少女は空から落ちてくる(2)

 猛進するトレーラーが巻き上げる砂塵は、先程より景気が良かった。

 響くのはエンジン音。ドデカい車体を動かすために、ガソリンと”エンキ”の文化的な生活を燃やしながら、車輪を回す。けれど、エンキは今、その音さえ心地良さそうだった。

 というのも……。腰に収まった”ダグラス鋼”製のナイフ、隣に座るのは”スカイ・ノア”から来たと言う少女、そしてにバックミラーからは荷台に括りつけられた真っ白な”ツバメ”が見える。

 屑鉄ジャンク屋にとって夢のような状況だ。口角が上がり切ったエンキの顔は見れたものではないが、それも仕方ないのかもしれない。

 けれど、そんな彼とは裏腹に、”アルル=ヒュラス”はとても静かだった。


「はぁ……」


 どころか、彼方まで広がる砂漠を眺めながらため息一つ。

 しかし、それも当然だ。右も左も分からない地上で仕方なかったとはいえ、エンキの口車に乗せられてこんな状況になってしまった。はっきり言って、エンキと名乗るこの男も所詮は”地を這う人間グランドイド”。信用できたものではなかった。これから”エイリス”という地上最大の都市に連れていくと言ったが、それが彼女の目的に近付くのか離れるのか。それすら判然としなかった。

 けれど、まぁ。


「殺されなかっただけマシ、か……」


 今はそう思うしかない。


「え!? なんか言ったか!?」


 エンキのドデカい声を右手で払い流して、不安を押し込む。そして、強がりついでに「このオンボロトラック、空調もないの?」と悪態をつく。


「ある訳ねえだろ! オンボロだかんなぁ!」


 何が可笑しいのかは分からないが、彼はそう言って一人ドデカい笑い声をあげていた。

 アルルは一層ムスッとした表情になって、再び視線を窓の向こうへ。


「このトレーラーは”発掘再生品スカベンジド”だからよぉ!」


 エンキは彼女の憂鬱など気にすることもなくそう大声を張り上げた。

 発掘再生品、それは旧時代の遺物であるという意味だった。技術の最高到達地点は千年前。というのも、技術のハウツーは全て、スカイ・ノアと共に空へ消えて飛び立ったから。地上に残ったのは残りカスだけ。地上の技術も少しずつ上がって来てはいる。けれど、千年前のそれには程遠く、未だにその旧時代の遺物と同等の物を一から作るだけの力はなかった。だから文字通り、砂の中から掘り返しては修理し、再生させているのだ。


「おっ! 見えてきたぜ」


 まだ会ってから幾許も経っていないけれど、早くも聞き飽きたエンキの声。また騒いでるな、程度にしか思わないけれど、一応彼の指さす方を一応見てみる。

 地平線の彼方。

 黒い人工物が見える。

 アルルは目を凝らして、それから、数瞬。 徐々に見えてくるその黒い人口物。形は六角中。大きさは、巨大。

 そして、アルルはその黒い人工物が何かを悟る。


「……嘘……でしょ」


 驚きのあまりに開ききったアルルの口から、そう言葉が漏れた。


「驚いただろ? あれが俺の街。”不飛とばずの空船”、”ユダ”を中心にした交易都市”エイリス”だ!」


 しばらくして、驚きの波が引ききったアルルは、その口の形を薄い笑みへと変える。


「……見れて、良かった」


 小さなその呟きは、未だテンション高く騒ぐエンキの耳に届くことはなかった。

*

 エイリスの外縁に軒を連ねる倉庫街は、交易都市としての特色を充分に見せていた。

 そもそもエイリスが発展したのは、言うまでもなく、都市の中央に鎮座する”ユダ”に起因する。その”不飛の空船”の腹の中から失われた技術(ロストテクノロジー)を引きずり出そうとした輩が、こぞって集まったのだ。しかし、彼らの一獲千金の夢はあっけなく砕けた。ユダはダグラス鋼に覆われていて、外からでは傷一つつかなかったのだ。未だに大バカ野郎がユダにダイナマイトを仕掛けたりなんかして、その腹の中を拝もうとしてはいるが……。

 そんなこんなで人が集まったエイリスだったが、地表の殆どが砂漠に覆われた現代において、オアシスでもないこの場所でできることなぞ決まっていた。そう、交易。幸いだったのは、集まった輩が気性は荒いが骨のある男たちだったということだ。ちょっとやそっとじゃくじけないし、盗みや騙しも許しはしない。かくして、エイリスは世界有数の交易都市となったのだ。

