第7話 騎士爵ご一行様、いらっしゃ~い

 その後、伯爵家の馬車とレクトの馬は『迎賓門ベンヴェヌーティポータ』を通してこっそり屋敷の厩舎へ移動し、ルトルバーグ家の面々とレクトは応接室にて一堂に会した。


「ようこそいらっしゃいました、フロード騎士爵殿」


「急な訪問となりましたことお詫び申し上げます、ルトルバーグ伯爵閣下」


「はは、さすがに閣下と呼ばれるのは気後れしてしまいます」


「では、伯爵様と」


 挨拶を交わすレクトとヒューズ。配置はいつかのマクスウェルの時と一緒だ。ルシアナがことの経緯を説明する。


「領地に突然やってきたこのヘタレ騎士がメロディに不埒な真似を」


「伯爵様、私の名誉のために自分で説明させていただきたい」


「その方がよさそうですね」


 眉根を寄せて真剣な表情のレクト。今にも舌打ちしそうなルシアナの表情に、ヒューズは苦笑しながら説明を聞くのであった。


「ふむ……え? メロディ、君、春の舞踏会に来ていたのかい?」


「まあ! あのセシリアさんってメロディだったの? 全然気が付かなかったわ!」


「もう! 二人ともどうして気が付かないのよ! 私は一目見て気付いたんだからね!」


 ちょっと自慢げなルシアナに、両親はバツが悪そうに顔を逸らした。


「えーと、つまり、メロディにまたそのセシリア嬢として舞踏会に参加してほしいと?」


「はい。そちらに関しては本人の了承を得ていますが、雇用主である伯爵様からも許可をいただければと思いまして」


「ふむ。メロディはいいのかい?」


「はい。ルシアナお嬢様のサポートはお任せください」


「そうか。……うん? ルシアナのサポート?」


「ええ。お嬢様はリクレントス様のパートナーの件をお受けするとお決めになられたのですが、お一人ではお恥ずかしいようなので、そのお手伝いをと」


「は、恥ずかしいわけじゃないもん!」


「ふふふ、そうですね」


 顔を真っ赤にして恥ずかしがるルシアナの傍らで、しばし固まっていたルトルバーグ夫妻は――。


「「忘れてた!」」


「なんで忘れるのよ、お父様、お母様!」


「い、いやぁ、仕事が忙しかったし、倒壊した屋敷のこともあってすっかり」


「ここのところハウメア様が色んなお茶会に誘ってくださるから慌ただしくてつい」


「もう、信じられない!」


「お嬢様もつい最近まですっかりお忘れになっていたではないですか」


「そ、それは領地で色々あったから仕方ないのよ! 大体メロディやマイカだって」


「私にまで飛び火させないでくださいよー!?」


 彼らのやり取りをレクトは目を点にして眺めていた。次期宰相と名高いリクレントス家の嫡男からの舞踏会のパートナー打診という大事件を簡単に忘れてしまうルトルバーグ伯爵家の面々。

 ルトルバーグ伯爵家のうっかり体質は、伊達ではないのである。


「まあ、とにかく、我が家からはメロディもセシリア嬢として舞踏会に参加するということだね。扉を使って早く帰ってきたのはこのためかな」


「はい。当初の予定では二十五日からの五日間を舞踏会の準備に当てる予定でしたが、そこに私の準備も含めなければならなくなったので移動時間を短縮しました」


「確かに、メロディの準備にも時間は必要だね。彼女のドレス等の準備はフロード騎士爵が用意してくださるので?」


「はい。そちらはお任せください」


「それでお父様、このヘタレじゃなくてフロード騎士爵なんだけど、二十五日までうちに泊めてほしいのよ」


「――? どうしてだい?」


「私達、旅の行程をすっとばして王都の門を通らずに帰還したでしょ。つまり、王都に帰還した記録がない状態なのよ。それで、メロディの魔法のことを隠す以上、時間的な辻褄合わせが必要じゃないかって思うの」


