エピローグ前編 たった2週間のヒロイン

 九月二十七日。

 セシリア・マクマーデンが静養のために王都を出立した頃、王城のクリストファーの私室にていつもの三人が集まっていた。


「まさかの爆速退場だったなぁ」


「いやホントに彼女は何だったのかしら……?」


 クリストファーは遠い目をし、アンネマリーは頬に手を添えてため息をついた。


「俺なんてほとんど会話をする機会もなかったからね」


 特に関わりが薄かったマクスウェルは苦笑を浮かべて紅茶を飲むだけである。

 彼らが話題に上げている人物はもちろん、編入期間たった二週間という、本当に何しに来たんだと言いたくなるような短い間のクラスメート。


 セシリア・マクマーデンについてである。


「名前、能力、性格、容姿。どれをとっても一級品の美少女。彼女が聖女であれば話が早かったんだが、まさか『魔力酔い』で学園を去ることになるとは」


「完全に想定外でしたわね。天は二物を与えずとはいいますが、あれほど出来た人にこのような弱点をお与えになるなんて神様も残酷なことをなさるわ」


「確か、ルトルバーグ伯爵領で静養するそうだね」


「あそこは魔障の地がないから魔力の影響を受けにくいらしい」


「故郷はアバレントン辺境伯領なのだろう? 故郷に帰らなくていいのかな」


「母子家庭で既に母親も他界していて、親戚もいないそうですわ。友人はいるかもしれませんが静養となると伯爵家で面倒を見てもらえるならそちらの方がいいでしょう」


「確かルトルバーグ伯爵家は過去の借金はもうないんだろ。伯爵は宰相府でバリバリ働いているみたいだし、これからは生活水準も上げられるんじゃないかな。セシリア嬢一人増えたくらい問題ないだろう」


「いや、そうとも言い切れないらしいよ」


「まあ、マクスウェル様。何かございまして?」


「先日父から聞いたんだけど、どうもルトルバーグ伯爵領の屋敷が地震、というのかい? 地面が揺れる自然現象に遭遇して屋敷が全壊してしまったらしい」


「そんなことが!? 被害はどうだったのでしょう」


「幸い人的被害はなかったそうですが、屋敷を建て直さなければならないので費用をどうしようか悩んでいるそうです」


「死者がいなかったのは幸いですけど、よくよくお金回りに苦労するお家ですのね」


「それじゃあ、セシリア嬢はどこで静養するんだ」


「何でもいざという時に使える代わりの小屋敷が元々あったらしくて今はそこを拠点にしているそうだよ。とはいえ伯爵家の屋敷としては小さいから体裁を考えると建て直しは必須らしい」


「まあ、ルトルバーグ家も上位遺族の一角だし仕方ないか。あれで伯爵家でなければ『貧乏貴族』だなんて悪口ともいえないような安直すぎる通り名を付けられることもなかっただろうに」


「実際、ルトルバーグ家より資金繰りに苦労している家なんていくらでもあるよ。あくまで伯爵家として考えると困窮しているというだけで」


「貴族の妬み嫉みとは斯くも恐ろしいということですわね……って、話が逸れていましてよ」


 アンネマリーはパンパンと両手を鳴らして話を切り替えた。


「セシリア嬢は聖女候補から外れたと考えていいのかな」


「可能性をゼロと断言できなくて申し訳ないのですけど、王都に長く滞在できないという点を考慮すると可能性は低いと考えられます。王都はヴァナルガンド大森林の魔力波長の影響を強く受けている土地です。魔王を倒すはずの聖女が、その魔王の魔力の影響で健康を損なうようでは聖女として覚醒できるとは考えにくいですから」


「となると……やはり現状の聖女候補筆頭はセレディア嬢かな」


「今のところ兆候は見られませんが、彼女しかいないとも言えます」


「ルシアナ嬢はどうなんだ? 彼女は何度か聖女の立ち位置にいたことがあるだろう?」


「聖女の絶対条件が分からない以上、可能性のうえでゼロと言えないのですが、私個人はないと考えています」


「……その理由は?」


 思案しながら答えるアンネマリーにマクスウェルが尋ねた。


「彼女は聖女ではなく、今でも『嫉妬の魔女』なのではないかと考えています」


「そうか? 夢の彼女とは性格が全然違う気がするけど……根暗じゃないし」


 アンネマリーは首を振った。


「いいえ、今のルシアナさんはきっと、幸せな嫉妬の魔女なのだと思います。不幸が訪れなかった嫉妬の魔女……困窮を蔑まれることもなく、やむを得ず舞踏会を欠席することもなく、父親が不正を働く事件も起きず、魔王に魅入られる悪夢とも関わらない。訪れるはずの不幸を全て回避した結果、私達の前に現れたのは優しくて正義感があり、ちょっと独占欲が強くて可愛い女の子」


