第15話 クラスの催し決定

「もしかして、メイドが給仕をしてくれるカフェという意味かな」


 クリストファーがそう告げると、シエスティーナは納得したように「ああ」と言った。


「メイドが給仕をするカフェだからメイドカフェか……メイドが給仕をするのは当たり前のことでは? なぜわざわざメイドカフェなんて名前に?」


「各屋敷からメイドを派遣してカフェを運営すればよいのでしょうか」


「それでは私達の仕事がないのではないかな、セレディア嬢」


「あのー」


 実施するかどうかは別として、理解に苦しむアイデアに直面した一年Aクラスはしばし混乱状態に陥った。そこに、手を上げて発言の許可を求める少女が――ルシアナである。


「どうぞ、ルシアナ嬢」


「ありがとうございます、シエスティーナ様。もしかしてなのですがメイドカフェって、私達がメイドに扮して給仕をするカフェ、という意味なんじゃないでしょうか」


「「「えっ!?」」」


 平民の生徒も貴族の生徒も、ルシアナの発言を耳にした生徒は揃ってギョッとして驚いた。


「平民だけでなく貴族の生徒もメイドになるのですか? そりゃあ、男爵家や子爵家の者ならば仕える家によってはなきにしもあらずですけれど……」


 そう発言した生徒は教室内を見回す。王太子クリストファー、公爵令嬢オリヴィア、完璧な淑女アンネマリーに、伯爵令嬢のルシアナやルーナなど、このクラスには上位貴族が多い。


 メイドカフェがルシアナの言う通りの催しであれば、彼らもまたメイドとして働かなければならないことになる。クラス内の誰もが「それはちょっと」と思うアイデアであった。


 だが、シエスティーナは興味深そうに顎を指で撫でながら考える。


「うーむ、メイドカフェがルシアナ嬢の言う通りの催しなら男子生徒はどうすればいいのだろう」


「女性がメイドに扮するなら、男性は執事の格好にでもなればよいのではありませんか」


「ということはその場合、私は執事服かな」


「「「シエスティーナ様の執事服!」」」


「まさかクリストファー様も!?」


「アンネマリー様も!」


「オリヴィア様もでしょうか!」


 一部の女子生徒を筆頭に、一年Aクラスの教室がにわかに活気づく。


「シエスティーナ様が私の執事に……いやだわ、どうしましょう!」


「王太子殿下が執事服だなんて、そんなの……ダ、ダメ、ダメよ。あわわわわわ!」


「アンネマリー様がメイド服姿でお茶を淹れてくれたら俺、どうなっちゃうんだろう」


「俺はセレディア様にメイドになってほしい。きっと儚げで美しいメイドになるはずだ」


 本来であればあり得ない人物の使用人姿を想像した者達がかなり興奮した様子だ。


「……わたくしがメイドに? 礼儀作法としてお茶くらい淹れられますけど」


「オリヴィア様に給仕をしていただくなんて光栄を通り越して畏れ多いです」


「私、お茶なんて淹れられません。どうしましょう、シエスティーナ様」


「淹れるのは誰かに任せてカップを運ぶくらいならできるんじゃないかな、セレディア嬢」


 実行委員の二人も含めてそこかしこで雑談が始まってしまった。

 ちょっと収拾が付かない状態である。

 その様子をじっと見つめていた担任教師レギュス・バウエンベールは小さく息を吐くとその大きな手を勢いよく打ち鳴らした。


 パンッ!と大きな音が室内に響き渡り、生徒達はハッと我に返ってレギュスの方を見る。


「どうやら提示されたものの中ではメイドカフェが一番皆の興味を引いたようだな。いいんじゃないか、メイドカフェ。やりたいならやってみればいい」


「……ですが先生。このメイドカフェなる催しを我々が学園舞踏祭で開催する意義はあるのでしょうか。あまり学園の教育に相応しいとは思えないのですが」


 シエスティーナがそう指摘するとレギュスは顎を撫でて生徒達に問い掛ける。


「誰かちょうどいい建前は思い浮かばないか」


 しばらく待つが意見を語る者は現れず、メイドカフェに興奮した者達も答えが出せる悩み始めた。クリストファーは周囲を見回し、回答する者がいないことを把握するとそっと手を上げた。


「クリストファー殿下、どうぞ」


「メイドカフェを通すことで我々は『仕える』ことへの理解を深めることに繋がると思います」


「……続きを」


「私を筆頭に上位貴族に属する者は誰かに仕えることはほとんどありません。メイド、もしくは執事に扮してお客をもてなすことで、普段から我々に仕えてくれている者の覚悟と矜恃を多少なりとも理解することができれば嬉しいですね。学園舞踏祭の催しでもなければこんな機会はそうそうありません」


