第9話 送迎パパ
「演者に相応しき幻想を纏え『
全身を白いシルエットに包まれて、少女の髪型や服装が変化する。
メロディはセシリアに変身した。セレーナによってアレンジされた両サイドの三つ編みも既にアップデートされている。
本日は九月八日。王立学園編入試験日である。
セシリアに変身したメロディは、迎えの馬車を待つために玄関ホールへ向かった。
玄関ホールには伯爵家の奥方、マリアンナがいた。もちろんルシアナも控えている。この場にいるのはメロディ、ルシアナ、マリアンナ、そしてセレーナの四名のみ。マイカとリュークは朝食の後片付けをしているところだ。
どうやら、これから出発するメロディを見送るために集まったらしい。
「旦那様はもうお出掛けになったんですか」
「ええ。この前の魔物の騒ぎから宰相府はとても忙しいみたい。新人だけど土地持ちの領主だからか結構仕事が回ってくるそうよ。おかげで最近は朝早く出勤して帰りが遅いから心配だわ」
マリアンナは困り顔に手を添えてホゥとため息をついた。
「メロディ、王立学園に行く馬車はレギンバース伯爵家から出るのよね? またあいつが来るの?」
「お嬢様、『あいつ』だなんてはしたないですよ。レギンバース伯爵様が試験の推薦をしてくださった関係で、今回の送迎もしてくださるそうです。多分レクトさんだとは思いますけど」
「あれが来るなら私が馬車に同乗しようかしら。二人きりにはしておけないもの」
「お嬢様、ですから『あれ』などと言葉遣いがはしたないですよ」
「ふんだ! いいのよ、あんなの。あれでもそれでもこれでもどれでも何でも問題なしよ」
レクトのことになると途端に子供っぽい態度になるルシアナ。メロディがどうしたものかと苦笑していると屋敷の奥、調理場の方から少女の大きな声が響いた。
「ああああっ! こらグレイル、待ちなさーい!」
メロディとルシアナが揃って首を傾げていると、玄関ホールへ足音が近づく。想像するまでもなくソーセージを咥えたグレイルである。全員が思わずポカンとその状況を眺めている間にグレイルはメロディ達の前を通り抜けて姿を消してしまった。
それから少し遅れてマイカがやってきた。呼吸が荒れてメロディ達の前で肩を大きく揺らす。
「大丈夫、マイカちゃん」
「うう、メロディ先輩。食材を片付けていたらグレイルがソーセージを持って行っちゃって」
「また? 伯爵領から帰ってから随分と食いしん坊になっちゃったのね。ところでリュークは?」
マイカでなくリュークならば追いつけたはずだ。しかし、マイカは渋い顔を浮かべた。
「もう! リュークったら『ソーセージくらい別にいいだろ』って言うんですよ。ペットの躾け方を分かってないんですから!」
プンプンと怒るマイカ。メロディはグレイルが消えた先を眺めながら困った表情で嘆息した。同じくため息をついたセレーナがマイカに向かって口を開く。
「マイカさんは少し休んでください。グレイルは私が捕まえてきます。すぐに戻ってきますが、もしお客様がいらしたら対応をお願いしますね」
「セレーナ先輩、ありがとうございます!」
瞳を潤ませるマイカに見送られ、セレーナは玄関ホールから姿を消した。
そしてマイカの息が整った頃に馬の嘶きが聞こえ、やがて玄関のドアノッカーが音を立てる。
「あわわ、来ちゃいました。ちょっと行ってきます」
この場に使用人はマイカしかいない。メロディはセシリアに扮しているので来客を迎える立場にないからだ。少し緊張気味にマイカは扉へ向かった。
「むっ、来たわね! ここで会ったが百年目、今日こそ引導を渡してやるわ!」
「ルシアナ、扇子を取り出して何をするつもり? そもそもフロード騎士爵様には先日お会いしたばかりでしょう。百年目ってどういう意味?」
「気分よ、お母様!」
「お嬢様、そんな言葉遣いをどこで覚えてきたんですか? じゃなくて、喧嘩はダメですよ」
「あの~、レギンバース伯爵様がいらっしゃいました」
「ほら、レクトさんからも何か言って……え?」
「「え?」」
扉を開けたマイカが招き入れたのはレクトではなかった。白銀の髪と髭がトレードマークの偉丈夫、レギンバース伯爵クラウドその人である。
「ごきげんよう、セシリア嬢」
「……あっ、ごきげんよう、伯爵様。本日はよろしくお願いいたします」
一瞬動揺したメロディだが、すぐにカーテシーで挨拶を返した。突然の伯爵の登場に面食らっていたルシアナとマリアンナも同じく淑女の礼でクラウドを出迎える。
「ようこそいらっしゃいました、レギンバース伯爵様。ヒューズの妻、マリアンナでございます」
「ごきげんよう、マリアンナ夫人。我が姉とは春の舞踏会以来懇意にしていただいているようで、感謝申し上げます。義兄を亡くして塞ぎがちでしたが今はとても楽しそうにしておりますよ」
