第24話 セシリア・マクマーデン
「これは?」
「伯爵閣下にお渡しする君の履歴書だね。名前や年齢、出身地など必要事項を書いてほしい」
「分かりました」
ライザックはセシリアにペンを渡した。どうやらこの場で書いてもらうようだ。セシリアが履歴書を書いている間、ライザックはレクトを隣の部屋へ誘う。
「やあ、彼女がその気になってくれてよかったよ。どうやって説得したんだい?」
「……兄上、分かっていて聞いていますよね。俺は何もしていませんよ」
「だろうね。彼女からは確固たる信念を感じるよ。しかし、昨夜私が勧めた時はあんなではなかったと思うんだが、何かあったのかい?」
ライザックが尋ねるとレクトは眉根を寄せて苛立ちを露わにする。
「……昨夜、王都に魔物が侵入した件はご存じですか」
「もちろんだとも。今、王都で一番話題になっている話じゃないか」
「実は、その魔物に襲われたのは私達が乗っていた馬車なんです」
「なんだって!? そ、それでお前は、セシリア嬢は……何ともなさそうだな」
「はい。幸い、怪我人を出さずに魔物を倒すことができました。ただ、その際に彼女は明かりの魔法を使うことしかできず、直接戦いに参加できなかったことを悔やんでいるようで」
「文官の私に戦いの話など難しいが、夜の魔物との戦闘に明かりは必須。先程彼女が見せてくれたあの魔法なら十分支援になったのではないか?」
「もちろんです。ですが、彼女はそれに満足できなかった。そういうことです……」
「……そうか。そんなことが」
あの気合の入った様子は、生々しい戦いの経験により齎されたものだったのかと、ライザックは可憐な少女を気の毒に思う。
「もう少し、こう、もっとふわっとした動機で編入を決めてもらえると嬉しかったな」
「それだとおそらく編入しないと思います」
苦笑を浮かべるレクト。彼女のことをよく理解しているのだなと、ライザックは微笑んだ。
「そうだ。確か一学期では臨時講師をしていたらしいな。二学期はどうする? セシリア嬢が学園に通いだすと寮暮らしだし、接点を持ちにくいのではないか? また臨時講師ができるよう伯爵閣下に取り持っていただくかい?」
「…………考えておきます」
すごく間が長かった。悩んでいるらしい。
とはいえ結論を急ぐ問題でもないのでライザックは気長に待つことにする。
それから二人が応接室に戻ると、セシリアは履歴書を見つめながら困った顔を浮かべていた。
「どうかしたのかな?」
「あ、子爵様。いえ、その、私の出身地についてなんですけど……私、自分が住んでいた町の名前が分からなくて」
「町の名前が分からない?」
履歴書を見せてもらうと、アバレントン辺境伯領出身とは書いてあるが、さらにどこの町で暮らしていたかまでは書かれていなかった。
「私、自分の町の名前なんて気にしたことなくて。今回履歴書を書くことになって初めてその事実に気が付きました」
「そ、そんなこともあるのだね……」
ため息を吐くセシリアに驚くライザック。しかし、外との繋がりが薄い小さな村などでは自分達の村をただの『村』としか呼ばないところもあると聞く。アバレントン辺境伯領は広い。セシリアはそういった閉鎖的な土地の出身なのかもしれない。であれば、独学で学んだ魔法の優秀さに気付いていないことにも頷ける。
ちなみにこれは真っ赤な嘘である。うっかりマクマーデンと名乗ってしまった手前、出身の町の名前まで知られては誤魔化しようがないと判断したメロディの苦肉の策であった。
「分かった。出身地に関しては辺境伯領と分かれば十分だ。そのままで構わないよ」
「ありがとうございます、子爵様」
履歴書の内容に問題がないことを確認し、その旨を伝える。
「君の履歴書を一度伯爵閣下に見ていただき、面談の日を決めることになるだろう。その際は連絡しようと思うのだが、どこにすればいいのかな」
「我が家にお願いします、兄上」
「お前の家に? ……まさか、一緒に暮らしているのかい」
「そ、そんなわけないでしょう! 連絡のためですよ!」
何とも揶揄い甲斐のある弟だと、ライザックは可笑しくて笑うのだった。
セシリアとレクトを見送ったライザックは、早速レギンバース伯爵へ連絡を取った。魔物の王都侵入事件を受け、宰相補佐である伯爵は現在王城に詰めている。
アポイントを取っても数日は掛かるだろうと考えていたが、予想外にすぐ来るようにと連絡が来た。ライザックは慌てて王城へ登場するのだった。
◆◆◆
九月一日の夕方。仕事に一段落ついたレギンバース伯爵クラウドのもとに領地の部下、ライザック・フロード子爵が訪れていた。
「お時間を取っていただきありがとうございます、閣下」
「構わない。……セシリア嬢に関する話だそうだが」
自分でもどうかしていると、クラウドは考える。突然の魔物侵入事件で宰相府も慌ただしい中、緊急性の低いライザックからの報告にセシリアの名前があったというだけで飛びついてしまったのだから。
(本当に私はどうしてしまったのだろうか……セレディアが舞踏会を早退したと時でもこんな風に気になったりしなかったというのに)
自身の薄情さが嫌になるが、それでも、クラウドはライザックの話に耳を傾けた。
「セシリア嬢を王立学園に?」
「はい。十分素質はあると思いますし、魔法の技能も素晴らしい。編入試験を受ける機会を与えてもよいと考えます」
「ふむ……」
「それに、学園卒業の肩書があった方がレクトとの婚姻で反対意見も出にくいと――」
「ああ?」
執務室にどすの利いた声が響く。
ライザックは思わずビクリと体を震わせた。
「ど、どうされたのですか、閣下……?」
「あ、いや、すまない、何でもないのだ……」
(だから、どうして私は……!)
