第33話 メイドジャンキーの末路
メロディが倒れたという知らせを聞いたリュークが迎えの馬車を走らせた一方で、マイカは平民寮を訪れていた。メロディの寝床を整えるためである。
寮監のマリーサにお願いして部屋の鍵を開けてもらい中へ入る。
「えっと、ベッドを確認して、すぐに着替えられるように寝間着を準備して……メロディ先輩、何か食べられるかな。うーん、プリンやヨーグルトがあれば簡単なのに」
突然のことに慌てつつも的確に準備を進めていくマイカ。さすがはセレーナの短期集中講座を受けただけはある。そしてマイカは作業をしながら違和感を覚えた。
「……何だろう? 何か変な感じがする。何かおかしいな、この部屋。でも何が……あ、何かお粥的な物を作っておくといいかも。確かこっちに簡易キッチンがあるはず――あれれ?」
しばらく簡易キッチンの中をガサゴソと何かを物色するような音が響く。それからほどなくしてマイカが部屋に戻ってきた。仏頂面を浮かべて。
「……メロディ先輩、もしかして」
「マイカ、いるー?」
何かに思い至ったマイカだが、ルシアナの声が扉の向こうから聞こえたのでそちらへ向かった。
リュークに抱き上げられたメロディがベッドに寝かされる。メロディはまだ力が入らないようで仰向けになったまま天井を見上げていた。
一旦リュークに部屋を出てもらいメロディを寝間着に着替えさせる。
「メロディ、調子はどう? 少しは楽になった?」
「……すみません、お嬢様。体が全然動いてくれなくて」
心配そうにメロディを見つめるルシアナの後ろからマイカが顔を出した。そしてルシアナの前に空っぽのコップを差し出す。
「お嬢様、このコップに水を入れてもらえますか」
「構わないけど。『
「だって水瓶に水が入ってないんですもん……一滴も」
「一滴も?」
そんなことがあるだろうか。普通に生活していたら水瓶に全く水がないなんてこと起きるはずがないのだが。だというのに、水瓶に水が一滴もないとはどういうことだろう?
そんな疑問に首を傾げるルシアナを余所に、マイカはコップの水に二種類の調味料を入れて混ぜ始めた。
「リューク、メロディ先輩を起き上がらせて。メロディ先輩、これをゆっくり飲んでください」
リュークに背中を支えられたメロディは、言われるがままマイカ特製の謎ドリンクを口に入れた。ほんのり甘く、うっすらしょっぱい。
砂糖と塩を混ぜただけの水――経口補水液である。
ゆっくりではあるが、マイカはしっかりと経口補水液をメロディに全部飲ませた。再びベッドに寝かされたメロディだったが、それからすぐに意識がはっきりしてきた。指が動き、腕も上がるようになってきた。まだ起き上がるのはつらいが、大分楽になったように感じる。
「よかった、メロディ! マイカ、凄いじゃない」
「ありがとう、マイカちゃん。随分頭がはっきりしてきたわ」
「でしょうね。ずっと足りなかった糖分がようやく頭に届いたおかげだと思います」
マイカはジト目でメロディを見つめていた。
「マイカ、どういうこと?」
「お嬢様に説明する前にちょっと質問です、メロディ先輩。最近、朝ご飯は食べてます?」
「朝ご飯? それはもちろん……あれ?」
「メロディ先輩、夕ご飯は?」
「夕ご飯……」
「メロディ? どうしたの? マイカ、どういうこと?」
「……この部屋のキッチン、なーんにも置いてないんです。水も食料も調味料も本当に何も」
「何も置いてない? 水も!?」
「この部屋、生活感がないんです。メロディ先輩、朝ご飯と夕ご飯はどうしてたんですか?」
マイカに質問に対し、ついさっき摂取した糖分によってメロディの記憶力が冴え渡る。今日までの一週間の食事の記憶が思い出された。
しかしてその結果は!
