第22話 寝不足メイドとマイカの疑問
懇親会が終わり平民寮の自室に戻ったメロディは、制服姿のまま部屋の明かりも付けずにベッドに寝転がった。
既に時間は午後六時を回っている。寮の食堂では夕食が振る舞われているが、懇親会でそれなりに軽食を口にしたメロディは何も食べる気になれなかった。
「はぁ、疲れた……」
初めての学園生活、王太子や皇女を交えた突然の懇親会。なかなか気疲れしそうなイベントに恵まれた一日であった。
しばしボーッと天上を見つめるメロディ。そして、何かに気付いたようにハッと起き上がる。
「こんなことしてる場合じゃなかった。お嬢様のところへ行かなくちゃ!」
メロディはベッドから立ち上がると月明かりだけの室内で魔法の呪文を唱えた。
「『
暗闇の中に少女の白いシルエットが浮かび上がると、数秒後にはメイド服姿のメロディが姿を現し、彼女の目の前に簡素な扉が出現した。転移の扉『通用口』である。
「レッツメイド! お嬢様の部屋へ!」
特に行き先を告げる必要もないのに口走るメロディ。まるでどこでも――げふんげふん。
メロディは勢いよく『通用口』の扉を開けた。
「お嬢様、遅くなって申し訳ありません! すぐに何かお食事をお作りしますね」
「ん? メロディ?」
「あっ」
魔法の扉をダイニングに繋げると、そこにはルシアナとマイカの姿があった。
自分と同じくルシアナも帰ったばかりだから何か軽食でも作ろうかと意気込んでやってきたのだが、ダイニングにてルシアナは既にスープを口にしている最中であった。
「もう、メロディ先輩。いきなり扉が出てきたらびっくりしますよ!」
「あ、うん、ごめんなさい」
メロディも気が逸っていたのだろう。
マイカに注意されて配慮が足りなかったと謝罪した。
「お嬢様、もうお食事をされているんですね」
「帰ったらマイカがスープを作ってくれていたのよ。懇親会で多少食べたけどちょっと物足りなかったからちょうどよかったわ」
「クリストファー殿下の使いの人が知らせてくれたんですよ。だから軽く食べれるスープだけ作っておいたんです」
「そ、そうなの……凄いわ、マイカちゃん。そつなく熟してるわね」
「……セレーナ先輩の短期集中講座のおかげですね」
マイカは遠い目をした……天井を通り抜けてすごく、すごく遠い、空の果てを見つめていた。
(セレーナ、あなたあの三日間でマイカちゃんに何をしたの!?)
自分のことを棚に上げて、メロディはマイカのスパルタ教育っぷりに戦慄するのだった。
とにかく、ルシアナに夕食を作ろうとしたメロディだったがマイカに先を越されてガックリと項垂れてしまう。だが、メイドの仕事はそれだけではない。メロディは顔を上げた。
「だったら私、お風呂を沸かし――」
「おい、風呂が沸いたぞ」
「――に行く必要はないみたいです……」
メロディほどでなくとも魔法が使えるリュークなら湯沸かしなど簡単なことである。
メロディの言葉は、ダイニングに顔を出したリュークの発言によって尻すぼみなって消えてしまうのだった。
何だか朝から空回りなメロディである。それも仕方がない。メロディがいなくても滞りなく部屋の管理ができるよう、セレーナがマイカとリュークを教育したのだから。
あくまで寮の部屋に限定されるが、マイカとリュークは二人が揃えば一人前並みのようだ。
メロディの技術と知識をコピーされたセレーナは、メイドの技能だけでなく指導力においても大変優秀な魔法の人形メイドであった。
「メ、メロディ先輩、お嬢様の着替えの準備とかがまだなんでお願いできますか」
「ええ、任せて!」
意気消沈していたメロディに希望の光が差し込んだ! ……とでも言わんばかりに、メロディにパッと華やぐ笑顔が浮かぶ。
「あ、それと、お嬢様のお風呂のお世話と上がった後の御髪のお手入れとかは……」
「……調理場の片付けをしたいのでお任せしていいですか」
「分かったわ! さあ、お嬢様、お風呂へ行きましょう!」
「……メロディ、私まだスープを飲んでる途中だから」
「あっ、申し訳ありません……準備をしてきます」
気が逸り過ぎである。メロディは顔を赤くしてダイニングを出て行くのであった。
その後ろ姿を見送りながらルシアナの頭上に疑問符が浮かぶ。
「今日のメロディ、ちょっと変ね。やっぱり初めての学園で疲れちゃったのかしら」
「うーん、そんなんじゃないと思いますけど……」
