第36話 最高で素敵な笑顔を求めて

 メロディ達の前にハイダーウルフが現れた!


「お嬢様、ここは私も――」


「いいえ、メロディ。全て私に任せてちょうだい」


「でもお嬢様、ハイダーウルフはあれ一頭じゃ」


「もちろん分かっているわ。それでメロディ、あいつの魔力はどう?」


 ルシアナに問われ、ハッとしたメロディは瞳に魔力を集めてハイダーウルフを視た。


「……黒い魔力はありません。あれは普通のハイダーウルフです。他も皆同じです」


「それはよかったわ。だったら安心ね」


「お嬢様、でも……」


 なおも不安そうな様子のメロディ。

 ルシアナは彼女の前に立ち、背を向けたまま口を開いた。


「メロディ、私にはメロディがくれた三つの力がある。だから安心して。絶対に負けないから」


「三つの力……?」


「一つ目はこれ。私のメイン武器『聖なるハリセン』。これがあればどんな敵だって倒してみせる。そして二つ目は、メロディが教えてくれた『ダンスの身のこなし』よ!」


 ルシアナは前方のハイダーウルフに向かって全速力で駆けた。魔王ガルムとの戦闘以来、まるで覚醒したバトル漫画の主人公のように軽やかな足取りでハイダーウルフに迫るルシアナ。その速度は想定外だったのか、ハイダーウルフは一瞬動きが固まってしまう。


「狩りをする魔物とは思えない凡ミスね! 地面とキスでもしていなさい! はああああああ!」


 あっという間にハイダーウルフの眼前に辿り着いたルシアナは戸惑う狼に対し無慈悲な振り下ろしをお見舞いした。

 強烈な衝撃波と地面に挟まれる形となったハイダーウルフはそのたった一撃の痛みに耐えられず、無傷であるにもかかわらず全身を痙攣させ、口から泡を吹いて気を失ってしまう。


「お嬢様!」


 残心の間もなくメロディの声に振り返ると、四頭のハイダーウルフがメロディに向かって飛びかかっている瞬間であった。

 これはセレディアが大森林に訪れた時にも取られた手法で、一頭が囮となり、残り四頭が四方から獲物に飛びかかるというハイダーウルフの典型的な狩りのやり方である。


(反撃を! でも、お嬢様が――)


 戦闘前に全て任せてほしいと頼まれたことが思い出され、メロディは一瞬躊躇してしまった。

 だが、それはハイダーウルフに狙われる獲物にとっては致命的な隙。ハイダーウルフは内心でほくそ笑む。柔らかい肉の獲物が手に入ると既に勝った気になった。



 それがぬか喜びであることも知らずに――。



(魔物に襲われた当事者の私が、あんた達のことを調べないとでも思ってるの!)


 囮のハイダーウルフのところまで跳んだためルシアナのハリセンは間に合わない。しかし、ルシアナはバックスイングをするように右手のハリセンを左に構えた。


(『聖なるハリセン』は攻撃対象を殺さず怪我さえ負わせない非殺傷型拷問具。だけど――)


「対象が生き物だけだなんてメロディは決めていないのよ! 空気を押しだし吹き飛ばせ! 喰らいなさい! エア・ツッコミ!」


 まるで居合術のように、ルシアナは高速でハリセンを振り抜いた。メロディに飛びかかる四頭のハイダーウルフ目掛けて。

 ハリセンとハイダーウルフの間に溜まっていた空気の塊が、ルシアナのツッコミによって生じた強烈な衝撃波によって一瞬で押し出された。


 本来であればありえない現象だ。しかし、『聖なるハリセン』は突っ込んだ対象を確実に吹き飛ばす。ハリセンが触れた空気の塊は、筒型の水鉄砲から押し出される水のように、空気のハンマーが宙を舞う四頭のハイダーウルフの側面を打ち払った。


「「「「ギャヒイイイイイイイイイイイイン!?」」」」


 踏ん張ることのできない無防備な体勢で強烈なハンマー攻撃をくらったハイダーウルフ達は、ある者は地面に転がり、ある者は樹木に打ち付けられ、ただ一匹も立ち上がることなく森の大地に伏したのであった。


