第3話 メロディの素敵な昼休み

「オリヴィア様は公正で誇り高いお方よ。内心でどう思っていても相手を妬んだり、悪く仰ることなんてなさらない方だわ」


 グロリアナの言葉にメロディは納得したように頷く。

 セシリアとしてクラスにいた短い期間でさえ、それは十分に理解できた。カンニングを疑った生徒へピシャリと窘めた姿は記憶に新しい。


「そのオリヴィア様が春の舞踏会以来、ルトルバーグ伯爵令嬢に随分とご不満な様子だったの。あのように感情を露わにするお姿はお仕えしてから初めて目にしたからとても驚いたわ」


「そんなことが」


「でも、舞踏会のダンスや襲撃事件で王太子殿下を庇ったことは、お茶会を開けばどうしたって話題になってしまうでしょう? そのたびにオリヴィア様の表情が険しくなるものだから、わたくし達は学園でルトルバーグ家と関わり合いにならない方がよいのではと話し合いましたの。主がよく思わない方と懇意になって、オリヴィア様にご不快な思いをさせたくなかったのです」


「そうだったんですね」


「ですが、それはオリヴィア様の誇りに傷を付ける行為だったようですわ。事態に気付かれたオリヴィア様はわたくし達を窘められました。そのうえ、ご自身の態度も良くなかったと、誤解を招くようなことをしたと、わたくし達に謝罪なさったのです……主にそこまでされて、何事もなかったように振る舞うことはできませんわ。わたくし、あなたに謝罪しなければと思ったのです」


 グロリアナはメロディと視線を合わせると、そっと頭を下げた。


「不快な思いをさせてしまったこと、謝罪いたしますわ」


「あ、あの、頭を上げてください。特に実害があったわけでもないですし、私は気にしていませんから!」


「……そう、あなたは心が強いのね。私だったらあのような態度を取られたら少なからず傷付くもの。自分がされて嫌なことを他者にするものではなかったと、反省していますわ」


「わ、分かりました。謝罪をお受けしますから頭を上げてください!」


 グロリアナはようやく頭を上げた。

 困った表情のメロディに対し苦笑を禁じ得ない。


「何かお詫びがしたいのだけど、ご希望はあるかしら?」


「ええ? お詫びといわれても……サーシャ、どうしよう」


「私に言われても困るわよ」


「お詫び、お詫び……」


 メロディは腕を組んで困り始めた。公爵家のメイドからお詫びがもらえるというのに何も思い浮かばないとは、無欲と捉えればよいのか、むしろ思い浮かびすぎて強欲なのか、判断に困るところだ。