「……あれ? 私、寮に入ってから朝食も夕食も……食べてない?」
「はあああああっ!?」
「やっぱり」
「じゃあメロディ、あなたお昼ご飯しか食べていなかったの!?」
「えっと、そうみたいです……」
「そうみたいって……」
「朝は眠くてあまりお腹が減らなくて、夜はつい食べ忘れちゃったみたいで」
「ええ、何それ……」
「メロディ先輩、ここ最近の睡眠時間はどれくらいです? 何時に寝て何時起きですか」
「二時くらいに寝て……いつも通りに起床かな」
「つまり二時寝、五時起きの三時間睡眠ですね」
「この一週間、一日三時間しか寝てないの!?」
「食事を取っていないことが気にならない程度には、毎日思考力が減衰していってたんですね」
「なんでそんなことに」
さすがにドン引きのルシアナ。
メロディの寮生活がかなりヤバいことになっていた。
「要するに、メロディは極度の睡眠不足と栄養不足が重なってぶっ倒れたというわけか?」
「その通り」
リュークが出した結論をマイカは肯定した。
あまりにも情けない理由にリュークは眉根を寄せる。
「でもなんでこんなことになっちゃったの? メロディは自己管理がちゃんとできていたのに」
「これは、半分は私達のせいでもあります」
「私達の? どういうこと?」
「……メロディ先輩の慣れない学園生活を助けようと私達は結構努力しました。セレーナ先輩から短期集中講座を受け、クラスメートとの関係を円滑に進められるよう取り計らって」
「そうね。メロディがいつでも休めるように頑張ったつもりよ」
「ええ、でもそれがいけなかったんです」
「え?」
「……私達はメロディ先輩を気遣うあまりとても大切なことを忘れてしまっていたんです」
「大切な事って、一体何だっていうの?」
マイカはルシアナの質問に答えることなく前に出た。
そして、ありえないことを告げた。
「メロディ先輩、今日の私のお仕事全部お任せしてもいいですか?」
「マイカ、こんな状態のメロディに何を!?」
自分で起き上がることすらままならない今のメロディに仕事をやらせようだなんて、マイカはいつの間に鬼畜少女になってしまったのか。
驚くルシアナだったがさらに驚かされる事態が起きた。
なんと、メロディが普通に起き上がったのである。
「え? メロディ、大丈夫? きゃあっ!」
起き上がったメロディが突然白銀に発光し始めた。
「……『
白銀に輝く中、メロディの肉体を白いシルエットが包み込む。そして彼女はベッドの上に立ち上がった。シルエットの形が変わり、白銀の光も収まっていく。やがて全てが消え去った時、ベッドの上には、ルシアナがよく知るオールワークスメイド、メロディ・ウェーブの姿があった。
ついさっきまで貧血を起こしたように青白かった肌は血色を取り戻したように若々しくなり、腕一本を動かすのも億劫そうだった肉体は活力を取り戻し、まるで人形のように表情の乏しかった相貌に笑顔が戻った。
「任せてマイカちゃん! この私、メロディがあなたの仕事をきっちり引き継ぎます!」
ベッドから降りると、メロディはメイドに相応しく淑やかで美しい一礼をしてみせた。
「メロディ、さっきまでの死んじゃいそうなくらい弱々しかったのは何だったの!?」
「ご安心ください、お嬢様。よく分かりませんが治りました」
「よく分からないのに治っちゃったの!?」
(確かゲームでは終盤でヒロインちゃんが回復系の魔法を覚えたはず。多分無意識に自分に癒やしの魔法を掛けちゃったんだろうな)
マイカは前世知識からそう予想を立てたが、他の面々はメロディ本人を含めて原因不明の現象であった。精神が昂ぶっているのかメロディは全然気にしていない。
「さあ、お嬢様。何のお仕事から始めましょうか!」
「ハイテンション過ぎる! どうしちゃったの、メロディ!?」
「これが今までまともにお仕事できなかった反動ですよ、お嬢様」
「反動?」
「この一週間、おそらくメロディ先輩はずっとメイド成分が不足していたんです。メイドをこよなく愛するメロディ先輩。その愛は既にメイドオタクの領域を限界突破し、もはや依存症もしくは中毒者……そう、メロディ先輩はメイドジャンキーとも呼べる存在になっていたんです!」
「めいどじゃんきー?」
「要するにメイドが好きすぎて、メイドなしでは生きていけない体になっちゃったんですよ」
「何てこと!? ……って、それは前からじゃない?」
「まあ、そうなんですけど。私達、メロディ先輩の体を気遣ってこの一週間、結構メイド業務をお休みさせちゃったじゃないですか。そのせいで逆に体調を崩しちゃったんですよ」
「なーるほど。多少忙しくてもメロディにメイドのお仕事が不可欠だったのね」
「はい。喫煙者が禁煙に成功できないようにメイドジャンキーに禁メイドは無理だったんです」
「納得の説明ね」
「……何だこの会話」
ウンウン頷く二人の少女の後ろで、リュークは宇宙人でも見るような目をしていた。
「それでマイカちゃん、今日はどんな仕事が残っているのかしら。お掃除、調理、裁縫、洗濯、何でもいいわよ。じゃんじゃん持ってきて! 久しぶりに羽目を外して全力ご奉仕よ!」
メロディは重ねた両手を頬に添えてうっとりとした表情を浮かべた。潤んだ瞳、上気する頬、感嘆の息を漏らす唇はぷるんと艶めき、どこか遠くを見つめる仕草は恋に恋する乙女のような初々しさと清らかさを醸し出している。
それは男性に見せてはいけない表情だった。
リュークはメロディからそっと目を逸らす。
「はわぁ、可愛すぎますね、メロディ先輩。メイド欲求が高まりすぎて吸引力が倍増してます」
「それよりこれどうするの? メロディ、止まらなさそうなんだけど」
「いえ、意外と何とかなりますよ。要するに欲求不満を解消してあげればいいだけなんで」
マイカは持参していた鞄からティーセットと茶葉を取り出して机の上に置いた。
「メロディ先輩、ルシアナお嬢様が紅茶を飲みたいそうですよー」
瞬間、メロディから発生していた魅力度マシマシオーラは霧散した。
しばしポカンとするメロディだったが、机の上のティーセットが視界に入るとパッと華やぐいつもの笑顔を浮かべて――。
「お任せください、お嬢様」
メロディはお茶を淹れ始めるのであった。
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