第6話 マイカの相談とルシアナの相談
ルトルバーグ領から王都へ向かう馬車の旅を転移魔法でショートカットできないか。マイカからそう尋ねられたメロディは思案するが……。
「……王都に来るのがヒューバート様だけなら問題ないんだけど」
夏季休暇中に行われたルトルバーグ伯爵家緊急会議の結果、ルトルバーグ領ではヒューズの弟であるヒューバートだけがメロディの魔法を認識している。
「ルトルバーグ領の使用人のみんなを信用できないとは言わないけど、うっかり何かの弾みでということもありえるから……」
「あー、シュウさんとか口軽そうですもんねぇ」
頬に手を添えて悩ましい表情を浮かべるメロディに、マイカは納得の顔で頷いた。
思い出されるは輝く金髪と健康的な小麦色の肌。なかなか整った顔立ちをしているが、全てを台無しにするようなだらしないニヘラッとした笑顔が大変残念な使用人見習いの少年である。
出会い頭にメロディへ交際を申し込み、ルシアナから全力ハリセンツッコミを受けた姿は衝撃的であった。マイカの中で彼はチャラいナンパ野郎というイメージが定着していた。
思春期まっさかりな少女から見れば、信用度ゼロの男である。
「あー、そういえばシュウさん、ヒューバート様の王都行きに同行させるってライアンさんが行ってましたっけ? ぐぬぬぬ! シュウさんさえいなければ!」
「護衛のダイラルさんもついてくるみたいだし、どのみち無理だと思うよ」
「むきー!」
苦笑するメロディの前でマイカは頭を抱えるのだった。
「ううう、分かりました。転移は諦めます。その代わりに、旅の間に使った魔法のコテージを使えるようにできませんか」
「魔法のコテージ……『
ルトルバーグ領へ向かう旅の間、宿泊施設として利用したメロディのメイド魔法である。普段は片手で持てるスノードームのようなミニチュアサイズで保管され、使用時には地面に埋めて元の大きさに戻して使用する。調理場からトイレにお風呂まで完備された木造コテージは、正直なところ本来の旅程で泊まるはずの宿屋よりも快適で過ごしやすい。
転移魔法で帰れないならせめてこのコテージを利用できないか。マイカはそう考えたのである。しかし、メロディは難しそうな顔をして腕を組んだ。
「うーん、一応あの魔法は私専用なのよね。そもそも水とかは魔法を使う前提だから、あのコテージがあるだけじゃむしろ使いづらいだろうし」
移動式のコテージである以上、上下水道を完備するなど不可能であるため、メロディは適宜魔法で水を用意していた。あのコテージはメロディありきの魔法なのだ。
「えっと、えっと……そうだ! リュークです。水ならリュークの魔法で用意できますよ。彼にあの魔法が使えるように設定を弄るとかできませんか?」
「そっか。リュークも魔法が使えるものね。それならいけるかも?」
「やったー!」
「リュークに聞いてみましょう」
「私、呼んできます!」
マイカはリュークを調理場に連れてきた。
そして事情を説明すると――。
「……無理だな」
――マイカの提案はあっさりと一蹴されたのである。
「ええええええっ! どうして!?」
「魔力が持たない」
「リュークの魔力でもダメなの!? メロディ先輩の魔法、どんだけ燃費悪いのよ!」
「ご、ごめんなさい」
リュークが言うには、コテージの大きさを変えるのに多大な魔力を消耗するらしい。コテージを一回大きくするだけで、もしくは一回小さくするだけでリュークの魔力の半分以上が簡単に消費されてしまうそうだ。
「で、でも、夕方に大きくして、一晩ぐっすり休んだ翌朝に小さくするなら、できないこともないような気がしないでもないような」
「消耗が激しすぎて御者も護衛もできなくなる。そのうえ魔法で水も用意するんだろう。おそらく初日で限界だ。二日目からは使い物にならなくなるぞ」
「ううう、しょ、初日だけでも……」
「マイカちゃん、レクトさんとダイラルさんが護衛するとしても、リュークが動けない状態じゃ危険だわ。やめた方がいいと思うよ?」
「そうだな。マイカのような小柄な子供ならともかく、リュークほどの体格の男が消耗して動けないとなると、いざという時に運んで逃げるのがかなり大変だ。あまりお勧めしないな」
「いたんですね、旦那様」
「……ああ、いたんだよ、ポーラ」
リュークと一緒にレクトもついてきていた。午後は訓練で一緒だったのだから当然である。
「うー、そんなぁ」
マイカはガックリと項垂れた。どうやら帰りの旅は宿屋を経由して普通に帰るしかないようだ。
「えっと、ごめんね、マイカちゃん」
「……いえ、私もちょっと我が儘だったって自覚はあるので。仕方ないです。よくよく考えたらあのコテージも人前に出せるものじゃありませんでしたし」
マイカは一度ため息をつくと気を取り直して顔を上げた。
