少女は空から落ちてくる(4)

 エンキとスラバル。話し込む二人を見て、アルルの脳裏にはある一つの考えが浮かんできた。


「もしかしたら街の真ん中にあるスカイ・ノアから、ムーヴァの駆動エネルギーを充填できるかもしれない」


 そうすれば、エンキに頼らず一人でイジェン火山に行けるし、目的達成の成功率もぐっと上がりそうだ。

 服の下にしまい込んだネックレスを引っ張り出して、それをじっと見る。

 三センチ四方の立方体。赤く、半透明。まるでレッドサファイアのようだった。けれど、光の反射はなく、どこか深みを帯びた印象を与える。


「お父さん、お母さん。絶対に仇はとるから……!」


 それから、二人にバレないようにこっそりと街の真ん中、”ユダ”の方に歩き始めた。

 さっきよりも目深にフードを被る。なるべく”地を這う人間(グランドイド)”に絡まれたくはない。


「おいおいジン、この女ザンのアニキが気に入るんじゃねえか?」

「おいおいズン、この女ザンのアニキのところ連れて行こうぜ?」


 そんな願いも束の間、二人の男が立ちはだかった。どうやら双子のようで、容姿はほぼ一緒。やや小太りで矮躯。直接黒い革ジャンを着ていて、スキンヘッド、顔には二人で左右対になるタトゥー。


「おいおいジン! この女、どうしてやる?」

「おいおいズン! この女、なにしてやる?」


 放つ雰囲気は害意に満ちていて、明らかにカタギのそれではない。


「ど、退きなさいよっ!」


 けれどアルルは、このジンとズンに小物の臭いを感じていた。この街一番の大蛇であるスラバルとの格の違いは明々白々。


「おいおいジン! この女、今なんか言ったか?」

「おいおいズン! この女、今俺らに言ったか?」

「退けって言ったの! 聞こえなかったの?」


 瞬間、アルルは抵抗する間もなく、羽交い絞めにされた。


「ちょっ! 何する気っ!?」

「ジン、このままザンのアニキんところに連れて行こうぜ?」

「ズン、このままザンのアニキのところに運んじゃおうぜ?」


 アルルの叫びは完全に無視。体に力を入れて、本気で暴れてみるも、二人はびくともしない。

 強姦される……!

 そう確信してから、彼女は自分の犯した愚に気が付いた。侮った。確かに彼らはスラバルに比べれば小物だろう。しかし、単純に腕力でアルルは劣っている。それはどうやったって覆すことができない事実だった。ただ、それだけを以てして、侮ってはいけなかったのだ。


「……誰か! 助けっ!」


 その叫びも口を押えられて最後までは言えない。


「おいおいジン! 思った通りの女じゃねえか!」

「おいおいズン! やっぱりいい女じゃねえか!」


 フードがはらりと。アルルの顔は露わになって、彼ら二人は喜びの声を上げる。「ザンのアニキにこりゃあ褒められるぜ?」と顔を合わせた。

 羽交い絞めにされたまま、日の当たらない本物の路地裏へと引きずられていく。

 もがもがと口を動かし暴れる。けれど、何人か通り過ぎた人々は片目でちらりと見やるのみ。きっとこの街では日常茶飯、見知らぬ誰かを救おうなどという非合理な正義感はエイリスには存在しない。人々の倫理観の欠如は”スカイ・ノア”から降りる際に彼女が予想した通りとも言える。

 そして周りよりも一層粗末な掘っ立て小屋に連れ込まれた。ボロけたソファーが一つ。以外に目につくのは空いた酒瓶だけ。


「ザンのアニキ、女あ、連れてきました!」

「ザンのアニキ、女あ、捕えてきました!」

「ジン、ズン……。てめえら、また碌でもねえ女拾ってきやがってたな?」


 その上に寝ていた男が眠そうなまま起き上がるなりそう言った。


「ザンのアニキ! 今回の女は格別ですぜ! な? ジン」

「ザンのアニキ! 今回の女は特別ですぜ! な? ズン」


 床に置かれたラムの瓶を手に取ると、そのまま一煽り。歳は二十代中頃くらいだろうか? 格好は双子と変わらず、肌に直接黒い革ジャン。けれど細身で、身長も高い。睫毛は長く、顔立ちは美男子と言えた。けれど、その髪型……、緑に染髪したモヒカンが調和を崩している。


