第15話 イケメン皇女がやってきた!

 シエスティーナとアンネマリーによるファーストダンスが始まった。

 ルシアナを含め多くの人間がその美しいダンスに魅了される。

 そんな中、メロディは首を傾げていた。


(あのダンス、どこかで見たような……?)


 不思議な既視感を覚えるが、帝国皇女のダンスを見るのはこれが初めてのこと。見覚えなどあるはずがないのだが……やはり、どこかで見たような気がしてならない。

 結局、答えが見つかることなくファーストダンスは終わってしまうのだった。


「うーん、ちょっともやもやする」


「何がだ?」


「何と言えばいいのか、こう、歯と歯の間に食べ物が挟まってなかなか取れない時の心境に似ているというか何と言うか……え?」


 自分は誰と話しているのか。ハッと声の方を振り返ると、心配そうな顔でこちらを見下ろすレクトの顔があった。

 ちなみに、立ち位置としてはメロディの左にルシアナ、右にレクトがずっといた形である。国王の挨拶の間、メロディはずっとルシアナと小声で会話していたので彼はずっとそれが終わるのを待っていたのだ。何という健気! ……いや、ヘタレか?


「すみません、レクトさん。ちょっと考え事をしていました。大したことじゃないです」


「問題はないのか?」


「はい」


 実際、シエスティーナのダンスが少し気になっただけのこと。問題ですらない。


「そうか。だったら、その、いいだろうか?」


「はい?」


 メロディからチラッと目を逸らしつつ、レクトは手を差し出した。一瞬、何をしているのかと疑問に思うが、会場に音楽が鳴り始めたことでようやく気が付く。

 ダンスの誘いなのだと。

 何とも不器用な誘い方に、メロディは思わず笑ってしまった。


「ふふふ。ええ、私は全く問題ないのですけど、舞踏会のマナーをお忘れではないですか」


「――っ。……セシリア嬢……私と、踊っていただけますか」


「はい、喜んで」


 差し出された手を取り、メロディとレクトはダンスフロアへ歩を進めた。視界の端で、ルシアナがマクスウェルにダンスを申し込まれてあたふたしている姿を横目にしながら。


(お嬢様、そこはさすがにメイドのフォロー範囲外ですから頑張ってください!)



◆◆◆



「もう、メロ、じゃなくてセシリアさんったら! ちゃんと私をフォローしてよー!」


「……ルシアナ様、あれはさすがに自力で対応すべきところですよ」


 メロディ達のダンスが終わると、ルシアナは顔を真っ赤にさせてメロディに向かってきた。入場時に緊張していたのを落ち着かせるくらいならメロディもフォローできるが、パートナーからダンスに誘われて、その対応にまでフォローできるかといえば、正直無理な話である。

 本当はルシアナも理解しているだろうが、恥ずかしさからかメロディに可愛い八つ当たりをしているに過ぎないので、メロディは眉尻を下げながらも笑顔で答えた。


「いやあ、さっきのダンス、二人とも凄く目立ってたわね!」


 ダンスを終えたメロディ達のもとへベアトリス達が集まる。


「二組で息の合ったダンスをしていましたものね。ドレスがお揃いだったから余計にそう感じました。今踊っていた方々の中ではひと際輝いて見えましたわ」


「ふふふ、ルシアナとセシリアさんのペアで踊っていたらさっきのファーストダンスに匹敵する注目度だったかもしれないわね」


 ミリアリアとルーナも口々に二人を褒め称える。


「そ、そりゃあ、私とセシリアさんならどんなペアよりも素敵なダンスになるかもしれないと思わなくもないような気がしないでもないような?」


「どっちよそれ?」


 照れているのか、髪をクルクルと指で回しながら語るルシアナにベアトリスは呆れ顔だ。


「それはそうと、皆さんは踊らないのですか?」


 先程の音楽でダンスに参加したのはメロディとルシアナだけで、ベアトリス達やセレディアもダンスホールへ足を運んでいなかった。


「踊りたいのはやまやまなんだけど、パートナーの兄がどこにいるのやら」


「私もベアトリスさんのお兄様、チャールズさんが私のパートナーの従兄、リーベルをどこかへ連れて行ったきり帰ってこないんです」


「う、うちの兄がごめんね、ミリアリア」


「私は父がエスコートしてくれたんだけど、挨拶回りに行って以来帰ってこないのよ」


「ルーナ様のところも?」


「夏の舞踏会は春の社交界デビューと違ってパートナー必須というわけでもないから、案外踊らない人も結構いるらしいわ。あまり気にしなくてもいいんじゃないかしら?」


「そういうものなのですね。あれ? では、セレディア様は?」


 ベアトリス達が踊らない、というか踊れない理由は分かったが、セブレというパートナーがいるセレディアはなぜ踊らなかったのだろうか。メロディが尋ねるとセレディアは少しだけ悲しそうに眉を下げて、俯きがちに答えた。


