第28話 セレディアの攻略作戦
全員が揃ったので早速メロディ達は学園を出立することになった。
クリストファーとアンネマリー、シエスティーナとセレディア、そしてメロディとルシアナのペアで馬に乗り、王都を出て街道に入る。
「目的地の王家直営牧場は王都から北西方向、馬で行けば一時間といったところだ」
クリストファーが先導し、メロディ達はゆっくりとした足取りで目的地を目指した。護衛のレクトやリュークは、最後尾のメロディ達から少し離れた位置を維持し追い掛ける形だ。他にも王太子と皇女を守る護衛はいるようで、視界に入らない範囲で周辺を警戒しているらしい。
自国の王太子と隣国の皇女の護衛だ。本来であれば周囲を騎士で固めたいところだが本人たっての希望ゆえ、少数精鋭で貴人の護衛に当たっていた。
幸い、王都の外も静かなもので魔物の気配など全くない。
長閑な風景が続いていく。
王都を立って五十分くらい経過しただろうか。
メロディ達の目に牧場の影が映り始める。まだ少し小さいが、牧場の柵の中で駆け回る馬の影が見える気がした。
やがて牧場の建物もはっきり見えた頃、メロディ達は牧場へ続く一本道に辿り着いた。距離にして五百メートルくらいだろうか。他の馬や馬車が出入りする前提だろうか、三頭の馬が併走しても全く邪魔にならない広い道だ。
障害物のない、まっすぐな広い一本道。とても自由に走れそうな道路を前に、シエスティーナは我慢することができなかった。
「セシリア嬢。少し、勝負をしないかい」
「勝負ですか?」
シエスティーナがシェルタンテを止めたので、メロディも隣に並びレリクオールに止まるよう合図を送る。
「広くてなだらかなこの道は速さを競うのにもってこいだと思わないかい? この道ならシェルタンテを全力で走らせても全く問題ない。たまには気兼ねなく走らせてやりたいんだ」
「それは分かりますが、なぜ私とシエスティーナ様が競争をするのですか?」
「だってそっちの方が面白いじゃないか! ダンスでは君に後れを取ったけど、馬の扱いはダンス以上に自信があるんだ。どうかなセシリア嬢、私の挑戦を受けてくれるかい?」
(私は別に構わないのだけど、レリクオールはしたいのかしら、競争なんて)
レクト曰く、レリクオールは大人しくて気性の穏やかな馬らしいのでシエスティーナが望む競争には不向きなのではないだろうか。
メロディはレリクオールの首を撫でながら尋ねた。
「レリクオール、全力で走りたい?」
「ブルルルルルッ!」
レリクオールは隣に佇む白い毛並みの牡馬をジッと見つめていた。
まるで睨むように。
「……そう、分かったわ。シエスティーナ様、この勝負、お受けします」
「ありがとう! というわけでクリストファー殿下、申し訳ないが審判をお願いできるかな」
「はあ、今日のシエスティーナ殿下は自由だな。アンネマリー、俺はゴール地点で審判をするから君はここでスタートの合図を出してもらえるかな」
「畏まりましたわ、殿下」
アンネマリーはクリストファーの馬を降り、メロディ達の馬から少し離れた位置に立った。クリストファーは馬を走らせ、牧場前の入り口辺りに馬を止める。そして、準備が出来たのか馬に乗ったままサッと手を上げた。
「……向こうの準備はできたようですね。お二方、準備はよろしくて?」
「はい、大丈夫です。ルシアナ様、レリクオールがかっ飛ばしますから私にしっかりしがみついていてくださいね」
「任せて! もう一生離れないくらいギュッと抱き着いてみせるわ!」
「セレディア嬢、向こうは二人乗りで行くようなので申し訳ないがあなたにもこのまま乗っていてほしいのだが、よろしいでしょうか」
「は、はい! どうか勝ってくださいませ、シエスティーナ様」
「お任せを。セレディア嬢は振り落とされないよう、私にしっかりつかまっていてください」
メロディとシエスティーナは馬同士ぶつからないよう距離を開け、アンネマリーが地面に引いたスタートラインの前に立った。
手綱を持ち、後方に横座りしている少女達がそれぞれの騎手の腰にしっかりと抱き着く。
後方から護衛達に見守られながら、小さなレースが始まろうとしていた。
「……スリーカウントで出走してください……スリー、ツー、ワン、ゴー!」
持っていた手ぬぐいを下からバッと振り上げると、二頭の馬は一斉に飛び出した。
土埃を上げて茶色の牝馬と白色の牡馬が一直線に駆け抜けていく。
「やっほー! やったれセシリアさん! 行け行けレリクオール!」
「ひひゃああああああああああああああっ! お、落ちるうううううううう!?」
レースに集中するメロディとシエスティーナの声はなく、レースを楽しむルシアナと馬の爆速に恐れ慄くセレディアの悲鳴が過ぎ去った後方から遅れてアンネマリーの耳に届けられた。
(可哀想に、セレディア様。楽しそうだわ、ルシアナちゃん)
馬にとって五百メートルなどあっという間。勝負はすぐに決着した。
燕尾服型の乗馬服に身を包んだ騎手が勢いよく腕を上げたのだ。
「勝者、シエスティーナ!」
シエスティーナとメロディの乗馬勝負は、シエスティーナの勝利に終わった。腕を振り上げて喜ぶシエスティーナ。その姿は服装も相まって少女というよりは勝負を楽しむ少年のようだ。
牧場に入ると馬車も通るためか広いスペースが用意されていた。競争は終わったが全速力で走った馬は自動車同様急には止まれない。
シエスティーナとメロディは馬を徐々に速度を緩めるべく、併走しながら広場を周回していた。
「負けてしまいました。おめでとうございます、シエスティーナ様」
メロディは勝利を収めたシエスティーナを素直に賞賛した。彼女も全力だったのか、額から汗が流れている。シエスティーナも同様で、汗を流しながら嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう。でもかなりギリギリだったね。乗馬も得意なつもりだったけど、君には恐れ入る」
「頭一つ分は差がありましたよ。レリクオールが頑張ってくれたんです」
「初めて乗った馬でその程度しか差を付けられないのだから困ったものだ。何でもそつなく熟す」
「そうなんです、シエスティーナ様。セシリアさんは本当に何でもできちゃうんです!」
会話に割って入ったルシアナが楽しそうにセシリアを自慢しだした。まるで「私のセシリア凄いでしょ!」とでも言いたげで、シエスティーナは目をパチクリさせてしまう。
「ルシアナ嬢もこんなことに巻き込んでしまってすまなかったね」
「いいえ、私はとっても楽しかったのでお気になさらないでください。あんなに速く走るのは初めてでした!」
(もっと速く空を飛んだことはあるけど!)
