第31話 運命の出会いリテイク
(俺、どうしちまったんだろう……?)
廊下を歩きながらクリストファーは思った。
変な夢を見るようになってから、アンネマリーが嫌で嫌で仕方がない感情に囚われてしまう。嫌う理由なんてないはずなのに、まるで感情が上書きされていくように認識が変貌していく。
(最初からアンネマリーがあんな人間だったような気がして……いや、違う!)
クリストファーは首を横に振って自身の考えを否定した。今まで自分が一緒に歩いてきた少女は、そんな人間ではない。
悪役でありながら世界を救うため、自分と一緒に協力してきた仲間だ。
(そんなこと分かりきってるのに、いざ本人を目の前にすると感情が振り切れちまうんだよな)
嘆息するクリストファー。
(はぁ、やっぱ俺、おかしいわ。アンネマリーに相談を……できねえんだよなあ。無限ループだ)
もう一度嘆息しながら廊下の曲がり角に差し掛かった時だった。
通路の奥から何か小さな物がカラカランと音を立てながら足下に転がり込んできた。
拾い上げると、それは銀製のペンダントだった。卵に翼が生えたようなデザインの装飾がついている。
「なんだこれ……うおっ!?」
アクセサリーへの興味皆無な男は、右手にペンダントを載せて訝しむ。
するとペンダントが突然ブルブルと震えだした。
一瞬、ペンダントではなく虫でも拾ったのかと思い、反射的に放り投げそうになるがすぐに思いとどまってどうにかペンダントを掴み取る。ホッと安堵の息を吐いた瞬間、何かがドンとぶつかってきた。
ここは廊下の曲がり角。
曲がってきた誰かにぶつかってしまったのだろう。
「きゃっ!?」
クリストファーに押し負けた人物は弾き飛ばされ、尻餅をついてしまう。
「いたたたた……」
「すまない、大丈夫かい?」
「申し訳ございません、急いでいて気付かなくって」
クリストファーがぶつかったのはメイドの少女だった。
弾き飛ばされ尻餅をついてしまった彼女に手を差し伸べる。少女を起き上がらせたところで、クリストファーは既視感に襲われた。
それは少女も同じだったようで、二人は同時に首を傾げて――ハッと気付く。
「王太子クリストファー様?」
「確か君は……以前にも私と廊下でぶつかったことがあるような」
「はい。ルトルバーグ家のメイド、メロディと申します。以前は失礼しました」
メロディはニコリと微笑むと春の入学式の日にぶつかった件について謝罪した。その時のことを思い出したのか、クリストファーはクスリと笑う。
(確かあの時はヒロインちゃんが来ると思って待機してたんだよな。来たのはこの子だったけど)
「今さら気にしなくていいよ。今日はどうしてここに? もしかしてルシアナ嬢の補助要員かな」
「はい。オリヴィア様のところへ書類を届けに」
「そうか……ところでこれは君のかな?」
クリストファーはついさっき拾った卵型のペンダントをメロディの前に差し出した。
「あ、はい、私のです。さっきうっかり躓いてしまったら手から放り出してしまって」
少し恥ずかしいのかほんのり頬が赤いメロディ。廊下で人にぶつかったり物を落としたり、案外そそっかしい子なんだなと、クリストファーは微笑ましい表情になる。
「はい、どうぞ。次は落とさないようにね」
「ありがとうございます、クリストファー様。それでは失礼します」
「ああ、曲がり角では気を付けるんだよ」
メロディは顔を赤くして「はい」と答えると早足で歩き出した。
「……そういえば、あのペンダントのこと聞きそびれた」
確かにペンダントはクリストファーが拾った時に振動したと思うのだが、気のせいだったのだろうか。それとも錯覚だったのだろうか。
(まあ、ありえなくもないよな。今の俺、変だし。少し感覚がおかしくなってるのかも……あれ? でも……あの子の前では俺、普段通りだったな)
クリストファーは後ろを振り返る。メロディの背中は既になかった。
◆◆◆
時間は少し遡る。
メロディは書類を抱えて廊下を歩いていた。
キャロルに頼まれてオリヴィアに書類を届けに向かっているところだ。衣装班も衣装を作るだけが仕事ではない。予算関連書類や物資管理書類など、定期的に提出しなければならない書類が結構あるのだ。
衣装班長に選ばれてしまったキャロルは数学を含む授業の成績は下の方であり、書類仕事は大変苦手であった。他の生徒の協力を得てどうにか書き終えた頃にはもう歩く気力も残っていないのである。
というわけで、書類の運搬はメイドであるメロディにお願いすることになった。
(私も衣装作成に専念したいけど、これもまたメイドのお仕事と思ってしっかりやらないとね)
一年Aクラスに向かいながら、メロディはポケットから『
週末に帰った時に返せば良いので問題ないのだが、それとは別の問題が浮上していた。
(卵の中に入れなくなったのはなぜかしら?)
