第14話 夏の舞踏会開催
「静粛に!」
国王の後ろに控えていた宰相、リクレントス侯爵の一喝が会場に沈黙を齎す。宰相の視線に促され、国王は一つ咳払いすると大扉に向けて右手を翳した。
「では、この出会いが新たな帝国との関係に繋がることを願う。大扉を開け! シエスティーナ・ヴァン・ロードピア第二皇女、入場!」
壇上の真正面にある大扉が開き始めると、楽団による演奏が始まった。
「一体どんな方なのかしら」
「アンネマリー様を押しのけて正妃の座に着こうというなら余程の方でないと認められないわ」
開く扉を見つめながら周囲からそんな言葉が耳に入る。そして扉が開ききった時、とうとう目的の人物が姿を現して……。
「「「え?」」」
会場が一瞬、疑問の声で埋め尽くされた。
「客人としていらしたのは皇女殿下ではなかったのか……?」
「どうしてアンネマリー様が……一体何が起きているの?」
周囲から困惑の声が漏れ出す。なぜなら、大扉から現れたのは女性ではなかったからだ。クリストファーのようにビシッと皇子の正装を着こなす人物。その傍らでエスコートされているのは、驚くべきことにアンネマリー・ヴィクティリウム侯爵令嬢。
煌めく金の髪を靡かせながら、その人物はアンネマリーとともに国王の下へと歩を進める。その傍ら、鋭くも艶めかしいアイスブルーの視線が周囲の女性の心を深く突き刺した。
「ああ、なんて蠱惑的な瞳なのかしら……」
「何もかも見透かされそうで怖いわ。でも、目が離せない」
相手を見定めようと先程まで多くの者が有していた敵愾心が、現れた人物のあまりのインパクトにあっという間に霧散してしまった。
今はもう、煌めく金の髪、透き通った白磁の肌、鋭くも麗しいアイスブルーの瞳を持つ中性的な顔立ちの客人への興味の方が勝ってしまっている。
「アンネマリー様が呼ばれたのはあの方のパートナーを務めるためだったのね。でも、国王陛下は皇女殿下と仰っていたのに、どうして皇子が? 皇女殿下はどうしたのかしら?」
ゆっくりと壇上へ向かう二人を見つめながら、ルシアナは首を傾げた。しかし、メロディの『メイドアイ』は騙されない。
「……ルシアナさん、あの方、女性ですよ」
「え? …………えっ!?」
ルシアナはギョッと驚いて改めて目的の人物を凝視した。中性的で美しい顔立ちをしており、男性にも女性にも見えて判断が難しい。
「……本当に女性なの?」
「というか、特に隠しているとも思えません。服装は男性のものに近いですが、体のラインはしっかり女性のものですし、胸だって別段隠している様子もありませんし」
「……あ、ホントだ」
改めて、女性だと思って見てみると丸みを帯びた女性らしい曲線がはっきり視認できた。デザインは男性向けだが、きちんと女性の体型に合わせた服を身に纏っているようだ。
「どうして男性だなんて思ったのかしら」
「おそらく仕草のせいです。何と言えばいいのか、凄く女性受けを意識した振る舞いをしているように感じます。女性が考える理想的な男性像を演じているような……」
「よく分からないけどつまり、あそこにいる方は国王陛下が仰る通り、帝国第二皇女シエスティーナ・ヴァン・ロードピア殿下で間違いないってことね」
「おそらく」
その姿はまさに男装の麗人。アンネマリーをエスコートする姿も大変絵になっている。
「でもこれでアンネマリー様が急遽国王様から呼び出された理由が分かりましたね。きっと皇女殿下の同伴者を誰にするか今日に至るまで決められなかったんだと思います」
「確かに。普通に考えたら隣国の皇女が来たんだから王太子殿下がエスコートをすればいいんでしょうけど、男装している皇女様をクリストファー様がエスコートする光景は何だか違和感があるものね」
「エスコート相手を女性にするか男性にするかで物凄く揉めたんでしょうね」
