第23話 メロディへの罰
「え?」
ルシアナとマイカの突然の反応にキーラから疑問の声が上がる。
「キーラ、今何て言った?」
「今ですか? ……ああ、まるで絵本に登場する大魔法使いの奇跡のようだという話ですか?」
「「…………」」
「あの、どうかなさいましたか?」
「いいえ、何でもないのよ、キーラ。そうだ、ちょっと喉が渇いてしまったわ。悪いんだけど何か飲み物をいただけないかしら」
「まあ、それは気付かず申し訳ございません。実は最近とても美味しいハーブティーを作ったんです。早速用意してまいりますわ」
「ありがとう、キーラ」
村長の家へと走るキーラの後姿を見送りながら、ルシアナとマイカは大きなため息をついた。
「……おかしいと思ったのよ。メロディが体調不良でメイドを休むなんて」
「あれで体調管理には気を付けていましたもんね、メロディ先輩。でも、さすがのメロディ先輩も絵本に登場するような大魔法使いの夢や奇跡みたいな魔法を使えば倒れてしまうんですね」
「……もう、先に教えてくれたっていいじゃない」
ルシアナとマイカは分かってしまった。目の前に広がる夢や奇跡のような光景を作り上げたのが一体誰であるかということに。そんなことができる人物は一人しか思い浮かばない。
「お嬢様、ヒューバート様に報告します?」
「……今はやめておきましょう。村長もいるし、本人に確認をとってからじゃないと」
「ほぼ確定だと思いますけど、確かにそうですね」
「とりあえず、今私達が思い至った事実については他言無用よ。分かったわね、リューク?」
「はい」
ヒューバートはいまだに豊作の小麦畑の中で喜びを表現していた。無邪気で羨ましいとルシアナが思ったことは内緒である。
「……これ、もしかして他二つの村もこうなんですかね?」
「多分そうじゃない。あの子がそれを放っておくとは思えないもの」
「そりゃぶっ倒れもしますよね、あはは」
「そうね、ふふふ」
ルシアナとマイカの口から乾いた笑い声が漏れ出す。そこにキーラが戻ってきた。
「お待たせしました。喉や鼻がスッとしてとても爽やかな味わいのハーブティーです」
おそらくペパーミントのようなハーブから作ったお茶なのだろう。ルシアナ達ははしゃぐヒューバートをお茶のお供にハーブティーを楽しんだ。
その後、テノン村とダナン村にも回ったがグルジュ村同様に問題は解決していて、ヒューバートはキツネにつままれたような顔をしつつも事態が改善されたことを素直に喜んでいた。
この背景にメロディが関わっている可能性にはまだ気が付いていないようだ。各村の村長達との協議で少々時間は取られたが、最初に想定していたスケジュールよりははるかに早く屋敷に帰ることができた。
◆◆◆
「……んんっ」
重い瞼がゆっくりと開き、ぼやけた視界が少しずつはっきりしてくる。そこはまだ見慣れたとはいえないが知っている天井……などではなく。
「おはよう、メロディ」
「……お嬢様?」
よく知っている美少女の相貌であった。メロディは思わず目をパチクリさせて驚く。
「どうしてお嬢様が?」
「お見舞いよ、お見舞い。もう夕方だし、いい加減起きるかなって」
チラリと窓を見れば、空は既に茜色に染まろうとしていた。どうやら自分は朝から夕方までぐっすり眠ってしまったらしい。そう思っているとメロディの額にルシアナの手が触れる。
「……うん、熱はもうないみたいね。起き上がれる? 水でも飲む?」
「あ、はい。ありがとうございます」
まだ寝ぼけている部分はあるが、体調は問題ないようだ。ベッドから起き上がりルシアナから水をもらった。喉が渇いていたようで一気に飲み干してしまう。
「ありがとうございます、とても美味しかったです」
「そう。どこかつらいところとかはない?」
「はい、おかげ様でもう大丈夫です」
「よかった。一日中眠りこけるほど大量に魔力を消費した後遺症とかはないみたいね」
コップを持つメロディの体がピタリと硬直した。ルシアナは微笑んでいる。
「今朝、三つの村を回ってきたの。凄かったわ。野菜の斑点は消えるわ小麦畑は豊作だわ」
「……」
「叔父様ったら村に入るたびに小麦畑ではしゃぐんだもの。こっちが冷静になるってものよ」
「えっと……」
「そうなると考えられる原因は一つしか思い浮かばない。メロディが魔法でどうにかしてくれたんでしょう?」
「それは、えーと……」
言い淀むメロディに、ルシアナは小さくため息をついた。
「せめて何かする前に教えておいてほしかったわ……急に倒れたって聞いて心配したんだから」
「あ、お嬢様……」
ルシアナはメロディの腰にしがみつき顔を埋めた。ギュッと抱きしめられメロディは動けない。
「凄く、心配したんだからね」
「……はい。申し訳ありません、お嬢様」
「それに、ありがとう。村を救ってくれて……村の皆は私の大切な人達だったの。メロディがいなかったらきっと、私達大変なことになってた。本当に、ありがとう」
メロディのお腹に顔を埋めるルシアナの表情を読み取ることはできない。震える声だけが彼女の心情を物語っていた。
ルシアナの頭にメロディの手がそっと重なり、頭を優しく撫でられる。
