第37話 セシリア退学会議

「申し訳ございません。いくらレギンバース伯爵様といえど、女子上位貴族寮へ殿方をお招きすることはできません。お引き取りください」


「むぅ……やはりダメか」


 九月二十四日の午後、学園から知らせを受けたレギンバース伯爵クラウドはセシリアを見舞うため学生寮を訪れていた。


 予想していなかったわけではないが、残念ながら女子寮へ入ることは許されず、見舞いをすることは叶わなかった。応対したルシアナにきっぱりと断られたのである。


 ちなみに、男性の客人は寮に入れないが、男性使用人は入ることが可能という、微妙な矛盾をはらんだ決まりだったりする。使用人の場合、使用人専用通路を利用することで主以外の生徒と遭遇しない配慮がなされている。


 生徒や他の女性使用人の随伴という形であれば寮の主通路を通ることが許されるが、男性使用人単独で主通路を利用することは固く禁じられていた。違反した場合、重い罰則規定があるので注意が必要である。女子貴族寮でリュークが働けるのはこういった決まりのおかげであった。

 そして残念ながら、王国貴族たるレギンバース伯爵には適用されないのである。


「セシリア嬢の容態はどのような?」


「重度の倦怠感と目眩が酷いそうです。医務室の先生は『魔力酔い』を疑っておりました」


「『魔力酔い』……そんなまさか」


 クラウドは驚きを隠せない。もしその予想通りであれば、セシリアは療養のため王都を離れなければならないだろう。


(せっかく編入試験も頑張って合格したというのに、何たることか……!)


 クラウドは眉間を指で解した。

 この世に神はいないのか、と割と本気で憤っていた。


「伯爵様。明日、医務室で『魔力酔い』の検査をするそうです。寮へお招きすることはできませんが、どうしても気になるようでしたら明日の検査に同席されてはいかがでしょうか」


「――っ! ああ、そうさせてもらおう」


「検査には専用の検査魔法具を使うそうなのですが、そのような物のことは初めて伺ったので少し不安で。一体どのような仕組みの魔法具かご存知でしょうか」


「ああ、それは――」


 クラウドは検査魔法具について詳しく説明してくれた。後でセシリアに伝わると思ったからかもしれない。


 魔力というものは常に体内を一定方向に循環している。しかし、魔力酔いになるとそれが不規則になり、体調不良を引き起こすのだとか。魔力酔いの反応は基本的に体全体で起きることが多いので、全身の倦怠感や目眩を引き起こす症例が多いそうだ。


「検査魔法具はその乱れた魔力の流れを読み取って、魔力酔いかどうかを診断するそうよ」


 ルシアナは見舞いに来たレギンバース伯爵から聞いた情報をこの場の者達に共有した。

 貴族寮にあるルシアナのリビングルームに集まっているのは、ルシアナとメロディ、マイカとリューク、そしてレクトとポーラの合計六人である。


 昨夜、病人に見えるメイクを教えてもらうため、メロディはポーラが務めているレクトの屋敷に転移の扉を接続した。既に夜になっていたのでポーラがもう帰ってやしないかと心配したが、幸いなことに彼女はまだ屋敷に留まっていた。もちろんレクトもいた。


 そして二人は、セシリアが授業中に倒れたことをなぜか知っていたのである。


「学園側からセシリアの後見をしている伯爵閣下へ連絡が来たんだ」


 レクトはそう説明してくれた。たまたま彼もその場に居合わせていたので情報を得ていたらしい。

そのため容態を心配していたのだが、昨夜の元気な突撃に遭遇してしまったわけだ。


「メロディが元気だったのは良かったけど、まさかせっかく入った学園を今度は去るための計画に協力することになるとはね。イヤかって? んふふ、面白そうだから手伝うに決まってるでしょ」


 メロディから説明を聞いたポーラの答えである。どうやら病人メイクという新ジャンルに興味がある様子。検査の日に健康的なセシリアの姿では困るので、ポーラは病人メイク担当である。


「でも、伯爵様のおかげで最低限の準備はできそうね。本当はヘタレ騎士様がご存知であればこんな手間は必要なかったんだけどね」


「すまない。医療系の魔法具については完全に専門外なんだ……ヘタレ騎士はやめてくれないか」


「とりあえず基本的な仕組みは分かりましたから、後は実際に検査をする際に私がどこまで診断を誤魔化せるかですね」


「大丈夫なんですか、メロディ先輩」


 心配そうにするマイカにメロディはニコリと微笑んだ。


「任せて、マイカちゃん。私、他人の魔力を感知するのは苦手だけど自分の魔力を制御するのは結構得意なの。何とか魔法具に合わせてみせるわ」


「最悪上手くいかなかったとしても別の方法を考えればいいだけだ。何も問題はない」


「ふふふ、励ましてくれるの、リューク? ありがとう」


「……そんなんじゃないさ」


 リュークはそっと目を逸らした。顔が無表情なので照れているのかどうかは分からない。

 ある程度話は詰め終わったので、ルシアナが代表してまとめに入った。


「というわけで、当日の役割としては……私ルシアナはセシリアの付き添い。リュークはセシリアを運ぶ係で、マイカは留守番ね。ポーラはメロディの病人メイク担当で、ヘタレ騎士レクト様は特に役目なし。以上です!」


