第35話 いざ、ヴァナルガンド大森林へ
「うーん!」
目覚めるとメロディはサッと起き上がり気持ちよく背伸びをした。
久しぶりの爽やかな朝だ。
九月二十三日。太陽は既に昇り始めた。時刻は七時くらいだろうか。
「随分長く寝てたみたい。昨夜は結構早く眠れたから今朝は目覚めすっきりね……あれ?」
(そういえば眠くなる前、何かあったような気がするけど……思い出せないや)
だったらきっと大したことではなかったのだろう。
メロディは身支度を整え始めた。
「おはよう、メロディ」
「おはようございます、お嬢様」
午前八時を迎えた頃、制服姿のルシアナがやってきた。
マイカ達とも挨拶を交わし本題に入る。
「昨日相談した通り、私達が看護をするという名目でセシリアの部屋を移動することになったわ。すぐに準備をして部屋を移りましょう。荷物の整理は終わってる?」
「はい。全てトランクケースに。他には何かありますか?」
「フード付きのマントって用意できる?」
「はい。『再縫製(リクチトゥーラ)』でどうにかなります」
「じゃあ、それを被って部屋を出ましょう。今のメロディ、顔色がいいから病人っぽくないもの」
「確かにそうですね。分かりました」
フード付きマントを作り出すとそれで全身を覆い、リュークに抱き上げられた。トランクケースはマイカが持ってくれるようだ。ルシアナが先頭を歩き、寮監のマリーサへ挨拶をした。
「マリーサ様、準備ができましたのでセシリアさんを私の部屋へお連れしますね」
「身動きすらままならないんじゃ、あの部屋で看護は難しいですものね。よろしくお願いします」
二人が挨拶を交わすと、メロディはリュークに抱き抱えられたまま馬車へ運ばれていった。
馬車が動き出し、小窓をカーテンで塞ぐとメロディはようやく動くことが許された。
「マリーサさんに挨拶できなかったのはちょっと心苦しいですね」
もう何ともないのに。そう口にするとルシアナもマイカも苦笑いだった。
貴族寮に到着すると再びリュークに抱えられて二階のルシアナの部屋へ。
中に入ってメロディはようやく自由になる。
「『舞台女優(テアトリーテ)』解除」
白いシルエットに包まれて、その姿はセシリアからメロディへと戻った。
「やっぱりこっちの方が落ち着きますね」
「うん、私も。この部屋にはメロディがいてくれなくちゃ何だか落ち着かないわ」
「ありがとうございます。それで、私が通ってるいつもの森に行くんですよね。何をするんですか?」
本日のルシアナはセシリアの看病をするという名目で学園に休む旨を伝えてあった。実際にはメロディが通っている『近くの森』へ赴くわけだが。ルシアナは楽しそうに笑って告げた。
「えへへ、もちろんあの森にいる獲物達を片っ端からぼこぼこにしてやるのよ」
「えええっ!?」
「メロディが私に護衛は不要だと理解するまでやりまくるわよ。さあ、森への扉を開いて!」
「うぅ、危なかったらすぐに帰りますからね。お嬢様も通るから……『迎賓門(ベンヴェヌーティポータ)』!」
リビングルームに豪奢な両開きの扉が床から迫り上がってきた。扉が開き、その向こうには濃い緑が広がっている。
「それじゃあ、メロディがさっさと納得してくれたらすぐに帰ってくるわ」
「お嬢様、あんまり無茶しないでくださいね」
「メロディの寝床は作っておくから、まあ、頑張れ」
「……行ってきます」
二人に激励(?)されて、メロディとルシアナはメロディ曰く『近くの森』こと『ヴァナルガンド大森林』へと足を踏み入れた。
「ここがいつもメロディがお肉を狩ってくる森なのね」
「お嬢様、本当にここで狩りをなさるおつもりなんですか?」
「狩りっていうか襲ってきたところをぶっ飛ばすだけよ?」
ルシアナは扇子を取り出すと魔力乗せてスナップを利かせた。扇子が開く瞬間、その姿は変貌し非殺傷型拷問具『聖なるハリセン』が姿を現す。
「私のメイン武器はこれだもの。対象を傷つけることはできないけどぶっ飛び効果は抜群よ」
「ここの動物は皆かなり大きいですし、魔法を使う個体もいるので危ないですよ」
(メロディって動物と魔物の区別がついていないっぽいのよね。魔法を使うんだから魔物なんだけど……多分、無敵ゆえに気付いてないんだわ。魔物に関しては授業の範囲外だし)
「だからこそよ。この森の動物を相手に戦えるなら、たとえ魔物が学園に現れても私は十分に対応できると思わない?」
「それはそうかもしれませんけど、でも、あの黒い魔力を持つ魔物に遭遇したら大変ですよ。やっぱり私がそばでお守りした方が」
「黒い魔力の魔物だって銀製武器を使えば攻撃できるんだから大丈夫よ。それにメロディの守りの魔法もあるしね」
「……守りの魔法をあまり過信しないでください。一回くらいなら耐えられるかもしれませんが、何度も守ることはできないかもしれません」
(うーん、やっぱり春の舞踏会の件で自分の魔法をちょっと信用できないところがあるみたいね)
ルシアナはクスリと微笑む。
(今日は森の獲物だけでなく、全く必要ない不安やらをこのハリセンでドバンと吹き飛ばしてやるわ。待ってなさい、ヴァナルガンド大森林の魔物達!)