「……えぇ?」


 メロディは何が起きたのかよく分からず疑問の声を上げることしかできなかった。


「怪我はなかった、メロディ?」


「あ、お嬢様。はい、私は大丈夫です。それにしてもお嬢様、『聖なるハリセン』を使いこなしていましたね。今、何をしたのか私にも分かりませんでした」


「えっとね……」


 ルシアナは先程の戦闘について説明した。


「じゃあ、『聖なるハリセン』は遠距離攻撃もできるってことですか?」


「それだけじゃないわ。さっき吹き飛ばされた奴らをよく見て」


 言われてメロディは地面に転がるハイダーウルフの方に『灯火ルーチェ』を送った。そしてメロディは驚く。四頭のハイダーウルフ達は怪我を負っていたのだ。足があらぬ方向に折れている個体もいる。


「どういうことですか? 『聖なるハリセン』は非殺傷武器のはず」


「だって私がツッコんだのはあくまで空気だもの。あいつらは私が吹き飛ばした空気にたまたまぶつかって勝手に吹き飛んでいっただけ。『聖なるハリセン』の攻撃対象じゃないわ」


「そんな方法が!」


 全く想像もしていなかったメロディはルシアナの発想に驚かされた。非殺傷型拷問具であるハリセンも間接的に使えば敵にダメージを与えられるのだ。


「あれ? ということは、もしかして近接戦の時も敵との間の空気を狙ってツッコんだら」


「ゼロ距離衝撃波ね! ふふふ、痛そう。ありがとう、メロディ。『聖なるハリセン』は殺傷・非殺傷を自由に選択できる私の最強武器ね!」


「お嬢様、淑女の礼節と博愛の精神を忘れないでくださいね!?」


「もちろんよ。淑女ルシアナ・ルトルバーグは敵以外にはとっても優しいんだから。安心して」


 パッと華やぐ笑顔のルシアナに、どうか危ない事件が起きませんようにと願うメロディだった。


「それはそうとどうかしら、メロディ。私、結構戦えると思わない?」


「結構というか、想像以上の強さですよ、お嬢様。悔しいですけど、護衛がいらないと仰る意味が理解できてしまう戦闘力です……淑女の評価基準に戦闘力ってどうかとは思いますけど。あ、そういえばお嬢様、確か戦闘を始める前に私からもらった力は三つあるって仰っていましたよね」


「ええ、言ったわ」


「一つ目は『聖なるハリセン』、二つ目は『身のこなし』でしたよね。あと一つは?」


「ああ、それはね――」


 ルシアナが説明をしようとした瞬間だった。ルシアナの背後、メロディの死角からハイダーウルフが迫り、鋭い牙を生やした口がルシアナへ襲い掛かる光景をメロディは目にした。


「おじょ――」

(間に合わない!)


 ルシアナも背後の気配に気が付いたのか咄嗟に振り返って左腕を眼前に翳した。ハイダーウルフの強靱な顎がルシアナの左腕を勢いよく挟み込む。

 メロディは間に合わなかった。あまりにも一瞬の出来事。死角から突如として現れたハイダーウルフの策にまんまと引っかかり、ルシアナの腕に噛み付かれたのだ。


 今回のハイダーウルフは五頭ではなかった。六頭体制による、最後の罠担当がいたのである。ルシアナに噛み付いたハイダーウルフはご満悦だ。後は自身の強靱な顎の力で腕を噛みちぎってその柔らかい肉の味を堪能すればいい。仲間を失ってしまったが同族はまだ他にもいるのだから気にする必要もない。


 勝利を確信するハイダーウルフ。人間の攻撃力には驚かされたが所詮は人間。ハイダーウルフの牙の前にはただの餌よ。そう内心で無防備を晒したルシアナを馬鹿にしていた。

 だが、ハイダーウルフはすぐに異変に気が付く。先程から全力で噛み付いているにもかかわらず人間の腕を噛みちぎれないのだ。血の味もしなければ牙が肉に食い込む感触すらない。


