第8話 面会予約
「言われてみれば私達だけで考える前にヒューバート様にご相談すべきだったわ。教えてくれてありがとう、リューク」
「領地の当事者ですもんね。すっかり忘れてました。ナイスよ、リューク」
メロディとマイカから揃って褒められたリュークは「ああ」とだけ返すとそっと視線を逸らした。そして追加の意見を述べる。
「……明日説明するのでは遅いかもしれないな」
「ふむ、確かにそうだな。当日領地にいるのは俺とリューク、マイカの三人だが、セシリアの件を相談するのに当事者のメロディがいないのでは方針を決めるに決められない」
「お姉様の魔法についてご存知なのはヒューバート様だけなのですよね? お話しする際に使用人がそばに控えるのではありませんか。そうなると秘密の相談は難しいと思います」
レクトとセレーナの指摘に皆が確かにと納得した。これは事前協議が必要である。そう判断したメロディは一度皆を見回して口を開いた。
「だったら、私が今から領地に行ってヒューバート様に相談してみます」
「メロディ先輩、私達も一緒に行きますか?」
「ううん、大丈夫。まずは私一人で行って相談する時間をいただけないか聞くだけだから」
「お姉様、出発される前に奥様の許可を取ってくださいね」
「分かったわ。それじゃあ、ちょっと行ってくるね」
「行ってらっしゃい、メロディ先輩」
皆に見送られて調理場を出ると、メロディはマリアンナの部屋へ向かった。事情を説明するとマリアンナは頬に手を添えて困った表情を浮かべた。そしてため息が零れ落ちる。
「馬車を送り出したらもう終わったと思っていたけど、そういう調整も必要なのね。全く気が付かなかったわ。分かりました、ヒューバート様に相談しに行ってちょうだい。必要があれば屋敷へ来ていただいて構わないわ」
「ありがとうございます、奥様。ご面倒をお掛けして申し訳ありません」
「いいのよ。メロディには私達、言葉では言い尽くせないほどお世話になっているのだもの。これくらい何てことないわ。ヒューバート様によろしくね」
「畏まりました。行って参ります。開け奉仕の扉『
メロディは魔法の扉を潜ってルトルバーグ領へ足を踏み入れた。『通用口』で繋がった先は、前回の旅で屋敷に辿り着く直前に昼食を取った人気のない街道である。レクトを伴った帰り道で『
「我が身を隠せ『
周囲に人気がないことを確認したメロディは魔法を行使した。メロディの姿は消え失せ、その背中に魔法の双翼が展開される。
「すぐにヒューバート様とお話しできればいいんだけど」
翼が羽ばたきふわりと浮かび上がったメロディは、ルトルバーグ領の屋敷――正確には、地震で倒壊した本屋敷の代わりにメロディが建てた小屋敷――へ向けて飛び立った。
ほどなくして小屋敷に到着したメロディは空の上からヒューバートの姿を探してみたが、残念ながら外に人影は見られない。どうやら皆屋敷の中にいるようだ。
(シュウさんあたりが庭の手入れをしているかと思ったけど、誰もいないのね)
空に浮かんだままゆっくり降下し、メロディは窓から屋敷の中を覗いて見て回った。
「今日の夕食は何にしようかしらねぇ」
「毎日作ってるとレパートリーに困っちゃうわぁ」
「ダイラルもいつも何でもいいって言うから本当に困ります」
調理場にはリュリア、ミラ、アーシャの三人のメイドが作業をしながら雑談を交わしていた。セレーナ達も夕食の相談をする頃だったので、こちらも同じ仕事をしているらしい。
「何でもいいなんて言う男は後で出した料理に文句を言ってくるから本当に嫌よねぇ」
「気を付けなさいよ、アーシャ。結婚前からそんなことを言うようじゃ大変よあなた」
「私とダイラルはそんなんじゃありません!」
顔を真っ赤にして怒るアーシャに、リュリアとミラはケタケタと笑って返した。少女でなくとも女性とは姦しいものである。窓から楽しそうな光景を目にしてメロディも思わず笑ってしまう。
「――って、そうじゃなかった。ヒューバート様を探さないと」
メイドの本能か調理場から見に行ってしまったメロディは、気を取り直してヒューバートを探し始めた。農作業が好きで外に出ることの多かった彼の姿が見えないのなら、最も可能性が高いのは二階の執務室だろう。
念のため一階の窓をグルリと回り姿がないことを確認すると、メロディは二階の窓へ向かった。自分で建てた屋敷なので部屋の配置は把握している。執務室を覗くと、窓に背を向けて執務机に腰掛けるヒューバートの背中を見ることができた。
「いた。でも、ライアンさんとダイラルさん、それにシュウさんもいるみたい。ヒューバート様が一人になるまで声を掛けられなさそう」
執務室には屋敷の男性陣全員が揃っていた。
四人とも机に向かって書類と格闘しているようだ。
(うーん、すぐには無理かもしれない)
既に集中力が切れてしまったのかそわそわした雰囲気のヒューバート。元々護衛ゆえか書類仕事が苦手のようで、ダイラルは難しい顔になって書類を睨んでいる。涼しい顔の執事ライアンは三人の様子を注視しながら黙々と作業に勤しむ。そして使用人見習いのシュウは、窓からは聞こえないものの鼻歌交じりで気楽そうに書類仕事を熟しているように見えた。
(……意外。シュウさん、書類仕事得意なんだ)
土弄りが好きでチャラそうな雰囲気のシュウにしては意外な特技である。素早く書き上げた書類をライアンに手渡し、サッと目を通すと問題なしとばかりにライアンはコクリと頷いた。シュウはニヘラッと笑い返す。そして新たな書類を前に真面目な表情でペンを構えた。
人は見かけによらない。そんなことを考えながらシュウを見つめているとメロディは不思議な既視感を覚え、首を傾げてしまう。
(あれ? シュウさんを見てると何だかちょっと……どこかで見たような)
「んーっ! 疲れたー! ライアン、少し休憩しよう」
窓越しでも聞こえるヒューバートの声にメロディはハッと我に返る。そして機会は意外と早くやってきた。
ライアンは呆れた視線をヒューバートに向けるが、彼はもう机に突っ伏しダラけてしまっていた。仕方なさそうにため息をつくと、ライアンは立ち上がる。
「分かりました。休憩にしましょう。お茶を持って参ります」
「あ、じゃあ俺ちょっとトイレ行ってくるっす」
「ヒューバート様、俺は少し外の空気を吸ってきます」
「おう、行ってらっしゃい」
そうしてライアン、シュウ、ダイラルの三人が一旦執務室を後にし、ヒューバート一人となった。
(チャンス!)