「さあ、行くわよメロディ。私に護衛が不要だってこと、このハリセンで証明してみせるわ!」
ルシアナは意気揚々と歩き出した。
◆◆◆
「はあああああああああああああ!」
「ブギビエエエエエエエエエエ!?」
ルシアナは巨大な熊の魔物『タイラントマーダーベア』に遭遇した。
ハリセンツッコミで撃退した。
「とりゃあああああああああああ!」
「ボホアアアアアアアアアアアア!?」
ルシアナは巨大な角を持つ猪『ビッグホーンボア』に遭遇した。
ハリセンツッコミで撃退した。
「……全部一撃ですね」
森を歩き始めて二時間ほど。
これまでに五体の魔物に遭遇したが、すべからくルシアナはハリセンの一撃で相手を吹き飛ばして撃退に成功していた。
メロディが作りし非殺傷型拷問具『聖なるハリセン』は、その攻撃で対象を傷つけることはできないが、衝撃と痛みを与えることはできる。殺傷不可という代償を得ることでハリセンが持つ『ツッコミ』の特性がかなり色濃く反映されているようだ。
つまり、ハリセンツッコミを受けるとお笑い芸人ばりに派手に吹っ飛ぶのである。巨大な熊や猪でさえ当たり前のように吹き飛ばすその衝撃は凄まじく、怪我こそしないが衝撃波に相応しい痛みを与えてくるため、大抵の魔物は一撃で意識を奪われてしまうのだ。
また、吹き飛ばされた先で壁や樹木に激突しても不思議なことに怪我はしないのだが、相応の痛みは普通に伝わってくるので、この『聖なるハリセン』はまさに拷問具といって差し支えのない逸品なのであった。
「この『聖なるハリセン』がある限り、私はどんなに全力を出しても相手を殺す心配がない。何度はっ倒そうが何度吹き飛ばそうが、私の両手はずっと真っ白なまま。ふふふふ」
「お嬢様、そのセリフはさすがに怖いです」
時刻は既に夕刻に近い。空が橙色に染まり始めていた。
「お嬢様、そろそろ日も暮れますし、夜の森は危ないですから帰りませんか」
「メロディ、今日の私はどうだった。この森の大型動物を相手に遅れは取らなかったでしょう」
「……はい。正直、驚きました。お嬢様がここまで見事に戦えるなんて」
「ふふふ、ありがとう。でも私、この前の魔物との戦いでしっかり見せたつもりだったんだけどな」
「そう、ですね。言われてみれば確かにその通りです。私、なんで忘れてたんだろう」
ルシアナには分かっていた。春の舞踏会でルシアナを完全に守り切れなかったことが、メロディから客観的視点を奪っているのだと。
(だから今日はここでその印象を全てひっくり返すのよ!)
「お嬢様、本当に日が暮れてしまいます。夜の森は危険です。そろそろ帰った方が……」
「ダメ。もう少し待って」
「……分かりました。優しく照らせ『灯火(ルーチェ)』」
太陽は沈み、大森林を暗闇が支配した。メロディが灯す魔法の明かりだけが唯一の希望のように辺りを優しく照らしている。
ルシアナはジッとメロディの光が届かぬ暗闇の向こうを見つめていた。
「お嬢様、こんな夜の森で何を待っていらっしゃるんですか?」
「……来た」
「え? ……囲まれている?」
メロディは本職の狩人にはほど遠いが、これでも毎日のように森を闊歩していたわけで、森の中の気配の探り方にはそれなりに覚えがあった。それによると今、メロディ達は何らかの動物に囲まれているようだ。
(種類は多分四足歩行動物、おそらく蹄じゃなくて肉球があるタイプだと思うけど……)
それを察せられるだけでも十分凄いのだが、今のメロディの技量ではそれが精一杯だった。
「お嬢様、すぐに十個の『灯火』で全体を明るくするので――」
「不要よ。それより、前から来るわ」
ルシアナに指摘され前方を見ると、暗闇に紛れてしまいそうな真っ黒な体毛の狼が一頭、姿を現した。それはほんの数週間前に目にした覚えのある魔物だった。
「あれは、ハイダーウルフ? 確かレクトさんが、ヴァナルガンド大森林の魔物だって言ってたはずだけど、どうしてここに!?」
(それでどうして気が付かないのかが本当に謎なのよね。ホント、鈍可愛いんだからメロディは)
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