第7話 セシリアの懸念材料
「おはようございます、お嬢様」
「……ふわぁ、おはよう、メロディ」
「さあ、紅茶を飲んで目を覚ましてください」
最早習慣となった目覚めの紅茶を一口飲んで、ルシアナの意識は徐々に覚醒していく。寝ぼけ眼でぼんやりとしていた視界が次第にはっきりしてくると、ルシアナはあることに気が付いた。
「あれ? メロディ、メイド服替えた?」
「ふふふ、分かりますか」
八月から半袖メイド服姿だったメロディだが、今朝は春に着ていたものと同じ長袖メイド服姿に変わっていた。
「今日から十月一日。そろそろ朝が肌寒い季節になってきたので、衣替えをしたんです」
「……メロディのメイド服って暑くも寒くもない快適仕様じゃなかったっけ?」
「もう、お嬢様ったら。季節に合わせた装いですよ」
「ふふふ、それもそうね。メロディ、よく似合ってるわ」
「ありがとうございます、お嬢様」
ルシアナに褒められたメロディは、ほんのり頬を赤く染めてニコリと微笑んだ。
「あーあ、王立学園の制服にも夏服と冬服があればいいのに」
「うーん、ちょっと難しいかもしれませんね」
「分かってはいるんだけどねぇ」
メロディに制服の着替えを手伝ってもらいながら、ルシアナが残念そうに愚痴をこぼした。王立学園の制服は、男子はブレザーにズボン、女子はブレザーにスカートと一年を通して同じデザインで過ごすことになる。
これが現代日本の高校であれば、夏はブレザーを脱いで女子ならブラウスにスカートといった薄着も許されるのだろうが、その服装はテオラス王国の貴族子女のドレスコード的には露出が多すぎるという点でアウトであった。夏でも冬でもブレザーを着るのが、王立学園の制服姿である。
「お嬢様、着付け終わりました」
「ありがとう、メロディ」
「メイドの職務ですから。それはそうとお嬢様、今日の中間試験、頑張ってくださいね」
「うん……あんなに無理矢理頑張らされたんだもの、絶対に良い成績を取ってくるわ」
九月二十八日から三夜にかけて行われたメロディの『王立学園二学期中間考査向け短期集中講座』を思い出し、ルシアナは遠い目をした。
(あれだけ頑張って結果が出ませんでしたなんて、許されないわ。ファイトよ、ルシアナ! もう二度と短期集中講座なんて受けないんだから!)
(お嬢様、凄いやる気だわ。次の試験でもしっかりお手伝いしなくては!)
闘志を燃やす二人の心は完全にすれ違っていたが、言葉にしなければ伝わらないのである。
王立学園二学期の中間試験は十月一日から三日間実施される。試験科目は現代文、数学、地理、歴史、外国語、礼儀作法(基礎)、基礎魔法学の共通七科目だ。
一日目の今日は現代文、数学、礼儀作法(基礎)の筆記試験が行われる予定だ。ちなみに、試験期間中の選択授業は休講となるため、午後は自由時間という名の次の試験の勉強時間である。
「今日の昼食はどうされますか?」
「食堂で食べるわ。その後ルーナ達クラスの皆と一緒に明日の試験勉強をする約束なの」
「畏まりました。でも、試験勉強でしたら私がお手伝いしますのに」
「約束しちゃったからね! クラスメートと勉強をするのは学生の醍醐味っていうかね!」
「ふふふ、確かにそうですね。では、試験も勉強も楽しんできてくださいね」
「ええ、任せて! じゃあ、行ってきまーす」
「行ってらっしゃいませ、お嬢様」
登校するルシアナを見送ると、メロディは午前の仕事に取り掛かった。部屋の掃除に洗濯を済ませ、サーシャ達と昼食を取る。残念ながら今日はグロリアナの姿を見ることはできなかった。
昼食を済ませると、午後からは伯爵邸へ向かう時間だ。『
「奥様、ただいま戻りました」
「お帰りなさい、メロディ。ふふふ、このやり取りにも少し慣れてきたわね」
「はい。毎日奥様のお世話ができて嬉しいです」
「私もメロディに毎日会えて嬉しいわ。ルシアナが入学してから会う機会がめっきり減ってしまったものね」
一学期のほとんどをルシアナとともに学生寮で過ごし、夏季休暇中も大半はルトルバーグ領で過ごしていたため、メロディとマリアンナの接点はとても少なくなっていた。
二学期に入り、メロディがメイドに復帰してからまだ四日目だが、こうして毎日顔を合わせられるのは随分と久しぶりのことだった。
「お嬢様が寮で『通用口』の使用を許してくださったおかげです」