ルトルバーグ領へ向かう途中、メロディの魔法で空を飛んで屋敷に向かった時の方が速度自体は速かったが馬上と空では見える風景も感じる空気もやはり違うのだろう。ルシアナは上機嫌だ。
楽しそうにするルシアナにホッと安堵するシエスティーナだったが、自分の腰に回された腕の感触に気付き、自分の後ろにも同乗者がいたことを今更ながらに思い出した。
「セ、セレディア嬢は大丈夫だったろうか」
「あ、あうう……大丈夫、ですぅ」
シエスティーナの後ろでセレディアは完全に目を回していた。どうにかシエスティーナの腰にしがみついていたので馬から転げ落ちるような事故は起きなかったが、既に限界は近いようだ。
「す、すまない、セレディア嬢。体が弱いと聞いていたのに無理をさせてしまった」
「はうぅ、本当に大丈夫ですので、もう少しだけこのままでお願い、します……」
セレディアはシエスティーナの腰に腕を回したまま、彼女の背中に体を預けた。柔らかくも暖かい少女の温もりがシエスティーナの背中に広がる……とはいえ、女の子同士なので特に変な雰囲気にはならないのだが。
(くくく、割と本気で気分が悪いが、レアの記憶によれば攻略対象者とのスキンシップは好感度アップに効果的らしいからな……しっかり有効活用……させてもらうぞ!)
これで相手がシュレーディンであればもう少しアピールになったのかもしれないが、シエスティーナは同性の少女を気遣うのみであった。
しかし、いまいち男女の機微について詳しくないセレディアの中身であるティンダロスは、マニュアル的な攻略方法しか分からないのである。攻略の道は遠い。
それから少ししてようやくセレディアも気分が回復してきたのかシエスティーナから身を起こすことができるようになった。
「ありがとうございます、シエスティーナ様。ようやく楽になりました」
「それはよかった。本当に巻き込んでしまって申し訳ない。これでは楽しめなかっただろう」
「いいえ、道中にしろ競争にしろシエスティーナ様とご一緒できて私も嬉しいです」
現状、セレディアはシエスティーナを攻略の本命と考えていた。
これは単に消去法である。
王太子クリストファーはセレディアの見立てではかなりハードルが高いと判断された。身分のこともあるが何よりライバルがいる点が大きい。もちろんアンネマリーのことである。
舞踏会での二人の雰囲気は既に熟年夫婦を思わせる息の合いっぷりで、セレディアに付け入る隙が見つからなかったのだ。
次にマクスウェルだが、単純に二年生という学年の差が接点を少なくしていた。レアの記憶ではもう少し遭遇する機会があったはずだが、今のところ懇親会以降お目に掛かっていない。
続いてレクト、ビュークに関してもやはりセレディアは遭遇する機会に恵まれなかった。レクトはレギンバース伯爵の騎士なのだからもう少し会う機会があってもよいものだが、今年から学園が全寮制となったことで伯爵家に帰る機会が少なくなり、ましてや彼は自身の護衛騎士でもないので意外なほどに接点を作ることができなかった。
ビュークに関しては論外である。レアの記憶ではビュークは魔王ヴァナルガンドの操り人形であり、所在を知る方法がない。どこにいるのか分からないのでは攻略のしようもなかった。
そして最後に辿り着いたのがシエスティーナである。
本来はシュレーディンのはずであるが、立ち位置的に彼女を攻略することこそがヒロインへの最適解であろう。セレディアはそう考えた。
だから、その時が来たらチャンスを逃すわけにはいかないのだ。
「そう言ってもらえると助かるよ。……『どうだったかな、初めて馬に乗った感想は』」
(きたあああああああああ!)
セレディアは内心で喝采した。
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