第23話 メロディびっくり!
「君にずっと会いたかったんだ。まさかこんなところで再会できるなんて、嬉しいよセレナ」
「あ、あの……!?」
突然大柄で筋肉質な男性に抱きしめられてはさすがのセレーナも困惑を隠せない。魔法の人形メイドとはいえ、セレーナは女性なのだ。服の生地越しとはいえ、厚い胸板の感触と筋肉が発する熱に包まれる感覚に恥ずかしさがこみ上げてくる。
「ええっと……その……」
「我が家に勤めているなら手紙くらい送ってくれてもよかったのに。寂しいじゃないか、セレナ」
「あの、わたくしはひゃっ!」
セレーナを抱きしめるヒューバートの力が一層増し、セレーナは悲鳴を上げた。
「セレナ、俺はずっと君を――」
「いい加減に、しなさああああああああああああい!」
「ぐはあっ!」
ヒューバートの後頭部にルシアナのハリセンツッコミが炸裂した。その隙にセレーナはサッとヒューバートの抱擁から逃れ、安堵の息を吐く。
「セレーナ、大丈夫?」
「はい、お姉様。ですが、凄く驚いてしまいました」
メロディはセレーナの下へ駆け寄ると後ろからそっと両肩に手を添えた。セレーナはまだ胸の鼓動が収まらないのか両手で胸元を押さえている。
メロディは頭を抱えて蹲るヒューバートに困惑の線を向けた。
(ヒューバート様、なぜ突然こんな真似を……それに、セレーナのことをセレナって)
「ぐうう、いきなり何をするんだルシアナ。痛いじゃないか」
「それはこっちのセリフよ叔父様! いきなり女性に抱き着くだなんて!」
「ううっ」
ルシアナのハリセンツッコミのおかげで正気に戻ったのか、ヒューバートは顔を赤くしながらバツの悪い表情を浮かべた。
「それは、すまない。久しぶりにセレナに会えたのが嬉しすぎてつい」
「あの、わたくし、セレナという名前ではないのですが」
「え? セレナ……じゃない?」
目の前の少女はヒューバートが記憶しているセレナにそっくりであった。だからこそ別人であることが冷静になった今では分かる。なぜならそっくり過ぎるからだ。
出会った頃のセレナは十代後半の若々しい少女で、今目の前にいる少女によく似ていた。だが、彼女がルトルバーグ領を離れて既に十五年ほどが経過している。
現在のセレナの年齢は三十代。もっと成熟した女性の容貌をしているはずだ。
(であるなら彼女は……)
「はい。わたくしの名前は」
「そうか。君はセレスティだな!」
「「え?」」
ヒューバートの言葉にメロディとセレーナが虚を突かれたような声を零す。
「叔父様、セレスティって誰?」
「前に話したことがあるだろう。セレナは俺の初恋の相手なんだが、その娘の名前がセレスティというんだ」
「確か、しばらくうちの領で暮してた人よね」
「ああ。娘のセレスティはルシアナと同い年のはずだから、セレナにそっくりの十代の彼女はきっとセレスティに違いな……ああ、違った。セレスティは銀髪の娘だった」
ヒューバートは勘違いに思い至り、ガクリと肩を落とした。子供が生まれた時、見せてもらった赤子の髪は白銀に煌めいていたことを思い出したのだ。
そしてメロディは最早確信するしかなかった。
(ヒューバート様が言ってるセレナって、お母さんのことよね)
十数年前にヒューバートが出会ったセレーナにそっくりなセレナという少女が産んだ銀髪の娘の名前はセレスティ。他人のそら似のわけがない。
(私、ルトルバーグ領で生まれたんだ……)
てっきり元々住んでいたアバレントン辺境伯領のアナバレスの街で生まれたのかと思っていたが、そうではなかったようだ。
(それで何が変わるわけじゃないけど……)
自分が知らなかった出生の秘密を知った気がして、メロディの胸はドキドキと高鳴っていた。
「申し遅れました。わたくし、メイドのセレーナと申します。よろしくお願い致します」
