第9話 第三回ルトルバーグ伯爵家緊急会議
夜になり、ヒューバートとの約束の時間になった。『
当初、ルシアナは自分も屋敷に行くと強請ったが、今は中間試験期間中ということもあってメロディは承諾しなかった。自分の問題で主であるルシアナの成績を下げるわけにはいかない。
どうしてもと強く強請られた時はとうとう諦めて受け入れようとしてしまうが、その後の「仕方がありません。勉強時間が減った分は『就寝前向け超短期集中講座』でどうにか」というメロディの発言を耳にしたルシアナが、何かを悟った聖母のような微笑を浮かべて「私、自室で勉強しているわね」と告げたことによって、問答は無事終了したのである。
「それじゃあセレーナ、お嬢様のことをお願いね」
「はい、お姉様」
「お嬢様、行って参ります」
「叔父様によろしくね」
二人に見送られながら、メロディは『通用口』をルトルバーグ領へ繋いだ。
昼間の街道に出ると、メロディは『
ソファーに腰掛け、じっと窓の方を見つめている。自分の姿は見えていないはずだが、何となく目があったような気がしてメロディは少し気恥ずかしい気持ちになった。
開かれた窓を通り抜け部屋に入る。
窓ガラスが微かに揺れたことにヒューバートは気が付いた。
「……メロディ?」
「お待たせしました、ヒューバート様」
ヒューバートに尋ねられたメロディが薄暗い室内に姿を表わす。その光景にヒューバートは息を呑んだ。月明かりの中から現れるその情景は、あまりにも神秘的だったがゆえに。
「お迎えに上がりましたが、問題ございませんか」
「あ、ああ、大丈夫だ。少し早いけど今日はもう休むと伝えてあるから」
「承知しました。では早速ですが参りましょう。開け、おもてなしの扉『
ヒューバートの部屋に銀の装飾が施された両開きの扉が出現した。部屋の広さに合わせたのか、以前目にしたものより一回り小さくなっている。
「見るのは二回目だけど、やはり凄いなぁ」
「ありがとうございます。では、参りましょう」
「ああ」
両開きの扉が開き、メロディとヒューバートは王都の伯爵邸へ転移するのだった。
◆◆◆
「というわけで第三回ルトルバーグ伯爵家緊急会議を始める」
食堂に集まった面々を前に、ヒューズが宣言する。するとマリアンナが首を傾げた。
「第三回? あなた、第二回はいつ開催されたのかしら」
「メロディがセシリアとして学園に編入すると言い出した時だね」
「ああ、あれを第二回に数えるのね。それで、今日はメロディがセシリアをやめる件の相談ね」
「毎度毎度、私のせいで申し訳ありません」
「過ぎてしまったことはしょうがない。ここにいる全員でしっかり話し合おうじゃないか」
そう告げると上座に腰掛けるヒューバートは食堂にいる面々を見回した。この場にいるのは伯爵邸に住まう、セレーナとルシアナを除いた全員である。今回はレクトとポーラも参加している。
「それで、今回俺はどんな用事で呼ばれたのかな」
「はい、実は――」
メロディはヒューバートを呼び出した経緯について説明を始めた。気になることもあっただろうが、ヒューバートは途中で口を挟むことなくメロディの説明を最後まで聞き終える。
「うーむ、随分とややこしい事態になってるみたいだね」
「申し訳ございません」
「兄上も言っていたけど謝らなくていいよ。とりあえず、大きな問題はレギンバース伯爵にセシリアの療養が嘘だとばれる可能性についてだね」
「はい。私の容態を確認するために伯爵様か遣いの方が領地を訪ねるかもしれません」
「それをどうやって誤魔化すか、か……フロード騎士爵、実際のところ伯爵様はそんなことを行うような方なのかな」
「普段であればないと言い切れるのですが……」
「セシリアに関してはありえない話ではないと?」
「……忙しい仕事の合間を縫ってセシリアの見舞い、見送りに来ていたことを考えるとずっと放置はしないのではないかと」
「ふぅ、レギンバース伯爵は兄上と大して変わらない年齢なんだろう? そんな方が成人したばかりの少女に執着するなんて。そういう趣味の方なのかい?」
