第21話 ルシアナinスポットライト

 ルシアナの参戦に度肝を抜かれた面々であるが、戦闘が始まってしばらく、戦況は膠着状態に陥っていた。


 やはりこちらの攻撃が通らないことが大きな要因だろう。いくら牽制し、いくらハリセンツッコミをしようとも実質的なダメージとなっていないのだから狼達も強気になる。

 とはいえ、こちらにも活路があることは分かっている。マクスウェルだ。ハイダーウルフ達はマクスウェルの剣だけは絶対に受けないよう気を付けていた。


 なぜなら――。


「はあっ!」


「キャインッ!?」


 彼の剣だけはなぜか攻撃が通るからである。


「マクスウェル殿の攻撃だけなぜ。剣に何か秘密が? ……その剣身、まさか銀ですか?」


「ええ、元々馬車の安全を願う儀礼剣の一種なんです。緊急事態で使いましたが、まさか効果があるとは驚きです」


 もちろんそんな事実はない。ゲームイベントで発生するかもしれない襲撃事件のために、予め用意しておいたものだ。


(この剣が有効ということは、やはり二人の言う通り魔王が関係しているということか)


 二人が見る夢と多少差異はあるものの、少しずつ、着実に魔王復活の未来が近づいているのだとマクスウェルは思った。


「キャワウン(何なのだろうな、あいつら)」


 当の魔王様は聖女様の腕に抱かれながら戦況を見つめていたりするわけだが。


(我の魔力に似ているが、この前の奴とも少し違う気がする。あの纏わり具合からすると眷属の類か。だが、なぜこいつらを襲う? ましてや聖女相手にこんな雑魚を送ったところで瞬殺されるのがオチだというのに……ああ、そうか)


 グレイルは何かに気付いたのか、子犬なりにニヤリと嗤った。


(どこのどいつか知らんが、聖女に気付いていないのだな。気付いていてこんな小物を差し向けたのだとしたらとんだ馬鹿野郎じゃないか。そうさ、我にだって普段のこいつからは聖女の気配など感じないのだ。余程最初から疑ってかからん限り、この娘が聖女だなんて気付くまいよ)


 メロディの腕の中でグレイルはクククと嗤う。


(突然近くで我に似た魔力が現れたから来てみたが、どうも臭いがあまり美味そうでもない。前の奴の方がマシだったな。クク、我さえ敵わぬ聖女を前にあっさり敗れるがいい!)


「ワキャキャキャキャむぐっ」


「もう、ちょっと黙ってて、グレイル」


 瞳に魔力を集中させたまま、メロディは戦況を見つめていた。


 正直なところ、あの程度の魔物などメロディにとっては大した敵ではない。

 必中の弾丸『誘導魔弾ミシレグィダート』でも使えば瞬殺ポンである。

 メロディの魔力は黒い魔力を退けることができるので、おそらく着弾と同時に黒い魔力は剥がれ落ち、魔物の肉体にダメージを与えることができるだろう。


 だが問題は、どうやって『誰にも知られずに魔物を倒すか』なのだ。魔法バレがメイド人生終了に繋がっている以上、セシリアに扮しているとはいえ事情を知らない者の前での魔法行使はご法度である。


 とはいえその対象はマクスウェルなので案外大丈夫かもしれないが、彼が大丈夫でも他の繋がりからメイド人生終了のお知らせが来ないとも限らない。侯爵家嫡男とはそれほどに重要な立ち位置なのだから。


 それに、道の真ん中で戦闘をしている以上、そろそろ周囲が騒いでもおかしくなかった。貴族区画であるため屋敷の間隔が広く、庭の向こうに屋敷があったりするので案外まだ騒がれてはいないが、いつ誰の目があってもおかしくない。何より深夜に十個の『灯火ルーチェ』があるのだから目立たないわけがないのだ。


(何かいい方法はないかな。レクトさん達自身で倒せるのが理想的なんだけど……)


 メロディはマクスウェルの戦闘を見た。彼が持つ銀の剣はメロディの瞳ではほんのり白い光を帯びているように見える。


(あれ、私の魔力の色に少し似てる気がする……そうか、だからマックスさんが攻撃すると私の魔力みたいに黒い魔力を押し退ける効果があるんだ。それで攻撃が通るのね)


 他の皆も同じような状況になれば、実力的に倒すことは可能だろう。


(でも、どんな魔法でどうやったら誰にもばれずにできるんだろう……?)


 メロディの魔力を皆に纏わせる……全員が白銀の光を纏って凄く目立ちそうな未来が想像できてしまったので却下である。


 メロディが魔法で姿を消して魔物を倒す……ばれないかもしれないがすっごく不自然。謎が深まりあらぬ疑いを掛けられる可能性が無きにしも非ず。よって却下。


(ううう、どうすればいいの? 急がないと敵を倒せない以上いつかこちらに限界が来る。早く何か方法を考えないと……もう! あんな黒い魔力、なくなればいいのに! あれ?)


