第4話 レクトの決意

 それは一見すると大きな黒真珠のような見た目をしていた。

 メロディの話によると目に見えるほど凝縮された魔力そのものらしい。


「この前の戦闘で私は、魔物達が纏っていた黒い魔力を魔法の風で吹き飛ばして、こうして一つに固めたんです」


「――っ! まさか、途中で俺達の攻撃が通るようになったのはメロディの魔法のおかげか」


「そうよ。メロディに感謝してよね」


 あの時なぜ急に攻撃が通るようになったのか不思議だったが、それがメロディの力だったとは。彼女が優秀な魔法使いとは知っていたが、こんなことまでできるとは。


(メロディには出会った時から驚かされっぱなしだな……はっ!)


 レクトは目を見開いた。そしてメロディと視線が重なる。彼女はゆっくりと首肯した。


「……まさか、この黒い魔力に対応できるのは、君だけなのか?」


「はい。だから私は王立学園に編入したいんです」


 決意の籠もった視線がレクトを射貫く。


「あの魔物は何の前触れもなく突然王都に現れたと聞いています。侵入方法が分かればまた話は違ってくるかもしれませんが、そうでないなら王立学園にいくら護衛がいても安全とは言えません」


「……それは、そうかもしれないが……そうだ、銀製武器。マクスウェル殿が使っていた銀の儀礼剣は魔物に有効だった。あれを護衛に装備させれば」


 メロディが魔法を使う前、彼の武器だけが唯一ハイダーウルフに傷を負わせることができた。おそらく王城にもその情報は伝わっているはず。


 しかし、メロディは首を横に振る。


「確かに銀製武器は有効でしたけど……レクトさん、銀製武器ですよ?」


「うっ」


 黒い魔力を纏った魔物には、銀製武器に魔力を通して攻撃すれば有効打になることは間違いないが、銀は貴金属である。貴重なのだ。

 武器にして兵士に配備させられるほど量を確保できるとは思えない。せいぜい貴人の護衛に最低限揃えるのがやっとだろう。


「私を気遣ってくださりありがとうございます、レクトさん。でも私、お嬢様が危険かもしれないのに呑気に学生寮でお帰りを待つなんてこと、できないんです!」


 胸元で手を組んで、メロディは真摯な思いを声高に告げた。

 今の自分とは正反対の、迷いのない芯の通ったメロディの心が表情に表れている。


「メロディ……」


 自分が恥ずかしくなる。レクトはそう感じた。メロディに望まれるまま編入の手伝いをしてしまった自分は、それでいいのかと迷い続けていた。だから今こうして彼女に翻意するよう説得しているが、そんな自分とは対照的にメロディの心は目的に向けてしっかりと歩み続けているのだ。


(ああ、きっと俺は君の気持ちを変えられない。こんな俺では無理だ。では、俺は……)


「ううう、メロディ!」


「きゃあああっ!?」


 内心で思い悩むレクトの目の前で、ついに涙腺が決壊したルシアナがメロディに抱き着いた。


「ありがとう、メロディ! そんなに、そんなに私のことを想ってくれていたなんてええええ!」


「お嬢様!?  涙だけじゃなくて鼻水が! とても人前では見せられない顔になってますよ!?」


 泣きじゃくるルシアナの顔を拭きながら、幼子をあやすように彼女を宥めるメロディ。困ったようでいて、お世話をする喜びも感じているのか眉尻を下げながら口元を綻ばせている。

 つい数秒前までのシリアスな雰囲気はどこへ行ってしまったのか。応接室の中は、既に普段のルトルバーグ家の姿である。


 だからこそ、レクトは思ってしまう。


(メロディ、君はこの光景を守りたいのだな)


 メロディの思いは出会った頃から何も変わらない。『世界一素敵なメイド』などという漠然とした夢を掲げながらメイドの仕事を楽しんで、仕える主とともに笑い合える日常を作っていくのだ。


 ……最初は、自分でも自覚していなかったが一目惚れだった。


 そして、メロディと過ごしていくうちにレクトは彼女のことをもっと好きになっていった。『世界一素敵なメイド』を目指して人生を謳歌する、セレスティではなく、メロディ・ウェーブという少女のことを。


