第15話 三人の編入生

「失礼します。編入生のセシリア・マクマーデンと申しますが」


「ああ、来たか」


 メロディが入室すると、すぐに一年Aクラスの担任教師レギュス・バウエンベールがセシリアの下へやってきた。


「おはようございます、バウエンベール先生」


「おはよう、マクマーデン君」


「今日からよろしくお願いします」


「ああ、よろしく頼む。では、とりあえずこちらへ来てほしい」


 挨拶を交わすとメロディは教員室に繋がっている応接室に案内された。促されるままにソファーに腰掛ける。


「今日は君を含めて三人の編入生が私のクラスに入る予定だ。誰かは分かるか?」


「シエスティーナ殿下とセレディア様ですか」


「そうだ。三人が揃ったら私と一緒に教室に行ってクラスメート達に紹介する予定だ。二人が来るまでここで少し待っていてくれ」


「分かりました」


 メロディが了承するとセシリアを残してレギュスは教員室へ戻っていった。

 それから待つこと十分ほど。応接室の扉が開いたため、メロディは立ち上がった。


「こちらでしばし待つように」


「はい、ありがとうございます。おはようございます、シエ――え?」


「おはようございます、セレディア様」


 入室したのはメロディ同様制服姿のセレディアであった。楚々とした雰囲気で応接室に足を踏み入れた彼女は、メロディことセシリアと目が合った瞬間、硬直してしまう。


「……セレディア様?」


「どうかしたのか、レギンバース君」


「――あっ、いえ、何でもありません。お久しぶりです、セシリアさん」


 応接室に入る途中でなぜか立ち止まったセレディアを訝しげに見つめるレギュスの声でハッと気が付いた彼女は、慌てて笑顔を取り繕ってメロディに挨拶をした。

 二人がソファーに腰掛けると、問題ないと判断したのかレギュスは応接室を後にする。

 セレディアは、もう一度メロディに向かってニコリと微笑んだ。


「ごめんなさい。まさかセシリアさんがいるとは思わなかったもので、ほほほ」


「色々あって急遽私も学園に通うことになりまして。驚かせてしまったようで申し訳ありません」


「いいえ、私がまだまだ未熟だっただけです。どうぞお気になさらないでください」


 セレディアは寂しさと悲しみを含んだような切ない笑みを浮かべて答えた。


「ですが、舞踏会では学園に通う予定はないようなお話でしたのに、どうして学園へ編入することになったのですか?」


「実は先日の舞踏会の帰りに魔物に襲われまして」


「ええ、伺いました。とても恐ろしい事件です。セシリアさんは無事……なんですよね?」


「はい。レクティアス様やマクスウェル様が守ってくださいましたから」


「そうですか……セシリアさんが無事で本当によかったです」


「ありがとうございます。それで私、このままじゃダメだと思ったんです」


「……どういう意味ですか?」


「魔物に襲われて私、気付きました。私はまだまだ未熟なんだって。ですから私、王立学園に編入して改めてきちんと魔法の使い方等を勉強したいと思い、編入試験を受けたんです」


「そ、そう……あの事件のせいで」

(わ・た・し・の・せ・い・かーい!)


 セレディアはなぜか遠い目をした。メロディは不思議そうに首を傾げている。

 どうしたのかと尋ねようとした時だった。再び応接室の扉が開き、メロディ達は立ち上がった。次に来る人物の想像は付いていたので。


「「おはようございます、シエスティーナ殿下」」


「おはよう……おや?」


 応接室に入ってきたのはロードピア帝国からの留学生、第二皇女シエスティーナ・ヴァン・ロードピアであった。女性でありながら男子の制服を身に纏っており、イケメン美少女なシエスティーナは見事に着こなしている。


「確か、セシリア嬢だったね」


「はい。覚えていただき光栄です、殿下」


「はは、君とのダンスを忘れるのは至難の業だよ。また会えて嬉しいよ、セシリア嬢」


「私もまたお目に掛かることができて嬉しいです、殿下」


「あ、あの! よかったらこちらへどうぞ、シエスティーナ様」


「ああ、そうだね。ありがとう、セレディア嬢」


 セレディアに勧められ、シエスティーナはセレディアの隣に腰掛ける。続くようにメロディ達もソファーに腰を下ろした。


「それでは準備が整いましたらお呼びします。その間お茶でも飲まれますか」


 レギュスがシエスティーナに問う。教師として学生をひいきするつもりはないが、さすがに相手が他国の皇族だけあって言葉遣いには多少気を遣っているようだ。


「ご配慮感謝します。ですが、それほど時間が掛かるわけでもないでしょうから結構です」


「私も」

「私も」


 レギュスがメロディ達にも視線を向けたので、二人は不要だと告げた。実際に必要なかったということもあるが、シエスティーナが飲まないのに自分だけは飲むという選択肢はないだろう。