 今、何かがピンときた。何に……? 今、自分は何と考えた。


「……あんな黒い魔力、なくなれば……あああっ!」


「グピエエエッ!?」


「あ、ごめんね、グレイル!」


 ハッとして思わず力いっぱいグレイルを抱きしめてしまった。ゆっくりと座席に下ろし、メロディは戦いの場に目を向けた。


(もう、私ってば何でこんな簡単なことに気が付かなかったの!? そう、邪魔なのはあの黒い魔力なんだから、引き剝がしてしまえばよかったんだわ!)


「魔力の息吹よ舞い踊れ『銀の風アルジェントブレッザ』」


 戦場に一陣の風が吹き抜ける。メロディの魔力を帯びた風だ。伯爵領の畑を黒い魔力が汚染した際、それを作物から引き剥がすために使用した魔法である。『銀の風』などと銘打っているが、実際には無味無臭無色透明なただの風なので、おそらく周囲に気取られる心配はないだろう。


『銀の風』が魔物に当たり通り抜けていく。風を受けた黒い魔力はテーブルに溜まった埃のように簡単に魔物から剥がれ落ちた。そして魔物を通り抜けた後、『銀の風』は黒い魔力を上空へ集め、以前同様一つに凝縮させていく。


(もしかしたら『銀清結界』の発動の役に立ってくれるかもしれないし)


 そして、大方の黒い魔力が狼から抜けた時だった。


「ふんっ!」


「ガアアアアアアッ!?」


「ん、通った?」


 リュークの剣がハイダーウルフの胸を貫くと、狼は絶叫を上げてそのまま動かなくなった。残り四体のハイダーウルフがギョッと驚いたように身を固くする。


「隙あり!」


「ゴプォオオオオッ!?」


 レクトは腕に集めた魔力をハイダーウルフの顔面に叩き込んだ。吹き飛んだ狼を逃がさず、跳躍すると今度は足に集めた魔力で渾身のかかと落しを脳天にお見舞いした。


 そして、それきりハイダーウルフは動かなくなるのであった。


「何だかよく分からないが、攻撃が通るようになったな!」


「助太刀する」


 レクトとリュークは三体のウルフと戦っていたルシアナとマクスウェルの方へ走り出した。敵に直接ダメージを与えられるマクスウェルに三体の魔物が襲い掛かり、そのうち一体をルシアナが引き受けたのだが、さすがに二対一では決定打を与えることができず戦況が膠着してしまったのである。


「……いきなりどうしてこうなったのかは不明ですが、どうやら形勢逆転のようだね」


 マクスウェルの下にレクトが飛び出し、二体のうち一体を押し留めた。一対一となったマクスウェルは遠慮なしに剣を振るう。


「はああああっ!」


「ギャイイインッ!」


 二対一ならともかく一対一で、闇夜に紛れる特性も活かせない状況のハイダーウルフに後れを取る彼ではなかった。一閃の元に切り伏せる。レクトもまた肉弾戦でハイダーウルフを制した。


「よーし、こっちの攻撃が通るなら勝負あったわね。食らいなさい!」


「ギャピイイイイイイイン!?」


 渾身のフルスイングがハイダーウルフを襲った。道の端に転がった狼はピクピクと痙攣しているが怪我はないようだ。


「あれー? 攻撃が通るようになったんじゃなかったの!?」


「ルシアナさまー! そのハリセンは『非殺傷型拷問具』ですから誰かを傷つけることはできませんよー!」


 馬車から届くセシリアのセリフにマクスウェルは「えっ?」と一歩後退った。


「あ、そうだった。もう、リュークお願い!」


「了解した」


 痙攣していた最後のハイダーウルフの胸に剣を突き立てるリューク。そして戦闘音も収まり、周囲に静寂が戻ってきた。そしてルシアナが拳を上げて叫んだ。


「私達の勝利ね!」


 これがゲームだったらきっと勝利のBGMが鳴り響いたことだろう。それくらい、その時のルシアナはカッコイイとメロディは感じたのである。


 だから思わず、拍手喝采をしながら十個の『灯火』をスポットライトのようにルシアナに照射してしまったのは仕方のないことだった。




☆☆☆あとがき☆☆☆

最新小説第3巻は9月20日(水)発売予定。

発売まであと8日!

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書籍未収録『アンネマリーのドキドキ休日デート』がマンガに!

10月2日(月)午前11時までの限定公開です。

コロナEXでもご覧いただけます。(期間不明)

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