第20話 シエスティーナの誘い

 王太子クリストファーが現れた! メロディは逃げられない!

 ……なんて、別段苦手なわけでもないが唐突な王太子の登場に驚くメロディ。

 メロディが思わずビクリと肩を揺らすと、声を掛けた本人であるクリストファーも思わず後退って驚いてしまう。


「あ、クリストファー様。失礼しました」


「いや、驚かせてしまったようですまない」


「申し訳ありません。少し考え事をしていたもので」


「お互い少しタイミングが悪かっただけさ。気にしないでくれ」


「お気遣いありがとうございます」


 王太子でありながら気さくに接してくれるクリストファーに、メロディはニコリと微笑んだ。教室でも生徒達を魅了した笑顔だ。クリストファーの頬がほんのり赤く染まっても仕方のないことである。


「懇親会は楽しんでもらえているだろうか」


「はい。皆さんとてもよくしてくださいますので」


「それはよかった。それにしても、まさか君が私達の同級生になるとは思っていなかったから今日は驚いたよ。確か先日の舞踏会では学園生ではないと聞いたはずだけど、あの時にはもう編入試験を受けていたのかい?」


「いえ、編入試験は六日前に受けました」


「ん? ……六日前?」


「はい。九月八日に」


 クリストファーは目を点にして驚く。

 間違いなくスピード編入なのだから仕方がない。


「……九月八日に試験をして、十四日の二学期開始に間に合わせたのかい?」


「そうみたいです。学園側がもの凄く頑張ってくださったみたいで」


「……ああ、確かにそうだろうね……だからか」


「だから?」


「いや、こちらの話だ。気にしないでくれ」


 クリストファーは眉尻を下げた笑顔でそう言った。二人の挨拶が一段落つき、そろそろ会話に加わろうかとルシアナが考えた頃、メロディの前に新たな人物が姿を見せた。


「やあ、セシリア嬢。教員室以来だね」


「シエスティーナ様」


 ロードピア帝国第二皇女、留学生のシエスティーナである。彼女は先程までセレディアやアンネマリーと談笑しており、今度はメロディと話をしたいのかこちらにやってきた。

 ちなみに、アンネマリーとセレディアも彼女の後ろからついてきている。


「君ともゆっくり話したいと思っていたから、来ちゃった」


 揶揄うように少し子供っぽい言い草のシエスティーナに、メロディはクスリと笑ってしまう。


「ふふふ、来ちゃったんですね。私もシエスティーナ様とお話できるのは嬉しいです」


 夏の舞踏会でダンスを競い合った仲である。

 メロディはシエスティーナに好意的であった。


「割って入ってしまい申し訳ない、クリストファー様。私も混ぜていただいて構いませんか」


「ええ、もちろんです」


 ニコリと微笑み合う王子と皇女。

 一瞬小さな火花が弾けたように見えたのは多分気のせいだろう。


「ところでセシリア嬢。君は乗馬に興味はないかな?」


「乗馬ですか?」


「「「「えっ!?」」」」


「ん? 今何か……」


 今、何人かが驚いたような声を上げた気がしたのだが、シエスティーナが周囲を見回してもそれらしい者の姿は見られなかった。クリストファーもアンネマリーも、セレディアもルシアナもまるで聖人のような朗らかな笑みを浮かべている。


「まあ、いいか。それでセシリア嬢。君は馬には乗れるかな」


「人並み程度なら、多分大丈夫だと思いますけど」


 前世、瑞波律子だった頃、メイドの技能アップ目的で乗馬の訓練もした経験があった。転生してから経験はないが、ある程度練習すれば勘を取り戻せると思われる。

 メロディがそう答えると、シエスティーナは嬉しそうに微笑んだ。


「それはよかった。だったら今度の週末、私と馬で遠乗りでもしないかい」


「遠乗りですか? えっと……」


「「私も一緒に行きたいです! ――えっ?」」


 メロディが答える前に、二人の人物がシエスティーナの前に躍り出た。

 ルシアナとセレディアである。お互い予期していなかったのかセリフが重なったことに驚いていた。とはいえ、ずっと見つめ合っていたところで意味はない。ルシアナはセシリアに、セレディアはシエスティーナに願い出た。


「セシリアさん、乗馬に行くなら私も一緒に連れてって! 馬には乗れないけどセシリアさんが乗れるなら後ろに乗りたいわ」


「シエスティーナ様、私もご一緒させてください! 私も馬に乗ってみたいです。とはいえ私に馬を扱えるとも思えませんので、シエスティーナ様の後ろに乗せていただけると嬉しいのですが」


「「えっと……」」


 メロディとシエスティーナは仰け反って後退った。二人の少女の圧が凄い。瞳を煌めかせる、というよりはギラつかせてこちらを睨――ではなく見つめる視線にメロディは勝てなかった。


「あの、シエスティーナ様、私は特に問題ないのですが……」


「そ、そうだね。では、四人で遠乗りに出掛けようか」


「「やったー!」」


 諸手を挙げて喜び合うルシアナとセレディア。

 嬉しすぎてハイタッチまでする始末。この二人、何か示し合わせていたのだろうかと周囲が訝しむが、ハッと正気に戻ったのか二人してバッと距離を取って視線を逸らすのだった。


(可能性が低いとはいえ聖女かもしれない女と手を合わせるなんて! 私のバカバカ!)


(いまだにメロディに謝るそぶりも見せない彼女とハイタッチなんて! もう、私のバカバカ!)


 意外と気が合いそうな二人である……。


「ふふふ、ダンスでは君に勝てなかったけど、乗馬は得意なんだ。今度は勝たせてもらうよ」


「まあ。乗馬の勝ち負けはよく分かりませんが、勝負となれば私も全力でお応えしますね」


「ちょっと待ちたまえ」


 スポーツマンシップに則った爽やかな宣言が交わされるが、それにクリストファーが待ったを掛けた。


「シエスティーナ殿下、あなたをお預かりしている王国としてはあまり勝手に動かれては困ります。警護の問題もあるのですから。魔物の件もあるのですよ」


「王都周辺は治安が良いのであまり心配していません。最低限の護衛で問題ないのでは?」


 シエスティーナはニコリと微笑む。その笑顔は仮面の如し。引く気はないと如実に表していた。しばらく沈黙し、見つめ合う二人だったが折れたのはクリストファーであった。


「……分かりました。王城には掛け合っておきましょう。ただし、目的地は王都の近くにある王家直轄の牧場です。大げさにはしませんが警護も付けますし……私も同行しますので」


「クリストファー殿下が?」


「わたくしもご一緒してよろしいかしら、シエスティーナ様」


「アンネマリー嬢、あなたもですか?」


「ええ、だってシエスティーナ様とセシリアさんは二人乗りをなさるのでしょう? クリストファー様だけ一人だなんて寂しいではありませんか」


「きゃー!」


 アンネマリーの大胆な言葉にベアトリスが思わず黄色い悲鳴を上げてしまった。慌ててミリアリアが口を押さえて止めに掛かる。


「……君達は仲がいいんだね。私は構いませんよ」


「では、私とクリストファー様、シエスティーナ様とセレディア様、セシリアさんとルシアナさんの計六名で週末に馬の遠乗りですね。クリストファー様、手配をお願い致します」


「ああ、伝えておくよ」


「ふふふ、楽しくなりそう」


 アンネマリーは妖艶に微笑んだ。


(何だか大変なことになっちゃった。馬に乗るのはルトルバーグ領でシュウさんに乗せてもらって以来ね……ちょっと楽しみ)


 それからほどなくして、懇親会はお開きになるのであった。



☆☆☆あとがき☆☆☆

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