第22話 メロディの新たな決意
その後、周辺は大きな騒ぎとなった。
当然である。王都の、それも貴族区画のど真ん中に魔物が侵入したのだから。
馬が逃げ込んだことによりリクレントス侯爵家所属の騎士達が駆けつけ、メロディ達は保護されるとルトルバーグ邸へ送り届けられた。
「私はこれから王城に戻り、急ぎ報告に上がります」
「でしたら私も」
「いえ、フロード騎士爵はこちらに残ることをお勧めします。失礼だとは分かっておりますが、ルトルバーグ家の警備が心配です」
「……それは」
ぐうの音も出ないとはこのこと。
何せこの伯爵邸、世間的に護衛と知られているのは執事見習い兼護衛のリュークただ一人。実際にはメロディやらセレーナやらがいるので、王都でも指折りの鉄壁ガードなのだが、マクスウェルがそれを知るはずがない。レクトもそこまで深く理解しているわけではないので、警備の話をされては留まるしかなかった。
「マクスウェル様、明日からの学園はどうなるんでしょう?」
「本来なら明日の午前中に再入寮し、午後からホームルームの予定でしたが、おそらく臨時休校になるでしょう。王都の安全を確認できない状態で新学期を始めるわけにもいきませんので」
「また休校ですか……」
「こう何度も休校になることは早々ないんですがね」
ガッカリするルシアナを前に、どうにもならないマクスウェルは苦笑するばかりだ。
マクスウェルが去り、メロディはようやく普段の格好に戻ることができた。
鏡に向かってメイド服姿になると、深夜だというのに活力が漲ってきた気がする。
鏡に向かってニコリと微笑むが、笑顔はすぐに消えてしまった。
(今日は本当に怖かったな……)
まさか王都の中にいて突然魔物に襲われることになるとは思いもしなかった。正直、あの程度いつもの森を歩いていればたまにポンと出てくる程度の強さなので大したことはないのだが、そこにルシアナも遭遇したとなれば話は別だ。
春の舞踏会でルシアナを守り切れなかったことがいまだに尾を引いていた。ドレスや制服に付与した守りの魔法ならある程度ルシアナを助けることはできるだろうが、自分の知らないところで想定外の事態が発生した時、あの魔法だけではルシアナを守り切れないのだと知ったのだ。
亡き母との誓いであり、メロディの目標『世界一素敵なメイド』になるためには、お仕えする主の笑顔を守ることは必須事項だ。それを守れなくて何が素敵なメイドと言えるだろうか。
魔法の収納庫から今回凝縮させた黒い玉を取り出す。やはりビー玉サイズくらいの玉になったが、なぜか前回とは異なる印象を受けた。
(というか、ちょっとピリピリするというか攻撃的と言うか、拒絶されてる感じ?)
何となくこの玉は『銀清結界』の助けにはならないような気がした。少し期待していただけに思わずため息が零れてしまう。
「もしまた、黒い魔力を纏った魔物に襲われたら……それが王立学園の中で、メイドの私が入れないような場所だったら……」
メロディはルシアナについて王立学園にメイドとして入寮するが、基本的にメイドが学園の学舎に入ることは許可されていない。今のところ黒い魔力に対応できるのは自分だけ。マクスウェルが使っていたような銀の武器を使用すればある程度対処できそうだが、それもどこまでカバーしきれるかは未知数だ。
「何か、お嬢様をお守りする方法があればいいんだけど………………あっ」
メロディは何か思いついたのか自室を出て食堂へ向かった。
食堂にはメロディを除く全員が集まっていた。ショッキングな事件だったせいか、皆不安で一緒にいるらしい。
「あ、メロディ。もうメイドに戻っちゃったの?」
「ええ、ポーラ。だって私はメイドのメロディだもの」
伯爵邸にはレクトの帰りを待つポーラもいた。
「残念だわ。私としてもセシリアちゃんは最高傑作だからもっと見ていたかったのに」
「……そんなに残念がらなくてもまたすぐ見れるかもしれないわよ」
「え?」
「レクトさん」
メロディはレクトの元へ歩み寄った。とても真剣な表情のメロディに、レクトもまた気を引き締め直す。
「何だ?」
「実はお願いがあるんです」
「お願い?」
「はい。私を、いえ、セシリア・マクマーデンを王立学園に編入させてください!」
「は?」
「「「えええええええええええええええええええええっ!?」」」
突然のことにポカンとするレクト。
ルシアナ、マイカ、ポーラが驚きの声を上げた。
(セシリアとして学園に編入して、私が直接お嬢様を守ってみせるわ!)
