第17話 嬉しくない新学期イベント
そして三人目の編入生セシリアもといメロディの番である。
「セシリア・マクマーデンと申します。若輩者ですがどうぞよろしくお願いします」
メロディはそれだけ告げるとそっと一礼した。
頭を上げた彼女はクラスメート達に向けてニコリと微笑む。柔らかな笑顔が教室を包み込み、性別にかかわらず多くの生徒からホッと息が零れた。
(((可愛い……)))
その笑顔、まさに天使。
学園で多くの美男美女を見てきた生徒達が思わず感嘆する可憐さ。
(は、鼻血が出そう……! 絶対あの子、魅力に補正値掛かってるううう!)
アンネマリーは思わず両手で鼻先をギュッと挟み込んだ。シエスティーナ、セレディアも大層美しかったが、セシリアの笑顔はあまりに格別だった。ただ微笑んだだけなのに可愛すぎる。
(ど、どうしよう、あの可愛さだけで金髪セシリアちゃんをヒロイン認定しちゃいそう)
すればいいのに……と、どこかの誰かが言ったとか言わないとか。
「えっと……?」
蕩ける教室の雰囲気にメロディは困惑していた。やがて少し落ち着いてくると、男性陣から熱を帯びた視線が向けられるようになる。もちろん鈍感なメロディは気付いていないが。そしてもちろんルシアナがそれに気が付かないわけがないので瞳がどんどん剣呑なものになっていく。
舞踏会で天使様と賞賛された神秘的な美少女、セシリア。その身分は平民である。そう、平民なのだ。一部の貴族の男子生徒の中に、少しずつ希望と欲望が蠢き始める。
(これは、もしかしていけるんじゃないかしら?)
雰囲気を察したセレディアは内心でニヤリと嗤った。
黒い魔力の意識誘導で男子生徒をけしかけてセシリアを酷い目に遭わせられれば、彼女を学園から追い出すことも不可能ではない。
この好機を逃してなるものかと魔力を高めようとした時――。
「一応告げておこう。セシリア・マクマーデンはレギンバース伯爵の推薦で編入が決まった」
――レギュスの言葉で、教室内の蕩けた雰囲気は一気に霧散した。
宰相補佐レギンバース伯爵の推薦で編入した生徒。それ即ち、レギンバース伯爵が後見人であることを意味する。王国で上から数えた方が早い地位にある人物に後押しされて学園に入った生徒に迂闊に手を出した先に訪れる未来とは――。
うっかり欲望が表に出掛かっていた生徒達は背筋が寒くなりそっとセシリアから目を逸らした。
「……よろしい」
厳粛な雰囲気を取り戻した生徒達へ、レギュスは厳格に頷いてみせる。
三者三様、魅力的な少女達が一年Aクラスに編入してきたが、担任教師レギュスがいればクラスの秩序は保たれることだろう。さすがは有名人を集めたクラスの担任をするだけのことはある。
「では、三人は一番奥に用意した席に座るように」
レギュスに指示され、メロディ達は一番後方に置かれた席に横並びに腰掛けた。
メロディ達が席について数秒……麗しき三人の美少女に背後を取られた全てのクラスメート達が内心でこう思ったことだろう。
(((やりにくーい……)))
とってつけたような席の配置に違和感が酷い。クリストファーやアンネマリーにも緊張するが、最初から決められていた席順なのであまり気にならなかったが、メロディ達の席は後付けのためか気になってしょうがなかった。
それはレギュスも同じだったようで、メロディ達が着席してしばらく無言でそれを見つめ――。
「……皆、席替えをしようと思うのだがどうだろうか」
「「「賛成です!」」」
一年Aクラスは満場一致で席替えをすることが決まった。
「どうして急に席替えを?」
「どうしてだろう、分からないな」
「何だか疎外感を覚えますね」
最奥列に並んでいた三人だけが、この状況に全くついていけていなかったそうな。
◆◆◆
というわけで席替えである。運を天に任せるくじ引きが行われた。
「今回は編入生から引いてもらおう。三人とも前に出て一斉に引きなさい」
なぜか始まった突然の席替え。困惑する三人だったが、やるというのなら仕方がない、メロディ達は教卓に集まって箱からくじを引いた。
その後、出席番号順に全員がくじを引き、生徒達は黒板で示された指定番号の席へ移動した。
席替えの結果、メロディは残念ながらルシアナからはあまり近くない席となった。メロディの席は教室の中央で、見事なまでに均等に知り合いがばらける配置となっている。
セシリアの右側にルシアナ。何の因果か彼女の隣はまたしてもルーナである。シエスティーナは左側で、アンネマリーが右後方、セレディアは左後方の席となった。そしてこれもどういったご都合主義か、アンネマリーの右隣をクリストファーが陣取っている。
「運命さえもお二人を引き裂くことはできないのね」
「ああ、戴冠式と結婚式が待ち待ち遠しいわ」
二人が隣同士になった時、生徒達がそんな話をしていた。当然、アンネマリーとクリストファーは笑顔で流したが、もちろん内心では「やめてー!」と叫んでいたことだろう。
