第20話 ハリセン戦士ルシアナ

 馬車が止まった。襲撃で興奮した馬をどうにか宥めるところまでは頑張ったが、殺されそうになった恐怖に耐えきれず御者は気絶してしまったようである。

 予想外の存在の登場に臆したのか残り四体のハイダーウルフは馬車から離れて動きを止めた。


「リューク!」


 慌てて馬車から降りたメロディが声を掛けると、リュークがこちらに駆け寄ってくる。


「メ……セシリア様、ルシアナお嬢様、お怪我は?」


「私もルシアナ様も無事よ。ありがとう、リューク。でも、どうしてあなたがここに?」


 ルトルバーグ邸まではまだ距離がある。なぜリュークがここにいるのだろうか。すると彼は背中に乗っかっていた子犬をひょいと掴むとメロディの前に突き出した。


「こいつが突然遠吠えをしたかと思ったら屋敷を飛び出したんだ。マイカに言われて慌てて追いかけたんだが、そうしたらこの現場に遭遇した」


「さっきの遠吠えはグレイルだったのね」


「何? もしかして私達の危機に気が付いて助けに来てくれたとか? まさかね。たまたまにしろ助かったわ。ありがとう、グレイル」


「キャワワン!(やめんか小娘!)」


 お礼を兼ねてルシアナが頭を撫でてやるが、グレイルは嫌そうに首を振るのだった。


「もう、いつの間にか可愛くなくなっちゃって。でも、リュークが来てくれたおかげであの狼も残り四体になったわね。これなら何とかなるかしら」


 助けが来て少し気が楽になったのかルシアナがそう口にするが、リュークは眉をピクリとさせて残念な知らせを告げた。


「……四体じゃない。五体だ」


「え? だってあの狼はリュークが――ええっ!」


 道路の端に倒れていた、リュークに剣で脇腹を貫かれたはずのハイダーウルフは何事もなかったかのように起き上がると残りの四体の下へと合流していった。五体の魔物はこちらを睨むもののまだ襲ってくる様子はない。


「なんで!? しっかり刺さってたよね? 剣に魔力を籠めなかったの?」


 魔物を倒すには魔力が必要となる。魔法で攻撃するか、武器に魔力を纏わせるか。それをしないと不思議なことにいくら強力な物理攻撃をしてもせいぜい牽制にしかならないという理不尽な存在。それが魔物なのだ。


