第19話 サロンの懇親会
クリストファーに懇親会へ誘われてからおよそ一時間後。準備が整ったということでメロディ達は学園のサロンへ向かった。
乙女ゲームの世界であり貴族制度を有するテオラス王国。王城に隣接する王立学園の敷地内には当然のようにサロンと呼ばれる社交施設が設置されていた。
学園内で生徒同士が交流を持つために用意された施設で、その外観は貴族の屋敷と変わらない。生徒達はあらかじめ予約をし、そのうちの一室を借りてお茶会をしたり会議を開いたりする。
そういう目的の施設なので、外観は貴族の邸宅のようではあるが一室ごとにキッチンやトイレなどが完備されており、生徒同士で施設の取り合いが起こらないようになっている。
そして、サロンにも階級のようなものがあり、目的や身分によって慣例的に利用できるサロンもまた決まっていたりする。
つまり、何が言いたいかというと――。
「……でか」
ルシアナがポツリと呟いた通りである。クリストファーに案内されて到着したサロンは、一室ではなく建物全体が一つのサロンであった。
学園の敷地内に建てられた屋敷なのでさすがにルシアナの屋敷よりは小さいが、サロンとして考えると不要と言っていい程度には大きい施設であった。
「そりゃあ、最後までここの予約は空いているでしょうね」
苦笑しながらルーナが呟く。サロンの格を考えれば王太子のために残されていたと考えるのが自然だろう。王太子クリストファーと帝国皇女シエスティーナがクラスメートとなる以上、利用される可能性は十分に予想できた。公爵家などの上位貴族であれば、あえて控えていたに違いない。
建物の中に入り、案内された一室は立食パーティーのような内装に整えられていた。
室内の端には使用人達が並び、メロディ達が踏み入ると一礼とともに「ようこそいらっしゃいませ」という挨拶が響く。
使用人達の行き届いた教育にメロディは瞳を煌めかせた。彼らはおそらくサロン専属の使用人達だろう。当然メイドもおり、美しい立ち姿にメロディもうっとりしてしまう。
(この人達、たった一時間でこの場をお茶会から立食パーティー形式に整え直したんだわ。凄く優秀、それでいてそれを誇示する様子もない。はぁ、使用人の鑑ね……私も参加したかった)
「大丈夫、セシリアさん?」
「あ、お嬢さ」
「ルシアナよ、セシリアさん」
「……失礼しました、ルシアナ様」
サロンで働く使用人達に見惚れてしまいうっかり素に戻っていたメロディ。ルシアナに指摘されてセシリアの演技に戻った。
使用人達がグラスを用意し、参加者達に配る。全員が手に取ったことを確認すると、クリストファーが前に出てグラスを掲げた。
「それでは、ささやかではあるが新たな学園の仲間との懇親会を開催する! ……前に、一人ゲストを呼んでいるんだ。入って来てくれ、我が親友よ」
クリストファーが告げると、メロディ達が入ってきた扉が開きよく知る人物が入ってきた。
「一年生の懇親会に私が参加するのは無粋だと思うのだけどね」
「まあ、そう言わずに。これは私的な懇親会だから気にするな」
「マクスウェル様!」
サロンに現れたのはマクスウェル・リクレントスであった。ルシアナは思わず声を上げた。
メロディ達より一学年上の二年生であり、クリストファーとは幼馴染みにして未来の宰相と目される人物だ。
一年生の懇親会に招待された彼は、苦笑を浮かべつつメロディ達の輪に加わった。
「ごきげんよう、シエスティーナ殿下。夏の舞踏会以来ですね」
「ごきげんよう、マクスウェエル殿。あなたの勇姿は伺っています。ぜひお話を聞きたいですね」
微笑み合う金髪美形二人の図に、ベアトリス達から小さな歓声が上がった。少女漫画であればきっと背景に美しい花々が咲き乱れていることだろう。
懇親会の参加者に急遽マクスウェルが加わり、クリストファーは再びグラスを掲げた。
「では改めて、ささやかではあるが懇親会を開催する。短い時間だが皆、楽しんでほしい。乾杯」
「「「乾杯!」」」
メロディ達もまたグラスを掲げて飲み物を口に含んだ。ちなみに、学園のサロンということでこの場にお酒は並んでいないとだけ言っておこう。
◆◆◆
懇親会が始まると、皆思い思いに歓談に花を咲かせた。懇親会といってもこの場にいる面々のほとんどは顔見知りであり、やはりこの場の中心は編入生の三人ということになるだろう。
生徒達はそれぞれの編入生のグループに分かれておしゃべりを楽しんでいた。
「ペリアンさんは薬学と医学の選択授業を受けるんですか?」
「は、はい。父が医者で、私も目指したいなって思って……」
「素敵な目標ですね」
「セシリアさんは、選択授業は何を受けるか決めているんですか?」
「一応、応用魔法学は受けるつもりなんですけど、他はどうしようか考え中で」
