第24話 シュウとデート?
そんなこんなでルシアナとマイカによるメロディのドレスアップ談義が始まった。
「あの、お二人ともお手柔らかにお願いします」
「ルシアナお嬢様、こういう大胆な肌見せドレスなんてどうですか? 絶対に似合うと思います」
「さすがにこんなに短いスカートはダメよ、マイカ。太ももまで見えてるじゃない。可愛いけど」
「タートルネックのノースリーブサマーニット! 胸のラインを強調したセクシー路線です!」
「メロディにはもっと清楚なイメージの方が似合うんじゃない? 袖をヒラヒラさせるとか」
「パンツルックもありじゃないですか。ローライズのへそ出しとか見てみたいです」
「メロディはツインテールも似合いそうね。夜会のドレスを昼間風にアレンジするとか」
「ゴシックドレス風ですか? それも可愛いかも。だったらこういう感じの――」
「あの、本当にお手柔らかにお願いしますねー!」
乙女ゲージャンキーヒロイン推しなマイカとメロディ大好きっ子ルシアナによる、仁義なきメロディコーデの幕が切って落とされたのであった。
そして――。
「ふぅ、完成したわ」
「はぁ、可愛いです、メロディ先輩」
「やっと、終わった……」
ルシアナとマイカがあーだこーだと話し合うこと一時間。ようやくメロディの服が完成した。
上は袖口がふわりと開いた白色のフリルブラウス。空気も取り込んで涼しげな印象だ。
下はミモレ丈のフリルスカート。白のスカートに黒のスカートを重ねた二層構造で、ウエストの真ん中に縦に三つ白色のボタンがあしらわれている。
黒の靴下と黒のショートブーツを履き、スカートと靴下の間でチラリと見える肌色が印象的。髪型は普通に下ろしただけだが、スカートに合わせた黒色のリボンを巻いた麦わら帽子を被るので下手なアレンジは必要ない。
右手には麦わら製のトートバッグが掛かっている。外出時の荷物を運ぶのにちょうどいいだろう。
「メロディ先輩のお散歩コーデの完成ですね!」
「でも、結局選んだ色が白と黒って、メイド服っぽくなっちゃったのはなぜかしらね?」
「これが一番似合ってたんだからしょうがないですよ。それにメイド服には見えませんよ」
「当然です。こんなのメイド服じゃありません!」
そんなこんなでメロディは休日の服を手に入れたのであった。
「私は今から叔父様について領地の勉強をするわ」
「私はルシアナお嬢様のお付きです」
やることをやった二人はそう言ってメロディのもとを去って行った。「休日を楽しんでね」と言われたが、お散歩コーデ姿のメロディは廊下をトボトボ歩きながら途方に暮れている。
「実際問題お休みって、どう過ごせばいいのかな……?」
メイド以外への興味がとことん薄い少女メロディは、休日の過ごし方がよく分からないということもあるが、そもそもルトルバーグ伯爵邸の立地が休みを楽しむのに向いていないということも、メロディが困ってしまった原因だろう。
領内の三つの村に公平に対応するため、ルトルバーグ伯爵邸は三つの村の中心地に立っている。そのため、屋敷は平原の真ん中にポツンと立っているので、休日に遊ぶといっても何もないのだ。
シュウ以外の屋敷の使用人達は三つの村の出身である。彼らは数日まとめて休暇をもらい、実家でゆっくり過ごすのだそうだ。残念ながらメロディの参考にはならない。
(仕方ない。マイカちゃんもお散歩コーデって言ってたし、屋敷の周りを少し散歩してあとは部屋で縫物でもしてようかな)
十五歳の少女の休日とは思えない、つまんないスケジュールである。メロディは屋敷の裏口へ向かうのだった。
メロディが建てたこの仮宿は、ルシアナ達が通る正面玄関と使用人が通る裏口が存在する。さすがに仮宿に庭までは作らなかったメロディだが花壇ぐらいは用意してあった。
メロディが裏口に出ると、その花壇の手入れをしている人物と遭遇した。花壇のそばには抜いた雑草を入れる袋が置かれ、その人物は鼻歌を歌いながら花壇に水やりをしている。
