第21話 懇親会の裏側で

 時間は少し遡る。

 それは夏の舞踏会が終わり、王立学園二学期が始まる少し前のとある日。


「懇親会?」


 王城にあるクリストファーの私室にて、彼はアンネマリーに対し首を傾げていた。


「ええ。まあ、お茶会みたいなものだけど」


「それを俺主催で?」


「正確にいえば、シュレーディンの美貌にうっかりほだされたアンネマリーがクリストファーに駄々をこねてなかば無理矢理、みたいな」


「……お前」


「私じゃないもん! ゲームのアンネマリーだもん!」


 ゲームにおける悪役令嬢アンネマリーはヒロインの自称ライバルキャラクターである。ゲーム設定では王太子クリストファーの婚約者で、学園での成績は悪く、無力なくせに傲慢で欲望に忠実、まさにヒロインに対する当て馬のようなキャラクタ-として描かれている。


 彼女は幼い頃にクリストファーに引き合わされ、その美しさに目がくらんで一目惚れし、その思いのままに彼の婚約者の座を手に入れた。だが、優秀からはほど遠く、周囲からの評価が低かった彼女の心は歪みに歪んで、ゲーム設定の性格になってしまう。


 そんなキャラクターだからだろうか、突如として現れた金髪のイケメン、帝国第二皇子シュレーディンの美貌にあっさり陥落。クリストファーの婚約者でありながら、シュレーディンともっと仲良くなりたいからと、編入してきたばかりの彼をお茶会に誘うのである……自分の婚約者主催で。


「……お前」


「だから私じゃないってば! ゲームと現実を混同しない!」


「いや、まあ、分かったけど。んで、その懇親会を現実でも俺主催でやれってことなんだな?」


「そうよ。ゲームでは編入したばかりのシュレーディンと親交を深める名目で私、あなた、マクスウェル様、そしてヒロインちゃんが参加するの」


「それって必要なことなのか?」


「……正直分からないわ。今回学園にいるのはシュレーディンじゃなくてシエスティーナ様だし。でも、彼女がシュレーディンの代行として行動するとしたら、私達にとってこのイベントは一つの目安になるわ」


 アンネマリーの説明によれば、この懇親会イベントにてシュレーディンは王太子クリストファーと仲が良さそうなセシリアから情報を得るために乗馬デートに誘うのだとか。


「ああ、この前言ってたやつね……そうか。つまり、シエスティーナが誰を乗馬に誘うかで」


「そう。誰がヒロインちゃんとして扱われるかが判断できるってことよ」


「でも、シュレーディンの目的は王国侵攻のために俺の情報を抜き取ることだろう? となると、同じ編入生のセレディアを誘う可能性は低くないか?」


「そうかもしれないけど、そもそもシエスティーナ様が同じ目的かどうかさえ現状は不明なのよ。あくまで目安にしかならないけど、このチャンスは逃したくないわ」


 アンネマリーの意見にクリストファーも理解を示す。

 細かいところで多くの齟齬を生みつつも、大筋でゲームのメインストーリーが展開されているこの世界。であれば、このままいけば世界を滅ぼす魔王復活は必至。どうしても必要になるのだ、ヒロイン――聖女が。


「分かった。ルシアナちゃんかセレディアか、どちらがヒロインなのか懇親会で見極めよう」


 クリストファーとアンネマリーはシリアスな雰囲気を漂わせつつ互いに頷くのだった。


◆◆◆


 時は戻って九月十四日の夜。懇親会はお開きとなり、サロンの屋敷に用意した一室にはクリストファーとアンネマリー、そしてマクスウェルの三人が集まっていた。


「今回俺はほとんど役に立てなかったみたいだね」


 苦笑するマクスウェルにクリストファーも苦笑を返す。


「お前、大体ルキフとしゃべってたもんな」


「いや、彼はなかなか優秀だよ。知り合えてよかった。まあ、男子生徒が少なすぎて困っていたようではあったけど」


「ルシアナさん達が加わって男女比が偏ってしまいましたものね」


「そうだね。ともすれば王太子の婚約者探しが始まったなんて噂が立ってもおかしくない状況だったよ。俺とルキフに感謝してほしいね」


「おう、有り難いね……それはともかく、シエスティーナ殿下はセシリア嬢を選んだわけだがどう思う、アンネマリー」


「……シエスティーナ様の言葉を信じるなら、夏の舞踏会でダンス勝負に負けたリベンジということになりますわね」


「というか、ダンス勝負なんてしてたのか、あの二人?」


「正直、私からは見事なダンスを踊っていたようにしか見えませんでしたけど、もしかすると二人の間では何かしらの勝負があったのかもしれませんわ」


「……ということは、今回のは単純に遊びに誘っただけってことなのかね?」


 クリストファーは腕を組んで悩み始めた。

 アンネマリーも無言で何やら考えている様子だ。


「君達の夢では本来、今回のような懇親会ではなくお茶会の予定だったのだろう? 夢では既に入学済みの聖女がいて、君とはそれなりに仲を深めていた。帝国の皇子は君の情報を得るために聖女に近づく……んだったかな?」


