第16話 ゲームキャラの自己紹介はそれだけでイベント
もうすぐホームルームが始まる時間。
一年Aクラスの教室には生徒達が揃い、思い思いに話をしていた。
「今日からシエスティーナ様にお会いできるのね。同じクラスだなんて嬉しいわ」
「あの美貌で男性でないのは残念でなりません。いえ、でもだからこそお側にいられるかも」
「俺はレギンバース伯爵令嬢が気になるな。この前の舞踏会では話もできなかったから」
「僕も遠目から見たけど、儚げで可愛かったね」
侯爵令嬢アンネマリーは席に着き、読書をするふりをしながらクラスメート達の噂話に耳を傾けていた。
(やっぱり今日の話題は二人の編入生のことよね。さすがは攻略対象者代行とヒロイン候補。見た目だけでもインパクトは抜群ね)
何せ隣国の皇女と宰相補佐の隠し子ともなれば話題性は言うまでもない。どちらも高い地位にある娘達となれば、気にならないわけがなかった。
平民の中には今日初めて聞いた者も何人かおり、驚いている様子だ。商家出身の生徒は情報を集めているのか既に知っているふうだが、そうでない家系の者は初耳のようだ。
「皇女様だなんて、き、緊張しちゃいますね、ルキフ」
「気持ちは分かりますがここではクラスメートです。必要以上に畏まると逆に失礼になりますよ、ペリアン」
「は、はい、分かってはいるんですけど」
「ふふふ、大丈夫よ。舞踏会でお会いした限りでは穏やかな気性の方達だったもの。ね、ルシアナ」
「……」
「ルシアナ?」
「え? 何、ルーナ?」
「どうかしたの? 教室の扉なんかずっと見つめて」
「あー、いや、早く編入生が来ないかなって思って」
「ふふふ、ルシアナも気になってしょうがないのね」
やはりどこも編入生の話題で持ちきりらしい。アンネマリーもまた教室の扉に目が行った。
(もうすぐ彼女達が教室へやってくる。そして――)
アンネマリーはクリストファーをチラリと見た。彼はオリヴィア・ランクドール公爵令嬢から挨拶されたのか王子らしい輝く笑顔でオリヴィアに応対していた。
(もう、私が真剣にやってるのに美人相手にデレデレしちゃって。放課後になったらしっかり働いてもらうからね!)
アンネマリーは不機嫌さを周囲に悟られないよう、本を上げて口元を隠した。
(とりあえず、編入生の二人とは仲を深めてある程度探れるようにしておかないと。特にヒロイン候補のセレディア様のことはしっかり見張らなくちゃ)
攻略対象者以上に何よりヒロイン、正確には聖女は絶対に必要な存在だ。セレディアが聖女であれば何よりだが、そうでない可能性もある。しっかりと見極める必要があった。
(見た目だけなら間違いなんだけどな。銀髪に瑠璃色の瞳。ゲームではヒロインちゃんだけが持っていた容姿の特徴。でも……あんまりヒロインちゃんっぽく感じないのはなぜなのかしら?)
おそらく二次元のイラストが三次元の立体に変わったことで違和感を覚えているのではと考えるが、アンネマリーはセレディアの容姿がほんの少しヒロインとは異なるような気がしていた。
それもあって、セレディアをヒロインだと確信できないのかもしれない。
(セレディア様が聖女の力に目覚めてくれれば話は早いんだけど……その方法がなぁ)
アンネマリー知る聖女の覚醒方法。それは、魔王と戦うこと以外に思い浮かばなかった。
ゲームのセシリアは何度か起きる魔王との戦闘、正確にいえば魔王に操られたビュークとの戦いで徐々に聖女の力に目覚めていき、最終決戦で完全なる覚醒を遂げるというストーリーだった。
つまり聖女を魔王にぶつけるやり方以外に、ゲームシステム的な意味で聖女の力を覚醒させる方法を知らないのである。
あまりにも危険な賭けであった。これでもしセレディアが聖女でなかったら、魔王との遭遇はそのまま死を意味する。そう考えると迂闊に試すこともできない。
(まあ、魔王がどこにいるか分からないんだから試しようがないんですけどね)
散々クリストファーと相談して結論の出なかった問題である。結局、セレディアと交流を深めて可能性を模索していく以外にやり方はないのだろう。
(これ以上悩んでも何の解決にもならないわ。とりあえず今日の勝負所は放課後よ。鍵はシエスティーナ様。セレディア様がヒロインちゃんかどうか、あなたの行動で見極めさせてもらいましょう! ……って、私が真剣に考えてるのにあいつときたらまだオリヴィアさんと楽しそうにして!)
などとアンネマリーが考えていたところで、担任教師レギュス・バウエンベールが入室した。生徒達が慌てた様子でそれぞれの席へ着く。そして、レギュスの後ろからシエスティーナとセレディアが姿を現した。
アンネマリーの眼光が鋭く光る。
(さあ、まずはあなた達の自己紹介から見極めさせてもらうわよ! 勝負! ……え?)