「シュウさん?」
「ふっふふーん♪ んん? メロディちゃん? ……何それメッチャ可愛い」
メロディに気付いたシュウはしばし口をポカンと開けて呆けると素直な気持ちを呟いた。如雨露を手放し、つかつかとメロディの元へ歩み寄る。
「すげーよく似合ってるね、メッチャ可愛いよ、メロディちゃん! あ、そういえば今日休みだっけ。俺も休みなんだ! ああ、メッチャ可愛い」
「えっと、ありがとうございます?」
「ふはは、なんで疑問形? かーわいーなー」
シュウはニヘラッと締まりのない笑顔を浮かべた。可愛いと連呼されてさすがにちょっと恥ずかしいメロディである。とはいえ、確かに可愛いことに間違いはなかった。きっとレクトあたりが見たら硬直して押し黙ることだろう。シュウはレクトとは対照的な反応を見せる男であった。
「シュウさんも休みだったんですか? 休日に花壇の手入れを?」
「俺、土弄りが好きなんだ。楽しいからちょっとやってたんだよ」
「それで休日なのにいつもの恰好だったんですね」
休日と言いながらシュウは普段と変わらず使用人服を着ていた。作業着の代わりとして使ったのだろうとメロディは考えたが、シュウは笑ってそれを否定する。
「いやぁ、俺、私服って持ってないんだよね。なくても困らないし」
「私もメイド服で十分なんですけどお嬢様にダメだって叱られちゃいました」
「それは仕方ないよ。こんなに可愛い恰好が見られないんじゃお嬢様が怒るのも分かるよ」
「そ、そういうものでしょうか」
「そういうものだよ。女の子はおしゃれしなくっちゃ」
シュウは楽しそうにウンウンと頷いた。おしゃれに興味のないメロディには分からない世界である。ルシアナを着飾るのは好きなくせに、なぜ自分のことになると分からないのだろうか?
「メロディちゃんは今からお出かけ?」
「はい。休みといっても特にすることもないので少し散歩でもしようかなって」
「やることないの? ……だったらさ、今から俺と一緒に遊ばない?」
「シュウさんとですか?」
「今厩舎にはメロディちゃん達が乗ってきた馬車の馬がいるでしょ。そいつに乗って少し遠出しない? 馬なら村にも早く行けるし、日帰りでも結構楽しめるんじゃないかな」
「馬で遠乗りですか。シュウさんは馬に乗れるんですか?」
「バッチリ任せてよ! 馬の扱いには自信あるんだ!」
シュウはニヘラッと笑って自慢げに胸を叩いた。
メロディはしばし考える。確かに、暇つぶしで散歩するよりはずっと楽しそうではある。村にも寄れるなら、グルジュ村へ行って自分の目で野菜畑や小麦畑を確認するのもいいかもしれない。
「分かりました。じゃあ、よろしくお願いしますね」
「やったー! メロディちゃんと乗馬デートだ!」
「えっと……」
素直にはしゃぐシュウの姿にちょっと否定しにくいメロディであった。
シュウが馬の準備を整える間にメロディは調理場へ行って昼食を作ることにした。簡単だが二人分のサンドイッチを作り、早速ルシアナ達がデザインした麦わらのトートバッグが活躍することに。
二人がこんな状況を想定していたとは思えないが、いきなり役立ったことに苦笑いを浮かべて厩舎へ向かうのだった。
「お待たせしました、シュウさん」
「全然。俺も今来たところだよ、ってホントにデートっぽくて楽しいなぁ」
些細なことでも楽しそうに笑うシュウにつられてか、メロディもクスリと笑ってしまう。
馬には既に馬具が取り付けられており、シュウは軽やかに鐙を蹴って馬に跨った。ニヘラッと笑うシュウから手を差し出され、メロディがその手を掴むとシュウは軽々と彼女を自分の後ろに座らせる。スカートを履いているので横座りになってメロディはシュウの腰にしがみつくかたちだ。
「それじゃあ、行くよ」
馬がゆっくりと動き出す。パカラパカラと蹄の音が鳴り、メロディ達は屋敷の外へ出た。馬に乗ったメロディは、ほんの少し視点が高くなっただけなのにいつもとは違った景色に見えて感動を覚える。空を飛んだ時とはまた違う、身長の延長線上にある見えそうで見えなかった景色が妙に新鮮に映った。