「違います! 閣下はそんな方ではありません」
「じゃあ、どうして――」
「ヒューバート、レギンバース伯爵の気持ちはこの際どうでもいい。今は対策を考えよう」
説明を聞いたヒューバートの目つきは幾分か鋭くなっていた。愛する女性、セレナの面影を感じる少女メロディに上位貴族の男がつきまとっていると聞かされては穏やかではいられない。
ヒューバート自身、セレナに少し似ているという理由でメロディが気になっていることもあって、レクトに否定されてもレギンバース伯爵への警戒心が高まっていった。
「だが兄上」
「伯爵本人に答えてもらう以外何も分からないだろう。それよりもセシリアの不在をどう誤魔化すかを考える方が優先事項だ」
ヒューズの言葉にぐうの音も出ないヒューバートである。
本人が語らない限り、この場でどんな意見が出ようともそれは憶測に過ぎず、正直建設的な話し合いとは言えない。
それに、自分自身メロディが気になっているが、それは恋愛感情ではない。時折メロディの仕草からセレナを思い出すことがあるだけで、メロディ自身とどうこうなりたいとかいう感情ではないのである。
それを非難されればヒューバートとて言い返すことはできないのだ。ヒューバートは諦めるように嘆息した。
「はぁ、分かりました。領地での誤魔化し方……セシリアが我が家に滞在すれば一番辻褄が合うんだけど、メロディの魔法で代役を用意することはできないんだね?」
「私の分身を生み出す魔法はあるんですけど、私が眠ってしまうと分身は消えてしまうのでライアンさん達にいつか気付かれる可能性があります」
「それは、確かに難しいね。メロディが領地にいた頃もライアンとリュリアは君より早く起床していただろう? 療養のために来た客人を放置することはできない。セシリアが目を覚ます前に部屋に入って様子を窺うくらいのことはするだろう。となると……」
「無人のベッドを目撃されてしまうかもしれませんね」
「そうなったら大慌ての大捜索だね」
メロディはため息をつき、ヒューバートは肩を竦めた。ヒューズは腕を組んで唸り、マリアンナは頬に手を添えて嘆息する。他の面々も似たような反応を示した。
「一番楽なのはメロディがセシリアに変装して屋敷に滞在することなんだろうけど」
「それができたら療養なんて嘘つく必要ありませんもんねぇ」
マイカの言葉に全員が頷く。メロディは恥ずかしそうに体を縮こめた。
しばらく考え込むヒューバートだったが、何か答えが出たのかヒューズへ視線を向ける。
「何か思い付いたのか?」
「うん、まあ。まず、セシリアについては領地に入れない方がいいと思う」
「どういう意味だい?」
ヒューバートに言葉にヒューズだけでなく全員が首を傾げた。療養の名目でルトルバーグ領に向かっているセシリアを領地に入れないとはどういう意味だろうか。
「メロディがずっとセシリアを演じて屋敷で生活するというなら、うちの使用人達に紹介していいと思う。だが、それができないなら少なくとも領民にはセシリアという少女の存在を知らせない方がいいと思うんだ」
ルトルバーグ領はとても小さな領地だ。屋敷を中心に三つの村が散らばっていて、どの村も日が暮れるまでに往復できる程度の距離しか離れていない。
「嘘にしろ本当にしろセシリアという少女を屋敷に受け入れればその話は村中に伝わるだろうし、村人達の注目の的になることは間違いない」
「小さな村では噂話は娯楽だものね」
ポーラが呟いた。この世界は現代日本と異なり情報伝達手段がとても少ない。その中で村の奥様方の井戸端会議などは特に有効な情報交換の場と言えるだろう。
三つの村の中心に立つルトルバーグ家の屋敷は当然村人達と交流がある。セシリアの存在などあっという間に知れ渡るに違いない。
☆☆☆あとがき☆☆☆
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担当さんによると紙より電子が好調らしいです。
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