「つまり、本来旅の移動にかかる時間分だけ、フロード騎士爵に我が家で時間を潰してもらう必要があると?」


「ええ。二十五日になったら私達、王都の近くにもう一度馬車で行って、堂々と王都の門を潜るつもりよ」


「ああ、そういうことかい。分かった。セレーナ、フロード騎士爵のために客室を用意してくれ」


「畏まりました、旦那様」


「お手数をお掛けします」


「お気になさらず。しかし、そうなると騎士爵殿が我が家に籠るのではメロディの準備が結局できないのではないかい?」


「それについても問題ないわ。ね、メロディ?」


「はい。フロード騎士爵様のメイドのポーラは私の友人で、私の扉の魔法も一度目にしております。彼女を当家に連れてくれば、特に問題なく準備ができるかと」


「それなら大丈夫だね。ではそのように手配してくれ」


「畏まりました」


 ヒューズの言葉に、メロディは恭しく一礼するのであった。




◆◆◆




「ポーラ、いる~?」


 メイド魔法『通用口オヴンクエポータ』にてレクトの屋敷にやってきたメロディ。もちろん彼の許可を受けたうえでポーラを迎えに来たのである。


「ポーラ~?」


「はいはーい、って、メロディじゃない。久しぶりね」


「うん、久しぶり、ポーラ」


 メロディの姿を見て、パッと笑顔を浮かべる三つ編みおさげのメイドの少女、ポーラ。メロディと同じ、フロード騎士爵家のオールワークスメイドである。


「もう王都に帰ってきたの? あら? じゃあ、旦那様とはすれ違い?」


「ちゃんと領地で会ったわ。さっき一緒に帰って来て今レクトさん、うちに滞在中なの」


「そうなんだ。じゃあ、舞踏会はどうするの?」


「参加する予定よ」


「へえ! 旦那様もやるじゃない!」


「今度の舞踏会、お嬢様がとても緊張してしまって。私も同行してサポートしようと思うの。ある意味レクトさんからお話があってちょうどよかったわ」


「なーんだ。やっぱり旦那様はヘタレなんだから」


「――?」


「それで、今日はどうしたの?」


「予定より五日ほど早く帰って来たから、レクトさんにはその間向こうに滞在してもらう予定なのよ。だから、ポーラに手伝ってもらえないかと思って。それと、私の舞踏会のドレスとかまたポーラが準備してくれているって聞いたから、向こうで作業をしてもらえると助かるんだけど」


「もちろんいいわよ! 伯爵様のお屋敷で準備できるならもっといろいろできそうだわ。でも五日も早く帰ってきたってどうやったの? 旦那様が急かしちゃった?」


「ううん。これを使ったの」


 メロディは魔法の扉『通用口』を出現させた。ポーラは目をパチクリさせて驚くが、過剰なリアクションは見せなかった。


「これって、以前旦那様を連れて行った時に現れた扉よね。これもメロディの魔法なの?」


「うん。これで私が行ったことのある場所同士を繋ぐことができるの」


「初めてうちに来た日、旦那様を魔法で気絶させたって聞いてはいたけど、メロディの魔法って凄いのね」


 魔法に詳しくない平民だからか、魔法の上限についての深い知識を有していないポーラは素直にメロディの魔法を受け入れていた。


「それじゃあ、すぐに準備してくるからちょっと待っててね」


 ポーラはレクトの着替えやらメロディのドレスやらを取りに屋敷の奥へ消えた。しばらくすると大きなカバンを両手に二つずつ、計四つを持って戻ってきた。


「すごい荷物ね」


「このうち三つはメロディの舞踏会用ドレスの材料やら道具やらよ」


「……えっと、お手柔らかにお願いね」


「メロディ、舞踏会は戦場よ。手抜かりは許されないの……お分かり?」


「う、はい……」


 まるでメイドに関して妥協は許さぬ時の自分を彷彿させる笑っていない笑顔に、メロディはポーラの言葉を受け入れることしかできなかった。


(みんな、どうして私一人の衣装ぐらいでこんなに真剣になるのかしら……?)


 零れ落ちそうなため息を我慢して、メロディはポーラとともに屋敷へ戻った。


「あら、メロディ。その子が?」


「はい。ポーラ、こちらは私がお仕えするルトルバーグ家のルシアナお嬢様よ」


「お初にお目にかかります、ルシアナ様。フロード騎士爵にお仕えしております、オールワークスメイドのポーラでございます」


 普段の気さくさを思わせない、恭しい一礼をして見せるポーラ。さすがはメロディのメイド友達だとルシアナは鷹揚に頷いた。


「ええ、よろしくお願いね。特にメロディのドレスとかドレスとかドレスとか」


「はい、もちろんでございます。旦那様のお世話よりもメロディのドレスとかドレスとかドレスとかに注力させていただく所存でございます」


「まあ。ヘタレ騎士に仕えさせるにはもったいないくらいよく出来たメイドだわ」


「恐れ入ります。ヘタレ旦那様のお世話よりメロディのドレスの方が重要ですから」


「……あの、お二人とも。ご本人がいる前でそう何度もヘタレヘタレと言わない方が」


「……」


「おほほほ」


「うふふふ」


 優雅に笑い合う二人からちょっと離れたところで、レクトは遠い目をしていた。


「はぁ、ポーラ、メロディの衣装をよろしく頼む」


「あら、ヘタレ旦那様、お帰りなさいませ。メロディが舞踏会の件を受け入れてくれてよろしゅうございましたね。それもこれもルシアナお嬢様のお手伝いのためだとか。ルシアナお嬢様にしっかり感謝して、ご自身はもっと精進なさってくださいね」


「うぐっ」


「本当に優秀なメイドね。でも、精進はしなくて結構よ」


「あら? まあ、旦那様、前途多難でございますこと」


「おほほほ」


「うふふふ」


(えええ? どういう状況なのこれ……?)


 ポーラとルシアナが出会って早々意気投合したことは素直に嬉しいが、目の前の状況に全くついていけていないメロディ。

 それから五日間、レクトはルトルバーグ伯爵邸に滞在し、ポーラはメロディの舞踏会準備に勤しむ生活が始まるのであった。





「え? 旦那様のお世話? あ、うん、やるやる、うん、やるよー……多分ね」


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