「どう? 怖くない?」
「はい。なんだか不思議です。いつもより少し高いところから見ているだけなのに、別の世界を見ているみたいで……ずっと見ていたくなります」
「そう。それはよかった。じゃあ、もうちょっと速く走ってみようか」
「え? きゃっ」
シュウが手綱を握り、馬の歩調を速めた。その分馬上の快適性は失われ、メロディは揺れる馬上で思わずシュウにしがみついてしまう。……シュウはニヘラッと笑った。
「メロディちゃん、草原に出るよ。俺にしがみついていればいいから景色を楽しんで」
「え、きゃ、はう、わ、分かりまし、きゃっ!」
乗馬というものは自転車やバイクほど乗り心地のよいものではない。四本の脚で軽快に走ればバランスを取るために背中はとても揺れるのだ。シートベルとなどない馬上でメロディがバランスを保つにはシュウにしがみつく以外に方法はなかった。
結構な密着具合にシュウさんはご満悦である。しばらくして速さにも慣れてくると、メロディはようやく流れる草原の景色を堪能することができた。
「わぁ、綺麗……」
風を切り、草が揺れる音が一瞬で耳を通り過ぎていく。生き物に乗って駆け抜ける感覚は馬車を急がせて走るそれとは全く異なるだろう。有体に言って……とても気持ちよかった。
三十分くらい走っただろうか、やがて馬の速度が落ち、草原の上をゆっくり歩くようになる。
「どうだった、メロディちゃん。楽しんでもらえた?」
「はい、とても。ちょっとだけお尻が痛いですけど」
「やはは、ごめんね。二人乗り用の鞍でもあればよかったんだけど」
「気にしないでください。乗馬に誘ってくれてありがとうございます」
「あう、いい子だなぁ、メロディちゃん。よかったら俺と付き合ってください!」
「ごめんなさい。私、メイドに集中したいのでそういうのはちょっと」
「一瞬で振られちゃった! まあ、いいや」
(いいんだ……?)
告白を即答で断られたシュウはガーン! とショックを受けた顔になったがすぐに元に戻った。既に村の女の子達から全敗している男の精神は振られたくらいでグラついたりはしないのである。
「これからどうしようか。もう少しこのあたりを回ってもいいけど、村とかも行けるよ」
「だったらグルジュ村へ行ってみたいです。野菜畑がどうなったか見たいですし」
「ああ、なんか大変だったらしいね。分かった、行ってみよう」
「畑を見たらお昼にしましょう。サンドイッチを作って来たんです」
「やったー! メロディちゃんの手作り弁当だ!」
二人はグルジュ村へと向かった。馬に負担をかけない範囲で進み、一時間くらいで村の門に到着すると、シュウは門番に呼び止められてしまう。
「シュウ、何だよあの子! メッチャ美人じゃんメッチャ美人じゃん!」
グルジュ村の門番の青年ランドは、シュウを引き寄せるとメロディに背中を見せて小さな声で叫ぶという器用な真似をして見せた。
「いいだろう。さっきまで俺、あの子に後ろからしがみつかれながら馬で遠乗りしてたんだぜ」
「何だよそれ羨ましすぎるぞ!」
どうやらランドはシュウと似た者同士で仲が良いようだ。コソコソと話している二人を、メロディは首を傾げて見ていた。
「王都にいたルシアナお嬢様のメイドなんだ」
「王都のメイドかぁ。垢抜けていて美人だなぁ。やっぱり王都は違うなぁ」
「そのうえ優しくて気立てもよくて可愛くて可愛いんだぞ」
「だよなぁ。可愛いよなぁ」
「……あなた達、いつまでやっているんですか」
メロディの可愛さを讃えていると、門の内側から二人に話しかける声がした。
「げっ、キーラ!?」
「キーラちゃん! 久しぶり! まさか俺に会いに来てくれたの?」
「ランド、『げっ』とは何ですか『げっ』とは。お久しぶりですね、シュウさん。もちろんあなたに会いに来たわけではありません。たまたま通りかかったらお二人がコソコソしていたので様子を見に来ただけです。そして案の定、炎天下に女性を待たせる無粋なお二人を発見したわけですね」
