第5話 王都巡回 腹ぺこグレイル

 リュークは呼吸が整うと一度大きく息を吐いてゆっくりと立ち上がった。滴る汗を拭い、レクトへ視線を向けた。心なしか先程より眼光が若干鋭くなったように見える。焦りにも似た印象だ。


「……模擬戦を再開しよう」


「ダメに決まってるでしょ!」


 リュークの言葉はメロディによって一蹴された。

 何事もなく立ち上がったように見えるが、メロディには彼の両足が小さく震えていることが見て取れた。レクトもまた頭を横に振って拒否する。


「とりあえず一旦休憩しよう。お互い汗をかきすぎた。着替えた方がいい」


「そうしましょう。二人ともそのまま続けたら風邪をひいてしまいますよ」


「……分かった」


 メロディに見送られ、二人はそれぞれの部屋へ戻っていった。庭に一人となったメロディもまたセレーナとポーラを探して歩き出す。


「うーん、二人はどこにいるのかな?」


 しばらく屋敷の中を歩き回ったが、セレーナとポーラの姿が見当たらない。仕方なく再び調理場に足を運ぶと、二人の姿があった。


「あ、二人とも見つけた」


「あら、お姉様」


「おかえり、メロディ」


「キャワワン、キャウウンッ!」


 にこやかにメロディに挨拶をしてくれるが、調理場は二人だけではなかった。セレーナの腕に抱かれたグレイルも一緒だったのだ。セレーナの腕から逃れようと必死にもがくが、全く逃れられそうにない。けたたましい鳴き声が調理場に木霊する。


「二人ともどこに行ってたの? 奥様から夕食の相談をしてるって聞いたからてっきりここにいると思ったらいなかったみたいだけど」


「この子を追っかけてたのよ」


 ポーラはグレイルを指差した。

 セレーナはグレイルを抱きしめながら苦笑を浮かべている。


「グレイルが食料庫のソーセージを盗み食いしていたものですから」


「ワンワンワン!(ソーセージくらいよいではないか!)」


「また? 確か前にもそんなことあったよね」


 メロディが覚えているのは、王立学園編入試験の日のことである。迎えの馬車を待っている間にグレイルがソーセージを咥えて屋敷の中を逃げ回っていたのである。自分は試験があるので顛末を目にしていないが、確かセレーナがグレイルを捕まえたはずだ。


「ええ、最近よく食べ物を盗むようになってしまって」


「ご飯が少ないのかな。量を減らしたの?」


「いいえ。むしろ少し増やしたくらいなのですけど」


 悩ましげにグレイルを見つめるセレーナ。ポーラは「育ち盛りだから食べ足りないのかしら」と眉根を寄せながらグレイルを睨んでいる。


「うーん、でも、犬が求めるままに餌をあげたら多分太っちゃうよね」


「ええ、ですので調整しているのですが、そうすると盗み食いをしてしまうようで」


「食料庫の鍵をもっと厳重にした方がいいかもしれないわね。ちゃんと閉めてるんでしょ?」


「もちろんです。でも気が付くと扉が開いていて、一体どうやって開けているのやら」


「ホントに困ったワンコよね、このこの」


「キャワワンッ!? ワンワンワン!(あだだだっ!? やめよ娘!)」


(むう、仕方がないではないか、腹が減っているのだから! もっとたくさん食わせろ!)


 最近グレイルは無性に腹が減ってしょうがなかった。毎度の餌を平らげても満腹になった気がしないのだ。一体いつからこうなってしまったのか。やはりこの体が成長期だからだろうかと、グレイルは原因を考えるが明確な答えなど分かるはずもない。


(ぐぬぬう、最近ようやく残り少ない魔力が体に馴染んできたというのに、まあ、鍵開け程度のことしかできぬのだが)


 自身の魔力の大半をメロディによって浄化され、残されたわずかな負の魔力が最近ようやく子犬の体に馴染み始め、鍵開け程度の念動力のような魔法を行使できるようになった。

 とはいえ、やっていることといえば盗み食いである。かつて世界を震撼させた魔王のプライドがズタズタだ。あまりのみみっちさにグレイルは内心で憤った。


(くそー! 覚えておれよ。我が魔王に返り咲いた暁にはまずはそなたら……か……ら)