 レクトはそっと目を閉じる。

 数秒後、ゆっくりと瞼を開けてメロディの方を見た。


「……分かった。レギンバース伯爵閣下のところへ行こう」


「ありがとうございます、レクトさん!」


 抱き着くルシアナを宥めながら、メロディは嬉しそうに華やぐ笑顔を浮かべるのだった。


◆◆◆


「……静かですね」


「今の王都は厳戒態勢といって差し支えない状況だからな」


 レギンバース伯爵邸へ向かう馬車が貴族区画の道を走る。普段ならそれなりに馬車とすれ違うものだが、今日はメロディ達が乗る馬車の進む音だけが響いていた。


「皆さん、外出を自粛されているんですね」


「魔物が出たばかりだ。控えたくなる気持ちも分かる。斯くいう俺もこれがなければ外出できないところだ」


「あ、それ、銀製の剣ですか?」


 レクトは座席に立てかけてあった剣をメロディに見せた。

 なかなか装飾の凝った銀剣である。


「伯爵閣下からお借りしたんだ。君を迎えに行くなら持っていくようにと言われて。さっきメロディが指摘したとおり、俺個人でこれを用意するのは少々厳しいから助かったよ」


「……またあの魔物は出てくるんでしょうか」


「分からない。王都の巡回が始まって今日で三日目。目撃報告は届いていないから、このまま何事もなければいいんだが……」


 メロディとレクトは車窓から見える王都の町並みを見つめながら、伯爵邸までしばし沈黙するのだった。

 レギンバース伯爵邸に辿り着くと、メロディ達は伯爵のいる執務室へ案内された。


「セシリア様をお連れしました」


「……入りなさい」


 扉の向こうから返事が聞こえ、執事が扉を開けた。室内から張り詰めた空気が伝わってくる。

 レクトはメロディをチラリと見た。特に気負う様子もなく普段通りだ。


「執務室へはセシリア様のみお入りください」


「俺が一緒に行けるのはここまでだ。あとはメ……セシリア、君次第だ」


「はい。レクトさん、私、頑張って面談に合格してきますね」


「……ああ、君なら大丈夫だ」


 優しく微笑むレクトにメロディもまた笑顔を見せて、彼女は伯爵の執務室へ入っていった。


「やあ、レクトじゃないか」


 しばし閉まった扉を見つめていると見知った声に呼び掛けられた。

 レクトの兄、ライザック・フロード子爵である。彼は書類の束を抱えていた。


「忙しそうですね、兄上」


「反対にお前は暇そうだね。今日は仕事じゃ……ああ、今日はセシリア嬢の面談の日だったね」


「ええ、ついさっき始まったところです」


「そうか。となると、書類の確認をしていただきたかったが後にした方がよさそうだね。それで、彼女は受かりそうかな?」


「問題ないと思います、彼女なら」


「即答だね。セシリア嬢のことを信じているのだね」


「……はい。俺は彼女を信じています」


(おや?)


 ライザックは片眉を上げて驚いた。普段のレクトなら顔を赤くして口籠ってしまうところだが、今回の彼はほんのり頬を染めつつもはっきりと答えた。


(……この短期間で何か心境の変化でもあったのかな? ふふふ、愛の力は偉大だね)


 ライザックは仄かに笑みを浮かべ、レクトの変化を喜んだ。


「では、臨時講師の件はどうする? 以前言った通り、彼女が学園生になれば会える機会はかなり少なくなってしまうわけだが、伯爵閣下にお願いしてみるかい?」


「……いえ、やめておきます」


 少し悩んだ様子のレクトだったが、彼はライザックの提案を断った。


(おやおや?)


 ライザックは再び片眉を上げて驚く。てっきり臨時講師の件を頼まれると思っていたからだ。


「いいのかい?」


「はい。俺には他にやることがあるので」


「そうか。お前がそう言うなら仕方がない。後はセシリア嬢が伯爵閣下の面談に合格することを祈るばかりだ。では、私は仕事があるので失礼するよ。結果が出たら教えておくれ」


「分かりました」


 自分の仕事場へ引き返すライザックを見送りながら、レクトは考える。


(……確かに臨時講師になれば、学園でメロディと会う機会を増やせるかもしれない。だが、それを喜ぶのは俺だけだ。俺は、俺自身のためじゃなくて、メロディのために何かをしたい)


 メロディのために出来る事は何だろうか?

 伯爵家へ向かう馬車の中でレクトはずっと考えていた。

 そして、その答えはとても簡単だった。

 レギンバース伯爵家に仕える騎士、レクティアス・フロードにしかできないこと。



 それは――。



(……セレディア・レギンバース。あなたは、一体何者だ?)


 メロディの、いや、セレスティの本来あるべき場所に突如として現れた謎の少女、セレディア。

 それが偽物であると気付いているのはおそらくレクトただ一人。


(何のつもりでその場を奪ったのかは知らないが、たとえ本人が望んでいなかったとしてもそこはセレスティお嬢様の居場所だ。絶対に返してもらう!)


 レクトは強い足取りで歩き出した。




☆☆☆あとがきという名の宣伝☆☆☆

最新小説4巻&コミック4巻は1月15日(月)発売予定です。

限定特典付き2冊同時購入セットが発売されます。

よろしくお願い致します。

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