「それが『幸せな嫉妬の魔女』というわけですね」


 舞踏会で自分に向けてはにかむように微笑む姿が思い出され、マクスウェルの口元が綻んだ。

「確かに、セシリア嬢についてはちょっと独占欲見せてるところあったよな」


「登下校や昼食は大体一緒でしたしね」


「この前の牧場の遠乗りも、セシリア嬢が誘われたから慌てて参加表明した感じだったものな」

「セシリアさんの後ろに乗せてもらってとても楽しそうでしたわ」


 アンネマリーは先日の光景を思い出して微笑むが、マクスウェルがハッと気が付く。


「またいつの間にか話が逸れてしまったね」


「あらいけない。でも、それもこれも話し合うべき中核となる情報が不足しているからですわ」


「聖女さえ見つかればグッと話が進むんだがなぁ」


「何か明確な見つけ方があればいいんだけどね」


「次に聖女が大々的に活躍するとしたら十月の終わりですわ」


「……学園舞踏祭か」


「ええ、夢ではこの時、魔王に操られた少年、ビューク・キッシェルが再び現れ戦闘となるはずですが……」


「魔王を封印していた剣は半分に折れてしまい、剣身の上半分は王城で保管している。夢ではなかったこの状態が今の魔王にどんな影響を与えているのか分からないが、次の目標はここだな」


「学園舞踏祭なら学年に関係なく参加可能だ。俺ももう少し力になれるかもしれない」


「ああ、頼むぞマックス。この前の懇親会みたいに浮いた存在にならないでくれよ」


「……だから、あれは君が空気を読まずに参加させたからだろう?」


 会議は踊る、されど会議は進まず。駆け引きが行われているわけではないが、彼らの会議が進むにはやはり、パズルのピースがもっと必要なのであった。


◆◆◆


 女子上位貴族寮の最上階。帝国第二皇女シエスティーナは最上階のバルコニーから王都の町並みを眺めていた。美し景色が広がっているが、どうにも気分が晴れない。


 あの王都の路地を走る馬車の中に彼女も乗っているのだろうか。シエスティーナの脳裏に、優しい笑顔を浮かべるセシリアの姿が映し出されていた。

 バルコニーに体を預けながら、思わずため息が零れてしまう。


「……勝ち逃げはずるいんじゃないかな」


 初めて会った時に行われたダンス勝負。結局最後までリードを奪えなかった。

 二学期早々行われた抜き打ち試験。一位を取るつもりで挑んだそれは、満点という厚く高い壁に阻まれてしまった。


(いつか君に勝って自慢してやろうと思っていたのに、まさかの魔力酔いで王都からいなくなってしまうなんて)


 学園どころか王都にいられなくなるのでは、本当にもう再会は難しいかもしれない。


(……いや、彼女は春と夏の舞踏会には問題なく参加しているわけだし、滞在期間を短くすれば冬の舞踏会くらいなら大丈夫なんじゃ?)


 などと、つい願望混じりの希望に縋りたくなるが、シエスティーナは考えを改めた。


(彼女が王都を去ったのはむしろよかったのかもしれない。私はこれから王都で人脈を作り、情報戦を行って王国内に不和を齎すつもりなのだから)


 そしてその中心地は間違いなくここ王都パルテシアだ。そんなところに留まっていては何かの事件に巻き込まれる可能性もある。

 シエスティーナは、できればセシリアにはそんなものと関わってほしくなかった。


(そうだ、これでよかったんだ。それに、彼女が退場した以上、次の試験で一位を取る障害は大きく減じたことになる。きっとライバルはクリストファーだろう。彼が相手なら手加減はいらない)


 王立学園二学期はまだ始まったばかり。情報戦の囮となるために気を付けるべき学園の行事は、まずは中間試験、そして――。


「学園舞踏祭か。さて、どうやって目立ってやろうかな」


 喧噪の広がる王都を眺めながら、シエスティーナは不敵な笑みを浮かべた。


◆◆◆


 王立学園が休みの今日、レギンバース伯爵家に帰ってきたセレディアは上機嫌だった。


「ふふ、ふふふふ」


 機嫌よさそうに微笑みながら庭園を歩くセレディアの様子に、護衛騎士のセブレも満足げだ。


(よかった。学園に編入した最初の一週間はかなり機嫌が悪そうだったから心配していたんだ。どうやら学園でも上手くやれているらしい)


 などとセブレは考えていたが、セレディアは全く別のことを喜んでいた。


(ようやくあのセシリアとかいう小娘が私の目の前から消えていなくなるのね。一時は自らの手で葬り去ろうと考えていたけど、まさか自分から出て行ってくれるなんて。ああ、私ってなんて幸運なのかしら!)


 代償を払ってでも対処しようと考えていたところにあの昏倒劇である。まさかまたシエスティーナとダンスをして仲を深めようとしているのかと憤り、レアの涙が止まらなかろうが高出力に耐えられなくて熱に浮かされようが知ったことか! と、思って実行する前に奇跡が起こった。


(きっと神は私に世界のヒロインとなれと仰っているのよ。神なんて信じてないけど)


 今後の展望に期待が持てると鼻歌交じりに庭園を散歩していると、セレディアの下に父クラウドからの使者がやってきた。


「まあ、お父様が夕食をご一緒にと?」


「はい。問題ございませんでしょうか」


「ええ、もちろんです。楽しみにしているとお伝えください」


「畏まりました」


 クラウドの下へ戻る使者の背中を見つめながらセレディアはほくそ笑む。


(ヒロインとなるためには少しずつ父親とも和解することは必要不可欠。今までずっと疎遠だったのに急に一緒に夕食をだなんて……素敵なチャンスに恵まれたわ。これもあなたが王都を去った恩恵なのかしら。ありがとう、セシリア・マクマーデン)


 さらに上機嫌になったセレディアをセブレは微笑ましく見守るのだった。




☆☆☆あとがき☆☆☆

次回が第5章ラストです。

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