「お嬢様の笑顔を守るためなら、メイドたる者、村の一つや二つ救ってみせるものなのですよ」
優しい柔らかい声がルシアナの耳を包み込む。メロディの服を涙で濡らさぬよう、ルシアナは必死に堪えるのであった。
ようやく気持ちの落ち着いたルシアナはメロディから離れ、ニコリと笑った。
「実はね、村回りが早く終わったから今リュリア達が腕によりをかけて私の誕生日祝いの夕食を作ってくれているところなの。メロディも体調が戻ったなら参加してくれるよね」
「ええ、もちろんです。あ、だったら今日のお詫びも兼ねてすぐに手伝いにいかないと」
「ダメに決まってるでしょう。あなたは今日一日メイドはお休みです」
「そ、そんな、お嬢様」
「それどころかなんと、明日も一日お休みでーす!」
「え? えええええええええええ!?」
ルシアナのとんでもない知らせに驚きを隠せないメロディ。慌てる彼女にルシアナはほくそ笑む。
「これは私に内緒でぶっ倒れるような真似をした罰です。村を救ってくれたことには感謝するけど自分を大切にしないメイドさんには罰としてしっかり一日、メイドを休んでもらいます」
「そんな、お嬢様! 後生ですからそれだけはどうか許してください!」
「皆だって突然あなたが倒れて心配したんだからね。既にリュリアに提案して叔父様にも許可をもらっているからどうにもならないわ。諦めなさい、ふふふ」
「そんな~」
ガクリと肩を落とすメロディをルシアナは悪戯が成功した妖精のような笑顔で見つめた。
「メロディ、明日は久しぶりの休日を思う存分楽しんでね!」
ルシアナの楽しげな声が屋敷に響く。ルトルバーグ家はこうでなくては。きっと誰もがそう思ったに違いない。
◆◆◆
「メロディ、これはどういうことなの?」
八月八日の朝。メロディの自室にてルシアナは怒っていた。
「えっと、その……」
仁王立ちするルシアナの前で、床に正座させられているメロディ。彼女はメイド服姿だった。本日のメロディはルシアナの命令で休日となっている。なのにメイド服姿である。
「ダメです、ルシアナお嬢様。やっぱりありません」
開いたクローゼットの陰から顔を出すマイカ。その表情には呆れと失望の色が浮かんでいる。
ルシアナは怒りと悲しみとやっぱり呆れを含んだ大きなため息をついてメロディを睨んだ。
「……メロディ、どうしてクローゼットにメイド服しか吊るされてないのよ!」
「あわわわ、ごめんなさーい!」
メロディ、今回の旅に私服を持ってこなかったらしい。それが意味するところは……。
「今回の旅で休みを取らないつもりだったわね!」
「す、すみませーん!」
「否定しないんですね、メロディ先輩……」
移動時間を含めたおよそ三週間強のルシアナの帰省。メロディは休まずメイド業務を楽しむつもりであった。そのため私服を持っていこうなどという発想は全く思い浮かばなかったのである。
「いつもいつも言ってるでしょ、メロディ! 休みはちゃんと取りなさいって」
「メロディ先輩、上がちゃんと休んでくれないと下が休みにくいんですよ」
「うう、申し訳ありません……」
床に縮こまるメロディを前に、ルシアナとマイカは深いため息をつくのであった。
今より少し前、ルシアナはマイカを連れてメロディの部屋にやってきた。そろそろ朝食の時間だというのにメロディの姿が見えないからだ。まさか体調がまだ回復していないのかと心配し、マイカと二人で訪ねたところ、彼女らを出迎えたのはメイド服姿で気まずそうにしているメロディで。
「メロディ、今日は休みだっていったでしょう。そんな格好してもダメだからね」
「は、はい。それは分かってるんですが……」
「だったら早く私服に着替えて……まさか。マイカ、ちょっとそこのクローゼット開けて」
「はーい」
「あ、マイカちゃん、ダメ!」
という経緯により、メロディが私服を持ってきていないことが発覚したのである。
「とりあえず今はその恰好でいいわ。もう朝食の時間だし」
「服については食後にきっちり考えましょうね、メロディ先輩!」
「……はい、分かりました」
項垂れるメロディを引き連れて、ルシアナ達は食堂へ向かうのだった。
朝食を終えると、三人は再びメロディの部屋へ。メロディの服について議論を交わす。
「幸いメロディ先輩には服を作る魔法がありますからどうとでもなるのが救いですね」
「そうね。とりあえずメイド服の一着を解体して新しい服を作りましょう」
「お嬢様、それは悪魔の所業ですよ!? 許されざる大罪です!」
「メロディ先輩、どんだけメイド服を神聖視してるんですか」
「自業自得、身から出た錆よ、メロディ。あなたがきちんと私服を用意していればメイド服は死なずに済んだの。あなたの軽率な行いがメイド服を殺したのよ!」
「そ、そんな……私のせいで。ああ、私は何てことを……」
「……私、何のコントを見せられてるんでしょうか」
メロディをビシッと指差すルシアナ。膝から崩れ落ちて両手で顔を覆って嘆くメロディ。どっちも本気でやっているのだとは分かるのだが、言わずにはいられないマイカであった。
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