「……見て、メロディ。これが、メロディが私にくれた三つ目の力。私を守ってくれる最後の砦。『守りの魔法』よ」


 ルシアナはハリセンを振り上げた。ハイダーウルフは気付く。自分の牙が人間の服の外側からこれっぽっちも食い込んでいないことに。異常なほどの鉄壁の防御力に。


「私のメロディが掛けてくれた『守りの魔法』があんた程度に超えられるわけないでしょうが! いい加減に、しなさああああああああああああい!」


 ルシアナのハリセンツッコミが最後のハイダーウルフに振り下ろされた。あまりの衝撃にハイダーウルフは悲鳴を上げる暇さえなく。


 地面に転がるハイダーウルフ。空気を介さず直接打ち据えたので、ハイダーウルフは全身を痙攣させて泡を吹いているだけで命に別状はなかった。だが、しばらく目を覚ますことはないだろう。


 ハイダーウルフに噛まれた腕を手で払うと、ルシアナは自慢するように左腕をメロディの目の前に差し出した。


「ほら見てメロディ! あなたが私の制服に掛けた守りの魔法は鉄壁ね! 大丈夫、あなたの魔法はしっかり私を守ってくれる。だから安心してちょうだい」


 メロディはポカンとした表情でルシアナの左腕を見つめた。


「ふふふ、メロディのおかげで私はもう無敵ね。教えて貰った『身のこなし』で敵に近づくも離れるも自由自在。最高の盾『守りの魔法』があればどんな攻撃だって大丈夫。そして最強の武器『聖なるハリセン』があればどんな敵だってちょちょいのちょいよ!」


 ルシアナはちょっと冗談のように言っているが、割と本気で無敵令嬢が完成しそうである。

 まだ放心気味のメロディにルシアナは笑顔を向けていたが「えっと、だからね……」と、少し恥ずかしそうにモジモジしながらメロディを上目遣いで見つめたのだ。


「……だからね、私は無理に守ってもらわなくても大丈夫だから……クラスメートとしてじゃなくて私のメイドとして帰ってきてくれないかな、メロディ……えっ!?」


 メロディの瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちた。突然のことにルシアナは慌てふためく。

 大粒の涙を流しながら、メロディは思った。


(うん、そう、私はメイド。ご主人様を守るためにいるんじゃない。守ることが悪いわけじゃないけど、私はメイドだから……おそばにいてご主人様を支えなくちゃいけなかったんだ)


「メ、メロディ、どこか痛いの? 私、何か悪いこと言っちゃった?」


「いいえ、違うんです。お嬢様、私はまたお嬢様のおそばにいてもいいですか」


「もちろんよ。クラスメートのセシリアもよかったけど、やっぱり私はあなたに、我が家のオールワークスメイド、メロディにそばにいてほしいわ。また私に最高で素敵な笑顔を見せてね!」


「はい、ルシアナお嬢様!」


 メロディは笑った。

 ポロポロ泣いて瞳は赤く充血してしまったけど、今夜の彼女の笑顔はきっと最高で素敵だったに違いない。


 その答えはルシアナだけが知っているが、独占欲の強い彼女がその秘密を教えてくれる日は永遠に来ないのであった。


◆◆◆


 マイカはメロディの決断を聞いてホッと安堵の息を漏らした。


「話がまとまってよかったです。でも、どうやってメロディ先輩は学園を辞めるんですか?」


「医務室の先生がセシリアの症状を『魔力酔い』かもって疑っていたでしょ。今度検査をするって話だったから、その時に『魔力酔い』と診断されるようにすれば」


「王都にいられなくなるから自然と学園を去れるってわけですね!」


「問題はどうやって検査魔法具の診断を誤魔化すかよね」


「どこかで情報を得られないですかね?」


 うんうんと悩むマイカとルシアナ。

 しかし、リュークは別のことが気になっていた。


「……メロディはもう病人じゃないんだが、大丈夫なのか?」


「「「え?」」」


 血色の良い瑞々しい肌のメイドがここにいた……病人? ナニソレオイシイノ?


「開け、奉仕の扉『通用口オヴンクエポータ』! ポーラ、私に病人メイクを教えてちょうだい!」


「メロディ!? 倒れたって聞いたけど大丈夫なの!?」


「どうして知ってるの!?」


 無事『魔力酔い』の診断結果を得るため、メロディの奔走が始まった。

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