初めて調査した時、メロディの魔法『
(うーん、なんとなくだけど、卵の中にあった例の壁がプロテクト的な役割を果たして、私のアクセスを拒否してるようないないような……どうなんだろう?)
『魔法使いの卵』は作成過程も能力も感覚的な影響が大きいので、どうにも抽象的にしか捉えることができない難しさがある。白い狼の存在もあって、今後どうなるのか想像も付かない。
「まあ、前回調べた限りでは危険はなさそうだし、今週いっぱい確認して無理そうならマイカちゃんに返してしばらく様子を見るしかないかもしれな――きゃっ!」
余所見をしながら歩くべきではなかった。足がもつれたメロディの指から『魔法使いの卵』がポンと抜け落ちてしまう。地面に転がった卵は流れるように廊下の角へと転がっていった。
「ま、待って!」
慌てて廊下の角を曲がろうとするメロディ。その先に人がいるとは思いもせず。
「きゃっ!?」
誰かにぶつかり、押し負けたメロディは弾き飛ばされ尻餅をついてしまった。
「いたたたた……」
「すまない、大丈夫かい?」
「申し訳ございません、急いでいて気付かなくって」
手を差し伸べられ、メロディは立ち上がった。その人物は見知った者であった。
「王太子クリストファー様?」
「確か君は……以前にも私と廊下でぶつかったことがあるような」
「はい。ルトルバーグ家のメイド、メロディと申します。以前は失礼しました」
「今さら気にしなくていいよ。今日はどうしてここに? もしかしてルシアナ嬢の補助要員かな」
「はい。オリヴィア様のところへ書類を届けに」
「そうか……ところでこれは君のかな?」
クリストファーが見せてくれた物は『魔法使いの卵』だった。どうやら拾ってくれたらしい。
「あ、はい、私のです。さっきうっかり躓いてしまったら手から放り出してしまって」
「はい、どうぞ。次は落とさないようにね」
「ありがとうございます、クリストファー様。それでは失礼します」
「ああ、曲がり角では気を付けるんだよ」
(ううう、王太子様に転んだところを見られるなんて、恥ずかしい!)
メロディは早足で廊下を通り抜けた。
その時、手に持っていた『魔法使いの卵』が振動した。
『……そうか、彼は』
「え?」
一瞬、誰かの呟きが聞こえた気がしてメロディは立ち止まったが、それ以上、声は聞こえなかった。
その日の夕方、メロディとルシアナは伯爵邸へ帰還した。ルシアナは家族の下へ向かい、メロディは調理場に行くとマイカが作業中だった。
「お帰りなさい、メロディ先輩」
「ただいま、マイカちゃん。そうだこれ、『魔法使いの卵』を返すね」
「何か分かりました?」
「ごめんね、先週以上のことは分からなかったよ……やっぱり身に付けるのやめとく?」
白い狼を取り込んだことでメロディにもよく分からない物になってしまった。危険はないと思われるが、絶対とも言い切れない。メロディ自身も少し判断が悩ましかった。
「うーん、今までも大丈夫でしたし、とりあえずしばらく様子見してみますね。何かあったらまた相談させてください」
「分かったわ。異変を感じたらいつでも相談してね」
「はーい」
お気楽に微笑むマイカにつられてメロディも思わずクスリと笑ってしまうのだった。
☆☆☆あとがき☆☆☆
ピッコマにてコミック最新20話③が公開されました。
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