第4話 玄関ホールの狂騒曲(カプリッチオ)

 メロディがレクトのパートナーとして夏の舞踏会に参加することが決まって少し後、彼らは再び玄関ホールに集まっていた。


「それで、舞踏会の準備って聞いたけどこんなところで何をするの、メロディ?」


「もちろんダンスの練習です」


 首を傾げるルシアナに、メロディはポンッと両手を鳴らしてニコリと微笑んだ。


「春の舞踏会以来、最近はきちんとした練習はしていませんでしたから、早速今日から復習をしておこうと思いまして」


「メイドの仕事はしなくていいの?」


 ルシアナの質問にメロディは眉をキュッと寄せた。まるで命を懸けた苦渋の決断をしたような表情である。


「……はい。正直なところ凄く悩みましたが、お嬢様が夏の舞踏会で失敗しないようにお手伝いすることもまたメイドの務め。残りの滞在期間は舞踏会の準備に当たらせてもらえるようにお願いしました」


 どのみちあと三日もすればメロディ達はこの屋敷を去ってしまうため、執事のライアンとメイド長のリュリアは伯爵領の使用人だけで仕事を回せるようローテーションの変更を決めたのだった。


「はーい、メロディ先輩! 私達はなんで呼ばれたんですか?」


 玄関ホールにはメロディとルシアナにレクト、マイカとリューク、そしてシュウの六人が揃っていた。代表してかマイカが手を上げて質問した。


「軽くステップを教えるから、マイカちゃん達にも一緒に踊ってほしいの。何組かで一緒に踊った方が、雰囲気が出るでしょう?」


「ええ? 私も踊るんですか? ……身長、足りるかな?」


 周囲を見回せば身長百八十センチを超える者ばかり。

 マイカとは四十センチ程の身長差がある。


「一般的にダンスのペアの身長差は十センチくらいが理想的とは言われているけど、ダンスを楽しむだけなら気にする必要はないから安心して」


 心配そうにするマイカにメロディはニコリと微笑む。


「メロディちゃんの言う通りだよ、マイカちゃん。大体身長差なんて気にしてたら小柄で可愛い女の子とダンスができないじゃん。気にせず皆で楽しもうよ!」


 シュウはニヘラキランッと本人的にはカッコイイ笑顔でマイカを励ました……のだが。


「えっと、シュウさんはなぜここに? 私、シュウさんには声を掛けていないんですが」


 シュウはルトルバーグ伯爵領で働く現地の使用人であるため今回のダンスの練習には呼ばなかったのだが、気が付けば彼は当たり前のようにこの場に立っていた。


「寂しいこと言わないでよ、メロディちゃん! 俺と君の仲じゃないか」


「あんたはただの使用人でしょうが!」


 ルシアナは瞬時に扇子を取り出すとハリセンに変形させてシュウにツッコミを――。


 ――スカッ!


