第23話 ライザックに会う
夏の舞踏会が明けた翌朝。九月一日。
今日から王立学園が新学期を迎える予定だったが、なんと悲しきかな臨時休校である。
「いや、何というか、今年の学園は必ず新学期の最初にトチるよな」
「その評価は学園が可哀想よ。そもそも、この場合ゲームの方がどうかしてたのよね。春の舞踏会で襲撃事件があったのに翌朝には普通に授業が始まっていたもの。夏の舞踏会後の魔物の侵入事件があった後だって翌朝には普通に二学期が始まってたしね」
「ああ、その辺りは確かにゲームと現実で対応が違うわなぁ」
王太子クリストファーの私室。
朝早くから二人はこっそり集まって、昨日の反省会のようなことをしていた。
「マクスウェル様は呼べないわね」
「まあ、あいつがいるとゲームの話ができねえからな」
「頼りになるのだけど、こればっかりわね……昨夜の報告内容もまとめないと」
昨夜、ルシアナ達を送り届けたマクスウェルが急遽王城へ戻ってきた。侯爵家の騎士も引き連れて少々物騒な雰囲気すらあった。その姿に大体の予想が立ったクリストファー達は彼の私室にて事の経緯を聞かされたのである。
「なんか、深夜だったし結構衝撃的な内容だった気がして、あんまりちゃんと覚えてないんだよな」
「ええ、実は私も。書面に残した報告をしっかり確認しておきましょう」
二人はマクスウェルが残してくれた書類を読み直していった。
「それにしても、立ち位置的にヒロイン最有力候補のセレディア嬢じゃなくて、ルシアナちゃんとセシリアちゃんの方に魔物が現れるとはな。セレディア嬢は何もなかったんだろ」
「ええ。私が個人的に雇った優秀な人達に見守ってもらったから」
「……お前、あんまり後ろ暗い仕事とか請け負っちゃダメだからな」
「何を想像してるのよ! 商業ギルド経由で知り合った、昔魔障の地の探索をしていた人達を雇っただけよ。斥候の経験もあるからちょっとした見張りとか時々頼んでいるのよ」
「まあ、知ってるけどさ」
「だったら茶化すな!」
「んで、そいつらによるとセレディア嬢には魔物は来ず、ヴァナルガンド大森林から魔物が出てきたところも見ていないって? あそこ、メッチャ広いんだぞ。見落としたんじゃねえのか?」
「監視範囲が一部だったことは認めるわ。でも、王都へ近づくなら特にありそうなルートを優先して監視してもらったのに全く網に引っかからないとは思わなかったわ」
そこでクリストファーは嫌な予感がした。
「……まさか、転移とかできるんじゃないだろうな」
「……ちょっと、やめてよ。もしそうだとしたらもう私達には止めようがないじゃない」
「でもゲームやアニメではよくある能力じゃん。魔王が転移とか普通にやりそう」
「うわぁ、ゲーム設定には書かれていないけど確かにありそう……どうしよう」
二人はままならない現実に大きく嘆息するのであった。
「この途中で助太刀に来たリュークって男は何者なんだ?」
「ルシアナちゃんちの使用人兼護衛らしいわね。魔法も使えて凄く強かったみたいだけど」
「……なんであっちには監視を付けていなかったわけ」
「……ぶっちゃけマクスウェル様任せにしていたと反省してます。斥候は魔物の侵入ルート割り出しを優先させちゃってたから」
「そろそろ人手不足感がやばいな。もう少し仲間が欲しい気がするぜ」
「同感だわ。四月以来後手に回っている感が凄いものね。実質、何もできていないわ、私達」
「せめて聖女が誰かはっきりするだけでもかなり違うんだけどなぁ」
「……確か、戦闘終盤で急にマクスウェル様以外の攻撃が通るようになったのよね?」
「そうみたいだな。まさか、聖女の力か?」
「分からないけど……もしそうなら、ルシアナちゃんかセシリアちゃんのどちらかということになるんだけど……どっちも聖女の条件を満たしていないのよねぇ」
アンネマリーは腕を組んで悩みだした。
「どういう意味だよ?」
「聖女って、今の段階だと未覚醒状態だから一般的な魔法が使えないのよ。ゲームでは聖女専用の特殊な魔法だけが使える設定なの。もし普通に魔法が使えるのだとしたら完全覚醒していることになるけど、ルシアナちゃんもセシリアちゃんも誰とも結ばれていないでしょう? 聖女は攻略対象と愛の誓いを立てて初めて完全覚醒するんだから」
母親に大いなるメイドの誓いを立てても覚醒できることをアンネマリーは知らないというか分かるわけがない。
「確かルシアナちゃんは学園で水の魔法を使っていたし、セシリアちゃんも報告によると『
