第2話 ランクドール家のメイド
ルシアナを見送った後、メロディは部屋の掃除や洗濯を終わらせると昼食の時間となった。
昼食を食べる使用人食堂へ向かう。メロディが食堂に入るといくらか視線を感じたものの、以前のような腫れ物を見るような雰囲気はなくなっているようだ。
(マイカちゃんが言ってた通りね)
メロディは小さく安堵の息を吐いた。
ルシアナがオリヴィアからよく思われていなかったことが原因で、一学期はランクドール公爵家に縁のある家の使用人から遠巻きにされていた経緯がある。
せいぜい避けられたりした程度で実害はなかったのだが、全く気にならなかったかといえばそんなはずもなく、今は随分と雰囲気が落ち着いているようで、メイドに復帰したメロディとしては喜ばしい限りであった。
「あれ? メロディじゃない。久しぶりね!」
「サーシャ。席をご一緒しても?」
「もちろんよ。二人ともいいでしょ?」
「ああ、構わない」
「いいよ。久しぶりだねぇ」
昼食が乗ったトレイを持って席を探す中、ルーナ・インヴィディアのメイドのサーシャに声を掛けられた。同じくルーナの従僕をしているブリッシュ、そしてルキフ・ゲルマンの使用人をしているウォーレンの三人も一緒だ。幼馴染みの三人は、ウォーレンだけ仕える家が違うものの相変わらず仲がいいらしい。
三人から快諾され、メロディは彼らと同じ席に着いた。
「二学期が始まったのに姿を見ないから心配してたのよ」
「ごめんね。今日から寮に入ったの。代わりにマイカちゃんが入っていたんだけど見てない?」
「そうだったの。メロディを探してたからかしら、全然気が付かなかったわ。今日は一緒じゃないの?」
「ええ、今はルトルバーグ領へ――」
「ごめんなさい、こちらの席に座ってもよろしいかしら」
メロディとサーシャが話している最中、声をかけられたメロディが振り返ると、メロディより少し年上のメイドが立っていた。
「え? あ、はい。どうぞ」
「ありがとう」
メイドの女性は昼食のトレイをテーブルに置くと、大変優雅な仕草で腰を下ろした。
(誰だろう、この人。嬉しいけど、どうして相席なんて……?)
今日の使用人食堂にはまだ十分に空席があるにもかかわらず、彼女はメロディの隣の席に腰を下ろした。何か用事でもあるのだろうか?
少し疑問に思うメロディだったが、女性はしばらく無言を貫くと静かに食事を始めてしまったので、メロディ達もそれに続いた。
女性の雰囲気につられてか、わいわいと騒がしい使用人食堂の中で、メロディ達のテーブルだけは静寂に包まれている。メロディだけでなく、サーシャ達もまた戸惑った雰囲気のまま食事が続けられていた。
(……気まずい)
チラチラと視線を交わす四人。お互いにどう対応してよいか困っているようだ。
(ちょっとブリッシュ。あんたなんか芸でもしてこの空気をどうにかしなさいよ)
(何言ってるんだ、お前は)
(ブリッシュ、君ならできるよ! 得意の腹踊りを!)
(そんな特技ないわ! ウォーレンこそ何かしろよ!)
さすがは幼馴染みとでも言うべきか、視線とわずかな表情の変化で会話をする三人。しかし、さすがのメロディも彼らの意思を読み取ることはできない。
(この空気、どうにかしないと!)
隣の席を勧めたのは自分である以上、メロディ自身がどうにかしなければ!
