第4話 王都邸巡回 リュークの記憶

 メイドに復帰したメロディは予めルシアナと相談していた。寮の部屋の管理だけでは自分の時間が余ってしまうことを。


 元々王都の屋敷を問題なく一人で管理していたメロディにとって、学生寮の一室の管理だけでは時間を持て余してしまうのである。

 幸い、一学期はレクトの補佐をしていたのでよかったが、残念ながら二学期はそうはいかない。それについてルシアナに相談したところ――。


「だったら王都の屋敷を手伝えばいいじゃない」


 ――というありがたーいお言葉を賜ったのである。


 一学期、ルシアナはメロディに魔法の使用を自重するようお願いしていたが、それはメロディの魔法が規格外で希少であることを本人が自覚していなかったためである。

 しかし、夏季休暇中にそれを知ることとなったため、人前で使用しないよう気を付けるのであればメロディが魔法を使うことは問題ないと、ルシアナは判断した。


 ルシアナとて、メロディが仕事がなくて暇そうにしていると思うとやはり少々つらいというか、可哀想に感じてしまうので、だったら午後は王都の屋敷でセレーナ達と一緒に仕事をすればいいという結論に至ったのである。


 メロディは「さすがお嬢様!」とその意見に飛び付いた。仕事ができるだけでなく、生み出して以来一緒に仕事をする機会に恵まれなかったセレーナと一緒に働くこともできる一石二鳥な案であった。


「奥様、ただいま戻りました」


「お帰りなさい、メロディ」


 屋敷に帰ったメロディは早速、屋敷の女主人であるマリアンナの下へ向かった。


「奥様お一人ですか? セレーナかマイカちゃんがお側に控えていると思ったのですが」


 マリアンナは自室に一人だった。テーブルの前で手紙を書いているようだ。


「今は特に用事もないから別の仕事をしてもらっているわ。マイカは分からないけれど、セレーナはポーラと一緒に夕食の相談をしているのではないかしら」


 現在、ルトルバーグ邸にはレクトことレクティアス・フロード騎士爵とそのオールワークスメイドであるポーラが滞在している。

 メロディが扮したセシリアを療養させるためルトルバーグ領へ送っている途中の設定なので、人目に触れないようこの屋敷に隠れているのだ。レクトの世話をするためポーラもこの屋敷で働いている。


「承知しました。セレーナのところへ行って参ります。御用があればお呼びください」


「ええ、ありがとう」


 一礼するとメロディはマリアンナの部屋を辞し、セレーナの下へ向かった。夕食の相談と聞いたので調理場を訪ねてみたが、そこに二人の姿はなかった。


「あれ? いない。どこに行ったのかな」


 もう相談は終えて別の仕事をしているのだろうか。メロディは屋敷の巡回を始めた。廊下の掃除具合を確かめながら歩いていると、金属同士がぶつかり合うような甲高い音が耳に届いた。

 音は庭の方から聞こえる。庭に向かって進むと金属音はどんどん大きくなっていき、庭に辿り着いたメロディは以前にも目にした光景で出くわした。


「なんだ、レクトさんとリュークか」


 メロディが整えた、ベアトリス曰く『妖精が住む箱庭のような庭』の開けた一角で、レクトとリュークが剣を構えて模擬戦をする姿が目に映る。


 二人とも木剣ではなく本物の剣で打ち合っているあたり、本格的だ。少し心配だが、先日レクトが屋敷に滞在した時も似たような模擬戦をしてお互い怪我をすることもなかった。きっと今回も大丈夫だろう。


 二人ともなかなかの腕前で、端から見ているメロディにとってはまるで剣舞を見ているような気分である。しばし模擬戦を観戦していたが、二人の剣が鍔迫り合いになると、どちらともいうこともなく二人の模擬戦は終了した。互いに力を抜き、剣を離す。


「お疲れ様、二人とも。よかったら水をどうぞ」


「メロディ? 来ていたのか」


 二人の模擬戦が一段落ついたタイミングで、メロディは魔法の収納庫からティーカップを取り出すと水を注いだ。もちろん紅茶も用意できるが激しく運動した後は水の方が飲みやすいだろう。


「ありがとう、いただくよ」


「……ありがとう」


 素直に礼を告げた二人は水を一気に飲み干した。二人とも額から大粒の汗を流していることから、かなりハードな訓練をしていたことが窺える。


「二人ともお怪我はないですか?」


「ああ、問題ない。リュークも大丈夫だろう?」


「……何ともない」


「よかった。それにしても、凄く真剣な模擬戦でしたね」


「この屋敷で世話になっている間、俺にできることはこれくらいだからね」


 レクトは苦笑交じりの笑みを浮かべた。


 王都のルトルバーグ伯爵邸には専属の護衛が存在しない。執事見習いを兼ねたリュークが一人いるだけだ。もちろん魔法を使えるメロディやセレーナもいるが、いざという時に体を張って前に出ることができるのはリュークだけであることも事実だった。


「先日の黒い魔力の魔物のこともある。護衛をすぐに増やすことも難しいだろうから、リュークの戦闘力を上げることは屋敷の防衛力強化の意味でも必要なことだ」


 ヒューズやセレーナと相談した結果、ビュークは午前中に執事見習いの仕事を、午後はレクトと戦力強化訓練をすることが決まったらしい。昨日から寮に入ったメロディは初耳であった。