「あなた自身のためにも、魔法の使い方には十分気を付けてちょうだいね」
「承知しました」
「セレーナとポーラは調理場で夕食の下ごしらえ、マイカとリュークは明日ための荷造りの最終確認をしていると思うわ」
「畏まりました。それでは皆のところへ行って参ります」
マリアンナへの挨拶を終えると、メロディはセレーナのいる調理場へ向かった。
「セレーナ、今日の仕事についてだけど……あれ? 皆揃ってどうしたの?」
調理場に辿り着くとセレーナとポーラだけでなく、マイカとリューク、それにレクトの姿があった。調理場に踏み入ったメロディに五人の視線が集まる。
「お姉様、ちょうどよいところへ」
「何かあったの?」
「ええ。今マイカさんから相談を受けたのですが、どうしたものか困ってしまって」
「マイカちゃん、何か問題でも?」
「問題っていうか、えっとですね……セシリアの扱いをどうしたらいいんだろうと思いまして」
「セシリアの扱い……?」
ルトルバーグ領への出発を明日に控えた今、マイカの脳裏にふと疑問が浮かんだらしい。療養のためにルトルバーグ領に入る予定のセシリアは、領地ではどう扱われるのだろうかと。
「セシリアは設定上ルトルバーグ領にいることになりますけど、実際は、メロディ先輩は王都にいるじゃないですか。そうなるともしレギンバース伯爵がこっそり尋ねてきたら嘘がばれちゃうんじゃないかって心配になっちゃって」
「さすがに伯爵様が訪問することはないと思うけど……」
「でも、様子を知るために遣いを送る可能性はあるんじゃない?」
あまり心配していなかったメロディだが、ポーラに指摘されてハッとする。言われてみればその可能性は否定できない。何せ、クラウドはセシリアが倒れたという知らせを聞いてすぐに見舞いにやってくる程度には行動力がある。自分が行けなくとも誰かを派遣することはあるかもしれない。
メロディはレクトに視線を向けた。
彼は顎に手を添えながら少し難しい表情を浮かべている。
「レクトさん、どう思います?」
「……その可能性はあるかもしれない。俺に命じてくれれば誤魔化しようもあるが、必ずしもそうとは限らないから、マイカの心配も理解できる」
(正直、閣下のセシリアに対する執着は異常だ。なぜここまで彼女を気に掛けるのだろう。まるでセレナ様の捜索を命じられた時のような……まさか)
レクトはハッとしてメロディを見た。
クラウドはセシリアの正体に気付いているのだろうか。彼女が自身の愛する女性との間に生まれた娘であることに。
そこまで考えてレクトは首を横に振った。もしそうであれば、クラウドはもっと核心を突く行動を取っているはずだ。
(だが、何かを感じているのかもしれないな。あの方の勘は馬鹿にできない)
となると、余計にマイカの心配が現実味を帯びてくる。レクトは眉根を寄せた。
「……少なくとも何かしら方針を立てる必要はあると思う。替え玉を用意するとか、遣いが来た時の対応を決めておくとか」
「メロディ、替え玉なんて用意できるの?」
「うーん……」
ポーラに尋ねられたメロディはしばし思案した。
替え玉、替え玉……。
「……正直、セシリアに変身した私の分身を置いておくくらいしか思い浮けばないけど、『
「一応できなくはないところが驚きよねぇ」
真剣に考えるメロディの隣で、ポーラは呆れまじりに微笑んだ。
「緊急事態が起きて夜中に訪問したら部屋が空っぽだった、なんてことになりかねませんもんね」
そうマイカが告げると、メロディは同意するようにコクリと頷いた。
頻繁に現れたり消えたりしていれば、それだけメロディの魔法バレ発覚のリスクが高まる。あまり推奨できない方法だった。
「そうなると、遣いが来る前提で対処法を考えなければならないでしょうか」
「そうね、セレーナの言う通りじゃないかしら。メロディ、何か良い案はある?」
「急に言われても……」
規格外の魔法とメイド技能を持つメロディといえど、何でもポンポン解決策が浮かぶわけではない。皆してうんうん悩んでいると、リュークがポツリと呟いた。
「……ヒューバート様に確認した方がいいんじゃないか?」
「「「「あっ」」」」
それは、こんなところで唸っているよりも余程建設的で、そして当然の意見であった。
☆☆☆あとがき☆☆☆
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