◆◆◆
メロディ達が魔物に襲われる少し前。
ヴァナルガンド大森林にて、月光が射してできた木陰が妖しく揺らめいたかと思えば、影の奥から一人の少女が姿を現した。
セレディア・レギンバースである。
寝間着姿のまま彼女は世界一危険な魔障の地を歩く。
楽しそうに鼻歌なんて口ずさみながら。
「……ヴァナルガンドの気配がない。どこかで暗躍中なのかしら。ふふふ、好都合ね」
月の光に照らされて微笑む彼女は妖しくも美しい。周囲をチラチラと観察しながら森を歩くセレディア。そんな彼女の前に無粋な闖入者が現れた。
「グルルルルルルルル!」
ハイダーウルフと呼ばれる狼の魔物だ。別名『夜の猟犬』。闇夜に乗じて獲物を狩る危険な魔物だ。しかし、セレディアは笑顔を絶やさない。口元に妖しく手を添えて微笑む。
「まあ、怖い。ふふふふ……」
「グルルルルルルルッ!」
ハイダーウルフは愉悦を含んだ唸り声を上げた。柔らかくて美味しそうな獲物が簡単に手に入りそうだからだ。今日はツイている。そんな風に考えたのかもしれない。
それが、とんだ勘違いだとも気付かずに……。
獲物を軽く見ているハイダーウルフは気付かない。妖しく口元に伸びた手。その指先の爪が根本から黒く染まりつつあることにも。彼女が内包している圧倒的魔力の存在にも。
「グラアアアアアアアアアアア!」
ハイダーウルフは吠えた。そしてセレディアに向かって突進してくる。命が惜しければ選べる選択肢は逃走あるのみ!
「でもあなた、囮なのでしょう?」
ハイダーウルフの突進を軽やかに一歩飛び退いて躱すセレディア。それを待っていたかのように、事実待っていた残り四体のハイダーウルフが宙に浮くセレディアを目掛けて四方の木の枝から飛び掛かってきた。
セレディア、万事休す!
なんてハイダーウルフ達は考えながら柔らかい肉を貪ろうと思っていたのかもしれないが、彼らがそれを実現することはできなかった。
「ふふふ、さあ、おいで。私の可愛い猟犬達」
「「「「「ギャワアアアアアアアアアアン!?」」」」」
それは一瞬の出来事だった。セレディアがその手を天に掲げた瞬間、彼女の五本の指先から真っ黒な線が飛び出した。天へ昇り、曲線を描いて大地へ落ちるそれは迷うことなくハイダーウルフの心臓を貫く。
ふわりと軽やかに着地し終えた時、立っているのはセレディアだけであった。黒い線、いや、黒く染まり、長く伸びたセレディアの爪に心臓を貫かれたハイダーウルフは、全身を痙攣させながら倒れ伏している。
黒い爪は血管でもあるようにドクドクと脈打ち、何かがハイダーウルフの中に流し込まれているようだった。
やがて靄のような黒い魔力が狼達から溢れ出し、ハイダーウルフは何事もなかったかのように立ち上がるとセレディアの前に整列してそっと顔を伏せた。
「ふふふ、いい子ね。私の『猟犬』達。では、何をすればよいか分かるわね?」
セレディアの視線は、彼女が姿を現した木陰へ向けられていた。狼達は了解とばかりに頷くと列をなして影に吸い込まれるように木陰の奥へと消えていく。
それを見終えると、セレディアもまた影の向こうへ姿を消してしまうのだった。
レギンバース伯爵のセレディアの部屋。
部屋の隅の影から五体のハイダーウルフ、そしてセレディアが姿を現す。
「さあ、行きなさい。そして、邪魔者を排除するのよ」
部屋の窓を開き、五体の狼は軽やかに飛び出していった。
セレディアの邪魔者を亡き者にするために。彼女は踊る、部屋の中をたった一人で。
「セシリア、それは私の名前……私が与えられるべき名前」
セレディアは歌う。誰にも聞こえない小さな声で。
「夏の舞踏会では、マクスウェル様からパートナーに誘われるの。そうでなければいけないの。だって私は……」
セレディアは窓から見える月を見上げた。そしてクスクスと嗤う。
「この世界のヒロインは私……誰にも渡さない……それがあなたの望み。そうでしょう? レア」
月の光がセレディアを照らし、床に影を作る。
だがそれはグニャリと歪み、まるで狼のような異様な姿を象るのであった。
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