「力を貸してくださってありがとうございます、レクトさん。リュークも頑張ってくれてありがとう。とても助かるわ」


 メロディは礼を告げた。そして、疑問を口にする。


「ところで、リュークの剣の腕はどんなものなんでしょう?」


 リューク自身はよく分かっていないのか無表情で首を傾げている。レクトは真剣に考える。


「前に模擬戦をした時も思ったが、なかなか強いよ。剣技は我流だろう。無駄が多くてもっと洗練できると思うが、機を見る感覚が優れているのか俺も攻めきれない」


「わあ、凄いじゃないリューク」


「……こいつは本気じゃない」


 リュークの言葉にレクトは苦笑を浮かべた。実際、レクトはまだ本気を出していない。リュークの剣技は予想以上であることは事実だが、剣技に関しては騎士であるレクトの方に軍配が上がることは間違いなかった。


(しかし、彼には魔法がある。魔力量も俺より多い。実際に戦った場合、勝てるかどうか)


 実戦となれば互いに全ての手札を切ることになる。剣技では勝っていても、メロディには及ばないとしてもリュークの魔法はかなり強力だ。先日のハイダーウルフとの戦闘でレクトは理解した。


(剣技と魔法、両方を駆使して挑まれたとして果たして俺は勝つことができるだろうか……それに、リュークの剣は全くの我流というわけでもなさそうだ)


 何度か剣を会わせるうちに、レクトはリュークの剣技に覚えがある瞬間があった。


「リュークの剣には少し帝国の剣技が入っているみたいだ」


「帝国……ロードピア帝国ですか?」


「ああ。ロードピア帝国の騎士の剣技を思わせる瞬間がある」


「レクトさんは帝国の剣技を見たことがあるんですか?」


 メロディは不思議そうに首を傾げた。テオラス王国とロードピア帝国は約百年前の戦以来関係がよくないため、あまり交流がなかったはずだ。帝国の剣技を見る機会などあるのだろうか。


「両国は微妙な関係にあるが完全に国境が閉ざされたわけじゃない。帝国から王国へ移住してきた者も少なからずいるんだ。その中に元帝国騎士という人物がいて何度か模擬戦をしたことがある」


 当然ながら帝国の剣技を習得している人物がそう簡単にテオラス王国内を自由に動き回れるはずがない。帝国からの間者の可能性が十分に考えられるからだ。

 レクトはその人物がしばし拘留されている間、機会を得て模擬戦に参加させてもらったのである。


「リュークの剣からは時折、彼の剣に似た素振りを見せる時があった。もしかするとリュークは帝国出身なのかもしれないな」


「それはリュークが記憶を取り戻す手がかりになるかもしれませんね。リューク、何か……えっ」


 メロディがリュークの方を向くと、彼は頭を押さえながら歯を食いしばっていた。


(頭が……痛いっ!)


 レクトから帝国出身かもしれないと聞かされた瞬間、リュークは激しい頭痛に襲われた。あまりの痛みに声も出せない。


 同時に、彼の脳裏に一瞬、とある光景が映し出された。木々に囲まれた小さな村が真っ赤な炎に包まれている、そんな光景。


 幼い小さな手が燃えさかる家屋に向けて伸びている。それが誰のものであるのか、リュークには判断できない。自分なのか、全くの別人なのか。


 たった一瞬のその光景だけでは、リュークには何一つ理解することはできなかった。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


「リューク、大丈夫!?」


 先程の模擬戦以上に大量の汗を流しながら、リュークは地面に膝を突いていた。どうにか痛みは治まったが乱れた呼吸はすぐには整わない。


(今のは……俺の過去……なんだろうか)


 もうどんな光景だったのか、一瞬の出来事だったためか思い出すことはできない。真っ赤な炎だけが記憶に残っているが、痛みが引くと同時に霞みがかったように記憶は薄れてしまった。


「……もしかして何か思い出したのか」


 レクトに尋ねられ、リュークは首を横に振った。何か思い出した気はするが、今となっては何も思い浮かばない。


 一体あれは何だったのだろうか……?


(本当に思い出していないのか、それとも言いたくないだけなのか。表情が読み取りにくい男だからよく分からないな……男? いや、ちょっと待て。彼は確か……)


 レクトは思い出す。今でこそ長身の青年の姿をしているが、元々のリュークはもっと子供ではなかっただろうか。確か、まるで何かに操られるように暴走していた彼を助けるためにメロディが魔法を使った結果、なぜか大人の姿に成長してしまったのではなかったか。


 レクトは苦い表情を浮かべた。


(元々リュークはマイカと同じか少し上くらいの見た目だった。であるなら、彼はその年で我流の剣を身につけたことになる。我流ということは、そうしなければ生き残れなかったということだ。記憶を失う前のリュークは一体どんな人生を送ってきたんだろう)


 自分の不用意な発言が、リュークの心に影を落としたのではないかとレクトは少し心配になった。








☆☆☆あとがき☆☆☆

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