第5話 父と娘の面談

「本日はお忙しい中、お時間を取っていただきありがとうございます、伯爵様」


 緊張するが、レクトに合格宣言した以上失敗は許されない。クラウド・レギンバース伯爵のいる執務室へ入ったメロディは心の内を隠しながら美しい所作で一礼してみせる。

 メロディが入室した時、クラウドは硬い表情で書類にペンを走らせている最中であった。挨拶を交わす段になって彼は初めて手を止めてメロディを見た。


「ああ、こちらこそ手間をかける。すまない、仕事が立て込んでいてな。すぐに終わるので少しそちらに腰掛けて待ってもらえないだろうか」


「はい」


 クラウドの執務室は存外広かった。正面奥の執務机の他に、メロディから見て左手には向かい合う二人掛けのソファーとローテーブルが置かれており、そこへ着席するよう促される。

 メロディはソファーに腰掛け、クラウドの書類仕事が終わるのを待つこととなった。


 ペンが走る音だけがしばし室内を支配する。


(やっぱり、この前の魔物の事件のせいでお忙しいのかしら)


 自分にも目的があるとはいえ、少しばかり申し訳なく思っていると扉を叩く音がした。


「お茶をお持ちしました」


 執事がティーセットを載せたワゴンとともに入室し、メロディに紅茶を淹れてくれる。


「どうぞ」


「ありがとうございます」


 感謝を述べるメロディに執事はニコリと微笑む。そして伯爵に向かって口を開いた。


「旦那様、淑女をお待たせするなど紳士のすることではございませんよ」


「あの、私は大丈夫ですので」


「いいえ、セシリア様がいらっしゃることは事前に分かっていたことなのですから、このように客人をお待たせするなどあってはならないことです。お分かりですか、旦那様」


「あ、ああ、すぐに終わらせる」


 心なしかペンの走る音が速くなった気がした。


「すまない、待たせたな」


 ようやく仕事に一段落ついたクラウドがメロディの下へやってくる。メロディは立ち上がると改めて一礼した。


「こちらこそ、私ごときに貴重な時間を割いていただきありがとうございます。本日はお手数をお掛けしますがよろしくお願いします」


「ああ、掛けたまえ」


「はい」


 向かい合ってソファーに座る二人。執事はクラウドにも紅茶を淹れると執務室を後にした。再び室内にはメロディとクラウドの二人だけとなる。

 室内をしばし沈黙が支配する中、クラウドが小さく呼吸を整える音が聞こえた。まるで彼自身も緊張していてそれを解そうとしているかのようだ。

 それを少し不思議に思うメロディだったが、上位貴族らしい鋭い視線を向けられると小さな疑問など霧散し、面談を受ける姿勢へ気持ちを切り替えるのだった。



 クラウドが何に緊張しているのか気が付くこともなく……。



 面談内容は基本的にライザックと行ったものとほとんど同じ内容であった。志望動機や学園で学びたい科目などを尋ねられ、メロディは淀みなく回答していく。


「優しく照らせ『灯火(ルーチェ)』」


 二人の周りを蝋燭程度の明かりの魔法が次々に浮かび上がり、クラウドから思わず感嘆の声が漏れる。ライザック同様、魔物襲撃事件の際に使用した魔法を見せてほしいと頼まれたのだ。


「これは、夜にでも見れば幻想的であろうな」


「そうですね……あ、だったらこうした方がもっと綺麗かも」


 メロディはパチンと指を鳴らした。

 すると十個の明かりが赤、青、緑など複数の色の光を灯し始めた。

 光が明滅するたびに違う色へ切り替わり、現代日本人が見ればちょっとしたイルミネーションのように感じることだろう。どちらかというとクリスマスツリーだろうか?


(ふふふ、今度お嬢様にも見せてあげようっと)


 メロディとしてはそんな軽い気持ちで見せた『灯火』イルミネーションバージョンであったが、それを目の当たりにしたクラウドにとってはそうではなかったらしい。


「これは……セシリア嬢は、本当に優秀な魔法使いなのだな。『灯火』の色を自在に操れるとは」


(あ、あれ? もしかしてこれも一般基準ではアウトなの?)