「ああ、その通りだ」


「だが、現実には聖女はおらず、クリストファーの情報を抜き取れる相手がいなかった。だから、一番興味のある人物に声を掛けたということだろうか。まあ、この場合、王太子の情報を抜き取ることを優先するならアンネマリー嬢を乗馬に誘うのが一番なはずなんだけど」


「わたくしを?」


「あなたが一番彼の情報を持っているのですから当然では?」


「……全く考えていませんでしたわ。でも、言われてみれば確かにそうですね」


「魔王の件は気になりますが、あまり夢に囚われすぎないよう気を付けてください。夢の中では大丈夫でも、現実ではアンネマリー嬢が何かの標的にされる可能性は否定できませんから」

「ええ、肝に銘じておきます」


 真剣な面持ちで頷くアンネマリーにマクスウェルも頷き返す。


「それと、やはり二年生の身では一年生と関わるのはなかなか難しい。可能な限り俺も力を貸すつもりだけど、一年生のことは同じクラスの君達が中心になって探ってもらうしかないだろうね」

「今日のお前、浮いてたもんな」


「……誰のせいだと思っているんだい?」


「しょ、しょうがないだろ。まさかセシリア嬢が編入してくるなんて思わなかったんだから」


「あれは驚きましたわね。事前に情報が入ってこなかったのはなぜなのかしら?」


「無理無理。だって彼女が編入試験を受けたのは六日前だぞ。こっちに情報が上がってくる前に二学期が始まったわけだな」


「六日前? 何ですかその超速編入は」


 アンネマリーの顔が驚きと呆れを含んだ複雑な表情に変わった。


「本人も驚いてたくらいだからな。二学期開始に間に合うようかなり無茶したみたいだ」


「……確か、セシリアさんの編入にはレギンバース伯爵の推薦があったのでしたわね」


「そうなのかい?」


「ああ、先生がそんな話をしていた。ということは……セシリア嬢はレギンバース伯爵と何か関係があるってことか?」


「舞踏会のパートナーのレクティアス様がレギンバース伯爵様の騎士ですもの。何かしら関係はあるかもしれませんけど……」


「……彼女が聖女である可能性は?」


 マクスウェルの問い掛けに、アンネマリーは真剣に悩み始める。


「……夢を参考にするならばありえないという事になります。でも……」


「もう夢(ゲーム)と現実で色んなところに差異があるからなぁ」


「可能性がゼロとは言い切れないと?」


「幸い乗馬には私と殿下が同行できます。そこでセシリアさんを見極められればいいのですけど」


「そうなることを期待していますよ」


 テーブルを囲む三人は歯がゆい思いを抱きながら、乗馬イベントを待つのであった。

 三人が聖女の存在に気が付く日はいつになるのか。


 それはまだ、誰にも分からない。


◆◆◆


 同じ頃、女子上位貴族寮の最上階。懇親会を終えたシエスティーナは帰るなり制服姿のままベッドに寝転がった。


「はしたないですよ、シエスティーナ様」


 侍女のカレナに注意されるが、シエスティーナはベッドに顔を埋めたまま動かなかった。


(あー、まさかこんなことになるとは……!)


 シエスティーナは後悔していた。いや、正確に言えば反省していた。


(どうしてあの時、私はセシリア嬢を乗馬に誘ってしまったのだろう? 目的から考えればアンネマリー嬢を誘うのが妥当だったはずなのに)


 突然の誘いではあったが、仲を深めるためにお茶会をしたいというクリストファーの申し出はシエスティーナにとって渡りに船であった。

 シュレーディンに代わり王国侵略のための情報戦をするなら、次期国王である王太子の情報は是非とも手に入れておきたい。お茶会に誘われた時、シエスティーナはアンネマリーと仲を深めるべく策略を練っていたはずなのに……。


(気が付けばセシリア嬢を乗馬に誘っていた……なぜだ?)


 お茶会が懇親会になり参加者が増えはしたものの、シエスティーナは同じ編入生のセレディアを交えてアンネマリーと歓談に勤しんでいた。その流れで彼女を乗馬に誘い、自分の魅力で心を解きほぐそうなんて考えていたはずが。


(クリストファーと楽しそうに話している彼女を見たらつい……いや、結果的にアンネマリー嬢も乗馬に同行することになったんだから結果はイーブンだ。問題ない)


 シエスティーナは自分に言い聞かせるように内心で頷くと、ベッドから起き上がりカレナに乗馬の予定を告げるのであった。


◆◆◆


 さらに同じ頃、女子上位貴族寮の二階。

 セレディアはお風呂に入りながら上機嫌だった。


(ふふふ、ようやくレアの記憶にある出来事が起きそうだわ。レアの記憶は断片的だけど今回の乗馬については結構覚えてる。シュレーディンが『どうだ、初めて馬に乗った感想は』と言ったら私は『はい。なんだか不思議です。いつもより少し高いところから見ているだけなのに、別の世界を見ているみたいです……ずっと見ていたくなります』と返事をすればあら不思議。シュレーディンは私のことが気になってしまうの……まあ、今いるのはシエスティーナだけど)


 だけど、そんなことは些細な問題。セレディアはようやくレアとの契約を履行できる機会に恵まれたことが嬉しくて仕方がなかった。


 まさか、本物のシュレーディン相手に天然で正解のセリフを言ったメイドがいるとも知らずに。



☆☆☆あとがき☆☆☆

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