舞踏会で知り合った人達と席が離れる形となったメロディだったが幸い、隣の席は知らない人物ではなかった。
「よろしくお願いします、キャロルさん」
「寮どころか席も隣って……まあ、いいけどね。よろしく、セシリア」
平民寮で出会った隣の部屋の住人、キャロル・ミスイードがメロディの隣であった。少々素っ気ないが、入室した時の対応を考えれば優しい少女であることは疑いようがない。
(護衛のことを考えるとできればお嬢様に近い席がよかったけど、キャロルさんが隣でよかった)
少し離れたところから物欲しそうに見つめているルシアナにメロディは全く気が付いていなかった。ついでにいうと、苦笑を浮かべるルーナにルシアナも気付いていなかった。
クラスの有名どころの席位置が偏らず、レギュスは安心した。
「……まあ、これなら問題ないだろう」
シエスティーナ達がほどよくばらけたことで、他の生徒達も納得できたようだ。まあ、有名人と隣の席になってしまった者達は多少ドギマギしてはいるが、許容範囲だろう。
「それでは、少し遅くなったが二学期最初のホームルームを始める」
レギュスは二学期のオリエンテーションを開始した。
二学期に一年生が特に気を付けなければならない行事予定は主に二つ。
一つ目は『選択授業』である。春の入学以来、一学期から受講は始まっていたが、あれは仮受講であり、昨年の一年生、つまりは二年生が受けている授業に途中参加させてもらった形だ。
選択授業が正式に始まるのは二学期の十月からで、一学期のうちに仮受講をして授業の選定をしておき、二学期の九月末までに各授業の担当教師に正式な受講申請を行う。
選択授業は一年生の十月から二年生の九月までの一年間実施され、二年生の十月からはこれまで受けた授業をもとにまた別の選択授業を受けることとなる。専攻を変更してもよいため、選択授業によっては一年生と二年生が混在して開始する授業も少なくないとのこと。
「とにかく重要なのは十月までに選択授業の申請を必ずやっておくことだ。締め切り後の申請は原則受け付けないので十分気を付けるように」
二つ目は『学園舞踏祭』である。十月末頃に開催される学園主催の舞踏会で、要するに乙女ゲーム的には学園祭に当たるイベントだ。
メロディがこれまで参加した春と夏の舞踏会はあくまで貴族の催しだが、学園舞踏祭は平民を含めた全校生徒が参加する、身分不問の舞踏会である。
生徒会と各クラスから選出された実行員によって運営される。舞踏会は夜に開催されるが、昼間はクラス別や選択授業のグループなどが展示会や催しを行い、一日中祭りを盛り上げてくれる。
「九月のうちに実行委員の選定とクラスで何をするか決めて、十月から約一ヶ月で準備をするのが通例だな。まだ急ぐ必要はないが、近いうちにホームルームで決めるといいだろう」
(選択授業と学園祭かぁ。お嬢様の護衛のために編入した身ではあるけど、やっぱり学校行事って少しワクワクする)
メロディはクスリと微笑んだ。思い出されるは高校の頃の学園祭。もちろんメロディはメイド喫茶を実行した。もちろん絶対領域皆無のきっちりロングスカートである。
(皆にお茶の淹れ方を熱血指導したらなぜかしばらく遠巻きにされたのは今でも不思議だけど)
メロディ、前世でもスパルタな指導方針だった模様。
などと在りし日の思い出に浸っていると、一通り説明を終えたレギュスが教卓に如何にも重そうな紙の束を置いた。教卓にドスンと鈍い音が響く。
(何かしら、あれ?)
「まさかあれは……」
「うう、やっぱり今回も……」
メロディは不思議そうに首を傾げるが、周囲はあれが何か理解しているようだ。一部の生徒が思わず「うわぁ」なんて声を上げると、周囲も似たような声を上げ始めた。
レギュスの鋭い視線が生徒達に向けられる。
「さて、二学期の説明に関しては以上だが……夏期休暇中にお前達がどれほど努力をしたのか、少し確認させてもらおう。抜き打ち試験を実施する」
(え? 二学期初日から試験?)
キリリと真剣な表情のレギュスは冗談を言っているつもりはないようだ。多くの生徒は諦めたような顔で筆記用具を取り出し、試験の準備を行っている。ちらりとルシアナを見れば、彼女もまた同じく試験準備をしているようだ。
(……そういえば一学期も開始が遅れたからって初日から中間試験をしたんだっけ?)
二学期の開始が遅れているので、もしかするとそれを補うために試験をするのかもしれない。やらないわけにはいかないのだからしょうがない。
メロディもまた、筆記用具を取り出した。全教科をまとめた冊子型の試験用紙が配られる。
「試験はまとめて行う。試験時間は一時間。時間配分に気を付けるように。では、始め!」
こうしてメロディ達は二学期開始早々抜き打ち試験をするのだった。
☆☆☆あとがき☆☆☆
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