「そうなのよね。そういう意味ではセレディアさんの方がまだ可能性がありそうだけど」
「でも狙われたのはルシアナちゃん達と……分かんねぇ。今回はマクスウェルの準備が役に立ってよかったってことで済ませるしかないのかもな」
「そうなのかもね」
二人は再び投げやりなため息をつくことしかできないのであった。
「ところでこの、ルシアナちゃんが魔物をハリセンで吹き飛ばしたって、何かしら?」
「……全然分かんねえよ」
「あとこっちの、戦闘後にルシアナちゃんがスポットライトを浴びた姿が格好良かったっていうのも……」
「マックス、お前どうしちまったんだ!?」
全て事実なのだが、魔物の襲来以上に非現実的な報告を前に二人はしばし悩まされるのであった。
◆◆◆
「やあ、まさか昨日の今日で来てもらえるとは思っていなかったよ」
「申し訳ありません、兄上」
「急にお邪魔してしまい申し訳ございません、フロード子爵様」
「いや何、いつでも構わないと言ったのは私さ。何も気にする必要はないよ」
貴族区画に用意されたレクトの兄、ライザック・フロード子爵の仮住まいに弟のレクトと彼の未来のパートナー(の予定)の少女セシリアが訪ねてきたのだ。
応接室に通し、三人による話し合いが行われた。
「我が家を訪問してくれたということは、学園への編入を希望していると考えても?」
「はい。編入試験の受験を希望します」
「ふむ」
前日の舞踏会の際にセシリアに王立学園への編入を勧めたが、その時はあまり興味を持っている風ではなかったのに、今の彼女はキリリと真剣な表情をしている。
(一晩でどんな心境の変化だろうか。ふむ……)
やる気に溢れるセシリアとは対照的に心配そうに彼女をチラチラと窺う我が弟。
(とりあえずレクティアスが説得した線は薄そうだ)
我が弟ながら何とも情けないが、であるからこそ目の前の女性のように自主性のある人物の方が結婚後もよい関係を続けられるのではと、ライザックは考える。
「一応、受験理由を確認してもいいかな?」
「はい。あの後、ルシアナ様から王立学園のことを教えていただいたのです。私が持っている知識や技能はどれも独学で、今のところそれが問題になってはいませんが、確立された理論のもと、きちんと学んでみたいと昨夜思ったのです」
「ほぉ、特にどんな分野に興味が?」
「できれば魔法関連の知識と技術を学びたいと考えています」
「魔法を。セシリア嬢は魔法が使えるのかい」
「……優しく照らせ『灯火』」
セシリアが魔法を行使した。それは魔力を持つ者なら大抵の者が使える明かりの魔法。しかし、それを同時に十個発動できるとなるとまた話は別である。
「これはまた、凄いな……」
「といっても、同時に十個発動できるのはこの魔法くらいなのですが」
「いやいや、『灯火』とはいえ十個も同時となれば十分に優秀さ。誇っていいと思うよ」
「恥ずかしながら、私はこれが凄いことだとは知らなかったのです」
「……そうか。独学による弊害というわけだね」
教え導く者がいないとこういった逸材を見落とすことになるのだと、ライザックは実感した。同時に、その機会を見逃さなかった自分を少しだけ褒めてやりたい。
「だが、教えてもらえてよかった。おかげで編入の推薦がしやすくなったよ」
「それはよかったです」
セシリアは安心したようにホッと息を漏らす。その様子をにこやかに見つめていたライザックは、少し気を引き締めて説明を始めた。
「私は君に王立学園の編入を勧めたが。正直な話、私自身には君を編入させるためのコネがないんだ」
「そうなのですか?」
「ああ、だから君には一度私の上司、レギンバース伯爵閣下と面談してもらい編入試験を受ける許可を手に入れてもらう必要がある」
「伯爵様から?」
「あの方は宰相補佐。正直、王都では上から数えた方が早い地位にある方だよ。編入試験程度なら学園側へ打診することも難しいことではない」
「そんな、ご迷惑ではないでしょうか」
「もしそう感じるのであれば閣下ならきっちりお断りされるだろう。そうなってしまうと私でもどうにもならないのだが、私としては君なら問題ないと考えているよ」
「でも、少しお話しただけですのに」
「ふふ、これでも人を見る目はあるつもりさ。私が無能でないことを証明してもらえると嬉しいな」
「……分かりました。微力を尽くします」
その真剣な声音にライザックも深く頷く。
そして彼は一枚の書類を取り出した。
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