「あ、眠っちゃいました」


「よく食べてよく眠るワンコね。やっぱり成長期なんじゃない?」


「ふふふ、そうなのかもね」


 説教もそこそこにグレイルはセレーナの腕に包まれたまま寝息を立て始めた。あまりの自由奔放さに三人の少女達は微笑むしかない。いたずらっ子な犬だが寝顔の可愛さには叶わない。


「仕方ありません。もう少し食事の量を増やしてみましょう」


「太りすぎると健康によくないから十分気を付けてね、セレーナ」


「承知しておりますわ、お姉様」


「いいなぁ、うちの旦那様も犬の一匹くらい飼わないかしら」


 舌をベロンと垂らしたままだらしなく眠りこけるグレイルの顔を、ポーラはツンツンと指でつつく。メロディとセレーナはそれを微笑ましそうに見つめるのだった。


(むにゃむにゃ……そういえば……腹が減りだしたのは、儂の絞りかすを食らってからだったような……むにゃむにゃ……)


 グレイルは眠りこけながら何か思い出したようだったが、全ては夢の中へと消えていった。





 寝息を立てるグレイルをバスケットに移動し、メロディはセレーナ達の夕食の相談に加わる。


「セレーナ、お嬢様の夕食もここで作っていこうと思うんだけどいいかしら」


「ええ、構いませんわ、お姉様。一緒に作りましょう」


 セレーナに快諾され、メロディは満面の笑みを浮かべる。そして三人は調理場で下ごしらえを始めた。


「そういえば、マイカちゃんは今何をしているの?」


 雑談を交えながらテキパキと作業をこなしていく三人。メロディは本日まだ会っていないマイカについてセレーナに尋ねた。


「食料の買い出しに行ってもらっています。いくつか切らしてしまったので」


「いつもの森で結構食料を確保できるけど、全てを賄うことはできないものね」


 森でなら肉や野草などは手に入れられるが、野菜や塩などの調味料はどうしたって市場で購入せざるを得ない。こればっかりはどうしようもないと、メロディはウンウン頷いた。


「……ねぇ、メロディってばまだあの森のこと気付いてないのかしら?」


「おそらくは。お姉様はそういうところ、少し疎くていらっしゃるので」


「メロディって凄く優秀だけど、本当にそういうところ鈍いのよね。教えなくていいの?」


「お嬢様は伝えていらっしゃらないようですし、少々判断に悩みます」


 楽しそうに下ごしらえをするメロディの傍らでそんな会話があったことに彼女は気付かない。何度か気付けそうな場面はあったものの、メロディはいまだにいつも通っている森が世界最大の魔障の地『ヴァナルガンド大森林』であることに気が付いていなかった。


 メロディ、本当にここぞというところで鈍い少女である。


「ただいま帰りましたー!」


「お帰りなさい、マイカちゃん」


 下ごしらえが大方終わった頃、マイカが買い出しから戻ってきた。


「あ、メロディ先輩! ちょうどいいところに。ちょっと相談したいことがあるんです!」


 相談? 何だろうと、メロディは首を傾げるのだった。


「私に相談って何かな、マイカちゃん」


 調理の続きをセレーナ達に任せると、メロディはマイカに向き合った。


「今度のルトルバーグ領の旅のことなんですけど、行きだけじゃなく帰りもメロディ先輩に送ってもらうことってできませんか?」


 魔力酔いにかかったセシリア・マクマーデンがレギンバース伯爵クラウドに見送られ、療養のためにルトルバーグ領へ馬車で向かったのは昨日のことだ。


 本来なら馬車は五日間の道程を経てルシアナの実家に辿り着く予定だったが、旅慣れないマイカの提案により五日後に転移でルトルバーグ領に向かうことになった。そのため旅のメンバーであるマイカ、リューク、レクトは今もこの屋敷に留まっている。


 マイカは帰りもメロディの転移魔法でショートカットできないかと尋ねているわけだが、メロディはどうしたものかと思案顔になった。






☆☆☆あとがき☆☆☆

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