意を決した彼女はメイドの女性に声を掛けた。
「あ、あの!」
「……何かしら」
メロディに声を掛けられ、メイドの女性が振り返った。
少し緊張したような強ばった表情をしている。お互いに緊張していることが伝わり、メロディはコクリと喉を鳴らして口を開いた。
「……あの、そのメイド服はご自分で作ったんですか。とても素敵ですね!」
「「「「は?」」」」
疑問の声を発したのはメイドの女性だけではなかった。サーシャ達もだ。まさか最初に尋ねることがメイド服についてだなんて思いもしない四人である。
「黒いドレスの上に同色の糸で刺繍がされているでしょう? よく見ないと分からないけど、細かいところに心配りがされているメイド服だなって思ってたんです」
「……」
返す言葉が思い付かないのか、メイドの女性は無言でメロディを見つめていたが、諦めたようにため息をつくとカトラリーを置いて改めてメロディへ向き直った。
「ごめんなさいね」
「え?」
「話題が思い付かなかったのでしょう。気を遣わせてしまったわね。わたくしの名前はグロリアナ・サンカレスよ。ランクドール公爵家にお仕えしているわ。今はオリヴィア様の寮のお部屋の副メイド長を任されているわ」
「副メイド長! グロリアナ様がメイド長ではないのですか? ……ランクドール家のメイド?」
とても有能そうなメイドの肩書きにパッと笑顔になるメロディだったが、グロリアナがランクドール公爵家のメイドであると知って、目をパチクリさせて驚いてしまう。
なぜなら、メロディの脳裏に初めて使用人食堂を訪れた時の光景が思い出されたからだ。
『あの、よろしければ相席してもよろしいですか』
『あら。あなた、どちらの家のメイド?』
『はい。ルトルバーグ家です』
『……そう。……申し訳ないのだけど、その席、もうすぐ知り合いが来る予定なのよ』
『そ、そうなんですか……』
『ごめんなさいね』
『い、いいえ。お邪魔しました、失礼します』
そう言ってメロディの相席を断ったのはランクドール公爵家傘下貴族の使用人グループのメイド達であった。サーシャによると、舞踏会で注目を集めたルシアナに良い感情を抱いていないランクドール公爵令嬢オリヴィアに忖度した結果らしい。
つまり、一学期にメロディが一部の使用人から遠ざけられていた原因は、目の前にいるグロリアナも無関係ではないのだ。副メイド長ともなれば主導した一人の可能性すらある。
そんな人物が一体何のためにメロディに接触してきたのだろうか。
驚いたまま首を傾げるメロディに、グロリアナは眉尻を下げて微笑んだ。
「わたくしではさすがに若すぎるわ。公爵家のお嬢様に仕えるメイドですもの、もっと年嵩でメイド長に相応しい有能な方はいくらでもいらしてよ」
オリヴィアの部屋は複数人のメイドによって掃除や洗濯、食事の準備などの仕事を分担して部屋の管理をしているらしい。王都の法服貴族であるサンカレス子爵家の末娘のグロリアナは、将来的にメイドを管理する側に立つため、副メイド長として指導を受けているそうだ。
ちなみに、オリヴィアを身近でお世話する専属侍女は別にいるので、着替えの手伝いをすることなどはあるが、メロディのように主と会話する機会はあまり多くないらしい。
「有能なメイド……素敵ですね!」
さっき浮かんだ疑問などすっかり忘れて、メロディはうっとり微笑む。有能なメイド、一体どれほどのものなのか、夢が膨らむ。
そしてハッとした。グロリアナは自己紹介をしたのに、自分はまだしていないと。
「私はルトルバーグ伯爵家にお仕えしているメロディ・ウェーブと申します」
「ええ、存じていてよ……今日はわたくし、あなたに謝罪をしにきましたの」
「謝罪ですか?」
メロディは首を傾げた。
「いやなんでこそで不思議そうな顔になっちゃうのよ、メロディ」
「サーシャ、でも……」
「初めまして、グロリアナ様。インヴィディア伯爵家のメイド、サーシャ・ベルトンです」
「同じく従僕のブリッシュ・ベルトンです」
「ゲルマン商会の使用人、ウォーレン・ゼトと申します」
ここぞとばかりにサーシャに便乗してブリッシュとウォーレンも自己紹介をした。
「グロリアナ・サンカレスです。よろしくお願いしますわ」
「グロリアナ様がメロディに謝りたいことというと、一学期のことですよね」
「ええ、そうよ」
「……なぜ今さら謝罪をしようと思われたのですか。公爵家に仕えるメイドが謝罪だなんて、場合によってはランクドール家の名前に傷が付くかもしれない行為ですよ?」
「そうかもしれないわ。でも、謝罪をするよう命じたのはオリヴィア様ですもの」
「公爵令嬢自ら!?」
サーシャは驚きの声を上げた。ブリッシュとウォーレンも目を見開く。グロリアナはそっと目を伏せて話し始めた。
「あれはわたくし達の独断よ。わたくし達はオリヴィア様のお心を測り損ねてしまったのよ」
「何かあったんですか?」
メロディが尋ねた。
☆☆☆あとがき☆☆☆
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ルシアナ「ジャンジャンバリバリ買ってね♪」
メロディ「買ってくれない人には私が徹底ご奉仕ですよ?」
ルシアナ「……私、絶対に買わないわ」
メロディ「なんでですかお嬢様!?」
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