レクトと婚姻などという言葉を聞いた瞬間、自分を制御できないほどの怒りが沸き起こった。自分の娘でもないのに、だからどうしてこんなに反応してしまうのか!?
「つきましては閣下に編入試験を推薦していただきたく、また、その前に一度セシリア嬢と面談をしていただき、試験の受験資格の有無を判断していただきたいのです」
そう告げると、ライザックはセシリアの履歴書を手渡す。
「こちらがセシリア嬢の履歴書になります」
「ああ……そういえば彼女のフルネームは知らなかったな。何々、セシリア・マク――」
履歴書にははっきりとこう記されていた。
『セシリア・マクマーデン』と。
「……マクマーデン」
「閣下……?」
履歴書を見つめたきり呆然とするクラウドを、ライザックは訝し気に見つめた。
(マクマーデン。セレナの家名と同じ? まさか親戚……のはずがない。マクマーデン家については徹底的に調べたが、セシリアなんて名前の親族はいなかったはず。では、全くの別人ということ……なのか? ……本当に?)
思い起こされるセシリアの姿。金の髪と赤い瞳の少女。その微笑みを目にした瞬間、懐かしさと切なさが込み上げてくる……なぜ?
(セシリア・マクマーデン……君は一体、何者なんだ)
履歴書の名前をじっと見つめたまま、クラウドは答えのない問いを繰り返すのだった。
◆◆◆
ルトルバーグ邸に帰ったセシリアはササッとパパッと着替えてメイド服姿のメロディへと元に戻った。ちなみに、レクトとポーラは既に伯爵邸を去り、元の生活に戻っている。
「ふふふ、何だか久しぶりな気分ね」
メイド服姿になったメロディは上機嫌で自室を出るとルシアナが待ち構えていた。
「メロディ、どうだった? 編入できそう?」
「お嬢様、使用人部屋までどうしたのですか? 編入に関してはまだ挨拶をした段階で、試験も何もまだ分かりませんよ」
「なーんだ。まあ、でも、メロディなら試験突破は確実だから近いうちに一緒に学園に通えるようになるのね! やったー!」
「お嬢様、淑女がピョンピョン跳ねるものではありませんよ! それに私はセシリアとして通うんですからその辺間違えないでくださいね」
「はーい!」
テンション高めなルシアナに苦笑しながら、二人はリビングへ向かった。
「それにしてもメロディがセシリアとして学園生にだなんて……大丈夫なのかい?」
「そうね、とても心配だわ」
事情を聞かされたヒューズとマリアンナが心配そうにメロディを見つめる。
「ご安心ください、旦那様、奥様。お嬢様の安全はこの私が守ってみせます!」
「「いや、そっちじゃなくて」」
「え?」
だったら何が心配なのだろうか。二人の意図が読めずメロディは首を傾げた。
「はいはーい! メロディ先輩がセシリアさんとして王立学園に通うこと自体は賛成なんですけど、メイドのお仕事はどうするつもりなんですか?」
手を上げてマイカが尋ねた。ヒロインちゃんが学園に通うことになるなんて、乙女ゲージャンキーなマイカにとってはウェルカム案件である。しかし、メイドジャンキーなメロディがメイド業務をほったらかして学園生活を送れるのか、甚だ疑問だった。
しかしそれは――。
「大丈夫よ、マイカちゃん。昼はセシリアとして王立学園生、そして夜はお嬢様に奉仕するメイド、メロディ。私、これからは生徒とメイドの二足の草鞋で頑張ります!」
――意気揚々と自ら労働基準法を破りに行くスタイルで解決しようとするのだった。
……この世界に労働基準法、ないけど。
「「「「却下で」」」」
伯爵一家とマイカの冷淡な声が響く。
「えええええっ!? どうしてですか?」
完璧な学園生活プランはあっさりと一蹴されるのであった。
☆☆☆あとがき☆☆☆
エピローグ前編へ続く。明日も更新します。
最新小説第3巻は9月20日(水)発売予定。
発売まであと2日!
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