「それじゃあ、話も終わったことだしマイカちゃんも夕食の準備を手伝ってもらおうかな」
「はーい」
明るく返事をするマイカの姿に微笑むと、メロディはテキパキと作業に取り掛かる。
「あ、ちょうどいいからリュークも手伝ってよ。みんなでやってちゃちゃっと終わらせちゃおう」
「……分かった」
「あ、えーと、じゃあ、俺も」
「はいはい、旦那様は使用人じゃないんですから大人しくしててくださいね」
「……俺だけのけ者なのか?」
「いや普通に貴族の当主様が調理場を手伝おうとしないでください。身分を弁えてください」
「ぐうっ!」
ポーラに指摘され、肩を落としたレクトはトボトボと調理場を去っていくのだが、作業に集中していたメロディはこのやり取りに全く気が付いていないのであった……哀れな。
◆◆◆
夕食の準備を終えたメロディは、セレーナ達と別れて学生寮へ戻ってきた。そろそろ帰ってくるであろうルシアナを待っていると、勢いよく玄関の扉が開く音がリビングに響く。
「メロディ、大変よ!」
「お帰りなさいませ、お嬢様。少々はしたないですよ」
「大変なの! 中間試験があるんですって!」
「中間試験? いつですか」
「十月一日よ!」
今日は九月二十八日。中間試験は三日後らしい。
「随分早いですね。まだ二学期が始まって二週間しか経っていませんが」
ハイダーウルフの襲撃によって二学期開始が遅れなかったとしても、一ヶ月程度しか授業を受けていないことになる。もう少し後でもよいのではないだろうか。
メロディは不思議そうに首を傾げているとルシアナが説明してくれた。
「十月からは学園舞踏祭の準備があるから、二学期の中間試験は早めにやっちゃうらしいわ」
「学園舞踏祭の開催は確か十月三十一日でしたっけ。十月中旬頃に試験があると準備に差し障りそうですね」
「そうなのよ! でもこんなに急に試験だなんて驚くじゃない。あうう、どうしよう!」
どうやら中間試験の日程が全く頭に入っていなかったらしい。そのせいでルシアナは慌てているようだ。メロディはその可愛らしい態度に思わずクスリと笑ってしまう。
「確かに急なことですけど、考えようによっては二週間分の試験範囲で済むのですから問題ないのではありませんか。毎日ちゃんと予習・復習をしていれば試験準備に困ることはほとんどないと思いますよ……お嬢様?」
ルシアナはそっと目を逸らした。メロディは頭に疑問符を浮かべながら首を傾げるが、とある答えに行き着くとスーッと冷たい視線がルシアナに向かう。
「……お嬢様、私がいない間、授業の予習と復習はされていましたか? 一学期は私が一緒に見て差し上げたと思うのですけど」
ルシアナの双眸が怯えるようにプルプルと震え出す。小さな双肩がビクリと跳ねた。
「ち、違うのよ、メロディ……私、メロディがセシリアとしてちゃんとやっていけるか心配で心配で、毎晩お祈りをするくらい心配で、それで……」
「……お勉強されなかったのですね?」
「こ、これは不可抗力、そう、不可抗力なのよ、メロディ! ほら、実際にメロディは体調を崩して倒れちゃったじゃない。私の不安は的中したってわけ。だから――」
「――はい。お嬢様のご慧眼には恐れ入ります。おかげさまで私はお嬢様のメイドに復帰することが叶いました。私自身、ご心配とご迷惑をおかけしたと反省しております」
「そ、そうよね。だったら……!」
突破口を見つけたようにルシアナの表情に喜色が浮かぶ。同じくメロディもニコリと微笑んだが、ルシアナは再び肩を震わせて一歩後退った。
「メロディ……?」
「ご安心ください、お嬢様。お嬢様にご心配をおかけし、お勉強の邪魔をしてしまったのは私の責任です」
「ちょっと待ってメロディ! 私、自分で――」
メロディは可愛らしく両手をポンと鳴らした。
「お勉強の遅れはすぐに取り戻して差し上げます。では始めましょうか……『王立学園一年生二学期中間試験向け短期集中講座』を」
ルシアナの脳裏に、真っ白に燃え尽きたマイカの姿が映し出される。セレーナから『学生寮向け短期集中講座』を受けてしばらく呆然としていた彼女の姿を。
「メロディ、大丈夫! 私、自分で勉強できるから!」
「善は急げです。夕食はお勉強を終えてからに致しましょう。さあ、お嬢様、参りますよ」
「いやあああああああああああ!」
(うっかり試験のことを愚痴るんじゃなかったああああああああ!)
たとえメロディの主であっても、彼女の教育から逃れることはできない。
「……ルシアナは一体どんなどんでも講座を受けることになったのか。その激しくも恐ろしい内情が語られることはついぞなかったのでした」
「人聞きの悪いことを仰らないでください。そこ、間違っていますよ」
「ごめんなさーい!」
スパルタ
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