第27話 始まる、乗馬デート

 九月二十日。二学期が始まって最初の休日。

 天候は晴れ。まさにデート日和である。


「わあ、メロディ先輩カッコイイです!」


 本日はシエスティーナと約束していた馬の遠乗りの日だ。

 メイド魔法『再縫製リクチトゥーラ』によって乗馬服姿に変身したメロディをマイカは大層褒めていた。

 瞳の色によく似た真っ赤なジャケットを着込み、スラリとした足が映える真っ白なパンツと黒いロングブーツを履いている。ジャケットも体のラインに沿った作りをしているので、メロディのスタイルの良さがよく分かる乗馬服になっていた。


「ありがとう、マイカちふわぁ……」


 マイカにお礼を告げる途中、メロディは思わず大きな欠伸をしてしまった。


「あら、メロディにしては珍しいわね。どうしたの、夜更かしでもした?」


 少し心配そうにメロディを見つめるルシアナに、口元を押さえてメロディは答える。


「いえ、少し寝不足気味で。最近ちょっと寝付きが悪いんですよね」

(朝はいつも通りの時間に目が覚めちゃうし……)


「疲れてるんじゃない? 疲れすぎると寝付きが悪くなるって言うし。やっぱり学園生活とメイドの両立は厳しいみたいね。夜のメイドのお仕事、もう少し減らす?」


「ええええっ!? 体調管理は気を付けますから本当に勘弁してください!」


「ふふふ、その言葉、忘れないでね」


「ううう、楽しそう。ああ、私も行きたかったです」


「しょうがないでしょう。マイカには部屋の管理をしてもらわないといけないし」


 マイカは泣きそうにガックリと項垂れた。


「リュークは同行するのに~」


「……しょうがないだろう。護衛なんだから」


 ルシアナの護衛をするため、リュークは腰に剣を佩いて出掛ける支度をしていた。


「ごめんね、マイカちゃん。何かお土産……は、行き先が牧場だからちょっと無理かも?」


「そういうのはいいんで、お土産話をお願いします。王太子様とアンネマリー様もご一緒なんですよね? どんな感じで二人の仲が進展したとか、そういう面白話を期待してます」


「……が、頑張るわ」


 鈍感少女には達成不可能な難題の可能性が高い注文であった。


 マイカと別れ、メロディ、ルシアナ、リュークの三人は学園の門へ向かう。

 そこで他の皆と落ち合う予定だ。

 三人が門へ向かう中、リュークは一頭の馬の手綱を引いて歩いていた。ルシアナが学園に入る際に乗っていた貸し馬車を引いていた馬である。


 原則週末は屋敷に帰るため、在学中は馬車をずっと借りている状態なのだ。貴族寮に併設されている厩舎に馬を預けてあり、毎日リュークが世話をしていた。

 もう購入してしまった方が安上がりなのではと思わないでもないが、いまだに貸し馬車である。


「リュークはこの子に乗って私達の後をついてくるのよね?」


「はい。お嬢様達の邪魔にならないよう、少し離れたところから護衛をする予定です」


「ふむふむ。で、メロディと私が乗る馬はレギンバース伯爵様がご用意してくれるのね?」


「はい、ルシアナ様。遠乗りの件が伯爵様に伝わったようで、その旨の手紙を先日いただきました。門に集合する際に連れてきてもらえるそうです」


「セシリアさんはうちで預かっているわけだし、本当は我が家から馬を用意できればよかったんだけど。伯爵様には後日お礼の手紙を送った方がいいかしら?」


「それは私がやりますから大丈夫ですよ。というか、学園に関連するあれこれはレギンバース伯爵様が私の後見みたいな扱いになっているようなんですよね」


「ああ、そっか。セシリアさんを学園に推薦したのはレギンバース伯爵様だものね。なかなか繊細な問題だなぁ。伯爵様としては後見しているから当然の支援をしているつもりなのかしら」


「ちょっと厚遇過ぎて私はむしろ恐縮してしまうんですけどね」


◆◆◆


 メロディ達は学園の門に到着すると、既にクリストファーとアンネマリー、そしてシエスティーナが待ち構えていた。


「おはようございます、皆様。遅れてしまったでしょうか」


 代表してルシアナが問うとクリストファーが苦笑交じりに首を左右に振った。


「遅れていないから安心してくれ、ルシアナ嬢。我々が少し早く来すぎただけだ」


「申し訳ない。私が待ちきれなくて二人を急かしてしまったんだ」


「久しぶりの遠出ですもの。仕方がありませんわ」


 頬を指でかきながら、シエスティーナはバツが悪そうに視線を逸らした。まるで遠足前の小学生のようだ。実際、子供っぽいという自覚があるのかシエスティーナの頬は少しだけ赤い。


「それはそうと、今日のセシリア嬢は決まっているね。その乗馬服、よく似合っているよ」


「ありがとうございます。シエスティーナ様もよくお似合いです」


 三人の中でアンネマリーは普段着のドレスを着用していた。クリストファーは黒色のジャケットの乗馬服を、シエスティーナは青系の燕尾服型の乗馬服を身に纏っている。機能的なクリストファーとは対照的にシエスティーナの乗馬服は優雅で気品を感じさせるデザインだ。