 アルルとエンキが乗るトレーラーは、街の外に大口を開けている倉庫の一つに飛び込んだ。エンキが掛けた急ブレーキでアルルはフロントガラスに頭をぶつける。


「ようこそ、わが家へ」


 エンキは涙目の彼女にそう言った。

 ドデカいタイヤのせいで一層高くなったトレーラーから跳ねるように降りると、エンキはすぐさま倉庫のシャッターを下ろした。


「ちょっと、ぶつけたんだけどっ!」


 それからやっとアルルがトレーラーから降りてきた。腫らしたおでこを抑えながら、ぶつぶつと文句を言っている。


「いやー。コレ、他の連中に見られたくなかったもんでよ」


 トレーラーの後ろに括りつけられたツバメをゴンゴンと叩きながら、エンキはそう言った。

 エイリスのゴロツキは本当に無法だ。この傷一つないツバメを、奴らに見られてしまっていたら、確実に血を見ることになる。エンキが、その小柄な体格と屑鉄屋としての実績から舐められている、というのもある。


「というか……我が家?」


 アルルはそう言うと、部屋をグルっと見まわした。そして、一言。


「ここがあんたの家? こんなところに本当に住んでるの!?」

「ぐ…………、るせえ! ここが俺ん家だ。文句あんのか」


 けれど、アルルがそう尋ねるのも仕方なかった。コンクリート打ちっぱなしの床、レンガの壁に剥き出しのパイプ、トタンを乗っけただけの天井。倉庫として作られた場所であるから、これらは兎も角も。

 回路、ネジ、モーター……、エトセトラ。室内に積まれ、散乱している、ガラクタの数々。ベッドの存在に、むしろ違和感が残る。とても人が住んでいるとは思えない。


「もしかして私、しばらくここに住まなくちゃいけないの? 最ッ悪なんですけど」

「ま、それは安心しろ。明日の朝にはこの街を出ていくからよ」


 げ……。それはそれで……。アルルはそんな表情を浮かべる。

 確かに彼女にも急ぐべき理由はあったが、それにしたって早すぎる。この旅、用意をいくらしてもしすぎることはない。アルルはそれを知っていた。グイと唇を噛む。

 はっきり言ってエンキは阿呆だとアルルは踏んでいる。

 ただの移送でアルルがスカイ・ノアに戻る手段たるツバメを手放すのは、割に合わない。

 普通ならそう考えるはずだ。そして、実際その通り。けれど、この”地を這う人間グランドイド”は金に目が眩んでいるのか、それに気付いた様子は一切ない。彼がこの依頼を危ないものだと知れば、この依頼を蹴る可能性は大いにある。ならば……、それを明かすのは下策。

 アルルは必然、頭を抱えた。

 エンキはトレーラーに備え付けられたウィンチで倉庫内にツバメを降ろす。ツバメの羽先がガラクタ山にぶつかって起きた土砂崩れも気にせずに、エンキはこう言った。


「じゃ、旅の準備しに行って来るから、お前はここで待っとけ」

「ちょ! ちょっと待って!」


 慌てたアルルは、思わずエンキの腕を掴む。


「んだよ?」

「私も連れて行って欲しいなー……なんて」


 それに勿論、エンキは怪訝な表情を浮かべた。


「はあ? ムリムリ。お前がついてきてどうすんだ? 地上のことなあーんも知らないだろ」

「ぐ……。それは、そうだけど……」


 武器が必要になる。とても強い、武器が。

 言いたい。しかし、それは言えない。アルルの脳内、フルスロットル。


「大体女が一人で出歩けるような街じゃねえんだ。ウリかよっぽどの男勝りじゃねえと。俺はゴロツキに付け狙われってし、とてもお前を……」

「でっ!」


 ご高説をさえぎって、アルルは叫んだ。


「……で?」

「デートしてみたいの!」


 …………馬鹿か、私は!