「異議あり! 留守番は寂しいです」


「俺は寂しいわけではないが、集まっておいて役目なしなのはつらいな」


「しょうがないでしょ。元々そんなに人手が必要な作戦じゃないんだから。マイカとヘタレ騎士の仕事は、メロディがきっちり『魔力酔い』認定を受けてからね」


「その後で仕事ってあるんですか?」


「あるわよ。よく考えてもみなさいよ。セシリアが『魔力酔い』と診断されたら王都にはいられないのよ。となると、王都を出てどこかで静養する必要がある。さて問題です。そんな重病のセシリアちゃんを誰がどこへ運ぶでしょうか?」


「そうか。放っておいたら閣下が全て差配するに決まっている」


 ルシアナが懸念を語ると、レクトは状況を理解した。


「つまり、セシリアを運ぶ人員は我々で用意する必要があるわけか」


「そういうこと。セシリアは本来存在しない人間よ。事情を知らない人間が相手じゃどこかでボロが出かねない。だから、こっちで先んじる必要があるの」


「具体的にはどうするんだ?」


 リュークが尋ねるとルシアナは全員を見回した口を開いた。


「まず、セシリアを静養先へ送る馬車と人員の手配は我がルトルバーグ家で行う……という旨をお父様からレギンバース伯爵様へ伝えてもらうわ」


「閣下が受け入れるだろうか」


「父に相談するけど、多分いけると思う。そろそろ噂が立っても可笑しくないと思うのよね」


「噂? お嬢様、どういうことですか?」


 メロディが尋ねるとルシアナは少しばかり嫌そうな顔になった。


「……こう言っちゃなんだけどレギンバース伯爵様はセシリアを気に掛け過ぎてると思うの。今日だって女子寮だって分かってるのにお見舞いにまで来てるし。だからそろそろ『いい年した大人の男が十五歳の少女に懸想している』なんて噂が出始めてもおかしくないかなって」


「あの、お嬢様? 伯爵様はそういう方ではありませんよ?」


「あくまでそういう噂が出るかもって話よ。多分ご本人もちょっとやり過ぎている自覚はありそうだし、まだ噂が生まれていなくてもその懸念について説明すれば控えてくれると思うの……で、そこからがあんたの仕事よ、ヘタレ騎士様」


「……俺の?」


「伯爵様がお父様の提案を了承したとしても、おそらく何もしないなんて無理だと思うわ。それは編入試験への助力や今回のお見舞いを見れば明らか。そして私達に用意するのが難しいポジションに目を付けるはず。つまりは護衛ね。あなたにはその護衛に立候補してほしいってわけ」


「確かにありそうな話だ。分かった。その際はきっちり仕事をさせてもらう」


「それで、セシリアの静養先はうちのルトルバーグ領にするつもりよ。我が領は小さいながらも魔障の地を持たない魔力的には静養向けの土地といえる。アバレントン辺境伯領にセシリアの故郷は存在しない以上、もっと近場でコントロールしやすい土地にセシリアは向かった。ということにできれば最高ね。でないと、偽装のためとはいえセシリアと一緒に送り出すマイカとリュークが大変だもの」


「えー!? もしかして検査後の私の仕事ってそれですか?」


「そうよ。レギンバース伯爵様が見送りに来る可能性もあるからちゃんと人員は用意しないとね」


「うう、消去法的に私しかいないですもんね。分かりましたよ」


「つまり、俺とマイカ、セシリア役のメロディとレクティアスでルトルバーグ領へ向かうのか?」


「ある程度進んで人気がなくなったらメロディの魔法で帰ってきて。だって、メロディには私のメイドとして学園に来てほしいんだから。まあ、その辺は当日臨機応変にってことでよろしく」


「ああ、分かった」


「皆さん、私の我が儘のせいでご面倒をお掛けしてしまい申し訳ありません。ご協力に感謝します」


 大方の相談が終わり、最後にメロディが皆に礼を告げた。


「よーし、それじゃあ皆、明日から頑張りましょう!」

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