「そうか。名前も顔もそっくりなのに、他人のそら似なのか……よろしく、セレーナ。さっきはすまなかった」
「お気になさらず」
セレーナはニコリと微笑んだ。それがまさにセレナの笑顔にそっくりで、ヒューバートは懐かしさのあまり涙ぐんでしまう。
「ヒューバート、少しお茶でも飲んで気分を落ち着けるといい。食堂へ行こう。セレーナ、お茶を準備してくれるかな」
「畏まりました、旦那様」
「ルトルバーグ伯爵様、私はそろそろ失礼させていただきます」
一段落ついたところでレクトがヒューズに申し出た。
「帰ってきた途端に変な事態に巻き込んでしまい申し訳ありません、フロード殿。よろしければ今から昼食ですのでご一緒にいかがですか」
「申し訳ありません。レギンバース伯爵閣下への報告もあるのであまりゆっくりとはしていられないのです」
「分かりました。また後日お礼をさせてください。ポーラはどうしましょう、一緒に連れて帰りますか?」
「いえ、これまで通りでお願いします。ポーラ、帰ったら悪いが夕食の準備を頼む」
「畏まりました。メロディ直伝でパワーアップした私の料理を堪能させてあげますよ」
ポーラが得意げにニカリと笑うと、レクトは苦笑いを返した。
「では失礼します……またな、メロディ」
「はい。お見送りを」
「ここでいいさ。またうちに遊びに来てくれ」
「はい。伯爵様によろしくお伝えください」
メロディがニコリと微笑むと、レクトはほんのり頬を赤く染めて恥ずかしそうな笑みを返してルトルバーグ邸を後にした。
「お姉様、わたくし、お茶を準備しますので昼食をお任せしてもよろしいでしょうか」
「ええ、任せてちょうだい」
メロディが応諾するとセレーナはシュウやダイラルを含めたルトルバーグ家の面々を連れて食堂へ向かった……のだが、なぜかシュウだけ戻ってきた。
「メロディちゃん」
「シュウさん、どうかしました?」
メロディが不思議そうに首を傾げると、シュウはニヘラッと笑って用件を告げた。
「学園舞踏祭の昼の部って使用人も入れるんでしょ? だったら当日、俺と一緒に回らない?」
「えっと、どうでしょう? 私、補助要員なので当日仕事があるのかまだよく分からなくて。もし時間があるようなら構いませんけど」
「マジで? やったー!」
「でもシュウさん、王都が怖いってさっき言ってませんでしたっけ?」
「メロディちゃんとデートができるなら王都の一つや二つ、どんと来いってね! それじゃあ、予定が分かったら教えてね!」
シュウは嬉しそうにニヘラッっと笑うと食堂の方へ駆けていった。
「ふふふ、シュウさんって本当に元気な人」
「ちょっとメロディ、あんな約束してよかったの?」
少しばかり心配そうな顔で尋ねるポーラに、メロディは首を傾げた。
「何か問題? 使用人仲間で一緒に少し学園を見て回るだけよ。お嬢様のお手伝いができないなら私も少し学園舞踏祭を見てみたいし」
「そ、そう……」
(脈がないことは分かったけど、素直に喜んでいいのかしら? これってつまり、うちの旦那様も同じ対応なわけで……目標は遙か彼方ね、旦那様。がんばれー)
「そんなことより早く調理場に行きましょう、ポーラ。私、今日はいつも以上に腕によりを掛けて美味しい料理を作ってみせるわ」
「メロディの本気料理って逆に凄く怖い気がするけど……分かった、手伝うから夕食に少し分けてね。私も食べてみたいし」
「任せて!」
(ヒューバート様もルトルバーグ領も、お母さんと私にとって大切な恩人だもの。メイドとしてしっかり恩返しさせていただきますね!)
メロディは今日改めて『世界一素敵なメイド』になるのだと固く誓うのだった。
☆☆☆あとがき☆☆☆
自転車操業に限界が……もしかするとお休みするかもしれません。
可能ならいつも通り更新します。
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