 エンキからしてみれば得体の知れないアルル。先ほど、侮蔑した相手にこんなこと言っても、恋愛感情が無いことは明らか。不信感を更に募らせてしまうのは間違いない。下手をすれば、このままほっぽり出されてしまう可能性もある

 頭を働かせて、それしか言えないアルル。相当の阿呆だ。

 しかし、相対するエンキはもっと阿呆らしかった。

 少し驚いた後、しばらく考え込んでから、口元をにへらと歪ませて、こう言った。


「……いいよ」

「うぇ……。で、デートがしてみたいだけで、あんたとデートしたいわけじゃないんだからね! 地を這う人間ごときが、私とデートできるなんて感謝しなさいよっ!」

 良い方に転がったけれど、予想以上のエンキのキモさ。アルルは精一杯そう言い訳をしてみるのだった。

「まあまあ、俺とデエェト、したいんだろ!?」

「そう言ったんだけど……、そっちまで乗り気だと調子狂うというか……ゴニョゴニョ」

「まあ真剣な話、街へ行くんなら……その服、脱げ」

「え? な、なんで!? 私、あんたとデートはしたいって言ったけど、そこまでは普通にムリだから!」

「ちげえよ! 俺は純愛派! まずお前の服、そんな高価な服を着て外に出たら、絶対に身ぐるみ剥がされてポイだ。次にお前の肌、そんな綺麗な肌のやつは地上にはいねえ。絶対に怪しまれる。そして顔。……結構整ってるからな。襲われちまう。だから、これでも着ろ」


 エンキが襤褸切れのような服を放り投げる。広げてみると、顔から足まですっぽり覆う服だった。


「いいから、早く着替えろ。そこの小部屋で。安心しろ、覗いたりはしねえから」


 そう言ってエンキはそっぽを向き、ガラクタの山を漁り始めた。


「あ、ありがとう」


 小さくそう言ってから、アルルは指示された小部屋へと入るのだった。

 

*

 エンキはアルルが普段は作業部屋として使っているその部屋へと入るのを目の端で確認すると、小さく舌打ちをした。


「思ったよりもデケエ厄介事、抱えちまったかもしれねえ」


 決してデートの要望を信じているわけではなかった。侮蔑さえしているだろうエンキに「デートしたい」とまで言って、外に出たい理由。皆目見当は付かなかったが、何らかの面倒が来るという心構えができただけでも僥倖だ。


「アイツがマジモンの阿呆っぽくてよかったぜ」


 アルルはどうやら「デートしたい」をエンキが真に受けたと思っているらしかった。ただデカいヤマを手放さない、こちらを警戒させない、アルルの動向を探る、その三つを満たすのがあの対応。

 けれど、厄介事を抱えたらしいことには変わりない。エンキはガラクタ山を掻き分けて、ある床の部分を露わにした。

 ちょっとした凹みに指先を引っ掛け持ち上げると、ガコリと床板が外れる。そう、それは隠し保管庫だった。その中にはマホガニー製の化粧箱。それを開くといくつかのクリーニングキットと共に、一丁の拳銃が収められていた。そして、エンキはその洗練された黒い鉄塊を手に取る。


 ――――材質、クロムモリブデン鋼。装弾数、六発。使用弾薬は.四四マグナム弾、及び.四四スペシャル弾。銃身長八.三七五インチ、口径十.九ミリメートル。

 対人用としては威力が大きすぎるため、公的執行官が携帯することを禁じられていたその銃の名は、S&W社製モデル二十九。


「コイツを使うことにならねえといいけど」


 エンキはその鉄塊を無造作にツナギの内側に押し込めた。


「着替え終わったんだけどー」

「おー、今行くー」


 アルルのその声に慌てて、箱を保管庫へ。そして床板をはめ直し、見えないようにガラクタ山を崩しておく。


「もっと良い服なかったわけ!?」


 擦れる襟元が痒いのか、アルルは首元をしきりに気にしている。


「悪くねえじゃん! まあ乞食にしちゃあ顔色良いけど、この街を歩いててもおかしかねえ」

「なにそれ、全く嬉しくないんですけどっ!」

「まあまあ、これでお前とデエェト、できるってもんだ」

「お前じゃないし、アルル=ヒュラスだしっ!」


 なるべく間抜けな笑顔を向ける。それから、アルルは思案顔へと変わった。顔に出やすすぎだろ、スカイ・ノアの人間ってのは随分とお気楽らしいな、なんて思ってエンキは口角が釣り上がる。


「もういいからっ! 早くで、で、デートっ!」


 わざと恥ずかしそうな表情しているが、顔色は全く変わってない。耳輪の先さえ真っ白のまま。暴力と権謀が渦巻くこの街で六年間たった一人で生きてきたエンキの観察眼は伊達ではない。


「じゃあ、行きましょうか、お嬢様」


 軽い口調でそう言うエンキは、内心彼女のことを嘲笑った。

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