「その結果が急遽アンネマリー様をエスコートしての登場ってことか。アンネマリー様も大変ね。でも、どうして皇女様はあんな格好をしてるのかしら?」
「どうしてでしょうね」
「……それはともかく、なぜかしら」
「どうかしました?」
「……皇女殿下を見ていると、無性にイラっとするのよね。なぜかしら?」
「え? 本当になんでですか?」
疑問に思う二人だったが、当然ながらその答えを知ることはできないのであった。
ちょうどその頃、王都から遠く離れたルトルバーグ領にて盛大なくしゃみをした使用人見習いの少年がいたかもしれないが、もちろんメロディ達には知る由もない話である。
◆◆◆
「突然こんなことをお願いしてしまい申し訳ありませんでした、アンネマリー嬢」
「……いいえ、皇女殿下のお供を仰せつかり、光栄でございますわ」
第二皇女シエスティーナと侯爵令嬢アンネマリー。大扉から国王の待つ壇上前に至る短い距離をゆっくり歩く中、二人は笑顔を浮かべながら囁くように言葉を交わしていた。
周囲に笑顔を振りまきつつ、その視線はチラリとシエスティーナへ向けられる。
(本当にそっくり。それでいて女性らしさも失っていない。まさに女性版『シュレーディン』って感じだわ)
シエスティーナの顔立ちは、ゲームに登場する第五攻略対象者シュレーディンにそっくりであった。違うところがあるとすれば女性であることと、瞳の色が金色ではなく凍えそうなアイスブルーであることくらい。
(まさかシュレーディンが登場しない代わりにそっくりさん、それも女性が現れるなんて。まさかこれも、私達がシナリオから外れた行動を取ったことによるバタフライ効果だとでもいうの!?)
最早脳内で口癖になりつつあるバタフライ効果説であるが、主な原因は制御不能なメイドの影響である。だが、そんな事実を知らないアンネマリーは内心で思い悩む。
(あえて女性という決定的問題点を無視すれば、状況的にはシュレーディンとほとんど同じシチュエーションなのよね……)
ゲームでのシュレーディンも、会場に姿を現すまでは敵愾心を向けられていたがその美麗な風貌と優雅な立ち振る舞いによって、あっという間に周囲を魅了してしまうのだ。
皇女だと伝えられているにもかかわらず、彼女の姿を目にした王国の淑女達が色めきだっていることが分かる。
(まあ、あれよね。日本でも女性俳優だけの演劇団にキャーキャー喜ぶ女性ファンがたくさんいたわけだし、ある意味当然の結果なのかもしれないけど……ゲームのシナリオ的にはどうなっちゃうのかしらね!?)
アンネマリーにとって重要なのはその点である。第二皇女シエスティーナがシュレーディンの代役、つまりは第五攻略対象者としてシナリオが動きだすのか、それともあくまでそっくりさんであって、シュレーディンはいないものとして物語が進むのか。
(そんなこと、分かるかあああああああああああああああああ!)
見るものを魅了するキラキラした笑顔を浮かべながら、アンネマリーは内心で器用に絶叫を上げるのであった。
国王の下に到着したシエスティーナはカーテシーではなく、皇子がするような一礼をして挨拶をした。思うところはあるかもしれないが国王は挨拶を返し、舞踏会開催を知らせるファーストダンスが始まった。
王城主催の舞踏会では、舞踏会の最初に一組の男女が代表してファーストダンスを踊る慣習となっている。春の舞踏会ではそれを、社交界デビューを迎える少女達に任せており、他の舞踏会では原則として国王夫妻がファーストダンスの役目を担うのが慣例なのだが、今年の夏の舞踏会ではシエスティーナのお披露目も兼ねて、彼女とアンネマリーがファーストダンスを踊ることとなった。
(私はついさっき聞かされたんですけどね! けっ!)