二人の少女に鋭い視線を向けるアンネマリーだったが、セレディアが入室した直後にもう一人の少女が教室に入ったことで彼女は目を点にしてしまった。
(え? なんで……?)
「セシリア・マクマーデンと申します。若輩者ですがどうぞよろしくお願いします」
(どうしてあなたが、セシリアさんまで学園に編入してるのよ!?)
アンネマリーがしっかり考えてきた二学期対策は、初日からいきなり躓き始めていた。
◆◆◆
レギュス、シエスティーナ、セレディア、そしてセシリアの順に一年Aクラスの教室に入る。
最初の二人の編入生の登場には小さいながらも黄色い声が飛び交ったが、三人目のセシリアが現れた瞬間、生徒達から戸惑ったような声が漏れ聞こえた。
平民の生徒はもちろん、編入生は二人と聞いていた貴族の生徒達も驚きを隠せない。それどころかアンネマリーやクリストファーでさえ三人目の編入生の情報を得ていなかったため、目を見開いて驚いていた。
教室に入る際、メロディの視線がルシアナの方を向いた。瞬時に見つけたらしい。ルシアナは机の下から指先を見せてチラチラと振ってみせた。悪戯っぽい笑顔を浮かべている。
また、もう一人、ついさっき出会ったばかりの少女を見つけた。キャロル・ミスイードだ。窓側の席に座る彼女は、肘を突きながら窓の外を眺めていた。視線こそ合わなかったが、キャロルは机に置いた右手を軽く振ってみせた。おそらくこれも挨拶なのだろう。
よく知るルシアナ、さっき出会ったばかりのキャロル。二人が揃って合図を送ってくれることが嬉しくて、メロディは思わずニコリと微笑んでいた。
予期せぬ三人目の編入生の登場に困惑していた周囲が、その優しげな笑顔につい見蕩れてしまう。
そして誰かが囁いた。
「……あれって、天使様?」
「そうよ。あの方、夏の舞踏会でシエスティーナ様と踊っていらした天使様だわ」
「春の舞踏会では妖精姫と踊っていらしたのよね。あれも素敵だったわ」
「確かこの前の舞踏会では妖精姫と手を繋いで入場したとか」
「ええ。お揃いのドレスがとてもよくお似合いだったのよ」
囁くような声音で噂話が広がっていく。教壇側からは何と言っているかまで聞き取ることはできないが室内がにわかに騒がしくなった。
だが、それを担任教師レギュスが許すはずもなかった。教卓の前に立つと、彼の低い声が教室に響き渡る。
「……静粛に。私語を慎みなさい」
瞬間、教室内に静寂が戻った。見た目と声が怖すぎる担任教師である。
「今日からこのクラスに三人の生徒が加わることとなった。仲良くするように。順番に自己紹介をしてもらおう」
レギュスはシエスティーナに目配せをした。先頭の彼女から始めろという意味らしい。
シエスティーナはニコリと微笑むとレギュスに代わって教卓の前に立った。
「ロードピア帝国よりやってきました。第二皇女シエスティーナ・ヴァン・ロードピアです。帝国と王国が手を取り合える日が来ることを願って留学してきました。身分にかかわらずこのクラスの皆と仲良くなれれば嬉しいです。学園ではどうか気軽に声を掛けてほしい。どうぞよろしく」
イケメン美少女の笑顔がキラリ~ンと光った。我慢できなかったのか一部の女子生徒から黄色い悲鳴が上がった。さすがはシュレーディンと同じ顔。破壊力は抜群である。
挨拶を終えたシエスティーナが教卓から離れると、次はセレディアが前に出た。少し緊張を含んだ笑顔をクラスメート達に見せた。
「初めまして。レギンバース伯爵の娘、セレディア・レギンバースです。初めての学園生活で少し緊張していますが、皆さんと仲良くなれれば、嬉しいです。至らない点もたくさんあると思いますが、どうぞよろしくお願いします」
少し固い感じで一礼するとセレディアは庇護欲をそそるような寂しげな笑顔を浮かべた。シエスティーナの時のように黄色い悲鳴が上がることはなかったが、一部の男子生徒からは感嘆の息が漏れ出ていた。やはりこちらもヒロイン候補。人を惹き付ける不思議な魅力を持っているようだ。
挨拶を終えたセレディアは教卓を離れる前にセシリアの方を見た。彼女の体表で微かに黒い魔力が蠢き始める。
(ここで教室に意識誘導を掛けてセシリアの自己紹介をめちゃくちゃにしてやれば……)
だが――。
(……何だろうか、この感覚は。……我は失敗する、そんな予感がする)
思わず内心の口調が元に戻ってしまうほど明確な直感が働いた。危機感と言い換えてもいいかもしれない。だが、なぜ……?
(まさかこの娘は本当に? しかし……)
ティンダロスの聖杯としての感覚がセシリアを聖女と捉えたのか。そう思い、セレディアはセシリアの魔力を解析したが一切の魔力を感じ取ることはできなかった。
(気のせいか……では、あの予感は一体……?)
疑問に思いつつも、セレディアはセシリアに場所を空けるため教卓から離れた。
☆☆☆あとがき☆☆☆
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