第14話 うっかりクリストファー
シエスティーナが尋ねるが、教室に反応する者の姿はなかった。
俯く者、小声で相談する者、様子を窺うだけで特に何も考えていない者、様々である。
(うわぁ、まさに文化祭をやる気のないクラスの光景ねぇ。誰も画期的な案なんて思い浮かばないし、自分が発案したら面倒な仕事を押し付けられると思うと何も言う気になれなくなるのよ)
前世の自分のクラスがそうだった、とアンネマリーは頬に手を添えて首を傾げながら真剣に考えている……ように見える仕草でそんなことを考えていた。
全くリアクションのない様子にシエスティーナはレギュスの方を向いた。
「バウエンベール先生、例年はどうやって催しを決めるのでしょう」
「やる気のあるクラスは今の時点で積極的にアイデアを出し合っているな」
「ふむ、うちのクラスメートは少々シャイのようですね」
(まあ、一年Aクラスで意見が出にくいのはいつものことだがな)
王太子クリストファーを筆頭に一年Aクラスは上位貴族の子女を多く抱えている。そのため、貴族と平民の間の価値観の齟齬が他のクラスに比べるとかなり大きいのだ。
貴族側は少ない予算でできる催しが思いつけず、平民側は逆に上位貴族に受け入れられるアイデアが思い浮かばないため、なかなか意見が出てこないのである。今回は王太子や公爵令嬢といった王家の血筋も含めたクラスであるため、誰も彼もが萎縮して良案など出てこないようだ。
教壇で悩むシエスティーナを見つめながら、アンネマリーはゲーム知識を思い出していた。
(確か、ゲームでのクラスの催しの選択肢は三つだけど……どれもやりたくないなぁ)
一つ目はクラス展示。実はゲームではスチルも何もないので何を展示しているのかよく分からない催しだったりする。催しの中では最も評価が低いが、ヒロインの自由行動が一番許される催しであり、攻略対象者との交流を深めやすいことから甲乙付けがたい。
二つ目はクラス演劇。学園敷地内にある講堂を借りて、劇を演じる。演者になるか裏方に回るかで評価が変わり、演者でかつ主演を任されると専用スチルを見ることができるため人気が高い。
三つ目はクラス商店。主に女子生徒が自作した手芸品の販売を行う。男子生徒は設備の準備や販売を担当するが、結局女子生徒の方が見栄えがいいため手伝う羽目になる。ハンカチやポプリ等を作製し、当日も販売を手伝わなければならないため結構忙しいが、自作手芸品を攻略対象者にプレゼントするイベントがあるので好感度稼ぎには一番効率がいい。
(どれも一長一短あるけど、現実だと展示はつまらないし、演劇は大変過ぎるし、商店は女子生徒の負担が大きいし……うーん、どれか勧めないといけないんだけど)
ゲームのイベント対策を考えれば、最も自由度が高い点でクラス展示が無難であろうが、何を展示するのか分からないためアンネマリーとしても勧めようがなかった。
(でもねぇ、勧められたとしても、せっかくの学園祭で展示って……さすがにしょぼすぎるよ)
この地が『銀の聖女と五つの誓い』の世界である以上、魔王対策が必要であることは理解しているが、だからといって人生の何もかもをそれのためだけに費やすなんて、いくらアンネマリーといえど承服できない。
何か思い出に残る催しをやりたいと考えるのは、十代の少女としては当然の反応であった。アンネマリーが悩んでいると、シエスティーナは何か思い付いたのか口の端が上がった。
「よし、では、無記名投票をしようじゃないか」
「シエスティーナ様、無記名投票とはどういう意味ですか?」
後ろに控えていたセレディアが首を傾げながら尋ねた。
シエスティーナはニコリと微笑む。
「正確には投票ではないかな。どうも皆恥ずかしくて案を出せないようだから、メモを用意して自分の名前を書かず催しのアイデアを書いてもらおうと思うんだ」
「まあ。それならば皆さん自由にアイデアを出せますね」
「バウエンベール先生、そのようにしてよろしいでしょうか」
「特に問題ない。好きなようにやってみなさい」
「皆もそれで構わないかな」
シエスティーナが生徒達に問い掛けると、彼らは周囲と相談し合い、やがて了承を得られた。シエスティーナはレギュスにお願いして、席替えの時に使用したメモ用紙と箱を用意してもらう。
全員にメモが行き渡り、全員が書き終えた頃に箱の中に折りたたんだメモ用紙を回収していく手はずとなっている。
「では皆、まずは予算や準備期間なども無視して、やってみたい催しを考えてみてほしい。まずは候補をリストアップするところから始めよう」
シエスティーナとセレディアが教壇で待つ間、ルシアナを始め他の生徒達はどんな催しをするべきか考えていく。それは当然ながら、クリストファーやアンネマリーも同様であった。
(うーん、三つのうちどれを選択するべきかしら)
アンネマリーは三つの選択肢のうちどれを選ぶべきか真剣に悩んでいた。しかし、その考え方がゲーム設定の影響を受けた視野の狭いものであることに彼女はまだ気付いていない。
(匿名かぁ……何がいいかな?)