(多分お仕事できなくて空回りしてるだけじゃないかな。先輩って根っからのメイドジャンキーだから。メイドオタクならぬメイドジャンキーなのよね、メロディ先輩って)
メイド大好き! を通り越して既にメイドなしでは生きられない少女。マイカが見たメロディはそれくらいメイドに依存した少女であった。
(学園生活一日目からこれだもんね……何事もなければいいけど)
マイカはちょっとだけ不安になるのだった。
それからメロディはルシアナのお風呂の世話を終えると、髪を乾かしてブラシをかける。
「はい、終わりました」
「ありがとう、メロディ」
「お嬢様、次は――」
「メロディ、今日はもう帰って休んでちょうだい」
「え?」
椅子に腰掛けていたルシアナがメロディへ振り返る。
「今日は朝から忙しくて疲れたでしょう。明日から授業が始まるからさらに忙しくなるわよ」
「でも、お嬢様、私は」
「だって今日のメロディ、ちょっと変なんだもの。きっと疲れてるのよ。休んだ方がいいわ」
ルシアナは心配そうにメロディを見上げた。
反論しようと思ったが、メロディはできなかった。
「……分かりました。今日は失礼しますね」
「ええ、明日一緒に登校しましょう」
「はい。では、明日の朝こちらへ伺いますね」
「うん、待ってるわ!」
明日が楽しみね、とルシアナは嬉しそうに笑った。メロディも微笑み返す。その笑顔がぎこちないものになっていなかったか、メロディは少し心配だった。
「それでは失礼します、お嬢様」
「おやすみなさい、メロディ」
自室に戻ったメロディはセシリアに変身すると大浴場で体を清めた。
(明日から本格的に授業が始まる。寝不足で護衛できませんでしたなんて言えないもの。しっかり休んで明日に備えなくちゃ)
ベッドに入り瞳を閉じる。
そしてメロディは深い眠りに――。
……。
…………。
………………。
(……眠れないなぁ)
メロディの意識が夢の世界へ旅立ったのは、真夜中を過ぎてしばらくしてからだった。
◆◆◆
九月十五日の朝……というにはまだ少々くらい時間。まだ日の出前だ。
そんな時間にメロディは目が覚めた。いつもの起床時間である。
「……ふわぁ」
大きく欠伸と背伸びをしたメロディはベッドから起き上がるとカーテンを開けた。やはり九月ともなるとまだ日の出の時間ではないようで空は薄暗い。
「もう少し眠っててもよかったかな?」
残念ながら朝のメイド業務は禁止されているため、こんなに早く起床したところで特にやることがない。かといってこの時間の起床は最早体に染みついてしまっており、二度寝する気分にもなれなかった。
メロディは窓からクルリと部屋へ振り返ると、腰に手を添えてコクリと頷く。
「……仕方ない。自分の部屋の掃除でもしますか」
入ったばかりの部屋が汚れているはずもないが、ちょっとでもメイド気分を味わうため毎朝の日課であった掃除をしようと考えるメロディだった。
隣の部屋のキャロルの邪魔にならないよう気を付けながら掃除を終えてもやはり時間はかなり余った。仕方がないので教科書を読んで時間を潰した。何となく朝食を食べる気になれなかった。
「ふわぁ……あ、おはよう」
「おはようございます、キャロルさん」
メロディが部屋を出ると食堂から帰ってきたキャロルと出くわした。彼女もまた欠伸をして少し眠そうにしている。
「早いね、もう出るの」
「はい。ルシアナ様と一緒に登校する約束をしているので」
「……ということは、セシリアがわざわざルシアナ様の部屋まで行くの。貴族の相手は大変ね」
「私が迎えに行きたいから行くだけですよ」
「ふーん。まあ、いいけどね。行ってらっしゃい」
「はい、行ってきます。また教室で」
キャロルは手を振りながら自室に戻っていった。それを目にしてメロディの気持ちが少し解れた気がして思わず笑みが零れた。
そしてメロディはルシアナの部屋へ向かった。
「おはようございます、ルシアナ様」
「おはよう、メロディじゃなかったセシリアさん」
メロディがルシアナの部屋に到着すると、彼女は既に準備万端で待ち構えていた。
「部屋の中でくらいいつも通りでいいんじゃないですか? おはようございます、メロディ先輩」
「おはよう、マイカちゃん。この姿の時はちゃんとセシリアと呼んでちょうだい」
「マイカは間違えっぱなしだもんね。外でやると結構まずいわよ」