 だが、メロディは本当に希望が思い浮かばないのか、悩むばかりだった。その姿に苦笑して、グロリアナはとある提案をする。


「ではこうしましょう。あなたが何か困った時、一度だけわたくし達がお手伝いいたしますわ」


「……わたくし達?」


 グロリアナは自身の後方へ視線を向けた。メロディがつられてそちらを見ると、少し離れたテーブルからこちらの様子を窺う公爵家のメイド達の姿があった。


「さすがに全員が押しかけてはご迷惑ですからね。わたくし達にできる範囲に限られますが、何か希望ができた時には気兼ねなく仰ってくださいな。それでよろしくて?」


「だったら一つ希望があります!」


 何か思い付いたのか、メロディは両手を打ち鳴らしてパッと華やかに笑った。


「まあ、何かしら」


「あの……よかったら、お昼をご一緒していただけませんか?」


「お昼を?」


「はい! 皆さんと一緒に昼食を取りながらメイドについて語り合いたいです!」


 メロディの申し出にグロリアナは目をぱちくりさせて驚いた。そして、やはり眉尻を下げて苦笑いを浮かべる。


「ええ、構いませんわ。でも、困ったこと。これではとてもお詫びとは言えないわ。むしろ借りが増えてしまったような気がするのだけれど、どう思って? サーシャさん」


「もうこういう子なんで諦めた方がいいと思いますよ」


 サーシャは肩をすくめて答えた。グロリアナは頬に手を添えて小さなため息をつくが、その表情はどこか嬉しそうだ。そして改めてメロディと向き合った。


「では少しお話しましょうか」


「ありがとうございます」


 メロディは嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。

 グロリアナもまた微笑みで返す。

 こうしてメロディは、新たなメイドの友人を手に入れたのである。












◆◆◆


 カランカラン、と使用人食堂に鐘の音が響き渡る。王立学園の昼休みが終わる合図だ。

 それは使用人にとっても同様の合図だった。とはいえ、使用人の食事の時間は仕事の流れ次第で如何様にも変化するので、あくまで一般的な昼食の時間の枠組みでしかないが。


「え? もう時間ですか」


 鐘の音が耳に届き、メロディは残念そうに眉尻を下げた。楽しい時間はあっという間である。


「残念ですけど、そろそろ仕事に戻らないとダメですね」


「……ええ、本当に残念だけど仕方が無いわね」


「うん、ホント。残念だけど仕方ないわよね」


「ああ、そうだな」


「ホントにねぇ……」


 グロリアナ、サーシャ、ブリッシュ、ウォーレンの四人は心底安堵した表情でため息をついた。


((((やっと終わった))))


 四人の気持ちは一致した。グロリアナはメロディのお願いを安易に承諾したことを少しだけ後悔していた。


(まさか、メロディがこんなにもメイドについて語る子だったなんて……)


 どうやら昼休みの間中、延々とメイドトークを続けていたらしい。

 ほぼメロディの一人語りである。内容も細々とした掃除のやり方や、調理の工夫についてなどマニアックでニッチなものが多く、グロリアナもサーシャも「そうね」とか「どうかしら」などといった曖昧な相づちくらいしかできず、メイドですらないブリッシュやウォーレンなど終始曖昧な微笑を浮かべることしかできなかった。


 それでもメロディは嬉しそうに語り続けるものだから、四人は昼休みが終わるまで付き合わざるを得なかったのである。


「それじゃあ、お先に失礼しますね。またお昼をご一緒してください」


「え、ええ。よろしくてよ」


 グロリアナは少し引き攣った笑顔で応じた。それに気付いた様子もなくメロディは使用人食堂を後にするのであった。

 メロディが去った後、残った四人は椅子に体を預けて大きく息を吐いた。


「まさかメロディがこんな子だったとは。一学期は気付かなかったよ」


 ウォーレンが呟くと、サーシャが同意するように頷く。


「そうね。メイドの仕事が好きだってことは知ってたけど、今までは自重してたのかしら」


「……でも、嬉嬉として語る姿はとても可憐だった」


「可愛かったのは認めるんだけどねぇ」


 初対面からメロディを可憐だと語るブリッシュの姿に、ウォーレンは苦笑した。


「……わたくし、これからあの子と上手く付き合えるかしら」


 困ったように頬に手を添えて首を傾げるグロリアナに、サーシャは苦笑を返すのだった。







「ふふふ、今日は本当に素敵な日ね」


 鼻歌交じりに歩きながら、メロディは寮へ帰ってきた。メイド復帰初日から新しいメイドの友人ができたことが嬉しくてしょうがない。メロディは喜びに溢れていた。


 寮に帰り着いたメロディは、作業の進捗を確認した。掃除や洗濯などは午前中に完了しており、あとはルシアナの夕食の準備をするくらいだ。つまり、午後はとっても暇である。


 一学期はあまりに暇だったので、臨時講師として学園にやってきたレクトの補佐の仕事を受け持ったくらいだが、今日のメロディは憂鬱そうな雰囲気ではない。


「お嬢様とちゃんと相談しておいてよかった……開け奉仕の扉『通用口オヴンクエポータ』」


 メロディの眼前に簡素な木製の扉が出現した。扉を開けるとその向こうには王都のルトルバーグ伯爵邸の玄関ホールに繋がっていた。


「いざ、ルトルバーグ王都邸へ」


 メロディは扉を潜り、王都の屋敷へ帰還した。







☆☆☆あとがき☆☆☆

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