輝く笑顔を浮かべながらちょっとやさぐれアンネマリーである。
「アンネマリー嬢、お手を」
「……よろしくお願いいたしますわ、殿下」
会場の中央が開かれ、夏の舞踏会ファーストダンスが始まった。
(――えっ!?)
煌びやかなダンスの音楽が奏でられ、最初のステップを踏もうとしたアンネマリーはハッと気が付く。既に足が動いていると。
(これは……!)
優雅にして流麗、シエスティーナによる巧みなリードは、アンネマリーが考えるよりも早く彼女に自然で滑らかなダンスの調べを導いていく。
その流れるような美しいダンスに、二人を取り囲んでいた観衆から感嘆の声が零れる。
「アンネマリー様、今日は一段とお美しいわ」
「事前に練習をなさっていたのかしら。息ぴったりね」
「はぁ、ずっと見ていられる……尊い」
世間では『完璧な淑女』などと持て囃されているアンネマリーだが、その実、彼女の才能は凡人並みであり、元日本人としての記憶と幼い頃からの血のにじむような努力によって天才風に見せているだけだ。
それはダンスにも言えることで、並々ならぬ努力を重ねて凡人とは思えぬ実力を習得したという自負が彼女にはあったのだが……。
(こいつ、私の努力をあっさり覆しやがった!)
アンネマリーはシエスティーナの実力に戦慄した。シエスティーナのリードはアンネマリーの実力を軽々と飛び越えさせ、今、彼女は実力以上のダンスを踊っている……いや、踊らされているのだ。
かつて感じたことのない感覚がアンネマリーを襲う。どんなに練習してもできないと思っていた足運びを自然な形で強制される解放感。新たな才能が開花したのではと錯覚してしまいそうになる酩酊感。
(これは、まずいかもしれない……)
きっと彼女とダンスをした令嬢は、この感覚の虜になってしまうだろう。甘いマスク、同性というある種の安心感、そしてこのダンスによる魅了……この男、じゃなくてこの女は危険だ。アンネマリーの中で警戒度が上がった。
「……お上手ですのね、殿下」
「ありがとうございます。ダンスは人一倍練習しましたから」
アイスブルーの瞳が細められ、中性的で美しい相貌がふわりと笑う。
(あうぅ、可愛い子もいいけど長身なイケメン美人も素敵! ……じゃなくて!)
警戒すべきと分かっているのに、相手が『美しい女の子』というだけでアンネマリーの琴線をベベベベンッ! と刺激する。ある意味シュレーディンより厄介な相手と言えた。
「……あいつを超えるためにね」
「え?」
イケメン系美少女に内心で悶えていたアンネマリーは、ポソリと呟かれた低い声をうっかり聞き逃してしまう。一瞬、アイスブルーの瞳が黒く濁ったように見えた気がしたが、彼女が見上げた先にあるのは先程と変わらぬイケメンな笑顔だけであった。
やがて音楽がやみ、ダンスが終わる。シエスティーナのリードも止まり、アンネマリーはようやく凡人としての自由を取り戻す。
二人して国王に向かって一礼すると、会場に拍手喝采が響き渡った。
(掴みは上々、とでも思っているのかしらね……)
にこやかな笑顔で観衆に手を振る皇子、ならぬ皇女を見つめてアンネマリーは嘆息した。
ファーストダンスが終わり、本格的に夏の舞踏会が始まる。再び音楽が奏でられ、会場ではダンスが始まった。アンネマリー達はちょっと一休みだ。
二人の下に王太子クリストファーも加わり、シエスティーナにこの後の希望はないか確認した。
すると彼女は――。
「せっかくだから明日から通う王立学園の同級生とも仲良くなりたいな」
彼女の登場が、王立学園にどのような波紋を生むことになるのか……それはまだ誰にも分からない。
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