対するクリストファーは、ゲームにおける催しの選択を全く覚えていなかった。だからこそ、魔が差したというか、匿名なら何を書いてもいいだろうという浅はかな考えゆえか、クリストファーはこの瞬間、王太子という立場をすっかり忘れてペンを走らせてしまったのである。
「皆、そろそろ書き終えたかな。では、皆のアイデアを回収しよう」
シエスティーナが箱を持って、一枚一枚生徒達から折りたたまれたメモ用紙を回収していった。
「皆ありがとう。セレディア嬢、私が一つ一つ読み上げていくので黒板に書き出してくれるかな」
「はい、シエスティーナ様」
「では――」
シエスティーナは催しのアイデアを読み上げ始めた。平民と貴族ではっきりと内容に違いが見て取れる。平民が考えたであろう催しは、輪投げやボール投げのような日本でいえば縁日の夜店のような遊びが中心だ。対する貴族が考えたであろう催しは、サロンでお茶会をするようなかなり予算を必要とする企画であった。
「色々なアイデアが出ているね。次は……ふむ、自作の手芸品販売か。これも面白そうだ」
それはアンネマリーが書いたものだった。
どうやら彼女は三つ目の催しを選んだらしい。
(今のところ展示と演劇の案は出てないみたいだけど、やっぱり現実だと他の選択肢もあるのかしら。まあ、どれが選ばれても魔王関連には直接影響はないからいいんだけど)
学園舞踏祭昼の部の催しはゲーム的にはサブイベントである。攻略対象者の好感度には影響するが魔王とは全くこれっぽっちも全然関係ない。
(むしろ今朝の中間試験の結果の方がよっぽど大きく関係してるんだけど……)
アンネマリーはクリストファーに視線を向けた。いつも通り優秀な王太子の顔を浮かべて黒板を眺めている。その姿は普段通りであるのだが、アンネマリーはそれが少しだけ不安だった。
(大丈夫だとは思うけど、ホームルームが終わったら後で話をしないと)
「これが最後の一枚だね。何々……メイドカフェか。……メイドカフェ?」
シエスティーナは首を傾げた。
「メイドカフェ?」
セレディアも首を傾げた。
「「メイドカフェ?」」
ルシアナとルーナも不思議そうに首を傾げる。
そして……。
「……メイドカフェ?」
アンネマリーはおっとり微笑みながら頬に手を添えて首を傾げた。その瞳がクリストファーを捉える。彼は王太子の笑みを浮かべたままそっと彼女から視線を逸らした。
(ホームルームが終わったらお話をしないとね……OHANASHIをね!)
この教室で自分以外に『メイドカフェ』なんて単語を知っている者は一人しかいない。アンネマリーが『自作の手芸品販売』と書いている以上、あれを書いたのは元日本人の栗田秀樹である王太子クリストファーしかいないのである。
(人が心配してあげてる時になんつーもんを書いてるのよ! バカ!)
無記名であっても内容を見れば匿名性などあってないようなもの。クリストファーは自分の行動を後悔しながら王太子の顔を維持し続けるのであった。
「うーむ、メイドカフェとは何だろう? セレディア嬢、分かるかい?」
「いえ。メイドカフェという名前から察するに……メイドの、カフェ? え? メイドのカフェって何でしょう」
「分からないな」
((分からないんだ))
悩むシエスティーナとセレディアを前に、クリストファーとアンネマリーは揃って同じ感想を抱いた。だが、それは教壇に立つ二人だけではかったようだ。
「メイド専用のカフェってことか?」
「メイドだけが入れるお店? 何のためにメイドを優遇するの? 貴族専用ならともかく」
「もしそうだとして、どうしてそんな店をクラスの催しとしてしなければならないんだ?」
「これを書いた奴は何を考えているんだ」
(それは俺も分からない……なーんで書いちゃったかな、俺)
(それは私も分からない……なーんで書いちゃうかな、あいつ)
当たり前のようにメイドが存在するこの世界において『メイドカフェ』という言葉の意味は全く伝わらなかったようである。
だから、クリストファーは助け船を自分で出さねばならなかった。
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