「それは良い経験になりそうです。しかし、平民や下位貴族の生徒達にとって学びの機会となるでしょうか」


 レギュスは視線を鋭くしてクリストファーを睨むが、彼は全く気にした様子もなく微笑んだ。


「メイドカフェを実施するとなれば、上位貴族がメイドや執事の仕事をすることになるでしょう。となると、必然的に他の生徒にはそれ以外の仕事をしてもらうことになります。メイドカフェの運営と管理を彼らに任せるのです。よい勉強になると思いませんか」


 クリストファーの説明を聞いたシエスティーナはハッとした。


「つまり、互いの立場を入れ替えるのですね、クリストファー様。それぞれの立場の長所と短所を見極め、相互理解を深める。それが学園舞踏祭におけるメイドカフェの意義」


 クリストファーは笑みを深めた。周囲の生徒が簡単の声を上げる。


「さすがはクリストファー殿下。メイドカフェなんて誰が考えたのか知らないが、殿下にかかればどんなものも立派な教材となるのですね」


「クリストファー様やシエスティーナ様に給仕をしていただける話が広まれば、当日はきっと行列ができるでしょうね。ああ、私も並ぶことはできないかしら」


 再び教室内に雑談が広がっていく。レギュスは苦笑いを浮かべシエスティーナの方を見た。シエスティーナはコクリと頷くと、生徒達に向けて口を開く。


「さて、私には皆がとても乗り気になってくれているように見えるけれど、どうだろうか。我がクラスの催しはメイドカフェで問題ないかな?」


 シエスティーナが問えば、クラスメート達は拍手で応えた。どうやら満場一致でメイドカフェに決まったようである。シエスティーナは深く頷き、レギュスに報告する。


「というわけで、メイドカフェで決定しました、バウエンベール先生」


「よろしい。詳細な計画書は明日のホームルームで決めることとしよう。それに伴い――」





◆◆◆


「ってことで、うちのクラスはメイドカフェをすることになったの」


「そ、そうなんですか」


 ホームルームから帰ってきたルシアナの報告を受けたメロディは少々混乱していた。


(……この世界にもあるんだ、メイドカフェ)


 そこで自分以外の転生者の存在に思い至らないあたりが、メロディの鈍感力である。


「では、明日から本格的に学園舞踏祭の準備が始まるですね」


「明日のホームルームで役割分担や作業スケジュールを大体決めちゃうらしいわ。遅くとも今週中には全部決めてしまわないと」


「本格的な作業が来週からだとすると、準備期間は三週間しかありませんものね。今月は本当に忙しくなりそうです。頑張ってくださいね、お嬢様」


「それなんだけどね、メロディ。先生が言うには準備期間中は生徒一人につき一名、補助要員を連れてきてもいいんですって」


「補助要員ですか?」


 王立学園の生徒はその半分以上が貴族子女であり、力仕事などやったことのない者達だ。学園舞踏祭の準備をしなければならないからといって、いきなり作業をこなせるはずがない。

 そのため、学園側は救済策として学生寮に連れてきている使用人から一名を準備作業の補助要員として同行してもよいことになっているそうだ。


「それじゃあ私、今月はお嬢様に同行できるんですか?」


「選択授業が終わった放課後の準備時間の間だけだけどね。平民の生徒も使用人がいれば連れてきていいことになってるし、使用人がいない人も事前に申請してあれば許可してもらえるそうよ」


 ただし、メロディが校舎に入ることができるのは明日以降の協議を終えて本格的に準備作業が始まった時からである。


「役割分担とかが決まったら、先生から補助要員の入場許可証がもらえるそうだから、それが手に入ってからの話になるわね」


「ふふふ、それは楽しみですね。私、どんな作業をお手伝いできるんでしょうか……そうだ、せっかくですから私から生徒の皆さんに美味しいお茶の淹れ方からお辞儀の仕方まで軽くレクチャーをするのはどうでしょう。『学園舞踏祭向けメイド業務超超短期集中講座EX』を――」


「それには及ばないわ! それぞれの家にメイドがいるんだから自分達でどうにでもなるわよ」


「……確かにそうですね。残念ですけど仕方ありません」


 思ったよりも簡単に諦めてくれたので、ルシアナは安堵の息をついた。ただでさえアレな短期集中講座なのに、メイド業務の短期集中講座なんてどんな内容になるか恐ろしくて内容を知りたくもない。いやホントマジで……。


「それじゃあ、これからよろしくね、メロディ」


「畏まりました、お嬢様」


 セシリアとして学園に留まることができなかったメロディとしては、再び教室に足を踏み入れる機会を与えられて不思議と嬉しい気持ちになった。


(この前は結局上手くいかなかったけど、今回はきっとお嬢様のお役に立ってみせるわ)


(セシリアとはすぐにお別れになっちゃったけど、メロディと一緒に準備ができるのは楽しみね)


 メロディとルシアナは嬉しそうに微笑み合うのであった。

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