「いや、剣に魔力はしっかり這わせていた。だが、腹を貫いても手応えがなかった」


「そんな、どうして……」


「……剣の手応えが、の雰囲気に似ていたんだ」


「あれ?」


 ルシアナとメロディはキョトンとして再び狼の方へ視線を向けた。攻撃が通らない危険な狼……それは……とある存在が脳裏を過る。


「まさか、あれって……あの黒い狼のこと!?」


 ルシアナはハッとしてメロディを見た。頷き、魔力を瞳に集めて狼を視る。


「……あります。あの時と同じ、黒い魔力が狼を覆っています」


「えええっ!? じゃあ、あれもそういう感じのあれなそれってこと!?」


「お嬢様、どれがあれでそれなんだ?」


「と、とにかく、あの狼があいつと同じ存在だとしたらまずいわよ。あいつ、私やリュークの攻撃が全然効いていなかったんだもの。どうにかなったのはメロディのその……」


「ああ、ランドリ」


「究極のハウスメイドの力のおかげだもの!」


 今、リュークがとても恐ろしいことを言おうとしたのでルシアナは慌てて彼の口を塞いだ。『だからお前黙れや!』と、射殺すような視線を向けることも忘れない。

 あいつを倒すにはメロディの最終奥義に頼るしかないと考えるルシアナだったが、メロディは申し訳なさそうに俯いてしまう。


「申し訳ありません。あの魔法、あれ以来一度も上手く使えなくて」


「……そ、そんな。どうしよう」


 万事休すな状況に顔を青褪めさせるルシアナ。そんな中、突然馬が嘶いたと思ったら馬車から綱が外され、馬が一目散にその場を去って行ってしまった。


「ええええっ!? 今度は何?」


 その直後、レクトとマクスウェルがこちらに合流してくる。


「この状況ですからね。馬は逃がしました。緊急時は我が家へ逃げ込むよう訓練してありますから、運が良ければ助けが来るかもしれません」


「御者は馬車の中で寝かせてある。それはそうと、確かリュークだったな。なぜここに?」


「あなたが来てくれたおかげで我が家の御者が死なずに済みました。ありがとうございます。それで、今の状況を説明していただけますか」


 メロディ達は例の黒い狼の件を伏せて現状を説明した。


「……そうですか。魔力を乗せた攻撃が通用しない。とはいえ、生き残るためには戦う以外に道はないですがね。リュークと言ったね。君を戦力として数えても?」


「ああ、問題ない」


「これで五対三。少しはマシになりましたね……とはいえ、こう暗いと厳しいですね」


 現在、この場の明かりはメロディが出した『灯火ルーチェ』のみ。地球のように均等に街灯が並んでいるわけでもなく、ましてや今は真夜中。他の家の明かりさえ見当たらない。

 馬車を走らせていた時は御者による指向性の明かりの魔法で前は見えていたが、気絶してしまった今、少し離れたハイダーウルフの姿を捉えることも一苦労だった。


「でしたらそれは私が。『灯火』」


 メロディを囲うように一つ、また一つと『灯火』が生まれる。最終的に十個の『灯火』が発生し、それらが宙に浮かぶとメロディ達と狼を囲むように辺りを照らし始めた。


「これなら見えるかと」


「これは、凄いな。セシリア嬢は優秀な魔法使いなのですね」


「え?」


「初級とはいえ魔法を同時に十個も並行発動できるとは。学園生でないのが勿体ないくらいですよ」


(ええええ? これでもダメなの?)


 正直、メロディにかかれば『灯火』を百だろうと二百だろうと余裕で同時発動可能だ。まさか、たかが十個くらいで称賛されるとは予想外である。


「お、お褒め戴き光栄です……」


 引き攣った笑顔でそう返すことしかできないメロディであった。


「ともかく、これでまともに戦うことはできそうですね」


「ええ。ハイダーウルフは闇に紛れて獲物を狙う夜の猟犬です。隠れることができない戦場は奴らの長所を奪うことになる。少しこちらに有利になりました……攻撃が通ればですが」


「……それは試してみるしかないでしょう」


 リュークとマクスウェルが剣を構え、レクトは空手のような構えを取る。


「お二人は馬車の中へ。安心してください。絶対にここは通しませんから」


 安心させるようにマクスウェルが優しく微笑んだ。しかし、こんな窮地においてルシアナにそんな笑顔は通用しない。


「お断りしますわ」


「え?」


 ルシアナが前に出る。扇子を取り出し、魔力を流しながらスナップを利かせて手首を振ると扇子はハリセンに姿を変えた。


「は? ……何ですか、それは」


「私の武器。ハリセンです!」


 ルシアナがハリセンを打ち鳴らす。小気味よい『スパン!』という音が辺りに響いた。


「ハリセン? ……何だかよく分かりませんが、そのようなもので女性を戦わせるわけにはいきません。下がってください」


 だが、ルシアナはキリリと目を細め、マクスウェルを睨んだ。


「お気持ちだけ受け取っておきますわ。文句は戦闘が終わった後にお聞きします。あ、セシリアさんは明かりの魔法を維持してほしいから馬車に下がってくださいな。あなたの魔法が切れたらそれこそ私達の死活問題ですもの」


「えっ! おじょ、ルシアナ様! 私も一緒に――」


 言い返そうとしたメロディを前に、ルシアナはそっと小声で話しかける。


「あなたは後方から戦いを観察して、どうにか打開策を考えて。私達でどうにもならなかったら、この場を解決できるのはあなただけなの。お願い、メロディ」


「……分かりました。お嬢様のドレスには守りの魔法が掛かっていますので最悪の事態にはならないと思いますが、気を付けてください」


「ありがとう! 行ってくるわね!」


 メロディを馬車に残して、ルシアナはマクスウェル達の方へ駆けだした。


「ルシアナ嬢、私はあなたの参戦を許していないのですが」


「マクスウェル様に許していただく必要はありません。ここは私の戦場ですもの」


 ルシアナのあまりにも臆さぬ態度にマクスウェルは虚を突かれた。そして、それを隙とでも認識したのか、五体のうち一体のハイダーウルフがマクスウェルに向かって飛び出した。

 マクスウェルは慌てて剣を構えるが、それよりも早く、ルシアナが一歩前に踏み出す。


「どうしても私を戦場から遠ざけたいのなら、私よりも早く魔物を倒してくださいませ」



 そしてルシアナは――踊った。



 メロディ直伝ダンスのステップを活用した歩行術。魔王ガルムとの戦闘で覚醒したルシアナは軽やかで切れのあるステップで以ってハイダーウルフの側面を捉えた。


「いい加減に、しなさーい!」


「ギャピイイイイイイイン!?」


 狼の脇腹に『スッパーン!』とハリセンツッコミがジャストミート。テニスの片手バックハンドのように振り向かれたハリセンによって、ハイダーウルフが悲鳴を上げながら道路の端へ吹き飛ばされていく。


「「は?」」


「「「「バウ?」」」」


 それを初めて目にしたレクトとマクスウェル、そして四体のハイダーウルフから疑問の声が零れ落ちた。

 ハリセンツッコミを受けたハイダーウルフは怪我こそしていなさそうだが、予想外の痛みと衝撃のせいで道路の端でピクピク痙攣していた。


「さあ、次は誰をツッコんでやろうかしら! 死にたい奴から前に出なさい!」


「もう、ルシアナ様ったらあんな言葉遣いどこで覚えてきたんですか!」


 ポカンとする一同の後方から場違いなツッコミが周囲に木霊する。


 金髪の美少女に戦場の主導権を奪われた瞬間であった。

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