「では、しばらくお待ちください」


 レギュスが扉を閉めて、応接室には三人だけとなった。


「ふふ、二週間ぶりの再会だね、二人とも。私達三人は同期生となるわけだ。よろしく頼むよ」


「はい、シエスティーナ様」


「よろしくお願いします」


「それにしても、まさか王立学園でセシリア嬢と再会できるとは思わなかったな。どうして急に編入することになったんだい?」


 不思議そうに首を傾げるシエスティーナに、メロディは先程と同じ回答をした。シエスティーナは眉根を寄せて苦い表情を浮かべる。


「そうか。やはりあの事件の被害者は君達だったんだね」


「ご存知なのですか?」


「王都の魔物侵入は大事件だからね。この国の人間でない私でもある程度情報は入ってくるさ。本当に、君達に怪我がなかったことは不幸中の幸いだったよ」


「私もそう思います」


 頷き合う二人の隣で、セレディアは難しそうな顔で首を傾げた。


「どうかしましたか、セレディア様?」


「……いえ。セシリアさんの魔物に対抗する術を学びたいお気持ちは理解できるのですが、どうやってこんな短期間で編入を実現できたのかなと」


「え? レギンバース伯爵様からお聞きになっていないんですか?」


「お父様に?」


「はい。私の編入試験は伯爵様に後押ししていただいて実現したものなんですが」


「……そうなの?」


「はい」


「お父様が……」


 少しポカンと放心してしまうセレディア。シエスティーナは少しだけセレディアの内心が分かるような気がした。自分と同じタイミングで、それも同じクラスに編入する生徒に手を貸した自分の父親が、実の娘にはその話を一切していないのだ……きっと疎外感を覚えているに違いない。


 シエスティーナも子供の頃は、いや、今もだが、家族から蔑ろにされることが多かった。何度笑顔を取り繕って気持ちを誤魔化したことか……。

 だから、少しだけ慰めてやりたいとシエスティーナは思った。


「……きっと魔物の侵入事件のせいで忙しかったんだろう」


 残念ながら大した慰めにもならない言葉しか出てこなかったが……。


「……そうですね。屋敷に引き取られてからお父様とはまだ一度しか夕食をご一緒できていないんです。きっと、お忙しいのでしょう」


「そ、そうか……」


 切ない笑顔を浮かべるセレディアに、シエスティーナはそっと目を逸らした。


(自分で引き取っておきながら食事も一緒に取ってあげないのか、レギンバース伯爵は……)


(ふむ。いい感じ……かしら? 同情を得て彼女を攻略する作戦も悪くないかもしれないわね)


 シエスティーナが内心でクラウドの評価を下げている中、セレディアはセシリア編入の原因を作った失態を取り返すため、記憶にあるヒロインらしい切ない雰囲気を演出する作戦に出た。

 健気な少女を演じ、その憐憫は寄り添ううちにやがて恋慕の情へと――。


「やっぱりどこもお忙しいんですね。私がお世話になっているルトルバーグ家の伯爵様も宰相府にお勤めなんですが、舞踏会が始まる前辺りから忙しくてご家族と食事の時間を合わせられないと大変嘆いていらっしゃいました。宰相補佐のレギンバース伯爵様ともなるとどれくらいお忙しいのか見当も付きません」


「あれ? ……本当に忙しいだけなのかな?」


(あ、ちょっと!?)


 困ったように頬に手を添えてため息をつくメロディの姿に、シエスティーナは「あれ? もしかして勘違いだった?」とでも言いたげに困惑顔を浮かべた。

 シエスティーナの雰囲気が一瞬で霧散し、セレディアは声に出しそうな叫びを心の内に留める。


(ぐぬぬ、聖女でないにしてもやはりセシリアという人間は厄介だな! どうしてくれよう!)


 頭の中でも少女を演じていたティンダロスの心の声がうっかり元に戻ってしまう。


「三人とも、準備ができたので教室へ向かおう」


 内心でセシリアへ毒づくセレディアだったが、レギュスに呼ばれ三人は立ち上がった。


(ぐぬぬぬ、殺生はできぬがどうにかセシリアを排してヒロインの座を手に入れてみせる!)


(まずはクラスに溶け込んで人脈を得なければ。王国を帝国の手中に収めるために)


(たとえあの黒い魔力の魔物が学園に現れても、お嬢様は私が守ってみせます!)


 三者三様の思いを掲げながら、三人の編入生は一年Aクラスの教室へ向かうのだった。



☆☆☆あとがき☆☆☆


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