「……伯爵様、この魔法は珍しい部類に入るのでしょうか?」


「少なくとも私は『灯火』を十個同時に発動しつつ色まで変えられる魔法使いに出会ったことはないな。まあ、必要がないから実践していないだけかもしれないが」


「そ、そうですね。きっとそうだと思います」


(絶対に学園に編入して魔法の一般レベルを勉強しないと!)


 建前として用意した『魔法の勉強』というセシリアの編入目的であるが、正直なところメロディにとっても学園で魔法の勉強をすることは魔法バレ対策として必須事項だろう。

 強大な魔力と現代知識の融合によってあまりにも自由度の高い魔法を行使できるメロディは、一般レベルの魔法がどの程度なのか全く把握できていないのであった。

 一通り面談を終え、履歴書とセシリアをチラチラと見ながらクラウドは考える。


(面談をした限り人格面は問題なし。そもそもあの魔法だけでも十分に編入資格はあると考えてよいほどだ。とはいえ、一応こちらも確認しておかなくてはな)


「セシリア嬢、今からこれらの試験を受けてほしい」


「これは?」


 クラウドはローテーブルの上に四枚の紙を広げた。

 内容を見ると問題文が記されている。


「編入試験の模擬テストだ。今回の面談をした限りでは、私は君の編入を学園に推薦してもよいと考えている。しかし、編入試験は受けてもらわなければならない。だから前提として君に試験に合格できる学力があるか確かめておく必要があるのだ」


「では、このテストの回答をすればよろしいですか?」


「うむ。出題科目は学園で学ぶ共通科目から現代文、数学、地理、歴史の四科目だ。共通科目には他に外国語と礼儀作法、基礎魔法学も含まれるが専門性が高いので編入試験では省かれている。私は執務の続きを行っているので、終わったら声を掛けてくれ」


「分かりました」


 メロディがペンを持つと、クラウドは一旦ソファーから離れて執務を再開させた。執務室に二種類のペンが走る音が響く。

 メロディは試験用紙の問題を全く淀みなく、ほぼ即答の形で回答を埋めていった。


 ルシアナの家庭教師をするために一年生の教科書の内容を完全網羅していた彼女にとってこの程度のテストなど何の問題にもならなかったようである。

 メロディ・ウェーブ。魔法がなくても普通に規格外を地で行く少女がここにいた。

 結局、メロディは一時間もしないうちに全ての回答を埋め終えてしまう。


「伯爵様、終わりました」


「……早いな。では、採点しよう」


 試験用紙を受け取ったクラウドはすぐに採点を行った。そして、大変難しい表情を浮かべる。


(どこか間違っていたかな?)


「……全問、正解だ」


「ほっ、よかったです」


 胸を押さえてメロディは安堵の息を零す。


「……これならば編入試験の打診も問題なくできるだろう。これにて面談は終了だ」


「ありがとうございました、伯爵様」


「……優秀な人材を王立学園に送れるのだから何も問題ない」


 伯爵はベルを鳴らした。しばらくすると執事がティーセットのワゴンとともに入室してくる。


「面談は終了した。レクティアスを呼んできてくれ」


「畏まりました。すぐに呼んで参りますので、その間お茶をどうぞ」


 執事は二人の前に淹れ直した紅茶を置くと、再び執務室から姿を消す。静かになった室内で、メロディは淹れたての紅茶に舌鼓を打った。


(うーん、美味しい。淹れ方次第で安価な紅茶も美味しくできはするけど、やっぱり品質のいい茶葉で淹れる紅茶は一味違うわ。いつもの森に茶畑なんてあったら茶葉も自作するんだけどな)


 いくら豊かな森とはいえさすがに茶畑はないよねとクスリと微笑むメロディに、クラウドが声を掛けた。


「セシリア嬢」


「はい、伯爵様」


 メロディは首を傾げた。何の用だろうと思ったがそれだけでなく、クラウドが緊張した様子でこちらを見つめていたからだ。


「……」


「あの、伯爵様?」


「その……」


「はい」


「えっとだな……」


 ……。



 …………。



 ………………五分経過。



「……どうされました、伯爵様?」


「あ、いや、すまない!」


(レクトさんと伯爵様って似た者主従ね)


 メロディ、根気強い少女である。

 よくもまあ五分も無言のまま待ち続けられるものだ。




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