「なんですって!?」


 渾身のフルスイングをシュウは見事に回避した。


「ふふふ、お嬢様。いつまでも俺がおとなしくツッコマれるとは思わないことっすね!」


「やめろ」


「おぶうっ!」


「ナイスよリューク!」


 ルシアナのハリセンツッコミを回避し、漫画みたいなカッコつけポーズをしているシュウの後頭部にリュークのチョップが炸裂した。


「痛いっす、リューク!」


「真面目にやれ。メロディが困っているだろうが」


「あ、メロディちゃん! ごめんね、ルシアナお嬢様が騒がしくしちゃって」


「え? あ、はい」


「ちょっと! 私のせいにしないでくれる!? メロディ、悪いのはシュウであって私は彼をちょうき、矯正しようと思っただけなんだから」


「お嬢様、今『調教』って言おうとしませんでした!? 美少女に調教される俺……ゴクリ」


「変態がいるわ! ちょっとそこのヘタレ騎士! この不届き者を成敗しちゃって!」


「え? 俺か?」


「こんな頭からつま先まで女のことしか考えていない危険な男を成敗しないで何が騎士だっていうの!? メロディに危害を加える前にこの世から抹消しないでどうするの!」


「……」


「ちょっと!? ヘタレ騎士さん! 無言で剣に手を掛けようとしないでくれます!?」


「いい加減にしてくださーい!」


 騒がしかった面々がメロディの怒りの叫びによって正気を取り戻した。


「もう! ダンスの練習をするだけなのにどうしてこうなるんですか!」


「「「ごめんなさい」」」


 ルシアナとレクト、シュウがしょんぼりと謝った。


「お嬢様、シュウさんの何が気に入らないのかよく分かりませんが」


「分からないんだ?」


「お嬢様?」


「う、ごめんなさい」


「……分かりませんが、当たり前のように使用人に暴力を振るうお嬢様を見ると私、とても悲しくなります」


「あああ、ご、ごめんなさい、メロディ!」


 しょんぼり俯くメロディを見て、ルシアナは愕然とした。メロディを悲しませてしまったのだ、彼女自身の行いによって。


「本当にごめんなさい。ハリセンで叩く音があまりに気持ちよくって、最近ちょっとタガが外れていたみたい。これからは気を付けるわ」


「分かっていただけたならいいです。そしてフロード騎士爵様、屋敷内で軽々しく剣を抜こうとなさりませんようお願い申し上げます」


「す、すまない。……できれば、口調を戻してほしいんだが」


「そんな。フロード様に粗相があってはなりません。どうかご容赦を」


 メロディはニコリと微笑んだ。笑顔なのに全然笑っているように見えないこの不思議よ。


「本当にすまない、メロディ。場の雰囲気に流されて変な行動を取ってしまった。以後、このようなことはないと誓う。だから、その、いつも通りの話し方を……だな……」


 しょんぼりしながら声がどんどん小さくなっていくレクトに、メロディは嘆息する。


「……もうこれっきりにしてくださいね、レクトさん」


「ああ! 肝に銘じる」


 レクトは安堵のため息をついた。そしてメロディの視線はシュウへ向く。


「それでシュウさん。私、本当にシュウさんには声を掛けていないのですけど、お仕事をサボるのはよくないと思いますよ?」


「ち、違うんだ、メロディちゃん! 俺、ちゃんとヒューバート様とライアンさんに許可をもらってここに来ているんだ」


「そうなんですか?」


「うん。だってダンスの練習なんだろ? だったら、踊れる男は多い方がいいでしょ」


 サッと姿勢を正すと、シュウは滑らかな仕草でダンスの構えを取った。


「シュウさん、ダンスができるんですか? そういえば、ご実家を出てこちらに来たって話でしたけど、もしかして貴族の出なんですか?」


「まさか! 俺は(皇族であって)貴族じゃないよ!」


 ニヘラッと笑いながらシュウはメロディの言葉を否定した。


「とにかく、舞踏会に参加するのはルシアナお嬢様とメロディちゃんの二人なんでしょ? だったらヘタレ騎士様以外にもう一人、踊れる男がいた方がいいんじゃない?」


「……誰がヘタレ騎士だ」


 シュウはレクトに向かってニヘラッと笑った。


「言いたいこともちゃんと言えない恥ずかしがり屋な騎士様のことっすよ」


「訂正しようのない正論ね」


「ぐうっ」


「あの、何の話をしてるんですか?」


「「なんでもないよ」」


 ニコリ、ニヘラッと笑うルシアナとシュウの後ろで、悔しそうな表情のレクト。メロディは不思議そうに首を傾げるだけであった。

 結局、メロディはシュウの提案を受け入れることにした。二組より三組で踊った方がダンスをしている雰囲気が出るだろうから。


「となると問題は……」


「何か問題があるの?」


 少し考え込むメロディにルシアナが質問した。


「いえ、全員が踊るとなると手拍子をどうしようかと思って」


「確かに、リズムが分からないとさすがに私、踊れないですよ」


 マイカはメロディに、リュークはシュウに軽くステップを教えてもらったが、いきなり『それじゃ、スタート』と言われたところで周りに合わせて踊るのは無理があった。

 本来であればメロディが魔法で音楽を奏でたり、リズムを鳴らしたりすることは可能なのだが、魔法の自重を知った今、その手は使えない。


「だったら、俺が手拍子をしてあげよう」


 悩むメロディ達の前にヒューバートが現れた。


「あら、叔父様? 執務はいいの?」


「ああ、今日の分は大体終わったから少し早いけど切り上げてきたんだ。こうなっているんじゃないかと思ってね」


 シュウからダンスの練習に参加したい旨を聞かされた時、メンバーを考えてこうなるのではと予想していたらしい。わざわざそのために仕事を切り上げてきてくれたようだ。


「そんな。よろしいのですか、ヒューバート様」


「ああ、もちろんさ、メロディ。ルシアナのためのダンスの練習だからね。少しくらい協力させてほしい」


「ありがとう、叔父様!」


「ははは。それに、俺も一応ダンスはできるからね。皆でローテーションを組んで踊れば飽きずにしっかり練習できるんじゃないかな」


「叔父様、踊れるの?」


「俺だって学生時代、王都にいた頃は舞踏会に出席していたんだ。しばらく踊っていないから多少勘を取り戻す必要はあるだろうけど、問題ないよ。どうかな、メロディ」


「はい。ご協力いただきありがとうございます、ヒューバート様」


 メロディは嬉しそうにニコリと微笑んだ。

 ポッ。


「と、とりあえず、まずはフロード殿とルシアナ、俺とメロディが踊ろうか。シュウは手拍子を頼むよ」


「それはないっすよ、ヒューバート様! ファーストダンスの横取りは酷いっす!」


「……叔父様、まさか、メロディと踊りたいがために協力するとか言っていらしたのかしら? もしかして、シュウの参加を認めたのも手拍子用の人数合わせのためとか?」


 いつの間にかヒューバートの背後を陣取り、彼の肩に指が食い込むほど力を込めて掴むルシアナ。


「ま、まさかそんなわけないだろう? ルシアナ、それは下種の勘繰りというものだよ。淑女としてどうかと思うよ」


「じゃあ別にメロディの相手は私がしてもいいわよね?」


「それこそ本末転倒っすよ、お嬢様! お嬢様のお相手はヘタレ騎士様、メロディちゃんの相手は俺がするっす。んで、ヒューバート様は手拍子一択! これがベストな配置っす!」


「あの、俺がメロディのパートナーなんだが……」


「「「ヘタレの分際で生意気な」」」


「おい! さすがにどうかと思うぞお前達!」


「ちょ、ちょっとー! なんでいきなり喧嘩になってるんですか、皆さん!?」


 けたたましい玄関ホール。喧嘩する三人と、それを止めようとするが全然聞いてもらえないメロディ。マイカとリュークはステップの確認をしながら、彼らの様子を遠巻きに眺めるのであった。


「リュークもあれに混ざってきたら?」


「……いや、いい。俺はマイカと踊る」


 リュークの表情は『あんなのに関わりたくない』という思いを如実に語っていることにマイカは気付いていたが、それはそれとして『そんな風に言われたら照れるじゃない』と、ちょっとだけ顔を赤らめてステップの練習に励むのであった。



 この後、再び怒りの形相で現れたライアンが一喝するまで、玄関ホールの狂騒は続いたのである。

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