「あ、ご、ごめんね、メロディちゃん!」
キーラに指摘され、慌てて振り返るシュウ。メロディは気にした様子もなくニコリと微笑んだ。
「ようこそ、メロディさん。体調はもう大丈夫ですか?」
「お気遣いありがとうございます、キーラさん。おかげさまでもう大丈夫です」
ニコリと笑い合うメロディとキーラ。何だか遠巻きにされたようで戸惑うシュウ。
「本日はどういったご用件で?」
「畑の様子を見てみたいと思いまして」
「まあ、そうでしたの。気を掛けていただきありがとうございます。どうぞ見て行ってください。ご案内します」
「ありがとうございます」
キーラに先導されてメロディも歩き出す。
「シュウさんは馬を門の近くにでも繋いでおいてください。私はメロディさんを案内しますので」
「えっと、終わるの待ちますよ、シュウさん」
「あはは、気にしなくていいよ。すぐ追い掛けるから先に行ってて」
シュウがそう言ってくれたのでメロディはキーラに案内されて例の野菜畑へ向かった。
「わぁ、本当に斑点がなくなりましたね」
「ええ、一時はどうなることかと思いましたけど、何事もなくてよかったです」
畑から斑点が消えたことはあの日、しっかり確認したがやはり昼間に見ると印象がガラリと変わる。瑞々しく青々とした野菜畑の姿にメロディもやっと安心することができた。
小さく安堵の息を漏らし、再確認も込めてメロディは瞳に魔力を集めた。
そして――。
「……え?」
「どうかしました、メロディさん?」
「あ、いえ、何でもないです」
目にしたものが信じられず一瞬呆けてしまったメロディ。キーラに尋ねられるが慌てて首を振って何でもないのだと主張した。しかし……。
(この前、完全に吸い尽くしたと思ったのに……)
野菜畑の地表に、例の黒い魔力を見ることができた。それはまだとても小さく、斑点になるにはまだまだ時間が掛かりそうではあるが、確かに黒い魔力の粒子であった。
その後、小麦畑の方も確認したがやはりそこにも黒い魔力の粒子が散見された。こちらもすぐに影響は出なさそうだが、どこかから黒い魔力が土に浸透してきていることは間違いないようだ。
(この魔力がどこから来ているのか分からないと、また同じことが起きるかもしれない……)
キーラに案内され、シュウと村を回りながらメロディはどうしたものかと考えたが、今のところ解決策は思い浮かばなかった。
夕方になり、二人は屋敷に帰ってきた。厩舎に馬を返し、裏口に向かう中シュウがメロディに話しかける。
「いやー、楽しかった。今日はありがとね、メロディちゃん」
「私も楽しかったです。ありがとうございます、シュウさん」
「また遊びに行こうね!」
「ええ、機会が合えば」
ニヘラッと笑うシュウに、メロディも笑顔を返す。そして二人が裏口の方へ目をやると、待ち構えるように立つ人物が。
「あ、ルシアナお嬢様。只今帰りました」
「おかえりなさい、メロディ。休日は楽しめた?」
「はい。シュウさんが馬で遠乗りに連れて行ってくれたんです」
「そう、よかったわね。今日は疲れたでしょう。部屋に戻って休むといいわ。マイカ、案内して」
「はーい」
「マイカちゃん? 私、一人で行けるけど……」
「気にしないでください。行きましょう、メロディ先輩」
「えっと、それじゃあ、失礼しますお嬢様。シュウさん、今日はありがとうございました」
「う、うん。俺も楽しかったよ。付き合ってくれてありがとう」
ニヘラッと笑いつつもどこか顔色が悪いように見えるシュウ。メロディは疑問に思いつつもペコリと一礼して部屋に戻った。
……しばらくしてどこからか男の悲鳴が聞こえた気がしたのは、きっと気のせいだろう。
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