にランディーは気圧されてしまった。


「おいリサーナ、そんな矢継やつぎ早に質問してたら彼も答えられないだろう」


 レオンは苦笑いをしながらリサーナを落ち着かせる。


 基本、ランディーへの面会は、最低3人で行われることになっている。今回は、リサーナ、レオン、そしてこの建物の警備を行っていたエルフの戦士「パビエル」だ。


 ランディーは、基本的に自分から発言することが無かった。なので、珍しく彼から自発的に話しかけてきたので、リサーナとしては嬉しさのあまり、つい前のめりになってしまった。


 はっ!とした顔をした後「すみません・・・」としゅんとなるリサーナだったが、すぐに気をとり直して、ランディーの話を聞く準備をする。


「あの、ここ数日いろんな出来事がありすぎて、少し混乱していたようです。色んな失礼をまずはお詫びします。」


 ランディーはとりあえず非礼を詫びることにした。もちろん、心底そう思っている訳ではない。だが、敵地で、自分の命運を握っている彼らの心象を悪くするわけにはいかない。彼らの判断次第では、今すぐにでも自分は処刑されてしまうだろう。それだけは避けたい。


「あ、いえそれは・・・・。仕方のない事です。人間であるあなたが、敵対するヘレスの住人に対して不安を抱くのは当然だと思います。」


 どうか気になさらないよう。そう言って少女は優しく微笑んだ。


「質問を・・良いでしょうか?」


 ランディーは慎重に言葉を選びながら会話を続ける。


「あなた方魔族・・・・いえ、エルフの方にとって人間は敵対する者であると考えます。」


 魔族と言いかけた瞬間、見張りと思われる魔族の兵士に物凄い形相でにらまれたので、慌ててランディーはエルフと言い直す。


「なので、瀕死の私を助けることには、何の意味も為さないと思うのです。人間とエルフは戦争中なのですから」


 ランディーは、なぜ助けたのか?とは聞かなかった。質問すれば、恐らく助けたいと思ったからとか、いつも通りの答えしか帰ってこないだろうと思ったのだ。質問ではなく、自分の見解を述べることにより、この会話を発展させるほうが話が深まる気がした。


「それは・・・それは私は、怪我をして苦しんでいるのがエルフだろうと人間だろうと、ほおって置くことが出来ないからです。」


「そのことについては大変感謝しています。ですが、捕虜の扱いとしては、私の知ってる限りの待遇では無い事が少し不安なのです」


 ランディーは、自分の不安感をさらけ出すことにより、何かを探ろうと言う意図がある事を悟られないよう言葉を続ける。


「すみません、何しろ私にとってここは敵国です。牢に入れられるわけでもなく、このように治療もしてくれる。この状況は普通では無いと不安にかられるのです」


 嘘は言っていない。実際不安で仕方がなかった。この状況は普通ではない。


  ランディーの言葉を聞き、リサーナは困った表情になった。確かに彼の言うとおりだろう。これは普通の捕虜の扱いではない。そもそも捕虜ではないのだからそれはそうだろう。


 しかし、この村がどういう村なのか、彼に説明して良いものだろうか?ウェインや村の者達に相談すべきではないか?いや、相談したら間違いなく反対されるだろう。どうすれば、どうすればいい?


 リサーナは、目の前にいる青年にどう答えればよいのか、苦悶していた。


「ランディー」


 悩むリサーナにレオンの声が聞こえた。


「ランディー、君が不安になる気持ちはよく分かる。君は敵国の只中にいるし、我々は人間で言う所の魔族だ。自分の置かれている立場を知りたい気持ちは当然だ。」


 少し間を置いてからレオンはまた話し始める。


「しかしそれは我々も同じなんだ。君が何者で、どんな意図であの場所に居たのか。もしかしたら我々の居場所を偵察に来ていて足を滑らせたのかもしれない。」


「いえ、そんな事は!」


「それは君にしか分かり得ないことだ。」


 ランディーの言葉を遮ってレオンはそう断言する。


「だからな?今俺達に言えることは、君の命の保証だけは約束する、ということだ。」


 不満か?そう言ってレオンは肩をすくめてみせた。


「いえ、十分です。ありがとうございます。」


 本当に聞きたいことは聞けなかったがランディーにとっては今はとりあえず十分だった。しばらくの間、自分が殺されることはないのだろう。それはなんとなくわかった。


「よし、じゃあ君はもう少し休んでろ。だいぶ良くなったとはいえ、完全に治ったわけではないからな。」


「・・・はい」


 こうして3回めの検診は、前回とは打って変わって静かに幕を閉じた。



「リサーナ」


 倉庫を出てしばらく経ってから、レオンはリサーナに話しかけた。


「あいつ、自分が置かれている状況が変だと、心配でたまらない感じだったな」


「はい・・。あの方は冷静に振る舞おうと努力はしてましたが・・・。」


「まあ、手がプルプル震えてたからなあ・・・」


 さっきのランディーの様子を思い浮かべると、思わず吹き出しそうになる。


「嘘がつけない奴なんだろう。そういう意味では信頼できるが、まあ、まだ話すのは時期尚早じきしょうそうだろう。」


「レオンは彼に、この村の事実を話すことには反対ではないのですか?」


 リサーナはレオンの意外過ぎる言葉に驚いていた。この掴みどころのないエルフの魔法使いは、てっきりリサーナのお目付け役としてだけの為に、この村に付いてきたのだとばかり思っていたのだ。


「レオンからそんな言葉がでてくるとは、ちょっと意外です。」


「なんだとー?」と、ちょっと怒ったしぐさを見せながらレオンは言葉を続ける。


「まあ、この村がこのままで良い訳は無いからな。」


 お前もそうおもってるんじゃないのか?最後のそのレオンの言葉にリサーナは「はっ」とした。


 元々は、戦争反対の大義を掲げて、ヘレスからの独立を計画したことが始まりだった。それが、計画を政府に邪魔され妨害工作が入り、今では30人ほどで、政府の監視を恐らくは受けながら細々と暮らしている。それが当たり前のようになっていた。


 「戦争反対を掲げてきた俺達の村に、敵対する人間が負傷した状態でやってきたんだぜ?これはチャンスだろう?この村が変化していくためのな」


 具体的には俺も何をどうすればよいかはわからんけどな、と、最後に笑いながらレオンはそう言った。


 「そう・・ですね。私も何をどうすれば良いかはわかりませんけど・・ふふっ」


 リサーナは久々に、自分が何をするために行動を起こしてきたのかを思い出した。戦争に反対するエルフが集う集落に、戦争で傷ついた人間の青年兵士がやってきたのだ。


 上手く言葉には出来ないが、この機を逃しては、永遠に何かが変わるチャンスは無い・・・そんな予感がしていた。

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