 メロディもどちらかというと機能的なジャケットを着込んでいるが、元が可愛いのでよく似合っていた。


「この子がシエスティーナ様の馬ですか。とても綺麗ですね」


「ありがとう。よかったな、シェルタンテ。褒めてもらえたぞ」


 愛馬の名前はシェルタンテというらしい。


 シエスティーナが馬の額を撫でてやると馬は嬉しそうに「ブルルル」と鳴いた。


(この子に跨がるシエスティーナ様……まさに白馬の王子様ね。皇女様だけど)


 シエスティーナの愛馬は白い毛並みが美しい立派な白馬であった。ちなみに牡馬である。


「セシリア嬢が乗る馬はどこにいるんだい?」


「レギンバース伯爵様がご用意してくださるそうで、多分セレディア様と一緒に来ると思うんですが……あ、来たみたいです」


 メロディが周囲を見回すと、こちらに近づく三頭の馬と三人の人間の姿が目に映った。

 赤い髪の男性が馬に乗りながら、無人の馬の手綱を握っている。黒髪をポニーテールにした男性が、銀髪の少女を前に座らせて馬を歩かせていた。

 銀髪の少女はセレディア、馬に同乗しているのは護衛のセブレ・パプフィントスだろう。


「……ということは、あの赤い髪の人って……レクトさん?」


 セレディアに同行しているのはセブレとレクトだった。馬から下ろしてもらうとセレディアはそっとカーテシーをしてみせる。今日の彼女は外出用の動きやすいドレスに身を包んでいた。


「おはようございます、皆様。シエスティーナ様、今日はよろしくお願いします」


「おはよう、セレディア嬢」


 セレディアがシエスティーナと挨拶を交わしている間、メロディはレクトと話をした。


「レクトさん、おはようございます」


「ああ、おはようメ、セシリア」


「今日はどうしてレクトさんが? セレディア様の護衛ですか?」


「いや、君の護衛だ」


「え? 私の? 私、平民ですけど」


(本当は伯爵令嬢だけどな……)


 レクトだけが知っている真実であるが、今回は特に関係がない。


「もし何か危険な事が起きた時、平民だから安全ということはないだろう。伯爵閣下のご命令だ。気になるかもしれないが今日は受け入れてほしい」


「分かりました。今日はよろしくお願いします、レクトさん」


「ああ、任せてくれ」


 ニコリと微笑むメロディに、レクトは頬をほんのり赤く染めて鷹揚に頷いた。


「さて、こいつが今日君に預ける馬だ。名前はレリクオールという」


 メロディに渡されたのはごくごく一般的な茶色の毛並みの牝馬だった。


「レリクオールは気性のおとなしい馬だから扱いやすいと思う」


「分かりました。レリクオール、私はセシリアよ。今日は一緒に楽しみましょうね」


「ブルルルルッ」


 優しく額を撫でてやると、レリクオールは瞳を細めてメロディを受け入れるのだった。

 どうやら問題ないようだと、レクトは内心で安堵した。そして、やはり臨時講師の件を兄に頼まなくてよかったと改めて思う。


(臨時講師になっていたら今日のメロディの護衛はさせてもらえなかっただろうからな)


 今日は正式にメロディの護衛をレギンバース伯爵から言いつかっている。接点を持つためだけに臨時講師をしているより、少しでもメロディを守るために行動出来る方が余程有意義だ。

 レクトはそう自分を納得させながら、その視線をチラリとセレディアへ向けた。シエスティーナと楽しそうに話す姿は可憐な少女にしか見えない。


 しかし、その実態はメロディの居場所、レギンバース伯爵の実の娘という立場を奪い取った謎の存在である。そしてその事実を知るのはレクトだけ。

 レクトは彼女の正体を暴き、メロディの居場所を取り戻してやる! などと九月の頭に意気込んでいた。


(だが、今のところ何もできていない。そもそもどうやって彼女の秘密を暴いたらいいのやら)


 残念ながらレクトは計略に優れる人間ではなかった。

 事実を知っている以上、メロディのためにもセレディアをどうにかしたいとは思っているが、今のところ何の成果も得られてはいない。


(いっそ閣下に相談をして……いや、なぜそう思ったか聞かれたらメロディのことを伝えなければならなくなる。そうなったら彼女の正体がばれてメイドができなく……ぐうぅ)


 セレディアの秘密を暴くには、彼女になるべく近い位置に立つ必要がある。それ即ち護衛騎士なのだが、残念ながらその立場はセブレのものだ。セレディアを発見し、保護したのも彼であるからそれは自然な流れだった。


 今からレクトが護衛騎士になるにはセブレを追い落とす必要がある。しかし、昔なじみの同僚にそんな真似ができるはずもなく、レクトの気持ちはずっと空回りしていた。


「一体どうしたら……」


「……レリクオール、レクトさんはさっきからどうしたのかしら?」


「ブルルルン?」


 腕を組んでうんうんと悩むレクトの姿を、メロディとレリクオールは揃って首を傾げながら見つめるのであった。

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