「いっぱいあって選ぶのが大変ですよね。私も薬学と医学以外はどうしようか迷ってて。たくさん受けるより、自習の時間を取った方がいいのかなってちょっと迷ってるんです」
「そういう考え方もあるんですね、参考になります」
「そ、そんな大したことではないんですけど……」
長い前髪を揺らしながら、ペリアンは頬を赤らめて俯いた。セシリアが平民のおかげか、恥ずかしがり屋のペリアンも意外と話が弾んでいるようだ。
「えっ、じゃあ、その人退学しちゃったの?」
「退学っていうか、休学? らしいんだけど、最終的には退学するかもしれないみたいなのよ」
突然『退学』などという言葉が耳に入り、メロディは話をしていたルシアナとベアトリスの方を振り向いた。ペリアンも気になるのか同じ方向に目を向けている。
「ベアトリス様、どなたか学園を退学なさったんですか?」
「ああ、違うの。退学じゃなくて休学よ。一応、今のところは」
「ベアトリスのクラスで二学期から退学、じゃなくて休学した人が出たんですって」
「何かあったんですか?」
「何でも『魔力酔い』っていう病気に掛かったらしいわよ」
「魔力酔い?」
メロディは首を傾げた。初めて聞く病名だ。
「……あの、正式名称は『特定魔力波長過敏反応症』という病気です」
「ペリアンさん、ご存知なんですか?」
「はい。症状としては貧血に近いです。倦怠感と慢性的な目眩や立ちくらみが起きます。睡眠時間も徐々に少なくなるみたいで、症状が酷いとベッドから起き上がるのもつらいそうです」
「そんな病気があるんですね。『特定魔力波長過敏反応症』という名前から察するに、魔力が人体に影響を与える病気なんでしょうか」
「そうです。どうも体質的に特定の土地の魔力波長が合わない人がいるみたいで、その地域に長く逗留していると少しずつ体調を崩していくらしいです」
「では、その休学したという方は……」
メロディがベアトリスへ視線を向けると、彼女は残念そうな顔でコクリと頷いた。
「ええ、平民の子なんだけど、夏期休暇中に症状が出てペリアンの言うとおりベッドから起き上がれなくなったみたい。最初は夏の暑さにやられたのかと思ってたみたいだけど、症状が重くなるばかりでこれはおかしいって話になって、診断してもらったら魔力酔いだったそうよ」
「薬で症状を抑えたりはできないんでしょうか」
「今のところ効果のある薬が開発された話は聞きません……症状が出た土地を離れるくらいしか」
「だから休学になったのね」
ペリアンの説明を聞いたルシアナが、真剣な面持ちで小さく頷く。ベアトリスも残念そうに首を左右に振った。
「私もさっきホームルームで聞いたところなの。凄く勉強を頑張っていたから可哀想で。一応休学ってことになってるけど、学園に戻ってこれるかどうか」
「体質が合わないんじゃどうしようもないものね」
「ネレイセン先生の話では、数年に一人くらいは魔力酔いになる人がいるみたい。王都はヴァナルガンド大森林が近いから、それなりに症状が出る人がいるみたいね」
「そっか。世界最大の魔障の地だものね」
ルシアナは腕を組んでウンウン頷いた。そんな中、メロディはそういえばと思い立つ。
「……ヴァナルガンド大森林。それってどこにあるんですか? 私、見たことがなくて」
「「「え?」」」
これにはルシアナ達三人が驚きの声が重なった。どちらかというと「マジかこいつ?」かもしれないが。何かの冗談かとも思ったがメロディはキョトンとした顔をしており、どうやら本当に大森林の場所を知らないようだ。
そんな人間がいるのかと驚きつつ、ベアトリスは大森林のある方角、東を指差した。
「王都の東、大陸を縦断する石壁の向こうにある巨大な森よ。王都に来る時見なかった?」
「……東の森?」
(え? それって……)
メロディには覚えがあった。ルシアナに雇われて初めてメイドになったあの日、資金不足のためどこかの森で食材を得ようと空から探して見つけた森は――王都の東にあった。
天上から見下ろす森はまさに衛星写真の地図のようで、真上から見れば線が走ったように見える石壁は森に意識が向いていたメロディの視界には映っていなかったのかもしれない。
(えっと、じゃあ、私が通っていたいつもの森ってもしかし――)
「やあ、楽しんでいるかい?」
「ひゃあっ!?」
突然背後から届いた声に、メロディは思わず悲鳴を上げてしまった。振り返ると、そこには笑顔のクリストファーが立っていた。
何かとても重要な事実に気付きかけていたメロディの思考は、一瞬で真っ白になってしまった。
☆☆☆あとがき☆☆☆
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