「はーい、気を付けます……あれ? メロディ先輩、目が少し赤いですよ」
「え、そう?」
「ホントだ。ちょっと赤いわね。大丈夫、メロディ?」
またしてもセシリアをメロディと呼んでしまうマイカだったが、メロディの瞳が充血していることの方が気になったのかルシアナはメロディへ顔を近づけた。
「……昨日少し寝付きが悪かったせいでしょうか」
「寝不足ですか。メロディ先輩って枕が変わると眠れないタイプでしたっけ?」
「やっぱり急な学生生活で知らないうちに緊張してたんじゃない? あんまり大変そうなら夜にこっちに来るのを控えてくれてもいいわよ?」
「お願いですからそんなこと言わないでください! ちゃんと今日も放課後に行きますからね!」
「じゃあ、今日の夕食はメロディ先輩にお任せしちゃっていいですか」
「ありがとう、マイカちゃん!」
「……仕事押し付けて喜ばれるのって、凄く心に突き刺さるものがありますね」
そんな会話を挟みつつも、メロディとルシアナは二人の使用人に見送られて貴族寮を出発した。
◆◆◆
二人の姿が見えなくなるまで見送ったマイカは思わず呟いた。
「……私、普通にメイドしてるなぁ」
「急にどうしたんだ」
無表情ながら不思議そうにマイカを見下ろすリューク。そしてマイカも彼を見上げた。
「いや、私なんでメイドしてるんだろうってちょっと思って」
「この仕事に不満があるのか」
「そういうのとは違うんだけどね」
マイカはこの世界に転生してからずっと不思議に思っていることがあった。
突如王都の貧民街で覚醒したマイカ。肉体の記憶を持たないがゆえに前世の名前を名乗ったが、この体の本当の名前は今でも分からないまま。
本来は還暦であるはずなのに、なぜか幼い頃の記憶しか思い出せない今の自分。
少なくとも『銀の聖女と五つの誓い』の中でこんな桃色髪の幼い少女が登場した覚えはなく、もちろん貧民街でビュークが少女を助けた描写だってない。
転生したマイカはビュークに助けられて孤児院に引き取られ、セレーナと出会って今はヒロインちゃんことメロディの後輩として働いているが……。
(私の存在ってゲームのストーリーに何の影響も与えてないよね)
メロディの奇行に驚くばかりで、ゲーム攻略の役に立ったことはない。この前の魔物の襲撃事件の時も、イベントがあると分かっていながら結局何もしなかった。
(まあ、メロディ先輩なら大丈夫って思ったからだけど、そうじゃなくても多分私に何ができたとも思えない。だから、考えちゃうんだよね……)
――私って、なんで転生したんだろう?
自分を卑下しているわけではない。ただただ純粋に不思議でしょうがないのだ。
もし神様がいて自分を転生させたのだとしたら、何のためにそうしたのかマイカは疑問だった。
ヒロインや悪役令嬢のような重要キャラでもなければ、資産家でも貴族でもないただの孤児。王立学園の生徒になるわけでもなく、特別な力も与えられていないどこにでもいそうな少女。
それがマイカだ。
(私にできることって、何かあるのかな……?)
その時、マイカの胸元で『
(……こいつはこいつでいつになったら孵化するんだろ。ちょっと怖いけど)
マイカが魔法使いになるためのパートーナーを生み出す『魔法使いの卵』。しかし、これの中にはゲームの魔王によく似た謎の狼の魔物が入っている。
早く孵化して魔法を使えるようになりたいと願うが、本当に大丈夫か不安にもなる。
(孵化した瞬間いきなり襲ってきたりしないよね? 大丈夫だよね、メロディ先輩)
マイカは思わずため息をついた。
「とりあえず仕事に戻るぞ」
「はーい」
足早に部屋へと戻るリュークの後ろ姿をマイカはじっと見つめる。
リューク。マイカが名付けた彼の本当の名前はビューク・キッシェル。乙女ゲーム『銀の聖女と五つの誓い』における第四攻略対象者。
今は記憶を失い、伯爵家の執事見習いとして真面目に働いているが、ルトルバーグ領へ赴いた際に忘れていたはずの魔法の使い方を思い出してしまった。
であればきっと、いつかビュークとしての記憶を取り戻す日が来ることだろう。
(その時が来たら、彼はどうするんだろう?)
当然ながら、マイカにその疑問の答えが分かるはずもないのであった。
☆☆☆あとがき☆☆☆
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