「私は、その……踊れないのです」


「踊れない?」


「ええ、実は私、十日ほど前に父に引き取られたばかりで、それまではずっと平民として暮らしてきたんです。だからまだ、ダンスの練習はできていなくて」


「そうだったんですか」


「明日からの王立学園編入前にお披露目だけでもということでこの舞踏会にも参加させていただいたのですが、十日程度では付け焼刃の礼儀作法を学ぶのが精一杯で、とてもダンスの練習に割く時間は用意できませんでした」


「十日で礼儀作法を習得するのだって厳しいもの。ダンスの練習ができなくても無理ないわ。では、セブレ様はセレディア様にダンスのお誘いが来てもお断りすることがパートナーとしての主な役割ということですか」


 ルーナが尋ねるとセブレは重々しく頷いた。


「お嬢様に『踊れないから』という理由で何度も断らせるわけにはいきませんから」


「そうですね。淑女の体面を保つためにも、その方がよいでしょう」


「それに私、恥ずかしながら体があまり丈夫ではなくて。今はダンスができるだけの体力をつけるのが先だと言われているんです」


「まあ、それは大変ね」


 ベアトリスが心配そうに見つめ、セレディアは寂しげに微笑んだ。


「ええ、次の舞踏会までにはせめて一曲踊れるくらいにはなりたいものです」


「次っていうと、秋に舞踏会はないから冬ね。十二月の冬の舞踏会ならまだ日もあるし何とかなるんじゃないかしら」


「はい、頑張ってみます」


 励ますルシアナに、セレディアはやはり寂しげに微笑むのであった。


「ふふふ、セレディア様のダンスが見れる日が楽しみですね。その時私はいないでしょうがセレディア様の成功をお祈りさせていただきますね」


「「「「え?」」」」


 メロディの発言に、ルシアナを除く女性陣から疑問の声が上がる。


「セシリア、冬の舞踏会には参加しないの?」


「はい、ベアトリス様。そもそも私は平民ですし、今回もレクトさん、じゃなくてレクティアス様にたまたまパートナーがいらっしゃらないのでやむを得ず出席することになっただけですから」


「そうそう、セシリアさんはパートナーがいないレクティアス様が可哀想だから、仕方なく、パートナーをしてあげているだけで、一切の他意はないのよ」


「……ルシアナ、メチャクチャ棘のある言い方ね。それはそうとセシリアさん、もしかして普段はレクティアス様のことを『レクトさん』と呼んでいるの?」


「ええ、身分違いで不敬かと存じますが、レクティアス様は私のことを友人と思ってくださっているので、普段はそう呼ばせていただいているんです。この場には相応しくないのでそのような呼び方は控えていたんですが、思わず。失礼しました」


「そう、レクトさんと……」


「たまたまパートナーがいなくてやむを得ず」


「友人、ねぇ」


 ベアトリス、ミリアリア、ルーナの視線がレクトへ向けられた。三人はサッと扇子を取り出して口元を隠すが、その瞳は弧を描いており、何を考えているかは丸分かりであった。


(ハウメア様やクリスティーナ様と同じ気配がする……!)


 春の舞踏会にて揶揄われた記憶が蘇る。何歳であろうとも女性にとって恋バナは美味しい果実なのであった。


「……セシリアさんは、嫌々レクティアス様のパートナーとして舞踏会にいらしたの?」


 メロディの説明をどう捉えたのか、セレディアがそんな質問を投げかけた。


「いいえ。平民の身でこのような華やかな場に誘われたことには大変驚かされましたが、友人からの頼みですもの、嫌々なんてことはありませんよ」


(お嬢様のフォローにちょうどよかったし)


 どこまでもメイド本位な少女、メロディである。


「そう……」


「……セレディア様?」


 どこか上の空な雰囲気のセレディア。体が丈夫でないと聞いたので、体調でも崩したのかと心配になるが、彼女はすぐに表情を取り戻した。


「変な質問をしてしまってごめんなさい、セシリアさん」


「い、いいえ、それは構いませんが、体調は大丈夫ですか、セレディア様」


「ええ、途中で退場させていただくことになるでしょうけど、まだ大丈夫よ。心配してくださってありがとう」


「いえ、それならよかったです」


 寂しげな笑顔を浮かべるセレディアに、メロディも微笑みかける。

 しばらくダンスに参加せずに皆で歓談していると、新たな人物が現れた。


「あら、皆さんお揃いね」


「アンネマリー様! それにクリストファー殿下も!」


 声を掛けられたルシアナが驚きの声を上げると、全員がサッと姿勢を正す。


「そう堅苦しくなる必要はないよ。今日は皆に私達の新たな友人を紹介しに来たんだ」


 クリストファーがそう告げると、彼の後ろから麗しき美丈夫、でなくイケメン美少女シエスティーナが姿を現した。


「初めまして、皆さん。ロードピア帝国第二皇女、シエスティーナ・ヴァン・ロードピアです。明日から王立学園に私も通うことになるので、どうぞよろしく」


 女性らしい柔らかさと男性らしい色っぽさを兼ね備えた笑顔がキラリと光り、ベアトリス達は黄色い悲鳴を上げそうになるのを必死に堪えることとなった。


 ちなみに、マクスウェルの美貌で耐性ができたと思われるルシアナと、そもそもイケメンに心動かされたりしないメロディはこれに含まれていない模様。

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