「ほう……、ジンとズンが連れてきたにしちゃあ悪かねえ」


 ザンと呼ばれるその男は顎に手をやり、そう言った。どうやらこのザンという男、矮躯な双子の兄貴分らしい。

 アルルはこの場を逃げるため、頭を回転させる。けれど”スカイ・ノア”を降りた昨夜から予想外の連続で、寝る暇さえなかった彼女の脳は意思に反して鈍い。そして彼女が下した結論が、


「私に何をする気?」

「そりゃ女あ、男女のことに決まってんだろ」

「私を羽交い絞めにしたまま?」

「んまあ、そうだな。そうじゃなきゃ……」

「そんなことしなくても私っ! あなたに惚れたのっ!」

 ……エンキの時と同様、またも色仕掛けだった。

「……う~ん、やっぱりオレ様って罪なオトコ。また大空舞う一羽の小鳥を愛という鳥籠に閉じ込めちまった……」


 引っかかった!

 アルルは内心、ガッツポーズ。色に弱い”地を這う人間(グランドイド)”にウンザリしながらも、それに感謝さえする。


「だから、逃げたりしないから、コイツら退かしてくれない?」

「ま、そういうことならな! ジン、ズン、離してやれ」


 ザンがそう言うと、二人は素直にアルルから手を放す。身動き取れる今なら逃げ出せるかと周りを伺うも、双子が唯一の出入り口である扉の前に立っている。奴らに敵わないのはもう学んでいる。ならば、どうするべきか。


「おいで、小鳥チャン、男女の秘め事を始めようか……」

「ちょ、ちょっと待って。あの二人がいる前でするの?」

「あん? なんか問題あるか? ジンとズンはオレ様と一心同体。問題ねえ。それに……、オレ様とが終わったら小鳥チャンはあの二人ともするんだし」

「え……そ、それは……」


 あのキモイ双子を……。それはいくら騙すためとはいえ、頷きがたい。


「さ、おいで。小鳥チャン」


 考えをめぐらす。けれど、今はザンという男の所に行くしかない。近付くと、腕を掴まれ瞬で、ソファーに寝かされる。そして、ザンがアルルに覆いかぶさる。


「さあ、ココがパラダイス……。楽しもう」


 猛回転する頭とは裏腹に、身体は強張るのみ。「あ……、これ、逃げられないかも……」そんな考えが、心の隅から滲み始める。

 男の唇がアルルの首筋に触れそうになったその瞬間!


「おいクソどもっ! 邪魔すんぞ!」


 扉が蹴破られ、差し込む光。同時に室内に響いたのはエンキの声。

 勢いよく開いた扉に思い切り打ち付けられたらしく、ジンとズンは早くも伸びている。


「ああ? 子鼠のエンキじゃねえか。これから愛のトリップしようって時に、何の用だ?」

「その女、俺が先約取ってんだ。手ェ出してんじゃねえよ」


 このザンの一党に捕まった時点でムーヴァのエネルギーを充填する作戦は潰えてしまっている。だからエンキの乱入は、アルルにとっては渡りに橋だった。

 ザンは酒瓶を手に持って、すっと立ち上がる。大股で肩を入れながらエンキに近付く。


「子鼠が先約ぅ? 調子乗ったこと言ってんじゃねえよ。それに、このオレ様のパラダイスを邪魔したんだ。詫び入れんのが……先だろうがぁっ!!」


 持った酒瓶を思い切り振り被って横薙ぎに。それはエンキの顔にぶつかると思われた。けれど、エンキは身を屈めてそれを避け、そして一歩。ザンの懐へと飛び込む。


「舐めんなよ……、このゴロツキがぁ!」


 その掛け声とともに放たれたエンキ渾身の右拳がザンの鳩尾へ吸い込まれるようにぶっ刺さる。


「うぉ……えぇ……!」


 呼吸ができなくなくなったザンが、腹を抑えて倒れ込んだ。手に持っていた酒瓶が地に落ちて、がらんと音が響く。


「一生寝とけ。……おい、行くぞ」


 エンキにそう声を掛けられて、アルルはやっと起き上がる。


「あ、ありがとう……。助かった」


 エンキは黙って、アルルのフードを被せ直した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る