早めに要件だけ伝えなければと、メロディは目の前の窓をコンコンと叩く。
「んん?」
机に突っ伏していたヒューバートは訝しげに振り返るが、さらに不思議そうに首を傾げた。小鳥が嘴で窓をつついたのかとでも思ったが、窓には何の姿もなかったからだ。
「……今、音がしたような気がしたんだけど、気のせいかな?」
(あっ、魔法を解いていないから私の姿が見えないんだ)
「『透明化』解除」
「――っ!? なん――」
青い空が見える二階の窓の向こうから突然翼を生やしたメイド姿の少女が現れたことに、当然ながらヒューバートはギョッと目を見開いて叫びそうになった。
しかし、メロディは口元に指を立てて「しーっです!」と、囁くようでありながらしっかり耳に届くという器用な発声でヒューバートの声を遮った。メロディのジェスチャーに反応して、ヒューバートは反射的に自分の口元を押さえ、この場はどうにか治まる。
メロディが両開きの窓の中央をチョンチョンと指差せば、ヒューバートはコクリと頷き窓を開け放った。流れるように窓を通り抜けると、メロディは部屋の真ん中にふわりと降り立ち、真っ白な魔法の翼は光の粒となって空気に溶けていった。
「先触れもなく急にお訪ねしてしまい申し訳ありません、ヒューバート様」
ヒューバートに振り返ったメロディは、そっと膝を曲げてカーテシーをしてみせる。
「それは構わないが、さすがにあの登場は驚くよ、メロディ。心臓が飛び出るかと思った」
苦笑するヒューバートにメロディも眉尻を下げて微笑む。
「本当に申し訳ありません。ヒューバート様以外に姿を見られるわけにはいかなかったもので」
ルトルバーグ領でメロディが魔法を使えることを知っているのはヒューバートただ一人。使用人達の口が軽いとは思わないが、彼女の規格外の魔法を知る人物は少ない方が秘密がばれるリスクを減らせることは間違いないので、驚くことは避けられないが仕方がないとも思っている。
(それに、仕方なさそうに微笑むメロディは本当にセレナによく似て……じゃなくて)
ヒューバートは思わず頭を左右に振って余計な思考を断ち切った。メロディは時折かつて恋した女性によく似た仕草をするので反応に困ってしまうのだ。姪と同い年の少女に変な気持ちを持ちたくない叔父のプライドである。
そんな彼の心など知るよしもないメロディは不思議そうに首を傾げていた。
「どうかされましたか、ヒューバート様?」
「いや、なんでもないよ。メロディ、あまり時間もないだろうし要件を教えてくれるかい?」
「はい。ご相談したいことがあるのですが、少し長くなりそうなのでお時間をいただきたいんです。できれば王都のお屋敷へ来ていただきたいのですが」
「そうだな。それじゃあ、夕食が終わった後は自室で休むことにするからそのくらいの時間に迎えに来てもらえるかな」
「畏まりました。それでは、夜になったらお部屋にお迎えに上がります」
「ああ、頼むよ」
ヒューバートと予定を合わせることができてメロディは胸を撫で下ろす。
もう少し時間が掛かるかと思ったがすんなり終わって助かったと思っていると、執務室に近づく足音が廊下から響いた。
「それではヒューバート様、夜にお伺いしますね。失礼致します。『透明化』」
空気に溶けるようにメロディの姿は消え、執務室にはヒューバートだけが残される。開け放たれた窓が小さく揺れ、ほんのり涼しい風がヒューバートの頬を撫でた。
「はてさて、今度は何が起きたんだろうね」
ヒューバートは窓の向こうの青空を見つめながら苦笑するのであった。
☆☆☆あとがき☆☆☆
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