「私の方こそ、クリスティーナ様やハウメア様からお茶会に誘っていただいたおかげで王都でも寂しい思いをせずに過ごさせていただいております。夫ヒューズも宰相府でお世話になっておりますし、夫に代わって伯爵様に感謝申し上げます」
「そう言っていただけると嬉しいです。どうぞこれからも我が姉と仲良くしていただけますよう」
「もちろんでございます」
和やかに挨拶を交わす二人。
伯爵の視線がルシアナに向くと、マリアンナが紹介した。
「私の娘のルシアナですわ」
「お初にお目にかかります。ルトルバーグ伯爵ヒューズの娘、ルシアナでございます」
メロディの訓練によって洗練されたカーテシーをしてみせるルシアナ。淑女モードに入った彼女はキラキラした笑顔でクラウドに挨拶をした。
ちなみに、春の舞踏会でも夏の舞踏会でも、ニアミスしつつもクラウドと直接言葉を交わすのは今回が初めてである。
「ごきげんよう、ルシアナ嬢。舞踏会の『妖精姫』にして王太子殿下をお救いした『英雄姫』のことはよく存じておりますよ」
「……お、お恥ずかしいですわ」
たまたま(?)手にしていた扇子で口元を隠すルシアナ。かなり恥ずかしかったらしい。
「さて、あまり時間もありませんのでそろそろ行こうか、セシリア嬢」
「はい。奥様、ルシアナ様、行って参ります」
「ええ、頑張っていらっしゃい、セシリアさん」
「……気を付けてね、セシリアさん」
優しく微笑むマリアンナと、顔の上半分は笑顔でありながら扇子の下の顔半分では『ぐぬぬ』と口元を歪ませているルシアナ。レクトならともかくさすがに伯爵が相手では強く出られないため、同行を申し出ることができないようだ。大変悔しそうである。
「さあ、セシリア嬢」
「ありがとうございます」
クラウドにエスコートされて乗車すると、メロディを乗せた馬車は王立学園へ向かった。
メロディが去った玄関ホールにしばし沈黙が訪れる。さすがにレギンバース伯爵が現れるのは想定外だったせいで緊張したのだろう。
「あら、どうしたのですか皆様? お姉様は?」
その静寂は、グレイルを捕まえたセレーナが戻るまで続くのであった。
「わんわんわん!(ソーセージくらいいいではないか!)」
そして、誰もグレイルの主張に全く耳を貸さないのであった。
◆◆◆
石畳の上を馬車が静かに走る。車内でしばらく沈黙していたメロディが話し始めた。
「あの、伯爵様。お聞きしてもよろしいでしょうか」
「……なんだね」
車窓を眺めていたクラウドとメロディの目が合う。その表情は不思議と柔らかい。
「どうして今日は伯爵様が? 私、てっきりレクティアス様が来るものと思っていたのですが」
すると、クラウドの顔つきが一気に険しいものへと変貌した。
「……それは、レクティアスに迎えに来て欲しかったということかな?」
部下であればその豹変ぶりにサッと顔を青ざめることだろう。かなりの威圧を発していた。
しかし、鈍感なメロディはその変化に全く気付かず、キョトンとした顔で首を傾げるだけだ。
「――? いいえ。レギンバース伯爵家の知り合いはレクティアス様だけだったので、自然とそうかなと思っていただけです。まさか伯爵様が迎えに来てくださるとは考えてもいませんでした」
「う、うむ。そうか……」
空気が抜けた風船のようにクラウドの怒気が萎んでしまう。あとレクトがとても可哀想である。
「ですが、本当によろしかったのですか? お忙しいのでは?」
「……学園に編入を推薦したのは私だ。今回のことは私が責任を持って対応するというだけだ」
クラウドは再び視線を車窓へ向けた。どうやらこれで話は終わりらしい。
「そうですか。お気遣い、ありがとうございます」
(責任感の強い人なのね)
メロディは単純にそう考え、クラウドとは反対の車窓から王都の町並みに目をやる。その横顔をクラウドは時折チラリと覗いていた。
(……私は何をやっているのだろうか)
当初、セシリアを迎えに行くのはレクトであった。だが、クラウドは衝動的に自分が行くことに決めてしまった。
(ただ私が、もう一度彼女に会ってみたかっただけの話だな)
そして確信する。自分はなぜか、セシリアからセレナの面影を感じているのだと。実の娘から何も感じなかった男が、赤の他人から愛する女性の片鱗を垣間見ているのだと。
(何て薄情な男なのだろう。だが、それでも……)
クラウドはこの少女と一緒に乗る馬車が永遠に続いてくれればいいのにと、そう思っていた。
☆☆☆あとがき☆☆☆
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